04// 「アモール・パトリアエ(祖国への愛)」(1)
「エレンディル、君は長生きするのだな。」
冷ややかな眼差しでディンガル宰相ベルゼーヴァはそう告げると、
城門の中へ消えていった。無限のソウルを持つ者、エレンディルは
その後ろ姿を茫然と見送った。彼女はアンギルダンの副官だったのである。
第一次ロストール戦役。当初はロストールの将軍たちの無能さにより、
ディンガルの大勝かと思われた。
しかし、突如としてロストール軍は驚くべき早さで勢いを取り戻し、
反撃に討って出た。そのロストール軍を率いていたのは、冒険者仲間の
ゼネテス・ファーロスだったのである。エレンディルは驚いた。
ゼネテスがロストールでも1, 2を争う名家ファーロス家の跡取り息子で
あることも知らなかった。彼はそんなことは一切語ろうともしなかった。
ただ、腕の立つ冒険者・・エレンディルはそう思っていた。
戦場で敵味方として対峙した時は、運命の皮肉を痛感したものだ。
その時にアンギルダンとは別れた。アンギルダンは別れの際にお互い
生き延びたら、ディンガルの政庁前で会おう、と告げた。
エレンディルは生き延び、ドワーフ王国へたどり着いた。
ディンガルの政庁へ向かおうとしたが、ドワーフ王国で残党狩りにあい、
その処理に手間取っているうちに時間がたち、ディンガルにようやく
たどり着いた時には既に手遅れだった。
政庁前で、ベルゼーヴァにアンギルダンの処刑という結末を告げられた
のである。アンギルダンは、ロストール攻めの敗北の責任を問われ、
宰相ベルゼーヴァ、内務統括ザギヴと会見しているうちに激昂し、
2人に反逆の態度を示し襲撃しようとしたため、やむなく2人によって
その場で処刑されたという。
エレンディルには、その説明だけでは納得できなかった。
幾多の修羅場をくぐり抜けてきたアンギルダンが、どうして・・。
考えても答えは出なかった。エレンディルは複雑な政治のことをすんなりと
理解できるほど、世間の波にもまれてきたわけではなかった。
冒険者としての評判は高くとも、まだ人生経験という意味では未熟だったし、
若かった。冷酷にアンギルダンの死を言い放ったベルゼーヴァには怒りを
覚えたが、単純にベルゼーヴァやザギヴだけを責める気持ちにも
なれなかった。もし、もっと早くディンガルでアンギルダンと合流できていたら、
こんな結果にはならなかったのではないか?エレンディルは自分のせいで
アンギルダンが死んだのではないか、という罪悪感を消せなかった。
自分を責め、気落ちするエレンディルを見かねてデルガドが言った。
「そんなに自分を責めても始まらんぞ、エレンディル。アンギルダン殿が
死んだのは、誰のせいでもない。戦争という歴史の波の中での運命
だったのじゃ。戦いでは、あまりにもたやすく人の命が奪われる。
アンギルダン殿のこともそんな運命の一つだったのじゃ。」
「そうだよ、エレンディル。アンギルダンさんのために出来ることを考えようよ。
エレンディルがそんなに沈んでちゃ、アンギルダンさんも悲しむと思うよ。」
ナッジもなんとかエレンディルを元気づけようと、精一杯言葉を選びながら
励ました。
「ありがとう、2人とも・・」
「ちょっと、エレンディル!アタクシはどうでもいいっていうの!?」
「えっ、フェティ、励ましてくれるの??」
「いいえっ、アタクシは下等生物のくだらないおセンチな感傷なんかに
付き合ってられないわっ!さあ、新しい依頼を求めてギルドに行くわよっ!」
確かに、いつまでも感傷に浸ってはいられない。また冒険者として依頼を
こなす日々が始まるのだ。
そうしていつもの日々が始まり、依頼をこなす毎日だったが、エレンディルには
一つ気になることがあった。ベルゼーヴァである。
