第5話 微妙な関係

 

「何だ お前 また邪魔しに来たのか」

俺は咄嗟に不良の勇輝の言葉を思い出した

 

『武 なめられたら

相手が誰であれ 

どんなに強そうに見えても

馬鹿にされたままで 恥じをさらすな

絶対に初めっから

負けるなんて死んでも思うなよ

ボコボコにされても

気合で必ず仕返しをしろよ

それでも

力で叶わいほど やばかったら

方法を変えろよ』

 

俺は半身を逸らして足だけを残し

突進してくる轟の足元を掬い上げた。

轟の体は弧を描いて中に舞い ハイスピードカメラから覗いたように

滞空時間を保って、頭から化粧し椅子に激突していった。

 

瞳が両手で頭をかかえて絶叫する

「貴方達   いいかげんにしてょ 」

脳震盪ぎみになって方向感覚を失い

ふらふらと起き上がろうとする轟の腹めがけて

空かさず蹴りを入れて、亀の甲羅を引っくり返したような仰向け状態にさせた。

大男も距離をおいて腹ばいになれば赤子のように無力だ。

 

しかし入ってきた轟にいきなり先制攻撃を加える俺は

気絶していた瞳にとってまるで無法者なのだ。

瞳は 轟をかばうように俺と轟の間に立って平手を俺の顔に向けて止めた。

「この人は このDreamBoxsの警備係りょ

いきなり暴力なんて あんまりじゃないっ」

危ねーだろ お嬢さん

引っ込んでろょ」

駄目押し攻撃を免れた轟は 

カウント9まで聞いて立ち上がったボクサーのような執念で

額をかすり傷で赤く染めながら自力で立ち上がり

たちまち戦闘体勢を整えていた。

「た・・  たけるーっ 震えているの?」

轟のただならぬ殺気だった眼つきに

ようやく気がついて梳くんだ瞳は 俺の顔色と轟の顔色を首を素早く振りながら感じとって

俺が置かれている状況を反射的に悟ったようだ。

止めたはずの手で俺の胸にしがみつき俺を轟から引き離そうとした引っ張った。

「武 に 逃げてっー」

二人は逃げようと入り口のドアに体を向けながら、轟の様子を気にして振向いた。

その時、化粧鏡に映し出されたドアに真由美が 立ちすくんでいた。

怖いぐらいに、ゆっくり首を向き直す

「真由美っ」

「 ・・   まゆみ」

と思わず叫ぶと、

 

 

俺の胸を握り締めていた瞳の手が 一瞬のうちに解けて

瞳が 俺から離れた

真由美とこの部屋にいる人間の全員の時間が止まった

俺と瞳 愛華とそして轟でさえ止めた。

それは これから始まる悲劇の予告の瞬間でもあった

「やめてー」

真由美の叫びは この部屋の一人一人が違った意味を持って受け止めただろうと思う。

油断した俺は 目の前の敵を忘れ

いつも陽気で無邪気な真由美の見たことも無い苦悩の表情に目を奪われた。

次の瞬間

轟が、俺に追いつき

俺の太腿程ある腕で、顔面めがけて鉄拳を食らわした。

 

 

俺の右頬は90度程反り返り、

口内の柔らかい皮膚が衝撃で奥歯に当たって破けて、

塩味の唾液を感じた。

 

ぼやけた意識の中 

横目で視界に入り込んだのは

化粧鏡の中の 口から鮮血が流れ落ちている自分だ。

その視界がまた

強引に容赦なく、変ったのは

左頬めがけて轟の鉄拳が打ち込まれたせいだ。

 

デスクトップパソコンの電源コードを突然、っさと引っこ抜いたように

意識が遠のいて

顎から床に頭が落ちていく、

跪き

視界は無くなり、

幼い頃の

まともだった時の母親の笑顔が

秒速でフラッシュバックする

 

俺は もう死ぬのか

?

脳裏の裏側で

と青との二色の映画のように世界が広がる

目の前には、闇の世界の波音がきこえない不気味な海が横たわっている

その中央から デジタル処理したようにそこだけ白波が立って

金色の目が光る巨大な生き物が 岸辺に立つ俺めがけて

水面を滑る魚雷のように直進してくる

後退りする間もなく波打ち際まで突進して、

生き物は 立ち上がり自分の体全体を俺に曝け出した。

太古の昔から幾千年もの間生き続けているのかと思わせるような海蛇だ

その光る目で俺を凝視すると

人間を一飲みできるくらいの大きな口を開いて

俺を頭から食おうとした。

 

