05 // 「アモール・パトリアエ(祖国への愛)」(2)

「君か。こんなところで何をしている。」
広場のソリアス像の前で出し抜けに声をかけられて振り返ると、城門から
出てきたのだろう、部下を従えたベルゼーヴァがいた。ぎょっとした表情が
顔に出たらしい。ベルゼーヴァはかすかに皮肉な笑みをたたえて言った。
「君はどうも私を見ると、不安と警戒心を抱くようだな。安心するがいい。
この前も君に言ったが、別に君をどうこうするつもりはない。
確かに闇の神器を巡って君とは敵対状態だが、ネメア様の意思に反して
君を捕らえたり処刑したりはしない。」
処刑、の言葉を聞いてエレンディルはふと、以前から聞きたかったことを
思わず口にしていた。
「ベルゼーヴァさんは、ディンガルという国を愛しているんですか?」
ベルゼーヴァはあまりに突飛な質問に、やや驚きを隠せない様子だった。
「君は・・実に面白い人間だな。私に向かってそんなことを聞いたのは
君が初めてだ。」
しまった、とエレンディルは思ったが後の祭りだった。もう少し上手な聞き方が
あっただろうに、なんてバカな聞き方をしたんだろう。
これじゃいつもの冷淡な笑いで皮肉を返されて終わりだ。
そう思ったが、ベルゼーヴァは意外な言葉を返した。
「残念ながら、私は愛というものがどんなものかを知らない。君にも私の
生い立ちは多少語ったと思うが、何せ私の肉体の父、ウリア・ベルラインも
母もすぐに死んだ。魂の父はシャロームだ。君も奴の性格は知っているだろう。
育ての親はあの妖術宰相ゾフォルだ。邪眼帝バロルは、私を後継者にしようと
目論んでいた・・。」
ここで言葉を切って、ベルゼーヴァは遠巻きに様子を伺っていた
部下たちに先に行くように言ってから言葉を続けた。

「愛がどんなものかを教えてくれるような人物がこの中にいるとは、君も
思わないだろう。こんな環境で育った私に愛など問われても、君が満足
いくような答えは返せん。」気のせいか、ベルゼーヴァの表情には翳りが
あるように思えた。寂しさと言ってもいいかもしれない。
エレンディルはベルゼーヴァの言葉を聞いて、さっきとは別の後悔の念を
抱いた。ベルゼーヴァの生い立ちを知っていながら、こんな質問をするんじゃ
なかった。しかし、ベルゼーヴァが自分の生い立ちを話してくれたのも、
今のように、寂しげな様子を見せてくれたのも意外だった。
それで、つい別の問いもしてみたくなったのである。
今ならベルゼーヴァも色々なことに答えてくれそうだった。
「あの・・どうして私に色々話してくれるんですか?そのつもりはないけど、
神器を集めている以上、私はネメアさんの敵になるんでしょう?そんなに
色々しゃべっちゃっていいんですか?」

今度は苦笑を浮かべながらベルゼーヴァは言った。
「今の君ごときに重要なことを話しても大勢に影響はない。それに、無限の
ソウルを持つ者には私も何かを期待をしたくなるのだ。ネメア様ですら、
君には特別な力を感じている。剣技の素晴らしさや、魔力の強さなどと
いった単純なものではない。人を導く力だ。ネメア様以外にそんな力を
持つ者がいるとは以前は信じられなかったが、今は信じてもいいかも
しれない。さて、話が長くなったな。そろそろ失礼する。私も忙しいのでね。
また機会があれば、執務室を訪ねてくるといい。」
そう言ってベルゼーヴァは立ち去ろうとしたが、ふと足を止めて言った。
「・・・先ほどの問いだが、君なら愛がどんなものかを教えてくれるのかも
しれないな。」
エレンディルは驚いてベルゼーヴァをじっと見つめた。
ベルゼーヴァはまたいつもの皮肉な笑みを浮かべて言葉を重ねた。
「変な誤解をしないでくれ。祖国への愛は、君も持っているのだろう?
いつか聞かせてくれ。この間は聞きそこなったが、無限のソウルを持つ者の
境遇を。ではさらばだ。」
そう言ってベルゼーヴァは部下と共に去っていった。

