凡 庸











聞いたことはそう多くは無いけれど、
御伽噺はいつだってめでたしめでたしで終わっていた
正義が悪を倒して、みんなで笑い合っておしまいだった

倒された悪も、みんなのその後も、語られることは無い

その後をいつも疑問に思っていた

実際の戦は正義も悪もなかったから

何が正しいのかなんて分からなかったから



「小太郎、怪我の具合どう?」

『…問題ない』

「まだ起き上がっちゃ駄目だからね!
痛むところとかもない?」

『大丈夫。佐助、優しいね』

「俺様が優しいのは小太郎にだけだけどね」

『嘘つき』

「嘘じゃないよ」

簡素なあばら家で二人で笑い合う
外からは柔らかい日差しが差し込んでいる

なんという幸せだろうか

もう歩くことが叶わなくても、
武器を持つことが出来なくても、
佐助がいるならそれでいいような気がしてくる

「小太郎、ご飯何が食べたい?」

『いらない。腹は減って無い』

「ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ!
早く元気になれないよ?」

『…佐助は、残酷だね』

そう言ってやれば悲しげに歪められる顔
あぁ、こんなことが言いたい訳じゃあないのに

残酷なのは俺の方だ

『ごめんね。ちゃんと食べるよ』

「…うん」

何かを言いたそうに、それでも笑って頷いてくれる
それが愛情なのか、罪悪感なのか
俺には分からないけれど

俺の存在がどれだけの足枷になっているか計り知れない
それでも笑って話し掛けてくれる
こまごまとと世話を焼いてくれる
ずっと側に居てくれる
だったら、何も聞く必要なんて無い

俺の足を、腕を、笑いながら切り落とした心理になんて興味は無いんだ

「小太郎、好きだよ」

『うん。俺も佐助が好きだ』

嬉しそうに佐助が笑う

満たされた空間

俺と佐助の二人だけの世界

それは、幸せで涙が出そうな位

『大好きだよ、佐助』





枯れ木に巻きつく白い花
小太郎は最近それを眺めるのが日課になっている
優しい顔で、愛おしそうに手を伸ばす

その姿を見るたびに何とも言えない気分になる

その花に触れようとしているのか、ゆっくりと腕を持ち上げて
肘から先が無いことを思い出したように手を下ろすのだ
足首の筋は切り裂かれ、ずるずると這うことしか出来ないでいる

俺様の顔を見て、それはそれは嬉しそうに笑う

「こた、楽しい?」

『佐助が居るから』

こくこくと頷き、幸せだとでも言うようにため息を吐く
見上げてくる頬はうっすらと桜色に染まっている

擦り寄ってくる小太郎を抱きかかえ布団まで運んでやる

「包帯取り替えるよ」

大人しく横になったまま、興味深げに俺様の手元を見つめてくる
口元は不思議そうにぽかんと開かれ、
真っ赤な髪の隙間から覗く瞳はどこか楽しそうだ

「…どうしたの?」

あまりにもじっと見つめてくるものだから、不思議になってそう訊ねる
別に何もおかしなことはしていない筈だ

『佐助の手、温かくて気持ちいい』

『人に触られるのなんて気持ち悪いだけだと思ってた』

『でも、佐助は嫌じゃない』

それが不思議なんだ、と首を傾げる姿は愛らしい

「あーもぉ、小太郎可愛い」

頭をぐしゃぐしゃと撫でてやれば声も無く笑う
失った手を伸ばしてくる

『佐助に触られるの、好きだ』

残った腕にそっと口付けを落とせば、
くすぐったそうに身をよじり、頭を摺り寄せてくる

「俺様も小太郎に触るの好き」

声の無い伝説の忍はもうどこにも存在しない
居るのは四肢を無くした小太郎だけだ
もう戦に出ることはおろか、日常生活さえままならない
無力な小太郎しか居ないのだ

今俺様が逃げてしまえば容易に息絶えるであろう小太朗
母を慕う幼子のように純粋な小太郎
幸せそうに笑う小太郎

小太郎が気に掛けるであろう全てを奪ったのだ

選択の余地を無くして、優しく手を差し伸べた

眩暈がしそうな程の幸福感を覚える

ここは俺様と小太郎だけの世界

「愛してるよ、小太郎」






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