やめろー

蛇はピタリと動きを止めて

「ケタル・・

希どおり、命は助けてやる

そのかわりお前のほんとうに大切な人の命を貰っていくからな

「ま 待て・・

いったい誰を」

 

 

 

体が空中に浮いているような 不安定な感覚に襲われ

閉じた瞼に光りが差し込む

なんだろう

目を開けるのが怖い

スポットライトような強い光りを感じる

 

 

「  たける君ー」

 

 

耳元で、聞き覚えの有る柔らかな声がする

勇気を出して そっと瞼を開けると

少女が俺の右手を握り締めて 心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

その脇に

瞳孔検査用の顔面ライトを付けた白衣の男ともう一人の小柄な少女がいて

その奥からサングラスを掛けた中年風の男が 俺に声を掛けてきた

「武君 意識がもどって よかったね

君が 階段から落ちて頭を打って

唇を青くして意識を失った時は ヤバイんじゃないかと思ったよ

CTスキャンは異常なかったし これで一安心だ」

何を言ってるんだ この男は??

階段から落ちだ??

そんな訳ないだろ・・

すると白衣の男の脇にいた、小柄な少女が 俺だけにわかるように顔を近づけて ウインクした。

冷たい氷を一度に口の中に掘り込んだような衝撃が脳を突き抜けて

俺は もわっとした予知夢のようなDayDream状態から抜けてで

現況を即座に理解した。

ウインクしたのは 愛華だ。

そして

さっき声を掛けたきり

俺の右手を黙って握り締め続けているのは 真由美

ここは 病院だ。

俺は

どうやら・・階段から落ちたことになって この病院に運ばれてきたようだ。

ウインクは医者に轟との喧嘩をはぐらかす サインなのだ。

たぶん この喧嘩が学校側に知れたら

ただでは済まない

俺は停学とか・・面倒なことになるだろう。

サングラスの男はDreamBoxSのオーナーのヒロだ

親子で俺のこと かばってくれたんだ。

「 いゃー

不覚だったよな 階段からおちるなんてさぁ」

俺は 役者のように口裏を合わせて演技した。

医者は瞳孔検査を素早く済ますと

「武君 検査の結果は異常はなかったけれど・・・

なぜか?

意識が回復するのに時間が掛かりすぎたのが気になる

暫く安静にしておいたほうがいい。

今日一日異常がなければ、明日退院だけと゛

ご両親に連絡の方は 大丈夫かな?」

「えっー 

親 居ないしっ」

ヒロがすかさず割り込んで

「あ あっ 武君

愛華から事情は聞いたよ

大丈夫だ 診療代は全部俺が 責任もつからね」

ヒロは医師と愛華を引き連れて、小声で話しながら出て行った。

真由美だけが残って 何か言い出そうとしている。


「   待って


話さないでくれ」

「ぇーっ  何を」

 

「俺 せめて 今この瞬間だけは

思い出したくないんだ あの女のこと

真由美が 声掛けてくれなかったら...

「どうしたの?」

「戻れなくて

死んでしまった・・・」

「何?」

 

「あっ

違う

ずーと眠ったままで いたかも

そんな気がするんだ。

目あければ、疎くけたくなる現実ばかりだし

もう限界って感じさぁ

今の俺に 大切なものって何だろうって・・・・」

「何   言い出すの?」

真由美は俺の口もとを塞いだ。

「何すんだよー」

「駄目よ 変な事考えないで

お医者さんが 言ったでしょ

安静してろって

こんな所で また

発情期の雄牛みたいな話しは やめて

少しは私の気持ちも考えてょ

自分かってなんだから・・・

 

暫く ここに居てあげるからねっ

      」

「酷い言い方だな・・

でも その通りかも..

ごめん・・・

 

 

じゃ  ・・・その・・・

話してよ

あの後 どうなったのか」

「ぁつ  そうね

あの後は・・

武が倒れたんで、愛華がヒロさんと勇輝君達を呼んできて

轟君は 慌てて逃げてしまったわ」

「へぇー 

       勇輝が助けに来てくれたのか    

 

あいつ・・・喧嘩となると

マジで 頼もしい奴になるなぁ

で・・・

 

「何?」

「あー ひとみ じゃなくて

洋子は

どうしたの」

「あきれたぁ〜

さっき自分から洋子ちゃんのことは話すなって

言ったばかじゃん

ほんとうは 凄く気になっていたんでしょ

私も とんだピエロね

もっと素直になって

初めから話してくれって お願いすればいいのに

無理して かっこつけてんだから 

もう〜いやっ」

「・・・また また

ごめん

真由美の気持ちも考えて

関心ないふりしたんだけど...