「エレンディル?」
ぼんやりとした頭を現実に引き戻したのはザギヴの声だった。
「ザギヴ・・。いつからそこにいたの?」
「ちょっと前からよ。ベルゼーヴァ様に見つかったら大変と思って、陰で
あなたたちの話を聞いていたの。ごめんなさい。でも、私は生死不明、
ってことになってるから、あんまり目立つのはまずいのよ。」
「ううん、それはいいんだけど・・。ねえ、ザギヴ、ちょっと時間あるかなあ。
聞きたいことがあるんだけど・・」
ザギヴはその誘いを半ば予感していたような様子だった。
「ええ、いいわよ。なかなかゆっくり話す機会がなかったものね。」
2人はライラネート神殿まで歩きながら話した。夕暮れも次第に
夜の色に変わりはじめていた。

「で、話って言うのは、ベルゼーヴァ様のこと?」
ザギヴがおもむろに口を開いた。
「鋭いなあ・・。まあ、そうなんだけど・・。」
「ベルゼーヴァ様の生い立ちなら、おっしゃっていたとおりよ。ゾフォルたちの
企みによってベルゼーヴァ様は生まれた。実のご両親はベルゼーヴァ様が
生まれてすぐ亡くなってしまって・・」
ザギヴは自分の身の上と重ね合わせたのか、辛そうな表情で
エレンディルを見た。
「ザギヴ・・。怒らないでほしいんだけど、聞いてもいい?」
おそるおそるエレンディルは尋ねた。
「ええ、いいわよ。そんなに恐がらないでちょうだい。なあに?」
「・・あの〜、もしかしたらザギヴはベルゼーヴァさんのことが好きなのかなあ、
と思って・・・」
絶対に怒られると思ったが、ザギヴは怒るそぶりも見せず、静かに言った。
「・・そうねえ・・。どうかしら。少なくとも、ベルゼーヴァ様は私のことを
警戒しているし、マゴスに乗っ取られかねない、危険で弱い人間だとしか
思ってないでしょうね。」
「そんな・・」
「いえ、本当のことよ。だから私がマゴスに乗っ取られかけて力を抑えきれ
なかった時、すぐに私の捜索を打ち切ったのよ。
いよいよマゴスに乗っ取られてしまいそうだし、これで表舞台から消えてくれて
好都合だと思ったのでしょうね。ネメア様の足を引っ張るような人間は
ベルゼーヴァ様には必要ないのよ。」
「ザギヴはどう思ってるの??」
「・・・好きと言っていいのかわからないけれど・・私はベルゼーヴァ様が
うらやましかった。憧れてた。私以上に不幸な生い立ちなのに、あの方は
強い意思でその逆境をはねのけて、今の地位を得た。
全ての苦しみも悲しみも押し返してしまう強さがあの方にはあるのよ。
みんなはベルゼーヴァ様のことを冷酷な人間だというけれど、それは
強さゆえのことよ。生い立ちを知っている私には、ただ冷たい人だなんて
言えない。私もあんなふうに強ければよかった。
これって、ベルゼーヴァ様を好きってことかしら?」
逆に問われて、エレンディルは戸惑った。
「・・どうだろう・・。ごめんね、変なこと聞いて。」
「いいえ、いいのよ。逆にあなたはベルゼーヴァ様のこと、どう思う?
恋愛感情とかじゃなくって、人間としてよ。」
「そうだなあ・・。まあ、気になるからザギヴにこうして聞いてみるのかも
しれないよね。なんだかよくわからない人だな、と思って。」
「私から見れば、ベルゼーヴァ様はあなたを大切に思っていることは
間違いないわ。」
「そう??確かに、気にかけてくれてはいるみたいだけど・・でもそれは、
私が無限のソウルを持つ者、だからだよ。私にもよくはわからないけど、
人類の革新に役立つらしいから、ベルゼーヴァさん風に言うと「利用価値が
あるから気にかけてる」ってとこじゃないかな。
ベルゼーヴァさんも言ってたけど、愛とかじゃないよ、きっと。愛を知らない、
なんてかっこいいこと言ってたし・・」
「まあ、宰相閣下に向かってその口の利き方、勇気あるわね。」
「ええっ!?別に悪気があるわけじゃ・・」
「冗談よ。私はもうディンガルの将軍でも内務統括でもないもの。きっと
そういうところもベルゼーヴァ様は気に入ったのね。」
くすくす笑いながら、ザギヴは面白そうにエレンディルを見つめた。
「ああいう方だから、誤解されやすいけど、ベルゼーヴァ様はディンガルの
行く末を気にしてらっしゃるわ。それに、もっと広い、この世界の行く末も。
だからネメア様に心酔してらっしゃるのよ。何とかしてこの世を正しい方向に
導こうとしてる・・。贔屓目かもしれないけど、それは確かよ。」

