翌朝、鋭気を養ったマイクロトフと、獣になっても寝起きの悪い『カミュー』に加えて朝から無駄に元気いっぱいの『ムクムク』、そして決意も新たに張り切るウィンとやや寝不足気味のくされ縁はビッキーの元に集結した。
顔を合わせた途端に大きなあくびを見せた少女に、微かな不安が過ぎるマイクロトフである。
「ビッキー殿、昨日は菓子で酔われたとお聞きしたが……大丈夫ですか?」
するとビッキーはにこにこ笑いながら両手を振った。
「うん、大丈夫! 昨日はちょっと目が回っちゃってたけど、いっぱい寝たから平気、平気」
屈託なく言い切るが、一同の不安は消えなかった。
「じゃあよ、ビッキー……昨日話した通りなんだが……」
ビクトールが切り出すと、少女はこっくり頷いた。
「大変よね、でもあんまり珍しいことじゃないの。おんなじこと考えてたら入れ替わっちゃったって聞いたこともあるし」
意外にも頼れる台詞を口にされて、マイクロトフは力づけられた。
「そ、そうなのか! では、ビッキー殿……そうした状態の人間を元に戻したこともあると……?」
「え? ううん、ない〜。話だけは聞いたことあるけど、試したことはないよ」
「………………そ、そうか……」
「で……どうだ? 出来そうか? 心をテレポートで入れ替える……難しそうだが」
「平気、平気! 任せて」
その安請け合いが危ないんだ、とは突っ込めない一同だ。しかし、他に縋れる者のない今、ビッキーに賭けるしかない。彼女に頼るしかないあたり、新同盟軍の完璧と思われた人材への信頼が少々崩れるフリックだった。
「えーとね、それじゃ同じことを考えて……それから寝て?」
「やっぱり寝るのか?」
「その方が身体から心が離れやすいの」
「起きたばっかりなのに寝られるかよ」
ビクトールのもっともな指摘に、慌ててウィンが割り込んだ。ここで少しでも少女の気分を損ねることは望ましくないとの配慮である。
「まあまあ。フリックさん、ちょっとルックを引っ張ってきてください。風の紋章つけてると思うから」
「なるほど、眠りの魔法を使うわけか」
合点とばかりに小走りで駆けて行った彼は、ほどなく不機嫌な顔の少年を連れて戻った。
「……どうして僕のところに来るわけ?」
「そう仰らず!! 頼みます、ルック殿!!!」
朝っぱらから大声で懇願されて、その上、その暑苦しい男にしっかと抱かれたむささびの縋りつくような瞳に溜め息をつき、ルックは助力を余儀なくされた。
「じゃあ、眠らせるよ?」
「同じことを考えてないと駄目なの、何考えるか決めてから寝て!」
ビッキーが慌てて言い募る。マイクロトフは『カミュー』と『ムクムク』を交互に見た。
「唐突に仰られても……」
「プリンでいいじゃねえか、プリンの海で溺れる夢なんて、どうだ?」
ビクトールの提案に、『カミュー』は即座にぶんぶんと首を振った。意志を伝えられるようにと紙の束を首から吊るした彼は、同じく紐でくくられたペンを走らせる。
『ぷりんはすきだが、しばらくかんがえたくない』
「贅沢言うなよ、カミュー……」
心情は理解しつつ、フリックが溜め息を洩らす。
「我が同盟軍の勝利ってのはどうだ?」
「いいですね、フリックさん! それなら喜んで想像出来るし」
「だな……よし、より想像を一致させるため、勝利の中で英雄と称えられてるてめーの姿、ってのはどうだ?」
「あ、もっといいですね! ムクムク……君も想像しやすいんじゃないかな?」
ウィンが問い掛けると、赤騎士団長の姿の『ムクムク』は少し考え、気障っぽい笑みを浮かべながら親指を立てた。
「ムッ!!」
「カミューさんはどうですか?」
むささびはちょこんと首を傾げてから同意するように頷いた。常に控え目な態度を崩さず、前面に出張ることをあまり好まぬ彼の本質を知るマイクロトフには、胸の痛む決意でもあった。
「大丈夫だ、カミュー……おまえは英雄と呼ばれるに相応しい騎士だぞ。それはおれが一番良く知っている」
「ムム〜……」
「おまえの武勲を称え、賛美を口にする兵士たち……誇らかに微笑みを浮かべて一同を見回すおまえの姿。ああ、こうしていても目に浮かぶようだ……」
「ム〜………………」
「────分かったから、さっさとしてよ」
ルックの憮然とした声に我に返ったマイクロトフは、愛しい恋人を腕から下ろして床に立たせた。考え事をするのに腕を組もうとした『カミュー』だが、残念ながら腕の長さが足りない。やむなく両腰に手を当てたので、実に偉そうなむささびという外見となった。
一方の『ムクムク』は、日頃の観察を活かして細い顎に片手をやり、その肘をもう片手で包むという優雅な姿勢を作る。見ただけなら充分に赤騎士団長であった。