それに瞳は 今鎌倉の従兄弟の家いて 

だから そのあの子は

つまり

瞳じゃなくて 洋子なんだろうけどさぁ

あの子が瞳だなんて

すべて俺の思い違いかもって

今 思ってんだ」

本当はあれは瞳だと俺は今も確信している

「あやまってばかり・・・大男と格闘対決した男が・・・

なさけない

そんな か細い声だしちゃって

昔の武に戻らないで

なんか私 よけい傷ついちゃうよ」

「昔の 俺に戻るって?

何 それ」

「あー 私ね

最近感じてたの 武 変ったって

出逢った時は 貴方は私のクラスまで、引き籠もりの噂が流れている

評判の根暗男だったのよ

それが 瞳と居る時は なんか男らしい変っていくのを

横目で ずーと気にしながら眺めていたの・・・。

男って 女によってあんなに変るのかなぁ〜なんてね

私にしてみれば、 困難を乗り越えて付き合う理想のカップルに思えたの」

「・・・真由美

嬉しいよ 俺たちのことそんな目で気にしてくれて

・・・

お前 真っ直ぐ過ぎる

 

もう

俺 大丈夫だから・・」

 

「ばーかー

何心配してんの

言ったでしょ 武の恋人役は 今日一日だけだって

12時まえにキッチリ帰るから 心配しないで」

互いが引き寄せられていることを感じながら

瞬間の片方の眉毛の一つの動きで互いの気持ちが揺れ動く

突き詰めたそんな二人の微妙な関係を断ち切るように

強がって話す真由美の目元は悲しげだった。

「・・・そっか  」

俺は もう何を話したらいいか わからなくなってしまつた

それと 真由美が側にいてくれることで安心せいか?

それとも

今日一日の「ありえない」目まぐるしい展開の緊張感から開放されたせいか?

また 眠気が俺を襲った。

 

僅かの間眠り込んでいた気がしたが、再び瞼を開けると、

辺りは消燈で薄暗く、真由美の姿はもう無かった。

 

ライトアップした腕時計は 真夜中の1時過ぎを指している。

ゆっくりと 頭を持ち上げて、上半身をベッドから離した。

トイレに行こうとして、ベットから足を下ろそうとした時

信じられない光景が目に飛び込んだ。

少女が、シーツを敷いて寝ている。

長い髪、男みたいな、切れ長のきりっとした眉

両耳から垂れ下がった二本の前お下げ髪

真由美だ。

「ま 真由美

お前

何で ここで 寝てんだ」

「おい 聞こえないのか 真由美」

「・・・うー

・・・うるさいなぁーもう・・・

夜中に起こさないでよ

 

しょうがないなぁ〜

完全に目覚めたじゃない

あのね

身寄りも居ない

武のことが 心配だったんでね

ヒロさんがこの病院の主治医と友達らしいの

それで 特別に私を「付き添い」ってことで許可してくれたの

どう 嬉しいでしょ」

「嬉しいだ?

余計な事するなよ

家の人が心配してんだろ 早く帰れ

 

あっ 

・・帰るっても・・・もう真夜中か・・」

「家には 友達の家に泊まるって 連絡しておいたから

大丈夫 わかった武」

真由美は 本気だ

二人は後戻りできない関係にはまっていくかもしれない

俺は 真由美の付き添う病室で 

この後一睡もできずに、体だけを休めていた。

瞼を閉じて このままの状態で朝を迎えても もういいゃと 捨て鉢に気持ちになる

そう願った瞬間から気が緩み

皮肉にも浅い眠りに落ち込む

 

微睡の中を彷徨い、また肩のあたりが、揺すられて眠りから目覚める

辺りの様子は、さっき変らず薄暗くまだ夜明け前だ、頭を横にして真由美の方を見ると

立ち上がって俺の顔を覗き込んでいる。

「ねっ 武君

まだ日が昇らないけど、

私 待ちきれないの」

「待ちきれないって何?」

「昇る生まれたての朝日 二人で見ようよ」

「朝日見る

何を言い出すかと思ったら

よせよっ

せっかく 眠くなってきたんだから

もう少し寝かせろよ」

「大丈夫

病院の退院の手続きは、昨日の内に全部済んでるから

このまま豚ずらしても、怒られないよ」

「お前さぁ 自分の欲求をごり押しするとこ

まるっきり子供なんだから」

「へぇ そうよ

私は 思い立ったら、どんなことでも即

行動しちゃう 子供なの」

「・・・マジで」

「マジょ」

第6話 奪われた心

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