第2話 危険な男

海岸線道路南に20分程走ると

道路の内側の山肌に

大きなポスターのような看板が見えてきた

そこには墨文字風に「紫空連合」と書かれていて

設置された小型スポットライトに照らし出されて

目の前に浮かび上がってきた

それは二人を歓迎するために

取り締まりから逃れ

一夜かぎりで即席で遊兎が書いたものだった

文字は人の性格をも現すものだ

それは後部座席に乗っていた

直美にとって

まだ遊兎ことなど何も知らなくても

その文字に生理的に拒否反応をこしさせるものだった

何かおどろおどろしく 不気味な光景と感じ

直美は

ため息のような小声の独り言を

漏らした

「何これっ゜

いやだっ」

その照明から数十メートル離れて

海岸線道路から外れた林の中に入っていく

バイクがやっと通れる小道を

二百メートル程進むと

草木が生い茂る少し小高い丘に

アジトはその姿を現した

二人が遊兎に連絡してから

そのアジトについたのは真夜中の十二時過ぎになっていまっていた。

地面から離れた二階の窓辺?の明かりが

ぼんやりとアジトの輪郭を浮かび上がらせ

アジトの概観は木造のロッジ風というよりは

古代日本史に出てくる高床式の倉庫を

人が住めるだけ大きく広くして

建材だけ現代のもの使ったような

日本の歴史に疎い外国人が見たら

実にモダンな建物としか映るらないかもしれない独特の外観を呈していた

が しかし

夜の闇に覆い隠され

香季と直美はその異様に気づくことなく

おとなしく建物のドアを開けた

 

最初の出迎えたのは

今 紫空連合の頭 兎遊だった

「香季隊長 っ

お久しぶりです」

兎遊は いつもの様に 頭とは呼ばず

隊長と呼んで出迎え

政治家の挨拶のように握手を求めてきた。

「遊兎

こんな夜中に 迷惑かけて すまん

悪いが

今夜は 直美と二人で厄介になるよ」

 

「何を おっしゃるですか 隊長

遠慮なく一ヶ月でも

一年でも 泊まっていってください」

「おい 直美

紹介するぞっ

今 紫空連合の頭

遊兎君だ」

「直美・・・・です・・・」

「直美ちゃん ずいぶん綺麗になちゃいましたねっ」

「えっ 私のこと覚えていてれたの?

確か 逢ったのはもう2年まえなのに」

「忘れるもんですか 隊長が紫空連合に入るまえから

隊長の長年の友達の俺が

こんなに可愛い妹さんのこと一回しか逢っていなくても

忘れるはずが無いですよ

あれから・・・いろんなことがあったらしいですね

でも

もう安心してください

此処に来たからには 俺が本気で守ります

それに・・・・男の俺に話づらい事があったら

レッド シィー スネーク 連合会の頭 夏美も居ますから」

と遊兎は人見知りの少女の気持ちを 巧みに和らげながら

日焼けした爽やかな笑顔で話しかけた

レッド シィー スネーク 連合会?

どうして女ライダー集団の頭が 此処にいるんだ遊兎っ」

「隊長っ

すみません まだ俺

話していませんでしたね

紹介します」

遊兎は 奥の部屋ドアを慌てて叩いた

「おい 夏美

起きろ 」

奥の部屋で物音がして数分してから

 

「開けるぞ」

の掛け声とともに

遊兎がドアゆっくり開けて

夏美が寝起きで照明が眩しいせいか顔を横にして右手で隠しながら

レギンスに近いようなフィットした黒のジーンズに黒のTシャッのオールブラックで

透き通るような綺麗で滑らかな首筋だけ露出して

香季達の前に姿を現した

「ごっ ごめんなさい 

待たせて

私 夏美

宜しくね」

夏美は顔を隠していた右手を襟足の方にやって

大きく髪を跳ね除け

柔らかな長い茶髪を整えてから

香季に近寄ってきた

香季は 夏美の胸元に鮮やかなショッキングピンクで

何かアルファベットの文字がインプットされているのを発見したが

緊張して読めなかった

それはたぶん

夏美のボディーラインがモデルのようにスレンダーで

腰の括れと胸の豊かさがクラビアアイドルのように際立っていたせいだ

だが

 

この時 耐え切れないほど緊張を感じた本当の理由を

自分で気づかないよう

必死で押さえつけた

なぜなら 夏美のスタイルと容貌は

誘惑される事が許されない禁断の妹のそれと酷似していたからだ

 

