受難の日


「はい、じゃあ考えて〜〜」
ビッキーの間延びした指示に合わせて、彼らは想像の世界に飛び込んだ。すかさずルックが風の紋章を発動させる。
『ねむりの風』が周囲に広がり、彼らは床に倒れこむようにして眠りに入った。
「そぉれっ!!!!」
呑気な掛け声が少女の可憐な唇から放たれる。
短い沈黙の後、ウィンが呟いた。
「これで……戻ったのかな……?」
「起こしてみれば分かるんじゃない? それじゃ、僕は帰るからね」
スタスタと歩き出そうとしたルックだが、ウィンに引き止められた。
「もう少し待ってよ」
「何でさ」
「見届けないと、って気にならない……?」
言われてみると、何となくそんな気がしてくるのが不思議だ。何度目か分からない溜め息をついて、ルックはその場に立ち止まった。それからふと眉を顰める。
「どうでもいいけど……何で他の連中まで一緒に寝てるわけ?」
ぎくりとして振り向くと、問題の二人はおろか、くされ縁の二人、果てはマイクロトフまで床に伸びている。ルックは冷たい視線で一同を眺めた。
「もう……嫌になっちゃうな。少し離れるとか、考えて欲しいよ」
『ねむりの風』は全体魔法である。それを密集した男たちに向けていきなり放つ方がまずかったのではないか……と思うウィンだが、ルックに口で勝てるとは思えないので黙っていた。
「だ、大丈夫だよね……ビッキーが術を施したのはカミューさんとムクムクなんだから……」
ね、と同意を求めて少女を見たが、当のビッキーは照れたように笑うばかりだった。
「ともかく、起こしてみよう。ルック、手伝ってよ」
「何で僕が……」
文句を言いながらも今ひとつ突き放せない性格なのか、魔道師の少年は赤騎士団長と青雷の二人を揺り起こしにかかった。この二名を選んだのは、単に好みの問題のようだ。
ウィンはビクトールとマイクロトフの大柄組、更には幼馴染みのむささびを次々に揺さぶった。
「ビクトールさん、マイクロトフさん! ムクムク……起きてくださいってば!」
最初に覚醒したのはマイクロトフだった。流石に目覚めの良い人だとウィンが思ったのも束の間、唇から飛び出た声に愕然とする。
「ムム? ムムーーーッ?!!! ムッ、ムムーーー!!」
「ム……ムクムク?! じゃあ、こっちは……」
むささびの身体を思い切り揺さぶると、目覚めた彼は身体よりも高く飛び上がって驚いた。
「ム〜〜!!!! ムムム、ムムーーー!!」
「え、と……誰ですか?」
確認を呼び掛けると、むささびは急いであたりを見回し、未だ目覚めぬビクトールを指した。あまりの事態にルックも難しい顔になり、二人の青年の頬を叩いて起こした。
「カミュー!! カミューは元に戻ったのですか?!」
赤騎士団長が叫べば、
「何故まだわたしの身体が別にあるのです〜」
青雷の常識人がもっともな疑問を口にする。
最後に起き上がった傭兵の男が異変を知るなり悲しそうに呟いた。
「何でおれが熊の身体に………………」
混乱して口もきけないウィンの代わりにルックが整理した。
「ビクトールの身体がフリック、以下フリックがカミュー……カミューがマイクロトフで、マイクロトフがムクムク。それでムクムクがビクトール……ってことだね」
「違いありませんか……?」
必死の形相の一同は己の姿を確かめた上で一斉に頷いた。
「もう……何なのさ、いったい……」
「どうして他の皆さんまで同じ事考えるんですかー!!」
叱られて項垂れる一同を見ながら冷静にルックが分析した。
「想像するのに簡単過ぎた……ってことだろうね。でも、それより問題なのは……」
少年の目がビッキーに向く。少女はびくんと戦いて手を振った。
「ごめんね、失敗しちゃったの〜〜。次はうまくやるから! うん、大丈夫だから」
「ビッキー……頼むぜ。こんな身体じゃ、動くのに重くて耐えられないぜ」
ビクトールの姿のフリックがぼやくのに、むささびが抗議の叫びを上げている。
「わたしは……この中では良い方でしょうが、やはり自分の身体が懐かしいです……」
これはフリック型カミューの意見だ。
「おれは……おれは、おれは!!!!!」
何となく嬉しい気もするようではあるが、少しだけ釈然とせずに拳を震わせている赤騎士団長型マイクロトフである。何しろ、自分の本当の身体が興奮したように踊っているのだから落ち着かない。
「ビッキー……前より複雑になっちゃったけど……」
「うん、私、頑張るね! それじゃあ皆、もう一度考えて〜」
「今度こそ頼むよ?」
ウィンの願いは入れ替わった男たち全員のものでもあった。それぞれが祈るような視線を少女に注ぎ、それから目を閉じる。
「いくよ」
今更遅いが、今度は声を掛けてからルックが魔法を放った。途端に崩れ落ちて眠る一同にビッキーが叫ぶ。
「そぉぉぉれっ!!」
一瞬の後、二人は改めて一同を起こし始めた。最初に目を開けたのは、やはり青騎士団長である。」
「うう……酷い目にあいましたぞ、ビッキー殿」
「……これは正常みたいだね」
「やったよ、ビッキー」
「うふふ」
次にフリックが目覚めた。
「くそっ……ビクトールから出られたのか……?」
「よし、フリックさんも元通り! 次だよ、ルック」
「ムムッ? ムムーー!!!!!」
片手を天に突き上げ、不器用なステップをこなした後、むささびは嬉しそうに広間の上空を旋廻し始めた。
「ムクムクも戻った。ああ、良かった……」
「ウィン、ビクトールを起こしなよ。僕はこっちを……」
言いながらルックが軽い方を抱え起こした。甘い色合いの琥珀がゆっくりと開き、少年を認めた刹那。
「いやー、参ったぜ〜〜しゃべれないってのは結構面倒なもんだな」
ルックは美貌の青年を取り落とした。ゴツ、と床に頭を打ち付けた赤騎士団長は憤慨したように怒鳴りつける。
「痛えじゃねーか! 何しやがる、ルック!!」
それからふと困惑したように首を傾げた。
「ありゃ? 何でおれはこんなぴちぴちの服なんぞ……」
恐ろしげにルックが見遣った先では、ウィンに抱き起こされたビクトールが口元を押さえて控え目にあくびをしているところだった。
「ま……まさか」
「あんた……ビクトール?」
ルックが聞くと、赤騎士団長は大口を開けて笑った。
「参ったなー。おれたちだけ、戻れなかったわけかよ〜〜」
その一方で大男が呆然としていた。
「今度は……ビクトール殿に入ってしまったというのですか……?」

 

まだまだ解決には至らなかった。
大股を広げたあられもない格好の赤騎士団長と、でかいながら優雅に足を揃えて唇を震わせる傭兵を見詰め、一同は今度こそ涙を禁じ得なかった。
「ビッキー殿……あんまりです」
無念そうに口走ったマイクロトフの言葉が、すべての者の心地だった。

 


 

そろそろ何とかしないと。

 

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