AK250ボディ編、その3.ジャッキの謎。

●マイホームページにリンクしていただいている越前さんが「オールジャパン・ホンダスポーツミーティング」に参加したそうだ。
 ホンダスポーツのオーナーは、ホンダ四輪のルーツ、AKのエンスーも多いらしい。そのオーナーの方々とAKのジャッキの件で話が盛り上がったらしい。
 話によると、ジャッキが紛失しているAKが非常に多いとのこと。
 私のAKたちは左の画像のように、ホイールレンチを兼ねた取り付けパイプナットようなものでしっかりとボディに取り付けられている。これが紛失してしまったのはなぜか?年式の違うAKを見ていて紛失の原因が見えた。
 
AK各部を検証していくと1964年型と1965年前期型までは同じボディであるのがわかる。これはオイルバスを使用しているAKまでかも?1963年式にはアオリにHONDAのプレスが入っていない。

 越前さんのホームページの検証を拝見すると、ジャッキは数種類あったらしい。
安全性の向上や、コストダウン等によるデザイン・材質変更は当たり前であるが、ホンダはこんなところまで・・・。
 コレでは自前のジャッキが使えなくなり「いいやついていなくても・・」と考えた昔の軽トラオーナーはAKのジャッキをしまいこみ、いつのまにか処分してしまったのではないか?
●AKのジャッキの正しい使い方。 ★以上がジャッキの正しい使用法。私のAKは残念ながらホイールレンチを回すためのバーが欠品だった。
@パイプレンチをバーで緩め、ジャッキ本体をボディから取り外す。 Aシート左サイドに取り付けられているジャッキバーをバーで回転させジャッキを伸ばす。 Bジャッキ本体を止めていたホイールレンチでホイールナットを緩める。
●ジャッキ紛失物語。
 中左、前期型のホイールレンチ取り付け部ボルト。中右、後期型の同じ部分。ネジのピッチが明らかに違う。なぜこんなところまで設計変更したのか?最右はホイールレンチ前期・後期。(後期はホイールレンチは兼ねない。) 
 
仮説。
 当時の道路事情は良くなかった。AKが活躍していた場所も当然非舗装道路が多かった。
 パンクが頻発してスペアタイヤ交換にホイールレンチは大活躍。数年間使用していたホイールレンチが破損してしまった。使えないことは無いので、だましだまし数回使用していたが、そのうちに数十年が過ぎた。
 とうとう数十年後、完全に使い物にならなくなった。そして必需品である部品を注文したが、設計変更が頻繁に行われていたホンダではすでに前期型用、後期型用で統一された部品になっていた。
  統一になってしまったホイールレンチはネジピッチが合わずジャッキ取り付けの用を足さなくなってしまった。
 ジャッキを固定できないと、ボンネットフード内でジャッキが暴れボンネット内が傷だらけ、さらには他部分の破損にもつながる。ジャッキはボディから取り外され、納屋に保管。長年使わずにいたジャッキはAKを処分するときに車体とは別々に処分されてしまった。

・・・・・とかいう場面が数十年にあったのではないだろうか?これならばジャッキ紛失の理由がつく。せめてねじ山さえ統一していてくれたら・・・・・。


●ボンネットフードヒンジ
1964年式、ヒンジに開閉サポート用のバネが付く。 1965前期型、1964年式のバネが省略される。 1965年後期N360等のボンネット支えバーを短くしたような物が付く。
●その他の気になる部品
1964年式についている「殺人ミラー」の足部分だけ。 1965年式メインスイッチ。左前期型、右後期型。 ●上、1964年&1965年前期型用。下1965年型以降〜BK。

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