香季は 刺さるような強い視線を首筋に感じると

夏美から冷や汗を振り切り

目を逸らすように振り向いた

後ろ横に居た直美の不安な顔色に気づき

殴られたような妄想を自分でつくりだして

堪え

やっと自分を取り戻した

 

それから直美のことを気遣いながら

前に出るように手招きして

また夏美の方に視線を戻した

香季は夏美に挨拶した

「香季です 

・・・宜しく

・・・失礼ですか

遊兎とは どういった関係ですか?」

「えっ いきなり?」

「あっ

あっ

隊長っ

夏美は・・・

僕の 恋人です

今 同棲中です」

「そ

そうか・・すまん」

 

「そんなぁ

隊長っ

全然 OKです

夏美に何でも質問してください

夏美の奴は 寝起きが

いつも 機嫌悪いんで 許してやってください」

 

遊兎と夏美の関係はそうとう深いものだと悟った香季は

話題を変えようと わざと立ち位地を

怪訝な顔の夏美からずらして

遊兎の正面に体を向けた。

 

「ところで・・・この建物は いつ改装したんだ

もとはただのプレハブの掘っ立て小屋だったのに

そんなに綺麗な内装のロッジ風になってしまっているけど

紫空連合の予算では とても柱一本ぐらしか立てられないはずだが

どこから資金を調達したんだ?」

 

「あぁー

それも 夏美です

レッド シィー スネーク 連合会には

活動資金を提供するある資産家が付いているんですよ

その資産家の命令があれば

夏美達のメンバーは 資産家の経営するレストランのウエートレスもやれば

ガールズバーのホステス役もこなします

けど・・・それは裏の顔で

普段は学生だったり事務職だったりします

夏美も 普通の学生生活をしていますよっ

夏美は建築デザイナー志望なんですよ

知り合いの先輩大学院生の一級建築士といっしょに

アイデアを出し合ってこの建物も建てたんです

俺達 紫空連合もレッド シィー スネーク 連合会と手を組んで

資産家の命で 今はいろいろの活動しています」

「夏美さんは建築デザイナーだったんですか

じゃ

もしかして

道筋のセットされた照明つき看板も

夏美さんが デザインされたのですか?」

私です

気に入りましたか?」

「ええっ

まあ」

香季は背筋に冷たいものを感じたが

話題を逸らした

 

「ところで・・・・

資産家・・・・って

いったいどんな人なんですか?

遊兎は慌てた

「すみません

いくら隊長でも

メンバーから外れたんで

規約上 ボスの名前は

教えられません」

「遊兎っ

紫空連合のメンバーは そのことを承知したのか

皆 バイクが好きで 

社会に縛られることを避けて

自由を求めて集まった奴らばかりだったのに

資産家の手先になるなんて

とても信じられないょ」

「隊長

失礼ですが・・・

今は ただバイクを転がして

喜んでいるような時代じゃないですよ

せっかくの組織なんですから

友情りよは 金儲けが大事です

もっとこの組織を大きくしていかなきゃね」

「遊兎

お前 変わったな

ツーリングの行く先を いつも誰よりも早く提案して

その土地の名物紹介したりグルメ店連れて行ったりで

皆を 和ませ、組織の団結を強めてくれたのに

そのお前が お金のことを 口にするなんて・・・・」

 

夏美が遊兎より一歩前に香季に近づいて

二人の会話に口を挟んで釘を刺した

 

「香季さん

妹さんは 責任を持って預かりますけど

組織のことには 口を出さないで下さいねっ」

 

「夏美っ

お前 でしゃばるな

組織のことは 俺が仕切る

判ったな」

遊兎は穏やかだった形相を崩して大声で夏美を怒鳴った

「隊長

言っちゃ なんですが

俺達 二人とも家出の不良ですよ

メンバー達も 紫空連合から離れれば

皆 世間から 疎まれて居場所を見つからない連中ばかりじゃないですか

学歴もたいした人脈もない俺達が

頼りになるのは

結局 金

金ですよ

「遊兎 俺なぁ

問題を抱えたメンバー達が せめてひと時でも

世間の事を気にせず 新鮮な空気を吸って生き生き出来る

場を 与えてやりたかったんだ

それだけは 忘れないでくれっ」

「隊長っ・・・・」

「お兄ちゃん

もう その話 止めようっ

だって どう考えてもおかしいでしょ

私達っ

ここで 厄介になる身なのよ

それを

メンバーがどうの こうのって

夜中に突然来て 語りまくるなんてつ」

「あぁー 

そうだったな 直美

自殺未遂までして1ミリも人に心を寄せられないくらい

人間不信に陥っている

お前に 悟されるまで

自分の立場に気が付かないんて

情けないよ

すまん

つい 頭気取りで

説教をしてしまった

今の俺は 頭でもなんでもない・・・ただの厄介者だったなぁ

俺が 間違っていたよ

改めて 直美のこと

暫く 頼むよ

遊兎 隊長っ」

 

