受難の日


「何で僕のところへ来るわけ?」
不機嫌さを隠そうともせず、若き魔道師は呟いた。
同盟軍の指導者ウィンと、仲間うちでも面倒見の良さで知られるビクトールとフリックに事情を打ち明け味方につけた結果、同盟軍の面々の中でも群を抜いて魔道に秀でた少年ルックを頼ろうということに決定したのだ。
魔力の優秀さよりも、むしろ性格の悪さで評判を得ているルックである。
何が気に障るのか、取り敢えず不満そうに文句を言う少年の特質に慣れ親しんでいる男たちは、怯むことなく詰め寄った。
「いいじゃねえか、どうせ大暇持て余してるんだろうがよ」
ビクトールが言えば、ルックは厳しく言い返す。
「冗談じゃないよ、僕はレックナート様から預かった石板を守る役目があるんだからね。暇なわけないだろう?」
「守るったって、おめー……」
「────誰も取りゃしないと思うぜ、ルック……」
くされ縁の二人はもっともな主張を述べたが、妙なところで生真面目なのか、ルックはふんと鼻先で笑って一蹴した。
「分からないよ、この城には得体の知れない連中もうろうろしてるからね。例えば……あんたの抱いてるむささびなんか、いつ悪戯されるかヒヤヒヤしてるんだから」
言いながら一瞥されたマイクロトフの腕の中の『カミュー』は心外そうにうめいた。
「ムム、ムムム……」
「そ、それなのです、ルック殿。実はこのむささびは……」
マイクロトフはここぞとばかりに身を進める。この熱血派で暑苦しい男は苦手なタイプであるのか、ルックは僅かに顔をしかめて後退った。
「カミューなのです」
「?」
けれど、続いた悲痛な告白に初めてルックは気を引かれたようだった。
「何だって……?」
「朝、目覚めると身体が入れ替わってしまっていたのです。これがカミュー……そして、カミューの姿をしているのがムクムク殿なのです……っ」
無念そうに両肩を震わせて、哀しげなむささびとひしと抱き合うマイクロトフを呆気に取られて見詰めたルックは、疑わしそうにビクトールらに向き直った。
「それ、本当?」
「たまげるだろ。優雅にして品格ある赤騎士団長殿が、ムームー言いながらベッドを転げ回るんだぜ〜」
「たまげている場合じゃないんだ、ルック。このままじゃカミューは赤騎士団を率いることも出来ない。いつハイランドとの戦闘が再開されるかも分からない今、早急に対処しなけりゃならないんだ」
常識をもって説得にあたるフリックに、指導者ウィンが援護する。
「慣れない身体に入っちゃって、おまけに言葉も話せない。カミューさんが可哀想だよ。ムクムクは楽しんでいるみたいだけど、このままってわけにはいかないだろう、ルック」
「ふうん……」
魔道師の少年は小首を傾げて考え込んだ。
ここぞとばかりにマイクロトフは両手で『カミュー』を抱えてルックに突き出す。突然目の前に突きつけられたむささびに思わず怯んだルックは、そのつぶらな瞳がうるうると濡れているのにぎくりとした。
素直でない、やたら性格の捻じ曲がった少年と認識されているルックだが、彼もまた、御多分に洩れず小動物には弱かった。
濡れ潤む必死の懇願の眼差しに見詰められ、その上『彼』の背後から執念漂う黒い視線を浴びせられ、ルックは両手を挙げた。
「わかった……わかったよ。協力すればいいんだろう、もう……嫌になっちゃうな、面倒ばっかり持ち込まれてさ」
「まー、そう言うな。おまえの力を見込んでのことなんだからよ」
気を引き立てるようにビクトールが笑う。
拗ねた態度とは裏腹に、それなりに仲間を思う気持ちは強いルックなのだ。そう言われて悪い気はしない。改めてむささびと赤騎士団長双方を見詰め、溜め息をついた。
「原因は分かってるの?」
「いや、それが……」
「まあ、身体の入れ替わりってのは聞いたことがあるよ。大概は外部からの衝撃とか、変わったところじゃモンスターの特殊攻撃なんてのもあるみたいだけどね……昨夜は普通だった?」
「ええ」
マイクロトフは昨夜の欲望抜きではあったが甘い雰囲気を思い起こし、憤怒に包まれた。
「昨夜は……いつものように綺麗で可愛いカミューだったのです……ところが、朝になったら人語は話せない、やたらとはしゃぎ回る素っ頓狂な態度に変貌していて。聞けば、肉体が入れ替わってしまったとか……。おれは……おれは……おれは!!!」
「────まずい、始まったら長いぞ」
