二人ぼっち 12











後ろに侍女を一人控えさせ、記憶よりも細くなった家康が室内に入ってくる

疲れた顔に浮かぶ隈
自信なさげで覇気の無い姿
それらは私があの場所で見た家康だった

「…三成、気分はどうだ?」

躊躇い、戸惑いながらかけられる問い掛け
顔色を窺うような目に、家康が過ごした時の辛さを見た気がした

「…家康、もっと側に来い」

何を考えているか分からないと言いたげな顔で、それでも側に近づいてくる家康
まるで愛されなかった子供のようだと思った
周りを伺い、全てに怯えながら、言った言葉に逆らえない

「…三成」

部屋の外から見守る侍女が心配そうに見つめている
子を見守る母のようなそれに、家康は変わったのだと、変わらされてしまったのだと思った

「私は、もう貴様を憎んではいない
秀吉様も、半兵衛様も、形部も、誰も貴様を恨んではいない」

隣に座り私の言葉に驚愕の表情を浮かべる家康の瞳を真っ直ぐに見つめ、告げるべきことを告げていく

「だが、今の貴様に怒りがある
その腑抜けた顔は一体なんだ?
貴様の言う夢を叶えたのだろう?」

殺気を滲ませ睨めば、肩を竦ませうなだれる
殺気に当てられながらも睨んでくる侍女のほうが遥かに肝が据わっていると思った

「…すまない」

「謝罪を聞きたい訳ではない」

不安に揺らめく瞳に悲しみが胸を刺す

こんなにも弱くなってしまった家康が悲しい
誰も頼ることの出来ない家康が悲しい

「…すまない、三成」

苦しそうに眉を寄せる家康に泣きたくなる
どれほどの孤独を抱え込んでいるのか計り知れない暗い瞳

あれほど眩かった太陽は、一体どこへ行ったのか

「家康」

記憶よりもこけた頬に手を添え、視線を合わせる

「…私は、まだ家康を想っている」

見開かれた瞳
しだいに歪み、震える唇

「ワシは、ワシは変わってしまった
もう何も分からないんだっ
怖い、すべてが怖くて仕方ないんだっ
三成、ワシは、間違っているんだろうか…?」

私の手を握り締め、矢継ぎ早に話し出す家康
震える手、震える言葉、泣き出しそうな顔

「三成が好きだ
本当に、心から愛しているんだ
それでも、三成の言葉を、信じ切れないワシがいるんだっ」

きっと今まで誰にも吐き出すことの出来なかったであろう家康の言葉
苦しそうに搾り出されるそれに、胸が痛んで仕方が無い

「誰の言葉も、信じられないんだ…」

深く深くうなだれ、痛いほどに手を握ってくる家康の肩に手を添える
家康の抱え込んだ孤独が、それほどまでになるのに過ごした時間が、私には分からない
ただただ怖いと、信じられないと震える家康しか、分からない

「それでも、私の言葉に偽りは無い」

「ああ、ああ、分かっているんだ
三成も、小夜も、ワシに嘘を吐かないと分かっている
それなのに、ワシは…」

どれ程の苦しみの中で生きてきたのだろう
私の知らない時間の中で、家康は何を思って生きてきたのだろう

明るく笑い、全てを受け止める強さ
それらを失うほどの時間
私の知らない、弱い弱い家康

「家康…」

何と声をかければいいかまるで分からない
何を言っても届くことは無いような気がする

「三成、ワシは自分が信じられない
こんな、惨めで、弱い自分を、信じることが出来ないんだ」

縋るような顔で、恐怖に慄くような声で、それでも泣く事の出来ない家康を哀れだと思った
誰にも、弱みなど見せられなくなってしまったんだと理解するのが嫌だった
それほどまでに一人きりだったのだと、分かりたくなんてなかった

「…三成、目覚めてくれて、ありがとう」

心から安堵したような声に、それが本心だと分かる

悲しくて、苦しくて、寂しい
家康の命を、一番に狙っていた私に向けられる言葉が、切ない

「本当に、ありがとう」

恐る恐る顔を上げ、ぎこちなく浮かべられた笑み

家康がこんな顔で笑うことなど知らなかった
いつだって心から笑う家康しか知らなかった

「…ああ」

知りたくなど、無かった






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