「……どう思うかね?」
        赤騎士団副長が、今では信頼する腹心となった第三騎士隊長に問い掛ける。両者の間の卓の上には一通の書簡が鎮座していた。取り上げ、内容を吟味した後、騎士隊長は控え目に言った。
        「文面上の、「カミューより劣る」という一節が曖昧すぎて、何とも……。わたしも剣を交えれば、彼にはとても及ばぬでしょうし……」
        律儀にも書状に記された通りに、胸に手を当てて行われた返答を受けて、ふむ、と副長も首を傾げる。
        「わたしも同じだよ。剣技といい、沈着な思考といい、彼は数十年に一度の逸材だからな、そうそう勝る騎士はないだろう。だが……続出する位階者の退団が、よもや脅しによるものだったとは───」
         
        この一月の間に、赤騎士団の位階者はすっかり顔ぶれを変えていた。第六隊長の退団によって生じた空位を埋める間もなく、第八、第五、第四、第三の順に騎士隊長が次々と騎士団を去って行ったのである。
        残されたものは大変だ。
        どうせなら\めて辞めてくれれば引継ぎも一度で済むのだが、パラパラと小刻みに欠けていくものだから、新たに与えられた部隊の騎士の名を覚える暇もない。最もひどい例では、着任歓迎会の翌日に送別会が行われたときすらあった。
        団長以下、これはいったいどうしたことかと首を捻る中、最後に辞めた第三隊長が、たまたま留任を試みた副長に堪えかねたように差し出したもの、それが件の書簡だ。ついでに彼は、これまで位階者に起きた諸々も盛大にぶちまけて、肩を落としながら去って行った。
        そんな訳で、内容が内容だけに、そのまま書簡を自団長に提出するのも躊躇われ、一先ず第三隊長を招いて意見を求めた副長だったのである。
         
        「だいたい、こんなものを受け取っていながら、内輪で解決しようというあたりからして間違っている。君には一言の相談もなかったのだろう?」
        副長の問い掛けに、第三隊長は小さく苦笑した。
        「カミューを推挙した日より、わたしは何かと疎外されがちでしたから」
        「結果的には、それが幸いしたような感もあるがね」
        副長は書状を摘まんで、ヒラヒラと揺らす。
        「今のところ我々は「ファントム」の魔手から逃れている。蛙もヒイラギの葉も生ゴミも、部屋には見当たらない。頭の上から泥水が降ってきたこともない」
        はあ、と返してから、僅か一月あまりのうちに第七隊長から一気に第三隊長にまで昇ってしまった男は、嘆息気味に問うた。
        「副長、このところ団内に囁かれている噂を御存知でしょうか? 「騎士団には怪人が棲む。長き不遇を舐めた美貌の騎士を愛おしんで、彼の人を晴れの舞台に導こうとしている」───単なる与太話かと思っておりましたが、実際にこの書状を見ますと……」
        「誰かがカミューを昇格させるために、上位騎士を退けている訳だな。その噂、カミューも知っているのだろうか」
        はて、と騎士隊長は眉根を寄せる。
        「自らへの噂話には疎い向きがございますからな。それにこうも位階の変動が激しくては……。彼よりも位階者として長いわたしでも新部隊に馴染むので手一杯です。上位者の異常な欠落を訝しく思ったところで、何が出来るでもありませんでしたし……」
        やれやれ、と副長が目を閉じた。
        「それにしても、児戯のような嫌がらせだ。そのくせ、痛点を突いている。なまじ馬鹿らしい攻撃であるだけに、やられた側は戦う気力も削がれてしまう」
        それから彼は、騎士隊長を引き寄せて小声で囁いた。
        「……が、どうだね? だいぶ風通しが良くなってきたとは思わんか? 妙な選民意識を振り翳す連中が消え、代わりに位階者入りしてきた者たちは真面目で一生懸命だ」
        「はい、それは確かに……」
        「あとは我らがこのまま「ファントム」の敵意を受けずに済めばな。少なくとも、前よりも部下に信頼される中枢集団を作り上げられる気がするのだが」
        揶揄めいた調子で語る副長には不安の影がない。力量云々はともかく、「ファントム」の標的にされて騎士団を去った位階者に比べ、日々実直につとめ上げている自負があるからだ。
        それは騎士隊長も同じだった。副長の手に握られた封筒と書を見遣り、しみじみ思う。
        「ファントム」───赤騎士団位階者に取り憑いた怪人。
        自室に蛙を投げ込まれたもの、寝ている間に撒きビシさながらにヒイラギの葉を床に敷き詰められたもの、風呂に入ろうとしたら浴槽に生ゴミが溢れていた騎士が二人、巡回に出ようと中庭で部下の整列を待つ間に泥水が降ってきたのが一件。
        恐ろしいほど姑息だ。並みの思考では量れぬ、嫌な攻撃である。
        だが、その行動力には目を瞠るものがあるようだ。
        第三隊長の言によれば、襲われた騎士隊長らも、彼らなりに自衛や捕縛を試みたらしい。ところが、これだけ派手に動いているのに、未だ敵の正体が掴めない。全身を覆う黒マントに、顔を隠す白面。少なからず目撃情報はあるのに追い付けない。
        特に、最後の騎士隊長が泥水を被ったときには、上方でバケツを振った「ファントム」の傍を通り掛かった騎士までいたのだそうだ。なのにこの人物は、相手の異様な風体に呑まれたのか、「仮装の練習か」などと質すに留まり、あっさりと行かせてしまった。
        『顔は分かりません。白い、石膏のような面で丸々隠れていましたから』
        泥塗れになって放心する第三隊長の代わりに聞き取りを行った第一・第二隊長の前で、騎士はたいそう呑気に証言した。
        『……で、仮装舞踏会はいつ行われるのですか?』
        退出を命じられると、こんなふうに問い返してすらみせたのだった。
         
