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05:上尾


・加茂神社



 江戸時代から上尾の名所として親しまれてきた、五穀豊穣(ごこくほうじょう)の農業の神様を奉っています。





 英泉の浮世絵「加茂の社(やしろ)」は、加茂神社の横の農家で脱穀機を使って、米ともみ殻を分けて、俵に詰めるまでの一連の精米作業を、一家総出で行っているところです。

 この英泉の浮世絵でも、加茂神社の旗が何本も描かれています。

 浮世絵の右手の幟(のぼり)の写真を拡大してよく見てみましょう!



 左端のノボリに版元の「保永堂」、そして右端のノボリに版名の「竹之内」の名前が書き込まれていて、チャッカリと出版社の宣伝をしています!!



・南方(みなみかた)神社



 「五街道中細身独案内」に、諏訪神社として登場しますが、地元では、”お諏訪様”と呼ばれて親しまれているそうです。

 説明板によると、1864年の改修のときに、参拝者のために唐破風(からはふ)屋根を付けた、とあります。

 そう言えば、写真の様に、神社には珍しく、唐の破風屋根です!




・馬喰新田不動尊



 写真は、不動尊を兼ねた道標です。

 「是より 川越へ三里」と彫られています。

 ここからも、小江戸と呼ばれた川越とを結ぶ道があったことを示しています。


・氷川鍬(くわ)神社



 上尾宿の総鎮守で、鍬(くわ)をご神体とする珍しい神社です。
 鍬ですから、当然、五穀豊穣(ごこくほうじょう)の農耕の神様です。



 江戸時代には、上尾には優秀な鍛冶職人が多く、上尾宿の名物は、鉄製の鍬(くわ)や鋤(すき)だったそうです。

 7月には、氷川鍬神社の例大祭として、山車や神輿が繰り出され多くの人で賑わうそうです。



 また、境内には、1788年に建てられた、朱子と菅原道真が祀られた写真の二賢堂があります。



(上尾宿本陣跡)




・平成の道標



 上尾宿の入口の木戸があったという場所には、写真の立派な「平成の道標」が建っていました。




 その道標の屋根の上に、写真の鐘馗(しょうき)様が乗っています。

 (鐘馗は、京町家の小屋根(こやね)に祀られる魔除けの神さま)

 上尾宿では、昔から火事が多かったので、昭和に入っても、屋に火事除けの鐘馗様を乗せる家が多かったそうです。

・遍照院(へんしょういん)



 真言宗のお寺で、25歳で亡くなった遊女「お玉」の墓があります。


 お玉は、遊女(飯盛り女)でしたが、キチンと飯盛り女の名前が入ったお墓は珍しいです。



写真の様な単調で真っ直ぐな桶川宿への道を歩いて行きます。


上尾宿から桶川宿までは、約4キロです。






04:大宮へ

06:桶川へ

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