凡 庸
中
会う度に傷の増えていく小太郎に眉を寄せた
きめ細やかな白い肌は今までに無くボロボロだ
「こた、大丈夫なの?」
『平気』
松永久秀、戦国の梟雄
亡き織田信長とも親しかったという人物
良い噂なんて聞いたことが無い
国取りには一切の興味を示さず骨董品を集める変人
欲しい物の為なら一国の主にさえ刃を向ける
なぜそんな人物が小太郎を雇っているのかさっぱり分からなかった
『佐助、どうしたの?』
黙り込んだ俺様を心配するように顔を覗き込まれる
首筋に残る縄の痕
微かに漂う火薬の匂い
「…本当に、大丈夫なんだよね?」
『大丈夫』
「あんまり怪我しないようにね?」
『…分かった』
それからも減るどころか増えるばかりの傷に首を傾げた
伝説とまで言われる小太郎に、一体誰が傷をつけているのだろう
普通に考えれば争う敵が妥当なところだ
だが、松永に戦う相手などいただろうか?
いつもいつも同じ火薬の匂いがするのは同一人物だからではないのだろうか?
ささやかな疑問は胸の中に黒い染みを作った
その染みは小太郎に会う度に広がる一方だ
仕事のことに口を出す気はなかったが
心は曇っていくばかりだった
「卿は本当に愛らしいね」
ねっとりと絡みつくような声が響く
ぼんやりとした頭で、気持ち悪いと思っていた
縛り付けられた腕は血の巡りが悪いせいで冷たくなっている
『…ぁっ、ごほっ…はっ』
口に吐き出された欲
後ろから絶え間なく抜き差しされている雄
名前も知らない沢山の一般兵
血と性と汗の匂い
不快感ばかりが募った
飲まされた薬のせいで頭がぐらぐらする
体が熱を持って仕方ない
頭と体が連動しない
気持悪い
あぁ、気持悪い
早く、佐助に会いたい
「もうその位で良いだろう
卿等は天井裏に忍び込んだ鼠でも探してくるといい」
主の言葉に今まで気付きもしなかった気配を追った
会いたくて会いたくて仕方なかった気配を探した
調度城から抜け出そうとしているその気配に、僅かに笑みが零れた
主と自分だけになった部屋はやけに静かだ
「しかし、卿はどこまでも美しいのだね
それは天性のものか…
まぁいいとしよう
傷を負う姿も男に抱かれ善がる姿もそろそろ見飽きたな
卿には新しい任務を贈ろう
卿もたまには忍らしい働きがしたいだろう?」
熱に狂ったように乱れた小太郎の姿
目の端から涙を零し雄を受け入れる姿
焼け焦げた背中
食い込んだ縄
穴から、口から零れる知らない誰かの欲
見るんじゃなかった
忍なんだからそんな任務だってある
頭では分かっていても心が追いつかなかった
純粋で穢れの無い小太郎は俺様の幻想
悲しいのか怒っているのか自分でも分からなかった
「…畜生っ」
大きく息を吐き頭を冷やす
そこで追ってくる気配に気付いた
「なんで…」
気配の向かう先が自分では無いことに気付いて足を速める
先程見たように薄ら笑っているであろう不愉快な男を思い出し歯噛みする
「旦那…大将…」
小太郎の方が足が速いのは分かりきっていた
荒い息を吐き、息一つ乱していない背中を眺めた
「…殺しに来た?」
ゆっくりと振り返り、一つ頷く姿は伝説の忍
「悪いけど、それは出来ない相談だねぇ」
冷や汗が吹き出るのを感じながら武器を構える
敵わないと分かりきっている相手にでも、
殺したくない愛しい相手でも、
奪わせるわけにはいかないものがあるんだ
『…佐助を待ってた』
冷酷な空気を掻き消して小太郎が言う
『殺せって言われたけど、佐助の大切なものだから』
困ったように口元を歪め、小太郎が首を傾げる
『佐助の大事なものを佐助から取り上げたくはないんだ
だから、先に佐助を殺そうと思って…』
待ってたんだ
迷子みたいに立ち尽くす小太郎を呆然と眺めた
むき出しの左腕にはまだ赤く縄の痕が残っている
背中も焼け焦げたまま手当てもせずに来たのだろう
なんだこの悪夢は
泣き出しそうな心を押し殺して
小太郎に、武器を構えた
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