        「……騎士たちも薄々感じ取っているのやもしれぬな。手法は姑息ながら、「ファントム」の行動が赤騎士団の上層を変化させているのだと」
        副長の意見に第三隊長は頷く。
        新しい部隊を任されるたび、そこに渦巻いていた前任者への憤懣を痛感した。「やっと心から仕えられる上官を得た」と、言葉は選びながらも、騎士らは口々に言っていたのだから。もっとも、期待を喜ばしく思う暇もなく、彼自身は上位部隊への移動を余儀なくされたが。
        新しく選出された騎士隊長らへの不満は一切聞こえてこない。第三隊長の目から見ても、新任者たちには辞めたものになかった誠実がある。
        彼らは出自で人を差別しないし、戦場で部下を盾にすることもないだろう。精一杯の力で自部隊を護り、\めていこうとする気概がひしひしと感じられる。
        過程はどうあれ、変化は変化だ───やがて副長の結論はそこに辿り着いた。彼は、怪人からの書状を細かく裂いて、卓の脇の屑入れに撒いた。
        「ともあれ、この書状、カミューに関する一節だけは当人の耳に入れぬようにしたいものだ。知れば、怪人の手を借りて昇進していると、自らを責めかねない男だからな」
        思い遣り厚い副長の言葉に、騎士は深く頷いた。
        「……ついでに「ファントム」とやらが我らに目をつけぬよう、それも祈ってみよう」
        ポソと付け加えられた一節にも、騎士は丁寧に一礼した。
         
         
         
