第5話 運命の別れめ

それから順調にライブ活動してきた三人だったが

時が捲り
 

行動範囲を狭めてきた、凍てついた季節に別れを告げ

春の嵐が数日吹き荒れると

頬をなでる風が ほんの少しのゆとりと周りを見つめ直す優しさを運ぶ季節に

穏やかに変わってきた

そして誰もが一度は経験しなければならない

卒業と新たな学び舎への入学の時が来た

哲は 

あの引き篭り少年

武の入学した高校へと

轟と愛華の二人は商業系の高校へと進むことになった

その時

武はこの三人との接点など想像すらできない

内側の希薄な人間関係の世界で静かに生きていた

それでも武の視点で見れば

自分は 世の中の高校生のなかでは比類なき悲劇のヒロインだと思い込みながらも

心の時計はいつも同じ時間を指していると思いたくなるような生活ぶりだったが・・

中学卒業とともに

それは

一変した。

その理由 判りやすかった

お金だ

親なし武にとって頼りになるのは

上の兄たけだったが

高校生なにったという事実で

ある程度の金銭面での自立が必要だと兄は判断して

仕送りを減らしてきたからだ。

 

世界一完備された品揃えを

ハイテクのポステングシステムでほとんど欠品なく補充する

日本のコンビには

さまざまな客の

多種多様な欲求を満たしながら

そこに集う人々の

生活の一旦を覗かせる

そんなコンビニという集積生活管理システムとの接点で

武は

バイトすることになり

武の心の時計の秒針は ゆるやかに速度上げていった

さらに

瞳との運命的な出会で

秒針は 激しく動くことになる

瞳に対する愛と憎しみが

武を

実在感のない時間のループの世界から

社会の荒波に揉まれて生きる

愛華達の世界へと大きく近づけた。

 

武と瞳達にも

轟と愛華と哲達にも

時は唯一

平等に

流れていたのだったが・・・?

 

やがて 信濃川のほとりに立ち並ぶ桜の木々が

柔らかい日差しの元で

芽吹き 数日のうちに鮮やかな薄紅色の花を  開花させていた。

 

愛華と轟は 暫く逢わなかった哲と再会するメールを送った

日曜日なのに三人は地下街のライブをキャンセルして

おとぎの国に迷い込んだのかと錯覚を覚えるほどの

桜の花が 咲き乱れる木々の下で ライブをすることにした

花が余りに美し過ぎるせいか

三人のライブに 足を止める人は 少なく

たまに 親の手を 離れて好奇心旺盛な子供が

前を 横切るくらいしか居なかった。

こんなことで期待を裏切られても

三人は陽気でいられた

自分達だけの為に

好きな歌を歌って 絶景に見守られながら時を過ごした

そんな心境になれたのは

これも桜のせいだ

なぜなら

その美しさの尊厳は

あまりにも短かさがゆえに

命の大切さと

時の無情を

心に刻み込ませて

「萌ゆる思い」を 与えるからだ

それが

見えない未来に

それでも夢見ようとする人達を

勇気付ける

 

 

それは たぶん桜の花という生命体が備えている

雪より純白なウサギの耳のその裏側の真っ赤な血の色を思わせるような

 

命の色をしているせいだろう

 

夕暮れ時になり気温が少し下がると

三人の居る桜の木の下にも、紫の光を細かく遮りながら

花びらが地面めがけて舞い落ちた

 

愛華は その花びらを 髪からとって自分の手のひらにそっと置いて

じっと見つめていた

 

「どうしたんだ

愛華

なんで

そんなマジな顔つきで

花びらなんか

みつめているんだ」

「んんっ

轟君っ

何でもないの」


「嘘付け

その顔は

俺に隠し事している時の顔だ」

「だからっ

何でもないって

言っているでしょ

もうー しょうがないんだからっ」

愛華は芽生えた不安を断ち切るように

握り締めていた桜の花びらを川縁に 投げ捨てた

だが皮肉なことに なぜか愛華の周りだけに集中して

桜の花が 舞い落ちてきた

愛華が 振り払っても

振り払っても

偶然に

桜の花が 愛華の髪や服に纏わり付く

ついに愛華の不安は頂点に達した

「愛華

 

涙流して

 

