二人ぼっち 13











夜になるのを心待ちにして、残った政務は明日に回した

早く三成に会いに行きたかった

あまり部屋を離れて感付かれるのは面倒だと思い、早々に三成の部屋を後にした
何ともいえない顔で見つめてくる三成が気になったが、何も言わずに見送ってくれた
部屋に戻る道すがら、小夜はずっと浮かない顔でワシを見ていた

秀吉公が、竹中殿が、形部が、ワシを恨んでいないと言っていた
三成もワシを憎んでいないと言っていた
ワシをまだ好きだと言ってくれた

戸惑った、信じられなかった、怖かった

それでも触れてくれた手は昔のままで、どうしていいか分からなかった
困惑と喜びと猜疑心にまみれた視線にきっと三成は気付いていた
だから指摘される前に自分で全てをぶちまけた
自虐してしまえば、それ以上の傷は付かないと知っているから

悲しさの混じった三成の瞳
切なさを孕んだ小夜の瞳

未だにワシを思ってくれている者は確かに居るのだと分かっているのに、
ワシ自身がそれを信じることが出来ないでいる
こんなワシを思っているれる者がいることを、どうしても信じることが出来ない

自分の弱さを、醜さを、浅ましさを知っているから、信じることなんて出来なかった

それでも、三成が好きだった

昔以上に、愛しいと思う自分がいた

「…三成、入っていいか?」

「ああ」

闇も深まった夜更けに三成の部屋を訪ねる
静かに返された返事に、本当に三成は目覚めたのだと実感できた

「食事にあまり手を付けなかったと聞いたぞ
食が細いのは昔からだが、せめてもう少しは食ってくれよ」

「…目覚めたばかりであんなに食えるか」

忌々しげに言う三成は本当に昔と変わらなくて、何ともいえない気持ちになった

「家康」

伸ばされた三成の手をそっと掴み引き寄せる

「…三成、すまない」

「……」

「お前が、もうワシを憎んでいないとしても、ワシがお前の大切なものを奪ったのは事実だ
謝って許されることじゃないのは分かっているが、どうしても伝えたかった
三成、本当にすまなかった」

「…もう、全て終わったことだ」

真っ直ぐにワシの目を見つめる三成に責める色は見られない
ただ事実を語るだけだ

「…ああ
もう、全ては終わってしまったんだな…」

この十年は現実感の無い夢の中を漂っていたように感じる
確かに過ごした時だと分かっているのに、
ここ数年はこんな悪い夢は早く覚めてくれとひたすらに願うばかりだった

「…家康、私の目を見ろ」

そう言われ、ぎくりとしながら三成の瞳を見つめる
だが、しばらくすれば耐えられなくなり、苦笑しながら目を逸らしてしまう

「はは、一体どうしたんだ?」

「家康」

「…っ」

冷たい手で頬を包まれ視線を合わせられた
逸らされること無く絡み合う視線にいたたまれなくなる
泳ぎそうになる目をどうにか動かさないようにしながら三成の濁りの無い瞳を見つめる
それだけで、泣いてしまいそうになった

「…私は、家康が好きだ」

「……ああ」

嘘偽りの無い三成
冗談すらも言えない三成
不器用で愚直な三成

「…ワシも、三成が好きだ」

震えそうになる手で、三成の頬に手を添える
逸らせない瞳に息苦しさを感じながらも真っ直ぐに三成の瞳を見つめ返す

「抱きしめても、いいか?」

「…ああ」

ゆっくりと頷いた三成を優しく抱きしめる

確かに感じる三成の体温、形、匂い
そのどれもが懐かしすぎて甘い痛みが胸を締め付けた

昔よりも痩せてしまった体は折れてしまいそうに細い
三成の肩口に顔を埋め、きつくきつく抱きしめた

「…三成」

触れば骨の感触が伝わる背中
悲しさと切なさを感じながら、その骨ばった体を腕の中に閉じ込める

「…三成っ」

そっと触れた三成の手が、ぎこちなく頭を撫でる
不器用で優しいそれに笑みが零れる

冷たい温かさに目頭が熱くなった

「好きだ、三成…」

そう呟けば三成の手が止まり、強く強く抱きしめ返された






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