         
        抜け落ちる櫛の歯の如く味方が去って、今やそう呼べるのは互いだけとなった第一・第二隊長は、食堂の一画で、溜め息を伴奏にした気鬱な昼食を取っていた。
        「どうした、食が進まぬようだな」
        はあ、と第二隊長が項垂れる。
        「少々風邪を引いたようで……駄目ですな、鼻が利かぬと食事の味も今ひとつな気がして、食欲が沸きませぬ」
        ───否、食が落ちているのは暗澹を抱えているからだ。大きな声では言えないが、怯懦があらゆる意欲を奪っているのである。
        「……次はどちらだろうな」
        第一隊長が呻くと、弾かれたように顔を上げて男は呻いた。
        「ふ、副長たちは除外なのでしょうか、やはり」
        「彼らは最初からカミューの肩を持っていた。位階を賜ってから今日まで、そこそこ武功も挙げているしな……」
        第二隊長は身を捩った。
        武功こそ時の運なのに。自らとて、それらしい場を与えられさえすれば───相変わらず部隊の先頭に立つ気もないまま、そんなふうに男は思う。
        やはり自室に張り番を置くべきだったのではないか。
        仲間の意を一蹴した第一隊長に恨みがましい目を向けて、彼は忍び寄る影に恐怖した。
        五人目は部屋の外で襲われたのだから、張り番を置いたところで防衛にはならなかったかもしれない。それでも、中の一人でも功を奏せば、「ファントム」の襲撃対象は二者択一まで進むこともなく、今よりはよほど心強かっただろうものを。
        「……いっそカミューに頼んでみたら如何でしょう」
        「何を頼むのだ」
        「ですから、「おまえの支持者が騎士隊長の放逐に掛かっている、何とかしろ」、とか……」
        ちっと舌打ちして第一隊長は切り捨てる。
        「あやつに縋ったと周囲に知れたが最後、己の身も護れぬ腑抜けと、団内のみならず騎士団中に嘲笑されるぞ」
        嘲笑は嫌だが、蛙も生ゴミも嫌だ、そう第二隊長は心中で零した。
        もう、第一隊長に義理立てている場合ではない。
        せっかくここまで極めた地位を怪人に奪われる前に、カミューに頭を下げて頼ってみよう───そう思わずにはいられなかった。
        唯一の仲間の叛意も知らず、第一隊長がポツと言う。
        「そろそろ行くぞ。午後はゴルドー様をお迎えしての閲兵式だ、遅参はまずい」
        従順に頷いた男は、先に立ち上がった騎士を追おうとした。が、そこで何気なく振り向いた第一隊長が眉を顰める。
        「……おい。踵が壊れているぞ」
        背後に響く、やけに大きな足音を訝しんだのだった。指摘された第二隊長が慌てて足元を窺うと、言われたように軍靴の底が擦り減って、踵の金具が剥き出しになっていた。
        「ゴルドー様は、あれでなかなか身だしなみに厳しい御方だ。咎め立てされぬよう、替えてきた方が良い」
        「はあ……」
        前は心安らぐ場だった自室が、今は扉を開けるのにも恐々としなければならない。躊躇いを上らせた男から、第一隊長は忌ま忌ましげに目を逸らせた。
        「さっさと行け。見苦しいぞ、第二騎士隊長ともあろうものがビクビクと……」
        「は、はい。申し訳ございませぬ」
        不安を隠し切れぬ面持ちで、それでも騎士は自室を目指して歩き出したのだった。
        いざ、扉の前に立ち、彼はやはり逡巡した。
        が、ここで悩んでいても埒が開かない。この際、誰か目についた騎士に一緒に入室して貰おうとも考えたのだが、そういうときに限って廊下に人通りはなかった。
        押し開けた扉のうちに、そろそろと顔だけを入れて室内を見回す。一見したところでは異変はないようだが、油断は出来ない。箪笥に浴室、引き出しや布団の中、「ファントム」の悪意が何処に潜んでいるか分からないのだから。
        一つ一つ慎重に検分していくうちに、不意に笑い出しそうになった。
        本当に、何をおどおどしているのか。
        最後の隊長への攻撃は自室外で行われた。つまり「ファントム」は趣向を変えたのだ。室内への警戒が強まっているのを悟り、戦法を改めたのに違いない。
        今後は頭上に注意しよう。
        部下に命じるのも一計だ。いざというときは総出で上官を護れと徹底的に薫陶しておけば、何もグラスランド出身の若造などに頼らなくても───
         
        第二隊長は、これまた特に異変が見られなかった箪笥から替えの靴を取り出した。
        このとき、もう少し注意深くなっていれば、悲劇は防げたのかもしれない。だが、彼の意識は既に閲兵式へと移りつつあり、遅れまいと焦っていた。
        壊れた靴を履き捨て、代わりの品に片足を入れて。
        刹那、潰れた悲鳴が西棟中に轟き渡った。
        その日の閲兵式に、赤騎士団・第二隊長が姿を見せることは終になかった。
         
