受難の日


「はい、じゃあ考えてね〜〜」
ビッキーの間延びした指示に合わせて、彼らは想像の世界に飛び込んだ。すかさずルックが風の紋章を発動させる。
『ねむりの風』が周囲に広がり、彼らは床に倒れこむようにして眠りに入った。
誤算だったのは、ビクトールまでもが一緒になって転がっていたことだ。何とはなしに嫌な予感に駆られ、ウィンとフリックが口を開こうとしたが、間に合わなかった。
「そぉれっ!!!!」
呑気な掛け声が少女の可憐な唇から放たれる。
短い沈黙の後、マイクロトフが恐る恐る言った。
「これで……戻ったのか……?」
「起こしてみれば分かるんじゃない? それじゃ、僕は帰るからね」
スタスタと歩き出そうとしたルックだが、ウィンに引き止められた。
「もう少し待ってよ」
「何でさ」
「何か……ちょっと不安が……」
もめる二人の傍らで、マイクロトフはカミューの肉体の横に膝を折っていた。おずおずと半身を抱え起こし、そっと声を掛ける。
「カミュー……起きろ、大丈夫か……?」
壊れ物を扱うように細身の肢体を揺らし、尚も呼ぶ。
「目を開けてくれ、カミュー」
甘い色合いの琥珀がゆっくりと開き、マイクロトフ自身が映る。瞳に向けて微笑み掛けたマイクロトフだったのだが。
「おー? 何だ、マイクロトフ……悪ィが、おれはそっちの趣味はねーぞ」
愛する恋人の唇から、非常にガラの悪い言葉が飛び出した。それから赤騎士団長はマイクロトフの腕から逃れ、大股を開いて床に座り込むとボリボリと頭を掻いた。
「何だよ……おれまで寝ちまったのかー。参った参った」
こんなときばかり予感は的中するのだ。眩暈を起こしかけたウィンたちは、続いてむっくりと起き上がったむささびに目を向ける。
「ムッ? ムムーーーーッ!!! ムム、ムムッ、ム!!」
────こちらは無事に元の身体に戻ることに成功したらしい。片手を天に突き上げ、不器用なステップをこなした後、ムクムクは嬉しそうに広間の上空を旋廻し始めた。
最後に一同が恐々として見遣ったのは、床で大の字になって眠っているビクトールの姿である。
一応、身体の持ち主の相棒としての責務と感じたのか、フリックがつんつんと肩口を突付くと、眠そうに顔を歪めた大男は口元を押さえて控え目にあくびをしてから目を開けた。それから優雅に半身を起こすと、片手を床についたまま頭を振る。
「ああ……酷い目に遭いました。やっと元に……」
言い掛けて、ぎょっとしたように目を見開く。喉元に手を当て、それから呆然として全身を撫でて叩いて、彼は一同に向き直った。
「ど……どうしてわたしはこんなにごつくなってしまったんです? 一体、何が……」
そこで彼は自分を見詰める自分の姿に言葉を詰まらせた。
「ありゃあ……参ったな、これは……悪ィ悪ィ、カミュー」
相変わらず大股を広げたあられもない格好の赤騎士団長と、でかいながら優雅に足を揃えて唇を震わせる傭兵を見詰め、一同は今度こそ涙を滲ませた。
「ビクトール殿……あんまりです」
無念そうに口走ったマイクロトフの言葉が、総員の心地を代弁していた。

 


 

そろそろ何とかしないと。

 

企画の間へ戻る / TOPへ戻る