どうしたんだ」

「轟君 

怖いの

死んじゃう」

「また

お前

昨夜 変な夢でも見たんだろ」

「桜の花びらに埋もれて

死んじゃうの」

「やっぱり そうか

いつものように 夢の話か」

「判ってよ

今度は 本となんだからっ

ホントに

死んじゃう気がする」

「死んじゃう 夢って

どんな夢なんだ?」

「とても 怖い夢

 

桜の花が・・・

突然

天から降ってきて

私に纏わり付いて

そんで

見てる間に 黒くなってしまうの」

「黒い桜かっ

面白いじゃないか

ははぁ」

「ばかっー

黒は終わりの色よ」

「何んなの それ

黒が終わりって」

「聞いて

私の中の決まりごとなの

白は 日の光を跳ね返す

始まりの色

赤は 燃える色

だから命の色なの

白と赤が溶け合って生まれた

桜色は

私達のような羽ばたこうとしている人の色

青は海の色

青い海と始まりの白が溶け合って生まれた

空色は未来の色よ

そして緑は 休息の色・・・

なんとなく

わかるでしょ 轟君っ

 

だから

だから・・・

黒くなった桜の花びらの夢が

とても

許せないくらいっ

怖いの」

「何を言い出すかと思ったら

・・・

お前らしいなっ

 

轟は 夢の話をする愛華を宥めようと

愛華の肩に手を回して引き寄せた

すると

引き寄せられる事を

待ちかねたように

愛華は 堪り兼ねて轟の厚い胸板の中に飛び込んで泣きじゃくった。

「轟君っ

助けて

ホントに

怖いの」

 

「わかった

わかった

・・・

愛華っ

俺の許可ないのに

勝手に死ぬなよっ

もし ホントに

死んじゃったら 

殺すぞ!」

「?

何 訳のわからない 面白いこと言ってるの

あぁーもう

私 マジなのにっ

それないっ しょ

冗談きつくねっ」

おおっ

その顔

 

やっと

いつものお前に戻ったなっ」

 

「・・・・

 

 

・・・・

ねっ

轟君 

 

 

 

私のこと

どう思ってるの」

それは本物の恋人同士だけが使う究極の言葉だった

「愛華っ

お前が 消えたら

何をしても

落ち着かないぜ」

轟は

さらに愛華を引き寄せて

その小さくて真っ赤な唇を覆い隠すように キスをした

さらに

愛華に纏わり付いた不安を振り払うように

潰れそうなくらい

きつく抱きしめた

そばで 見ていた哲は

居場所を失って

しょうがなく桜の花を見あげた

哲は この時

愛華の信じられないような可愛らしい泣き顔に 触れて

粗暴な轟が なぜ 愛華といっしょにいるのか

その理由を思い知った。

「愛華ちゃん

元気だせよ

君のために

一曲

歌ってあげるから」

哲は抱えていたクラシックギターをシートの上において

「轟君

君のギター貸してくれないか」

「お前 フォークギター弾けるのか?」

「たぶなぁ

この歌は このギターじゃないと駄目なきがする」

哲は弦を張り替えたばかりの轟のフォークギターの

シャキシャキという金属音のフレット音の混じった

ブルージーなイントロを引き始めた

「おおっ クラプトンのChange the Worldじゃないか」

「ほんとにっ

どうしょう

私 この歌 大好き

しびれる よねっ」

三人は いつの間にか

それぞれが思い入れのあるこの曲を

重ね合わせて

明日の夢を声に 託して

その歌声は 夕暮れの紫に焼ける空高くに

響き渡り散っていった

桜の花びらが また愛華の頭の上に落ちても

愛華はもう 

怖がらなかった

 

帰り際に また轟は愛華を抱きしめて

「何か あったら何時でもいいから

電話しろ

飛んでいくから」

「うん」

だが

この日は 何事も無く過ぎてしまった

そして 運命の日がやってきた。

 

その日

哲のスマホに直美からメールが

また

届いた

「哲君 元気してる?

ねえっ

今日メールしたのは

特別な理由があるの

この前から哲くんに

忠告していたけど

愛華のこと

もう 私 彼女に限界超えて頭にきちゃった。

 我慢できないの

貴方が 瞳のことで

頭っぱいなのは 判るの

でも

私の忠告を無視して

最近 おかしな服を着てる愛華という女と

いつもいっしょにいるのは

耐えられないわ


(ここからは 哲と直美の出会い)

直美は 哲に付きまとっているストーカーだ

直美は完成されたモデルのような八頭身美人で

顔だけは愛華と同じように

目がウサギのように大きなベビーフェスしている

そのアンバラスな風貌が独特の存在感を咲かせて

同級生の男子の多くからは慕われていた。

事実 日替わりでボーイフレンドを変えるほど

直美は男子にモテた。

直美に出会ったのは ビデオレンタルショップの出口だった

 

待ち合わせの時間を気にしていたのか?

