二人ぼっち
18
目覚めた時には姿を消していた家康を探して、数度辺りを見回した
もう執務についたのかと思い当たりため息を零した
「三成様、朝餉をお持ちしました」
「…ああ」
掛けられた声に答えれば、音も無く開かれた襖
昨日も見た家康の侍女が頭を垂れていた
「おはようございます
ご気分はいかがです、三成様?」
手際良く朝餉を運びながら笑いかけられる
昨日とは違い、警戒心の欠片も無い態度を訝しく思った
「…昨日とは随分態度が違うな」
皮肉混じりにそう言ってやれば呆けた顔をする
しばらく何かを考えるように手を止めていたかと思うと、
ようやく合点がいったように頷き、困ったようにまた笑った
「昨日は大変な無礼を致しまして、申し訳ございません」
「……ふん」
「…心配だったのです
三成様は、お眠りになられる前は家康様を大層憎んでいらっしゃいましたから
家康様が万が一にも危害を加えられることがあっては、と思いまして」
「そう思うのならば、なぜ貴様と家康の二人だけで来た」
「…家康様のご意思です
それでは、四半刻程で膳を下げに参ります」
憐れむような、寂しげな瞳でそれだけ言うと、
準備の整った朝餉を置いて侍女は部屋を後にしてしまった
閉められる襖を最後まで見届け、置かれた膳に視線を向けた
汁物は湯気を立て、温かさを強調している
焼き魚や煮物は見目麗しく盛られている
それでも、手を付ける気にならずただ眺めていた
朝餉と睨みあっていても仕方ないと、部屋の中を見回す
広い室内には調度品も何も無い
ただ私が眠っていた布団だけがあるだけだ
出入りをする襖と、その反対側に面する襖の向こうには庭
誰かが手入れをしているのか雑草一つ生えてはいない
一面に紫の花が咲き乱れ、静かに風にそよいでいる
単純に美しいと思える
背の高い紫の花の中には一回り小さな白い花が咲き、
どちらの花弁も柔らかそうに風になびくばかりだ
「失礼致します」
「ああ」
花を眺めていただけで思うより時間は過ぎていたようで、
先程の侍女が部屋に入ってくる
「…三成様、体調でも優れませんか?」
「…食うことに興味が無いだけだ」
不安そうな顔で膳に手をかける侍女にそれだけを言う
「お目覚めになったばかりですし、
全てとは言いませんが、少しばかりでも口になさってくださいまし
昨日の夕餉も手を付けておりませんし、倒れてしまわれますよ」
侍女の言葉を聞き流しながら花を眺める
まるで刑部のような物言いに懐かしさと鬱陶しさを覚える
「毒など入れておりませんから、一口だけでも」
煮物を一つ摘み上げるとひょいと口に入れ、
ニコニコと笑いながら私の前に膳を置く
それでも一切手を付けようとしない私に諦めたようにため息を吐かれた
「…今日の夕餉は一口だけでも召し上がってくださいまし
手を付けていなければ、無理にでも食べさせますので」
そう言うと侍女は懐から取り出した一通の文を私に手渡した
「忠勝様から家康様への文です
夜にはこちらに家康様がお見えになると思いますので、
どうか確かにお渡ししてくださいませ」
それだけを告げると、返事も聞かずに侍女は部屋を後にした
「…戦国最強、か」
なぜ侍女が家康宛の文を私に渡したのか
本多忠勝はなぜ今家康の側に居ないのか
家康と話したいことばかりが積もっていく
早く夜になり家康がここに来ることを待ちわびながら、
庭で揺れる花弁を眺めていた
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