凡 庸
後
昨日の夜から佐助が居ない
つまらない
退屈
寂しい
悲しい
ずっとここに居て欲しい
もっと頭を撫でて欲しい
遠くで揺れる白い花を眺めながら佐助の帰りを待ちわびた
「こた…」
佐助の声に振り向けば、戸に掛けられた血まみれの手
そのまま倒れこんだ佐助の側に這っていく
『佐助』
「ごめん」
『死ぬのか?』
「ごめん、小太郎、ごめん」
もう無理だよ
声も無く佐助がそう言った
どうしよう、佐助が泣いている
心臓を鷲掴みにされたように痛い
どうすればいいのか分からない
『佐助、佐助、置いてかないで』
佐助から漂う火薬の香りは主のもの
血まみれで倒れ伏すのは大好きな佐助
「こた、どこ?」
目の前に居る俺の姿さえ佐助にはもう見えない
震える体で手を伸ばす
あぁ、手が無いから佐助の手を握ることすら出来ないよ
『佐助…』
声の無い喉をこんなに恨めしく思ったのは初めてだ
抱きしめることすら出来ない体がもどかしい
「こたろ…」
伸ばされた手に頬をつける
幸せそうに微笑む佐助の視線は虚空を見ている
あっけなく崩れ去った俺たちの世界
『いやだよ、佐助』
止めることも拭うことも出来ずに涙が落ちる
俺の涙が佐助を汚していく
どうしよう、佐助が汚れてしまう
「こた、あの花、見たい…
こたの、好きな花…」
柔らかく笑ったまま佐助が泣いてる
『待って、今連れて行くから…』
四つん這いになって佐助の首もとの装束を咥える
そのままずるずると引きずっていく
包帯越しに擦られる腕から血が滲む
痛みは気にならなかった
ただ、あんまり胸が苦しくて息が詰まるんだ
こんなの初めてで、どうしたらいいか分からないよ
「ごめんね、こた」
前に進む
佐助が見たがった花の方へ
進む、進む
沢山引きずったせいで包帯は解け、傷口には土や小石が入り込んでいる
『佐助、着いたよ』
「良い匂い…」
『見える?風にそよいで風車みたいだよ』
「こた、ありがと」
『佐助、お礼なんていらないよ
だから置いていかないでくれよ』
「ごめん、ごめんね」
お願いだから、泣かないでくれよ
佐助が泣くと苦しいんだよ
そんな風に謝らないでくれよ
俺は佐助と一緒ならなんだっていいんだよ
「大好きだよ、小太郎」
ゆっくり佐助が目を閉じた
ただそれをじっと眺めた
『佐助?』
佐助の隣に寝転がれば血の匂いと佐助の匂い
『死んだのか?』
まだ温かい佐助に頭をすり寄せる
撫でてくれる手はそこには無い
まだ温かいのに、さっきまで生きていたのに
涙は出なかった
痛くて痛くて、壊れてしまいそうだと思った
『佐助、俺は佐助が居ないと生きていけないよ』
地面を這いずる花の茎を口に含む
植物独特の青臭さが鼻につく
茎を、葉をいくつも口に含んでは飲み下す
『佐助、ずっと一緒に居たいよ』
息が詰まってすごく苦しい
『大好きだよ、佐助』
佐助と一緒に過ごせて、俺はすごく幸せだったよ
緑深い山の中
マサキノカズラの咲き乱れる中に二人の男が眠っている
二人とも、その死に顔は穏やかだ
二人の男は死ぬ前に、
大切な相手と少しばかりの幸せな時を過ごしましたとさ
めでたしめでたし
マサキノカズラ
葉、茎、茎液に猛毒のある植物
皮膚炎、呼吸障害、心臓麻痺で死に至る
花言葉:依存
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