         
         
         
        副官を従えて、整列した騎士の前に立った男が、やや独言めいた口調で言う。
        「位階者の顔ぶれが、前とは随分違うな」
        それを聞くなり、赤騎士団長が列から飛び出した。揉み手の様相でおずおずと説く。
        「このところ、退団者が続きまして……。がしかし、後任は厳性なる審査によって選出しておりますゆえ、戦力的に何ら問題はございませぬ」
        ───嘘である。
        新しく騎士隊長に就任した男たちは、確かに真面目で実力のある騎士ばかりだ。その殆どは小隊長としての経験を有しているが、部隊長ともなれば幾倍もの騎士を指揮せねばならない。
        前任者の指揮に慣れたものを自らの遣り方に馴染ませるには相応の時間が要る。この間、一時的な戦力低下が生じるのは如何ともし難いのである。
        まして此度は、馴染むどころか、素通りに近い状態で担当部隊が変わっているのだから、問題ない訳がない。
        取り繕いにしかならない言葉を吐いた自団長を、だが赤騎士らは黙して見守った。
        今や末端の平騎士でも、程度の差こそあれ、何故こうも位階者が続けざまに辞めたのかを知っている。
        ただ、この事態は歓迎されていた。地位に溺れ、部下への情を失った男たちの退場に快哉を叫んでいるのが現実なのだ。
        だから、全騎士団の長、白騎士団長ゴルドーの反応は気になる。あまり急激な変化を好まず、辞めていったものを呼び戻せと言われては堪らない。このため、何とか往なそうと試みる赤騎士団長に、胸のうちで声援を送っているのである。
        赤騎士一同の必死の念はゴルドーに届いたようだ。彼は顎髭を撫でながら口元を緩めた。
        「良いではないか。各部隊の先頭に五十過ぎの騎士が並んでいるより、今の方がずっと力強く見える。無論、経験に富む、歳を重ねた位階者も必要だろうが、あまり多すぎても雰囲気が薄暗くなるからな」
        好き放題の感想を述べながら、隊長位騎士を一人一人吟味するように眺め始めたゴルドーが、ふと眉を寄せた。
        「……一人足らんぞ」
        整った列の間にすっぽりと空いた穴。第二部隊の副官が慌てて声を張る。
        「も、申し訳ございません、ゴルドー様」
        「隊長は如何したのだ」
        それが、と口篭って男は頭を下げた。
        「ここ数日、風邪気味でいらしたようですので、医務室に行かれたのではないかと……」
        「……「ではないか」だと? 副官ともあろうものが、部隊長の所在も把握しておらんのか、怠慢な!」
        たちまち機嫌を急降下させたゴルドー、震え上がった騎士を見て、赤騎士団副長が静かに言葉を挟んだ。
        「本日、この場に集合するのは先達て来の取り決め事、不在に戸惑っているのは、その者ばかりではございませぬ。何とぞ御容赦を……」
        次いで第三隊長も背を背を正した。
        「推測であれ、「医務室」と口にしたのは、上官の体調を案じる心のあらわれにございましょう。どうか心情を御汲み置きいただきたく、重ねてお願い申し上げます」
        第二部隊副官は、二人の取り成しに涙目になっている。他の騎士たちも、この二人が「ファントム」の魔の手から隔てられている理由を目の当たりにしたような思いで、溢れる敬意を噛み締めていた。
        両者の言い様に呼応するかの如く一斉に礼を取った一団を前にして、ゴルドーも渋々ながら怒りを納めた。
        気を取り直した面持ちで騎士隊長らへと視線を戻した彼は、一瞬前の激昂が何だったのかと思われるほど唐突に、満面の笑みを浮かべた。
        「おお、そのほう……カミューと言ったな。いつぞや、剣を見た。実に見事な戦いぶりであったぞ」
        名指しされた青年は、優美に微笑んで一礼する。
        「御見知りいただき光栄です、ゴルドー様」
        「あの折には、無位であったのを怪訝に思ったほどよ。我が白騎士団所属であれば引き上げてやれようものを、とな」
        「勿体ない御言葉です」