だいぶ慌てて前を確認しないまま、腕時計を見ながら出口に向かって突進しきた。

運悪く哲は 偶然にも駐車上で大きなクラクショが鳴り響いて

音の方向を気にしながら、入り口に向かっていた。

当然のごとく、二人はレンタルショップの出入り口で

衝突してしまった。

直美は 衝突の反動で押し返されて

ショップの床に尻餅をついて倒れてしまった。

「すみません

怪我はないですか?」

「大丈夫

私が 悪いの

よく前を 見ていなかったので

ごめんなさい

貴方こそ 怪我ないですか?」

哲は 反射的に手を直美に差し伸べて

直美を引き起こそうとしたが

 

転んだショックで前髪が顔を隠していたが

哲の手を借りて

カーテンが風でひらくように

立ち上がった直美の艶やかな髪の隙間から

覗かせた顔をみて

飲み込んだ息を吐き出せなくなってしまった

それほど直美は現実離れした美しさを発散させていた。

耐えられずに

目線を足元にやると

長い足には

濃紺のフィトデニムパンツ

さらに目線を胸まで上げると

濃紺のデニムジャケット

その奥には

白のベースのTシャッ

その中央の胸の部分には

草色の真四角の中に自動小銃の銃身から薔薇の花が咲いている

不思議で衝撃的なオリジナルのプリント画がペイントされていた

それはファション雑誌の表紙のように、計算された美しさとは違うと・・・

哲は衝突の痛さより

直美のその風貌に興奮していた。

気を落ち着かせて、床を見ると直美がレンタルしたばかりのデスクが

ケースから飛び出して割れて散乱していた。

ごめんなさい

僕は哲といいます

僕が 店の人に弁償します」

「あぁっ

・・・

まあ しょうがないか 

私 直美です

心配しなくてもいいですよ」

「いえっー

そういう訳にはいきません

残念ながら

・・・お金 今そんなに持ち合わせていないので

もし 良かったら

後でなんとかしたいので

連絡先 聞かせてもらえませんか?」

哲は この時生まれて初めて

自分の意思で女性のアドレスを聞きだしたかった。

哲は天才ハッカーという触れ込みで一部の関係者には

畏敬の念で注目されていたが

実態は 何処にでも居る女に奥手な普通の青年だった。

直感でそれを見抜いた直美は

大きな目を細めて

寝起きのような無防備の顔つきで

「あのぅー

ほんとに

ほんとに

・・・・いいの

 

私が悪いんだから

気にしないで」

 

さらに

両腕を哲の前にクロスさせて

ばってんマークを作り

哲の申し出を拒否した。

その時二人の背後から

クラクションがまた鳴り響いて

一台のバイクが近づいてきた。

首元のボタン止めまで斜めのチャック入った黒の革ジャンを着た男が

ヘルメットをかぶったまま右手で

直美にバックシートに座れの合図したが

二人の様子を伺ってバイクをUターンさせて自転車置き場に駐車させて

被っていたヘルメットを取ってまた戻ってきた。

「直美 どうしたの」

「ごめん 慌てて

この人と入り口の所で打つかっちゃった」

男は直美の表情を確認すると

「そうか

 

あのー貴方

怪我はありませんか

ごんなさい 直美が迷惑かけまして」

ヨーロッパの中世の騎士のような威圧を発散させながら

スポーツ刈りの男は 凛として

礼儀正しく哲に頭をさげた

哲は 男を直美の恋人と思い込み逆に恐縮して

いきなり直美の連絡先を聞き出そうとした自分を恥ずかしく感じた

「ごめんなさい

直美さんの大事なデート邪魔しちゃって

「デート?