「香季隊長っ  よしてください

俺のこと 隊長と

呼ばないで下さい

紫空連合の隊長と呼べる人

後にも先にも 貴方 一人です

俺は そんな器じゃないですから

俺は ただのまとめ役です」

「ちっとー香季さんっ

口挟むようですけど

遊兎のこと・・・あまり祭り上げないで欲しいんですけどっ

正直に今の組織の現状をお話します

遊兎は

・・・紫連合のことを 良くまとめてきましたが

失敗も いろいろしてきました

組織の資金繰りや

活動計画がとても杜撰で目先の事しか考えないところがあるの

私が口を酸っぱくして注意してきたから

やっともっているって感じなの」

 

「バカヤロウー」

 

いきなり遊兎は 夏美を平手打ちした

 

やったわねっー

 

夏美は打たれた頬を片手で押さえながら

壁側に備え付けてあったファクシミリ台の下の分厚いタウンページを

咄嗟に

遊兎の顔面めがけて思い切り投げつけた

タウンページは見事に

夏美が平手打ちをくらった頬と同じ位地に鈍い音を立てて当たった。

衝撃でバランスを失いよろけた遊兎は

首をニ三回振って平衡感覚を取り戻し

怒りで興奮して

夏美に襲い掛かろうとした

止めろ 

頼むから

止めてくれ

皆 俺のせいだ

ここは 遊兎と夏美さんのホームだった

そんな大事な事に 今 やっと気づいた俺が 悪い

すまないが

二週間だけ 

直美の面倒みてくれないか

その間に 直美が安心できる居場所を

命がけで探すから

頼む」

遊兎と夏美は同時に 香季の方を見て

掴みあっていた手を解した

遊兎が頷いて 

続いて直ぐに夏美が謝るように

深く 頷いた

その時 直美の安住の地 探しは

一旦収まったと全員が思ったのだが・・・・

それは悲しい事に

新たな問題の始まりにすぎなかった。

 

香季は ファッションフロアー Cherry blossom の仕事が終えると

直美の安住の地を探すために 

紫空連合のメンバー一人一人に丁寧に事情を説明しながら

夜中 駆けずり回った

おかげで、遊兎と夏美のアジトには戻れなかった

三日過ぎ、まだ見つからなかったが心配になった香季は

とりあえず現状を報告するためにアジトを訪ねた

すると遊兎と夏美は 笑顔で出迎え

すっかり元気そうになった直美は

「兄ちゃん 私は 大丈夫」

と 涼やかに答えた。

油断した香季は またぎりぎりまで「安住の地」さがしに

奔走してアジトには立ち寄らなかった。

六日目の夜 ようやく元・紫空連合のメンバーの妹が

直美のことを良く知っていて

暫くの間の同居を 快く引き受けてくれた。

真夜中になってしまったけれど、

一日でも早いほうがいいと思った香季は アジトに漸く舞い戻った。

が しかし

アジトの遊兎と夏美は バイクのエンジン音を聞きつけて出迎えることは無く

アジトの様子は一変していた。

なぜ 玄関口で呼び鈴を鳴らし呼びかけても

何の応答がないのだろう

玄関のノブを恐る恐る引くと

思った通り、鍵は掛かっていなかった

ドアを開く鈍い音が響いて、リビングに通じる細長い廊下には

ロッジの玄関先に咲いていた向日葵の花が茎から無残に引き取られ

廊下いっぱいに散乱していた。

二散歩足を進めると向日葵の花びらが足底を ヌルッと滑らせる

思わず息を飲み込んだまま、

香季はどうにも言葉がでてこない

向日葵の茎の部分に足の裏の中心が乗っかってしまって

体のバランスを大きく失い、滑って尻餅をついたが

不安が痛みを跳ねのけるのか?

香季は 操り人形のように無表情で

すっくと立ち上がった

中央のあのオシャレな感覚の居間にたどり着くと

接客用のソファは90度に横転してコーラーのビンが2本中味を流して散在していた。

不安が頂点に達して 香季は突然の噴火のように奇声を発した

 

「  直美っ ー 」

 

直美は横転したベージュ色のソファーの直ぐ横で

うつ伏せになって

横たわっていた。

あのしんなり艶やかな長い黒髪が クシャクシャに傷んで

それが直美の頭部を覆い隠していた。

それは まるで壁の追突実験に使われたダミー人形のように痛々しかった。

香季は 息をしているか直美の胸の辺りまで顔を近づけた瞬間

直美の体か ピクリと動いた

 

「・・・・・

兄ちゃん なの?