        ふむ、とゴルドーは青年の立ち位置を数えて腕を組んだ。
        「第四隊長か……。あの剣技から見るに、まだ低いくらいではないか」
        じろりと赤騎士団長を一瞥しながらの呟き。言葉に詰まった自団長の代わりに、カミューは静かに首を振った。
        「若輩の身で第四位階を賜っただけでも、過分な処遇にございます」
        何しろ、あれよあれよという間に昇進が続き、気付けばマイクロトフの位階まで越えてしまっていた。これでは部隊指揮官として手腕を揮うどころではない。実際カミューは、自身が騎士隊長としてどれだけの才覚があるのかすら量れぬままでいる。
        この上、横槍を入れてくれるな───そんな心地で洩らした一言は、ゴルドーを感服させたようだった。彼は豊満な体躯を揺すって笑い出した。
        「何と無欲な。そう言われては、ますます肩入れしたくなるではないか」
        その頃になると、居並ぶ赤騎士の顔には穏やかならぬ色が漂い始めていた。これは、主君の関心を一身に受ける青年への嫉妬ではない。青年への下心が見え隠れする主君に対する苛立ちによるものだ。
        実情は分からぬながらも、異様な空気を感じ取ったのか、ゴルドーの背後に控えていた白騎士団副長が努めて話題を変えるように口を開いた。
        「ときに団長殿、妙な噂を耳にしました。隊長たちが騎士団を辞したのは、何者かによる脅迫を受けたからだ、という話なのですが……」
        赤騎士団長はぎくりと竦み上がった。
        彼は、脅迫者の真の意図がカミューを昇格させることにあるとまでは知らない。が、もはや公然の秘密となった脅迫者の「攻撃内容」について触れられるのだけは何としても避けたかった。それゆえ、認めるところは認めて、さっさとこの話を切り上げてしまおうと考えた。
        「恥ずかしながら、その通りだ。然れど、所詮は脅しに屈した脆弱な騎士隊長たち、欠いたところで何ら不自由はしていない」
        聞くなり第一隊長は、ちらりと自団長を一瞥して顔をしかめた。次は自分か、第二隊長かと恐々としているが、たとえ相談したところで赤騎士団長は味方になってくれそうにないと思い知らされたからだった。
        白騎士団副長は首を傾げる。
        「……とは言え、位階者を脅すとは許し難き行為ですな。如何様な処罰を与えたので?」
        ぐ、とまたしても詰まりながら赤騎士団長は返した。
        「それが……、神出鬼没な輩で……いや、実はわたしも、そうした輩が暗躍していると知ったのは最近で……」
        ちらちらとゴルドーを窺いながらの答弁。正体不明の敵に好き勝手に掻き回されているのを咎められたら厄介だ、そんな恐れを滲ませた声音だった。
        だがそこで──赤騎士団員一同にも意外だったが──ゴルドーは高らかに宣言したのである。
        「結果的に非力なるものは消え、位階者が刷新された。脅迫行為は感心しないが、気持ちは分からぬでもない。優れた騎士にこそ地位が与えられるべきだと考えるのは、誰も同じであろうからな」
         
        ───白騎士団長ゴルドーは、基本的には事なかれ主義者で、そのくせ気まぐれに権威を振り翳しては尊大に振舞う、つまりは、あまり好感の持てぬ主君という認識が、騎士たちの間には浸透している。
        けれど、このときばかりは別だった。
        彼には「ファントム」──と呼ばれているのも知らないだろうが──捜索の意思はないらしい。一目置いている青年が昇格しているのに気を良くしているのが一つ、いま一つの理由は、自らの配下に起きている事件ではないから関心が薄いというものだろうが、この意向は珍しく赤騎士団員の心情に添ったものと言えた。
        相変わらず、ゴルドーの瞳は第四隊長カミューただ一人にに当てられている。
        整列した赤騎士らが、「ちょっとだけ感謝するけれど、その粘っこい視線は止めろ」と心の声を揃えた、それは穏やかな午後だった。
         
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