直美と僕のことですか

違いますよ

僕は 直美の兄です」

と苦笑いをした。

「もし 後で怪我が見つかったら

此処に連絡してください」

と直美の兄は名詞を差し出した

名詞には「ファッションフロアー Cherry blossom 」と書かれていた。

 

直美の兄は 動揺して震えながら名詞を受け取る

女に初心な哲に気が付くと

行き成りなれなれしく

哲の肩に手を回して直美に背をむけさせて

聞こえないような小声で囁いた

「失礼っ

ちっと 僕といっしょに来て直美からはなれてくれませんか?

 

哲は目で その返事をした

直美の兄は振り向いて

「この人と話があるから

直美はデスクの破損代 店に払ってきなさい」

直美の兄は財布から万札を直美に手渡すと

駐車場の端まで哲を連れて行き話しかけた

「僕は 香季といいます

女の子の名前のようですが

体も心も 正真正銘の日本人の男です

あぁっ

そんなことは どうでいいですよねっ

言いたいことを率直に 言います

直美を助けてください」

「えっ?

何で僕が 妹さんを助けるのですか?」

「貴方は 嘘がつけないタイプの真面目な人だと

僕は 思ったからです

「ごめんなさい

僕のことは今初めて会って

何も知らないはずなのに

そんな乱暴で無責任な言い方をする人は

信用できません

だから

事情は判りませんが

貴方の妹さんも 助けられません

お断りします」

「あぁ

そのとうりですね

貴方の言うことは 正しい

でも 聞いてください

人は 初対面で目線を合わして挨拶すれば

その人の70%は 察することができると

僕は 思っています」

「・・・でも」

「こうして話していて 僕はますます直美を

今 助けられるのは貴方だと確信しています」

間違いなく貴方は 直美に興味を持ったはずです

明日

寝て起きて直美のことが気になるようでしたら

隣のファーミレスに同じ時間に来てもらえますか?

お願いします

貴方が 来なくても

怒っらないですから

それは僕という人間としての名誉にかけて

保障します」

直美の兄は さっきよりも丁寧に深々と哲に頭をさげて

その場を去って 入り口のところで

デスクの破損を弁償し終えた直美のところまでバイクで行って

後部座席に直美を乗せて

また呆然としている哲の近くまで バイクで近づき

軍人のように凛々しく片手で敬礼して

大型バイクの爆音を哲の耳元に残して消えた。

この時 哲は香季から言われたファミレスなんぞ ぜんぜん行く気がなかった

だが

不思議なもので約束の時間が近づくと

何か そわそわして

いても立っても居られないような苛立ちを覚え

体は 哲のプライドとは裏腹に、ビデオレンタルショップの方向に自転車を動かしていた。

直美の再会を断られた時の眠そうな目つきが、

催眠術に掛けられたように

脳裏にこびり付いて

他のことが、浮かんでこない

周りの景色が頭に入ってこないまま、

気が付くと約束の5分前にファミレスの玄関に到着していた。

自動扉が開いて五六歩中に進むと

待っていた香季が手をふって場所を案内した

哲が案内された席に着くと

昨日とまったく変わりなく丁寧に頭をさげて挨拶し

「来てくれると 信じていましたよ」

「あのっ・・・僕は

・・・ほんとうは

ここに来るつもりじゃなかった

けど

なんか おかしいんです

体が ・・・・いつのまにか・・・」

「いいんです

貴方の気持ち 判る気がします

たぶん それは

妹のせいですょ

直美は 若い男の・・・

いや

そんな話 行き成り やめましょう」

「いいえっ

お願いですから

話してください そうでないと

僕は どうにかなりそうで」

「そうですか

では 少し途方もない現実離れした話からしなければなりませんね

いいですか?」

「続けてください」

香季は周りを気にして 首ニ三回振って 子供連れの客から離れていることを

確認すると

哲に自分の顔を

恥ずかしくなるくらい近づけて話しかけた。

「人は自分の脳で物事を考え自立して生きている動物だと貴方は思っているでしょ」

でも

僕の見解は少し違います、

妹のおかげて最近は

脳は意思をもって体を動かす時の

ただの総合的な補助機関に過ぎないと

僕は思い込んでしまっています。

貴方が今日 此処に来たのは

実は貴方の体の内部に存在する

祖先から脈々と受け継いだDNAの力じゃないか

なんて 途方もないこと感じるですょ

それも

みんな直美のせいかもしれません。

そんな考えを僕がもっていることを

心の片隅に置いて これから妹の直美の話をさせてください。

くどいようですが

いいですね?」

「・・・

えぇっ」

戻る

第5章

  第1話 直美の願い