03// 「夢にみる」(2)

そうして、アイリーンはいよいよ前線に立ち、ロストール攻略が
始まった。戦いは、奇跡の名将ゼネテスの奇策によりロストールの
勝利、カルラは敗走した。

アイリーンはリベルダムの時計塔の前でたたずんでいた。
激しい戦いのことは、今ではよく思い出せない。敗北は自分の責任だ。
認めたくはないが、もしかして心の隅に、ロストールを負けさせたくないと
いう気持ちがあったのかもしれない。だとしたら、私は青竜軍副将として
失格では・・・?
戦いの中で、たった一つだけはっきりと覚えていることがある。
いや、忘れようとしても忘れられそうにない。
「無限のソウルを持つ者」、誰かが彼女のことをそう呼んでいた。
小さい時死んだ幼馴染によく似た、不思議な人・・。エレンディル。
美しい銀色がかった青い髪。一見強そうに見えないのに、あっという間に
大陸でも有数の冒険者と呼ばれるようになった。駆け出しのころから
彼女とは時々話をした仲だった。特に幼馴染に似ていることもあって、
アイリーンのほうから半ば強引に話し掛けていったのだった。

その彼女と戦場で対峙した。ロストールのゼネテスに請われて、
ゼネテスの副将として参戦したのだった。エレンディルはアイリーンを
見ると悲しそうに首を振った。アイリーンは勝負を挑もうとしたが、
エレンディルはただ、悲しげな目をして立ち去った。
それがアイリーンには理解できなかった。なぜ逃げたのか?
ゼネテス副将の立場にありながら、青竜軍副将の自分と戦わず
逃げた。彼女も副将失格か?元々彼女は冒険者であり、ロストールは
故郷でもない。しかし、そんなことよりも、エレンディルは逃げるとき、
後悔の表情も、憎悪の表情も浮かべていなかった。ただ、悲しそうな
顔をしていた。そして立ち去るとき、悲しげながらも安堵の表情を
浮かべていた。

あれは、命が助かったという安堵ではない。アイリーンを殺さずに
すんだという安堵の表情だった。はっきりそうわかったのだ。
残念だが、アイリーンよりもエレンディルのほうが遥かに強かった。
それはわかっていた。アイリーンはそれでも、エレンディルと
戦うことを望んだのだ。しかし、それは果たされなかった。
深い喪失感と、副将としての責務を果たせなかったこと、様々な
思いが駆け巡る。不意に、あの言葉が浮かんできた。

「今でも夢にみる、故郷のことを・・・帰りたいと願う、ただそれだけ」

あの言葉は・・。今ではわかる。あれは、ロストールに滅ぼされた国の
民の言った言葉だ。稀代の策略家エリス王妃は謀略で2カ国を滅ぼした。
そうだ、あれはもう存在しない故郷を想い、帰りたいと願う人々の望郷の
言葉だ。小さかった自分は、その言葉にどれほどつらい想いがこめられて
いるか、わからなかった。あのままロストールにいたら、ずっと理解できなかった
かもしれない。だが、今ではわかる。
幼かったアイリーンは、ただロストールが2カ国を滅ぼしたと聞いて単純に
喜んだだけだ。大人たちは言っていた、ロストールは戦争も起こさず
平和を勝ち取った、と。ある者は王妃のエリスが女の身分ででしゃばって
王をないがしろにしている、と批判した。
色々と言いながらも勝利に喜ぶロストールの国民の陰で、故郷を失った
人たちは傷つき、かなわぬ望郷の願いを抱いていた。

「私も帰りたい・・」ロストールへ帰りたい。だが、今さらそれはかなわぬ
願いだった。ロストール攻略の指揮を執った自分がどうして帰ることが
できようか?きっと母は周囲の冷たい目に耐えているに違いない。
私はディンガルを、カルラ様を守ろうとしただけだ。だが、その想いの
裏でロストールの人たちは傷つき、力尽きていった。
お互いの、仲間を守りたいなんて願いを両方かなえるなんて、人間には
不可能だ。なら、どうしたらいい?故郷にも帰れないなら、私はどこに
行ったらいいの?