「なるほど・・。そうかもしれないけど、きっとそのための方法が私が思う
こととは違うんだろうね。だから敵対関係になっちゃうのかなあ・・。
難しすぎてよくわからないけど。」
エレンディルは、アンギルダンのことを思い出して、そうつぶやいた。
ザギヴはその言葉を聞いて、伏目がちに聞いた。
「エレンディル・・・。アンギルダン将軍はいい人だった?」
エレンディルは返答に困ったが、正直に答えた。
「・・いい人だったよ。副官になれてよかった。」
「そう・・。今更言っても遅いけど・・。ごめんなさい。アンギルダン将軍を
処刑したこと、あれが最良の選択だったかは私にも疑問なの。あの時の
ベルゼーヴァ様の判断は正しかったのかしら・・。
でも、完全に間違っていたとも思えない。
それだけ、その影響力を恐れていたということね・・。
でも、そんなことを言っても始まらないわね。エレンディル、あなたにとっては
とても大事な人だったでしょうから・・」
「大事な人だったよ、とっても。でも、ザギヴ、もういいの。
ザギヴはベルゼーヴァさんの命令でああした。それはわかってるつもりだよ・・。
アンギルダン将軍も、たくさんの戦いをくぐり抜けてきた人。きっと全部
わかってるよ。こんな世の中では簡単に命のやり取りがされてしまうこと。
自分も戦争の中の一つの駒に過ぎないって、分かってたはず。
そういう人だよ。」
「ありがとう、エレンディル。」
「・・アンギルダン将軍が守ろうとした、そして愛したこのディンガルのためにも、
私は私の信じる道を行くよ。今はもうディンガルの将軍じゃない、元の
冒険者に戻った身だけれど、この世界に平穏をもたらすために。
もし私が無限のソウルを持つ者なら、その力をこの大事な世界のために
使いたい。そう思ってる。私の大切な仲間、家族のためにも。」
「・・あなたがそんな考えを持ってくれていて、世界は幸せね。私も、あなたの
おかげで救われた。あとは私次第ね。私も闘うわ。今はまだ、正直言って
マゴスと立ち向かう自信は、完全についたわけじゃないの。
でも、もう少し、あと少し・・そんな気がする。」
「大丈夫。みんな、見守ってくれてるよ。月並みだけど、頑張ろうね、ザギヴ。」
辺りはすっかり日が暮れて、窓には明かりが灯っていた。
「わっ、すっかり日が暮れちゃったね。みんな心配してるかなあ。もう夕ご飯の
時間だよ。ザギヴ、戻ろうか。」
「そうね。話し込んでしまったわね。でも話せてよかったわ。」