どうしたの 今頃やっと

こんな夜遅くに来ちゃってさぁ?」

 

「何だとっ

お前こそ どうしたんだ

床に倒れこんで

兄ちゃんは なっ

直美が 死んじゃったかと 思ったぞ」

 

「死んじゃった

それでも・・・私のこと心配してたの??

・・・・あはははっ

またかぁー

笑わせるわね

・・・・でも まあ

無理も無いかもねっ・・・

「何?

 

薄気味悪く

笑ってんだ

遊兎や夏美さんは 何処に行ったんだ」

兄ちゃんはね

人の気持ちが

昔も今も・・・全然読めていないんだから

肝心な事 判らなくて

私を こんな所に置き去りにできるのよ

でも もういいわ

どうでもよくなったから」

「お前こそ 兄ちゃんがどんな気持ちで

友達関係駈けずり回って

お前の落ち着ける居場所を探していたか

判らないのか?」

「うるさいわねっ

もう 遅い 遅い

・・・兄ちゃん

いつも そうじゃない」

「何が ?」

「私が そばに居て欲しい肝心な時には

逃げて 居ないんだからっ」

直美は 思いっきり力任せに香季の肩を付いて

香季を 突き放そうとした。

その時の直美の目付きが 

香季の押さえつけることの出来ない不安で一番無防備なってしまった

感情の柔らかい部分に突き刺さった

香季は この時生まれて初めて 目眩を経験した

『その目

・・・その目付きは

前にも経験したことがある

それは直美も俺も まだ幼かった頃に遡る

そう・・・直美がやっと小学校に入学したばかりの時だ・・・』


(ここからは 幼い香季と直美と直美の母親の会話になる)

香季と直美は 子供用の二段ベットでいっしょに寝起きしていた。

幼い直美は下のベットで二段目は香季と決まっていて

直美は 寝つきが悪くて、部屋の明かりが消えても なかなか寝なかった

香季は少年サッカーチームに所属していて

学校が終わると いつも同僚が驚くほど真面目に全力出し切ってサッカーの練習して

エナジーを残さず使い果たし、何も考える事が出来ないくらい

よれよれに疲れ果てて帰宅する。

晩御飯を食べたら、直ぐに二段ベットで寝てしまう

それは香季の性格に起因するところであり

ライフスタイルでもあった。

遊んでもらえない直美は、それが不満

寝ている香季を 理由も無く起こして話しかけることが 多かった。

 

その日も サッカーで疲れて直ぐに寝込んだ香季の

二段ベットの一段目の区切りの天井を下から思いっきり足で付いて

香季を 眠りから無理やり目覚めさせようとした。

が しかし香気は振動に気づかされて目覚めるが

起き上がる余裕も無く 直ぐに寝込んでしまった。

その反応が面白くない直美は 今度はベット境目の天井を蹴りながら

大声で 流行歌を歌い始めた。

さすがの香季も目が完全に覚めて

二回も続けて眠りを邪魔された香季は

掛け布団を握り締めながら

下の直美に向かって 低い声で怒鳴った。 

「直美っ

いいかげんにしろ

兄ちゃんはなっ

今日は 特訓で めちゃめちゃ 疲れているんだから

お前の夜遊び 付き合っている暇無いぜっ」

「・・・何よ

その言い方

偉そうにさぁ

誰が 兄ちゃんなんかと付きあうもんかぁ」

「バーカー

ガキの癖に 一人前の女ぶるな」

「兄ちゃんこそ ガキのくせに

何様だと思ってるの?」

香季は 掛け布団を蹴り上げて

消防士のように早業でハシゴ階段を一段だけ足を掛けて

一気に床まで飛び降りた

今度は かん高い怒鳴り声で

頭にきた

今日は許さないぞっ

直美っ」

まだ幼い直美と体格差のある香季の

あわや取っ組み合いの喧嘩になりそうな 危険な雰囲気になったが

香季の怒鳴り声に気が付いた

母親が 

不思議に?

それは、まるで近くで立ち聞きしていたかのごとく

タイミングよく、けたたましくドアを開けて、

二人の間に入り込んだ。

「喧嘩は やめなさいっ 

直美」

 

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