理由はよくわからないが、彼は自分のことを気にかけてくれていた。
「無限のソウルを持つ者」色んな人が自分のことをそう呼ぶが、彼女自身、
それが一体何なのか、どういう意味を持つのか、はっきりとは分かっていなかった。
以前ゼネテスが、目の前の人間を殺すのでもなく助けるのでもなく、
第三の選択をすることが出来るのが無限のソウルではないか、と言ったことが
あったが、その言葉が一番わかりやすかった。だが、自分にそんなことができるか
どうかはわからないし、今回のアンギルダンの件を考えてみても、とても自分に
特別な力があるとは思えなかった。
ベルゼーヴァは、自分が「無限のソウルを持つ者」ということで、何かにつけて
期待してくれたようだ。彼は「人類の革新」を果たすため、と事あるごとに
語っていた。自分には彼なりに気をかけてくれたようだが、アンギルダンに
対する冷酷な仕打ち、4将軍を凡人呼ばわりする態度、その辺りの心情が
理解できなかった。また腹も立った。確かに彼は若くして宰相になり、
政治・軍事とも事実上掌握している。天才的な頭脳を持ち、戦いでも
2刀流、魔法も強いという。確かに優秀だろうが、しかし、冷淡な物言いや
態度はどうも引っかかった。アンギルダンの言葉がよみがえる。
「人の和を信ぜずして、帝国に未来はないぞ、ベルゼーヴァ卿!」
そのアンギルダンがベルゼーヴァに処刑されてしまったのはなんとも皮肉な
ことだが、エレンディルはこの言葉が忘れられなかった。そう、その通りだ。
人を信じなければ、未来はない。信頼関係がなければ、国を治めること
なんてできない・・。
なのになぜ、ベルゼーヴァはあんな態度を取り続けるのだろうか。
アンギルダンが憂いていたことが現実にならなければいいけれど・・。
アンギルダンが心配していたディンガルの未来。彼が命を賭けて守ろうとした国。
副官として戦いに参加して、エレンディルは今、新たな故郷を得たような
気持ちになっていた。育ったのは小さな村、オズワルドだ。しかし母さんも
行方不明になり、村も人の気配がなくなって廃墟と化したらしい今、
第2の故郷はここディンガルなのかもしれない。ディンガルのこれからを思うと、
エレンディルは不安な気持ちを隠せなかった。
ベルゼーヴァに関しては謎だらけだ。何を考えているのか、ディンガルを
どうするつもりなのか、どう思っているのか、いつか聞いてみたいと
エレンディルは思った。
そうして時は流れていく。世界が不安で覆われ、エルファスが救世主として、
人々の心を確実に掴んでいた。その頃、新たな仲間がパーティに加入した。
かつての帝国内務統括にして玄武将軍ザギヴである。ザギヴは魔人マゴスに
体を乗っ取られかけたのを、エレンディルやオルファウスが救ったのだ。
オルファウスの要請もあり、ザギヴは魔力を弱めたうえでエレンディルたちと
旅をすることになった。
魔力を弱めているとはいえ、ザギヴの魔法は強力で、すぐに頼もしい戦力と
なった。エレンディルは、気位の高いザギヴが冒険者中心のパーティに
なじむのか心配していたが、仕事の重圧から解放されたザギヴは思ったよりも
気さくで、すぐにパーティに溶け込んだ。もちろんそれはデルガドやナッジの
気遣いあってこその話だったが。それでもマゴスの復活を恐れるザギヴは、
時折り不安げにたたずんでいた。
ベルゼーヴァに直接疑問をぶつけたのは、そんな頃だった。
ディンガルの宿屋に泊まることにして、食事が終わったあと、ザギヴは散歩と
言って宿屋を出て行った。エレンディルは鍛冶屋に行って武器の手入れを
頼もうと、一人ディンガルの城下を歩いていた。夕暮れの美しい季節。
もう秋だ。エレンディルは鍛冶屋に行こうとしたが、美しい夕暮れにひかれて、
暗くなる前に広場のほうへ散歩してみようかと広場に足を向けた。