ここまで考えたとき、自分に近づいてくる気配があった。
「誰?」
アイリーンは顔をあげた。
そこには銀色がかった青い髪の少女の姿があった。
「エレンディル・・・」

「アイリーン、無事だったのね」
エレンディルは安心したように、そしてどこかためらいがちに
話し掛けてきた。

そのあとのことはよく覚えていない。悩んでいたことをエレンディルに
ぶつけただけだ。いつものように、彼女の意見も何も考えず、
言いたいことを言っただけだ。
「守りたいもの同志が傷つけあって・・どうしたらいいの!?」
そんなことをエレンディルに言ったような気がする。
もちろんエレンディルに答えられるとは思っていない。
彼女も困った顔をし、無言だった。この問いへの答えは人間では
出せないのだ・・。たとえ無限のソウルを持つ者でも・・。

「開け放つもの」
小さいころに聞いたおとぎ話が頭に浮かんだ。自分の心と引き換えに
心を開け放ってくれる魔人の話。
それが一体どういうことなのか、はっきりとはわからない。そもそも
単なるおとぎ話にすぎないのかもしれない。本当にそんな魔人がいる
のかどうかも怪しい。だが、アイリーンには、もはや自分のこの苦悩を
救ってくれるのは、この魔人しかいないような気がしていた。
どうすればお互いを傷つけず大切なものを守れるのか。
どうしたら全ての人が幸福に暮らせるのか。
自分には何もできない。だが何もできないからと知らないふり、何も
気づかないふりをしてこれから生きていくことも出来そうになかった。
誰かに助けてほしかった。本当は魔人などではなく、無限のソウルを
持つものに助けてほしかった・・・。そんな願いがあったからかもしれない。
エレンディルに「開け放つもの」の話をして、アイリーンはリベルダムの
時計塔から走り去った。

気が付くと、アイリーンはオズワルドの町へ向かっていた。最近連絡が
取れなくなったという町だ。どうやら噂では魔人に滅ぼされたとのことだった。
アイリーンはそれを聞いて、オズワルドに「開け放つもの」がいるのでは、と
思ったのだった。カルラ様にもなにも告げずにリベルダムを離れてしまった。
もう青竜軍には戻れないだろう。それどころか、生きて帰れるのかもわからない。
魔人が無償で人間のために何かしてくれるなど聞いたこともなかった。
彼らは人間の願いをかなえることもあるが代償を要求するという。
だが、それでもアイリーンは救いを求めていたのだ。
意を決して、アイリーンはオズワルドの町へ入って行った。

そのころ、無限のソウルを持つ者、エレンディルは「名前を知るもの」
魔人ネモに「開け放つもの」の所在を確認していた。
オズワルドに「開け放つもの」、魔人ヴァシュタールはいるという。
エレンディルはオズワルドに向かう準備をした。あの時アイリーンと
戦わなかったせいでアイリーンは悩んでいたのか・・?はっきりとは
わからなかった。だからこそ、エレンディルはアイリーンに確かめてみる
ことにしたのだ。自分に何ができるかはわからない。ただ、ゼネテスが
言った言葉を思い出した。

「目の前の人間を生かすのでも殺すのでもない、それを超えた
第三の選択・・。お前さんならそれができるかもしれん」

そう、第三の選択をするために。

終わり


あとがき
ジルSS第一弾はアイリーンのストーリーです。アイリーンは
ゲームではあまり使ってないキャラですが、インフィニットでの
追加イベントで印象に残る存在となりました。
PS版では第2次ロストール戦役にて対峙し、こちらが逃げたあとは
アイリーンは消息不明になってしまいますよね。
アイリーンに限らずPS版は仲間にならなかったキャラのその後が
語られてないことが多く、それが残念な点でもありました。

ですがインフィニットではロストール戦役で逃げたあとでも
アイリーンを仲間に出来たので嬉しかったですね。「究極攻略」
のスタッフのコメントに、このアイリーン加入のイベント(ヴァシュ
タール経由とでも言うべきか)をインフィニットで入れられて
嬉しい、思い入れがある、という趣旨のものがありました。
その思い入れも納得のいいイベントだったと思います。
PS版ではアイリーンにそれほど強い思い入れがなかった私
ですが、SSを考えるときに真っ先にこのイベントを思い出し、
書きたくなりました。

技術的にとても未熟だとは思うのですが、何かを感じて
いただけたら嬉しいです。これ以上の言い訳は書かない
こととして、もしご感想やご意見等ありましたら、よろしく
お願いします。

ここまで読んでいただき、感謝しています。
ありがとうございました。