小声で囁いたフリックに、ウィンが慌てて割り込んだ。
「そういう訳なんだよね、ルック。他に何か原因になりそうなことを知らない?」
以前、ロックアックスに同行して青騎士団長の渾身の弁論を目の当たりにしたルックである。ウィンの配慮に急いで乗った。
「そうだね、例えば夢とか」
「夢……?」
マイクロトフは握った拳を納め、はたと聞き入った。
「ごく近い距離で同じ夢を見た場合だけれど……夢を見ている状態には色々な説があってね、その中に魂が離れるっていうのがあるんだ。同じ夢を見て波長が合っている状態の二人の魂が、身体に戻るときに入れ替わる……まあ、これは眉唾の物語仕立ての説だけどね」
「なるほどなあ……」
感心しているフリックとは裏腹に、今ひとつ状況を把握出来ないビクトールとマイクロトフはしきりに首を傾げている。
「そのあたりは後で二人に聞いてみるとして……どう? 戻す方法あるかな?」
ウィンが問うと、ルックはこくりと頷いた。
「僕も聞いただけで、実際に見たわけじゃないけどね。テレポート魔法を使って元の身体に戻る方法が使えるんじゃない?」
「テレポート……って、あの街を行き来するアレか?」
眉を寄せたビクトールを小馬鹿にした目つきで一瞥し、ルックは神妙に口を開く。
「あんた、テレポートの原理って知ってる?」
「原理って……ものを移動させる魔法だろ、要するに」
ふうっと大袈裟に溜め息をつき、冷たい瞳で一蹴する。
「それじゃ聞くけど、移動した先にあったものはどうなると思う?」
「先にあったもの……?」
一同が真剣に考え込むのを見て、ルックは呆れたように目を見開いた。
「何? 皆して、何も知らないわけ?」
「わ、悪かったな……」
「そう仰らず、伝授願いたい!!!!」
「いい? テレポートっていうのはね、それこそが『入れ替わり』なんだよ」
「入れ替わり……?」
「例えばビクトール、あんたをフリックの居る位置に移動させるとするだろ? そうなると、フリックとぶつかることになる。だからフリックをビクトールの居た位置に入れ替える……それがテレポート。普段入れ替わりを感じないのは、僕らがテレポートで移動した場合、その先にある空気と交換されているからさ。要するに、カミューの心とムクムクの心をテレポートで移動させればすべて解決ってこと。わかった?」
「わかった……ような、わからないような」
「ともかく、心をテレポートさせればいいってことだな」
「では、ルック殿! 早速その魔法を施してください!!」
勢い込んで迫ったマイクロトフに、しかしルックは面倒くさそうに首を振った。
「瞬きの紋章は攻撃魔法としてしか使ったことがないんだよね。テレポート魔法を駆使出来るのは、この城じゃビッキーだけじゃないかな」
「え……」
「ビッキー……か……」
「そのようなことを仰らず! どうか、ルック殿……頼みます!!」
テレポート魔法を操る少女のおとぼけぶりに、少なからず被害を被ったことのある男たちは、一斉にルックに懇願の視線を向けた。だが、流石の少年魔道師も不慣れな魔法によって取り返しのつかない事態を引き起こす懸念を捨て切れずに首を振る。
「駄目だね、こうしたことは専門家に任せるべきだよ。まあ……失敗したら何度でもやり直してもらうんだね───健闘を祈ってるよ」
最後の言葉は泣き出しそうなむささびに罪悪感をそそられて付け加えられた、ルックなりの思い遣りだったらしい。
男たちは、それっきり相手をするのを放棄してしまった少年のもとからすごすごと退散した。総員、肩が落ちている。
「何てこった……よりによってビッキーに頼らなきゃならないとはなあ……」
フリックが気の毒そうにマイクロトフに抱かれた『カミュー』に視線を投げれば、
「僕ら、サウスウィンドウを目指してラダトの道具屋に飛ばされたことがありましたよね……」
ウィンが途方に暮れた述懐を口にする。
「おい、カミューよ……おめー、本当に運が悪いなー。今度、ラッキーリングが手に入ったらプレゼントしてやるからな」
ビクトールの言葉に、むささびはますます哀しげに顔を歪めていた。

 

 


部屋に戻って悩もう

 

ぎゃあ、『ムクムク』がいない!

 

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