あわてて宿屋に戻りながら、エレンディルは思った。
「私の「祖国への愛」、か・・。もしかして、さっきザギヴに言ったことかもね。
この大事な世界のために、仲間のために、家族のために、無限のソウルを
持つ者としてその力を捧げたい。私の祖国って、この世界全部のことかも
しれないなあ・・」今度ベルゼーヴァに会ったら、そう答えてみようか。
そうしたら、ベルゼーヴァさんも、祖国への愛、を語ってくれるかもしれない。
でも、またわけのわからないことを言っている、と皮肉な笑いで返されるの
かもしれないな・・。ベルゼーヴァさんは難しい話ばっかりするからなあ。
言葉使いも堅苦しいし。とエレンディルはため息をついた。
でも、話をするのは結構面白いかも。ベルゼーヴァさんはよくわからない人
だけど、時々意外な反応をするからね。そんなことを思いながら、
エレンディルはザギヴと帰路についた。
ディンガルの空は、闇に染まっていた。
世界はまた、人々の心から来る真の闇に覆われようとしていたが、
まだ一部の人以外はその事実に気付いていなかった。
しかしそんな中でも無限のソウルは輝きを放っていた。
その光が世界の闇と闘うのは、もう少しあとの話である。
誰かのためを願う気持ち、思いやる気持ち。
無限のソウルを持つ者は、周りの人間を変えながら、輝き続ける。
祖国への愛とともに。

終わり


あとがき
文章を書くのって難しい、と「夢にみる(アイリーンのSS)」で思い知ったのに、
またもや挑戦してしまいました。
ザギヴ、ベルゼーヴァ、女主人公の組み合わせがとても好きなので、
書いている私は苦しいながらも楽しかったんですが、読んでくださった
みなさんが苦しいだけだったらすみません。

ザギヴ、ベルゼーヴァの関係って、PS版とインフィニットではかなり変化してます
よね。PS版では、ベルゼーヴァはザギヴについて「気をつけたほうがいい」、と
いう感じで主人公に忠告する場面もありました。インフィニットではその場面が
なくなっているように思います(違っていたらすみません。ご指摘いただけると
嬉しいです)。
ベルゼーヴァのザギヴに対する評価は、この場面がなくなったとはいえ、基本的には
変わらないように思います。ザギヴが正気を保っている限りは、ザギヴは帝国に
対して忠実だし、それなりに優秀だが、マゴスに乗っ取られる危険性を考えると
心底信用はできない。いつマゴスに乗っ取られて帝国に牙を剥くかわからない
危険な女。だけどネメアがザギヴを救い、危険な彼女を殺さずにおいた。
ネメアはザギヴがマゴスに打ち勝ち、完全な自由を取り戻すことを願っている
らしい。こういった経緯からも、表立ってザギヴを排斥することはできないが、
機会があれば、帝国の表舞台から消したい。
ベルゼーヴァはこんな風に思っていたのではないかと。

だから、解放軍に襲撃されてザギヴが暴走したときも、ベルゼーヴァは早々に
ザギヴ捜索を打ち切ってしまったのではないでしょうか。ゲーム中でも、
ザギヴの消息の噂の一つとして、「ベルゼーヴァに消された」というものがあって、
物騒だなと思いました。

ザギヴがベルゼーヴァをどう思っているか。これは難しいです。インフィニットでの
追加エピソードで波紋を呼んだ(笑)ものとしてザギヴの執務室で見られる、
ベルゼーヴァがザギヴの肩に手を置いて激励する、という場面が挙げられます。
私も少なからず驚きました。おいおいベルさん何やってんの、という感じで。
ザギヴの反応は、結構というかかなり微妙です。
「あっ・・・」だったでしょうか。私はザギヴがベルに恋愛感情とまではいかなくとも、
憧れの気持ちを持っているのは確かじゃないか、と思って描写しました。
これは私個人の解釈ですので、絶対というわけでも、正しいわけでもありません。
他の解釈をされた方がいれば、ぜひ教えてください。

女主人公をめぐる反応は、さらに複雑なように思えます。ベルゼーヴァは主人公に
何かと気をかけていますが、それはやはり第一には、無限のソウルを持つ者、
だからでありネメアが気にかけているからではないかと。ベルゼーヴァの育った環境を
鑑みると、人間らしい愛情あふれた性格になるとは到底思えません。
まあ、あまり解説してしまうのもどうかと思うので、あとは本文をご覧ください。

ご意見ご感想がありましたら、ぜひお寄せください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。