02 // 「夢にみる」(1)
そんな言葉をいつかどこかで聞いた気がする。
あれはいつだったか・・。子供の頃だ。ずっと昔、まだその言葉の
意味もよく分からないような子供の頃・・。理解できないことが
幸せだった、あの時・・・。
「アイリーン様??」
ディンガル軍士官の心配そうな顔が目の前にあった。
我に返った。ぼんやりとしていたらしい。
「ごめんなさい。何か用事?」
「はい、カルラ様からの伝令が来ております。至急こちらへ。」
「わかったわ。」
急いで兵士に従いながら、アイリーンはふと思った。
最近、疲れている。自分でもそれが分かる。
その原因も、分かっている。ような気がする・・・。
徹底的に破壊され、廃墟のようになったリベルダムの街。
リベルダムのシンボルである、魔法仕掛けの時計塔を見ながら
アイリーンは歩みを速めた。
その日の任務が終わり、アイリーンは宿舎に戻った。
息をつく。今までのことを思った。父親のような騎士になることを
目指してオッシの道場で剣の稽古をしていた頃。ロストールでは
女は騎士にはなれない。そのことを知った時の落胆。
母親の反対を押し切って、騎士になるため旅に出た時のこと。
カルラの副将になった時の喜び。騎士として活躍できる。
正義のため、民のために尽くすのだ・・。
しかし、今はどうか?確かにディンガル軍、特にカルラの率いる
青竜軍は連勝に連勝を重ねてきた。ロセン攻略、リベルダム占領。
神速の天才将軍カルラは才能あふれる人間だ。それは間違い
ない事実であり、有能な将軍の下で働けるのは幸せなのだ。
ロストールの将軍たちは、ゼネテスが出てくるまでは無能な人物
ばかりだった。第一次ロストール戦役のとき、それを痛感した。
母国は身分制度に囚われすぎて、有能な人物が出てくるのを
排除してきたように思えた。貴族しか将軍になれない。これでは
有能な人物は集まらないだろう。
そんな古い因習に縛られる母国ロストールにいるより、実力さえ
あれば出世できるディンガルに仕えていることを誇りに思ったものだ。
身分や性別ではなく、自分の実力が認められて青竜軍副将になった
のだ。しかも、自分は敵国ロストールの出身なのに、カルラは自分を
認めてくれた。ずっとカルラの下、ディンガル帝国に尽くすつもりでいた。
だが、リベルダム攻略。これが、今の複雑な思いの全ての始まりだった。
カルラは、リベルダムを徹底的に破壊するよう命じた。それもこともなく、
どこかに行け、と命令するかのようないつもの気軽な物言いだった。
リベルダムを破壊して、他国の戦意を喪失させ、戦争を未然に防ぎ
結果的に被害を最小限に食い止める。ディンガルだけでなく他国の
被害も抑えることになると言うのだ。そしてここで言う「他国」とは、
主にアイリーンの故郷ロストールを指していた・・・。
カルラ様の言うことは正しい。アイリーンは今までそう信じていた。
今回のリベルダム破壊の意味もわかっていた。理解したつもりだった。
ディンガルの圧倒的な強さを他国に見せ付ければ、それに刃向かおうと
する者などいなくなるはずだ。
そう思っていた、そう思いたかった。しかし・・。
アイリーンはただ、そう信じたかっただけだった。
リベルダム占領後、破壊され尽くした街にアイリーンは残り、占領後の
治安維持を任されている。街の人たちは意気消沈していた。故郷の街が
破壊され、気力をなくした人たち。そんな人々を見るだけでも辛かった。
だが、時が経つにつれ、人々は立ち直り、リベルダム再興に向けて動き
始めたのである。当初アイリーンたちディンガル軍は、反乱の機運が
高まったかと恐れたが、そうではなかった。人々は、店を出し、道端で
再び商売を始めたのだ。商業都市リベルダムは再び動き始めたのだ。
また、そんなリベルダム復興の動きに反応するように、他国もディンガルを
恐れるどころか、その非道ぶりに対して反発を強めた。
ここに来てアイリーンは人々の生命力の強さを改めて思い知らされた。
人間は強い。軍人でなくとも、命失われない限り、人々はどんな絶望的な
状況からでも再び立ち上がる。人々は自分が考えているよりずっと強い
のだ・・。リベルダムでそういった人々の姿を見るたびに痛感する毎日だ。
みんな輝いて見えた。ここでは誰も希望を捨てていないのだ。
自分はどうか?占領者として、どこからか向けられる反発のまなざし。
恐れの目、軽蔑・・・。
自分はこんなふうに見られるために、騎士になったのか?
疑問は消えなかった。
ではカルラ様は間違っていたのか?かえって他国の反発は強くなり、
戦争を未然に防ぐどころか、今ではいつ戦争が始まるか、一触即発の
危機にあった。カルラはそういった事態も当然予測したうえで、準備を
進めていた。
そう、アイリーンの故郷、ロストール王国との戦争に備えてである・・。
アイリーンは思った。なぜ、こんなことになってしまったのか?
騎士とは民を助けるのが使命ではなかったのか?
どうして侵略者になってしまったのか?
私はそんなものになるために騎士になったのではない。
しかし、ディンガルのために尽くせば尽くすほど、敵対する他国の
人たちを傷つけていくのもまた事実だった。
そもそも自分はディンガルの出身ではない。だが故郷は自分を
認めてくれなかったのだ。それも女であるというだけで。
自分は故郷を捨てたつもりだった。二度と戻らない、そう思いさえ
したものだ。実際、母親にはずっと会っていなかった。
だが・・。ついにカルラから話があった。いよいよロストールを
攻めるという。アイリーンはその時、とっさに自分をロストール攻めの
責任者にしてほしいと願い出た。カルラは了解してくれた。
だが、本心も見透かされていたようだ。アイリーンは、ロストールを
カルラや、他の者の手で蹂躙されたくなかったのだ。
リベルダムの攻略のときのような、軽い口調でロストール戦略を
指示されるのは耐えられなかった。
カルラは実際はその物言いのような性格でないのは誰よりも
理解しているはずのアイリーンだったが、それでも他の誰にも
ロストール攻めは任せてほしくなかった。
責任者にする、と言ったときのカルラの目は心なしか悲しく見えた。
結局はアイリーンも故郷を捨てられない、それを悲しく思ったのか?
それとも、そんなにまで故郷を愛するアイリーンをうらやましく思い、
嫉妬すら覚えたのか?
それは誰にもわからない。ただ、カルラだけが知っている。
日は流れ、戦争が始まった。