2章 別れ

第1話 「瞳の決意」

道子から電話があった翌日は低気圧が、接近してきたせいなのか、時折強風が

吹き抜け、木の葉が舞い散っていた。

夕方になると、風は収まったが、

何気無く見上げた夕日は、見慣れた穏やかな彩りではなく

憂いを感じる象徴的色合いで、

なぜか 瞳が学校で苛めをうけて、頭を両手で抱えて泣きそうな顔 思い出し 校門の前で、立ち止まってしまった。

 

言葉に出来ない抑えきれない胸騒ぎを抱えたまま

8時にバイトを終えて、 慌てて道子の家の大きな扉の脇の呼び鈴を二回押した。

しばらく待ったが・・返事がない

もう一回呼び鈴を押そうとした時

中から

 

「・・・武・・・・バイト終わったのか...

待っていたぜ 入れよ」

 

いつも陽気な龍馬が伏し目がちに喪主のような沈んだ声をだして向かい入れた。

入ると直ぐに重苦しい空気とともに、道子のすすり泣く声が 聞こえてきた。

見渡すと、瞳を除いてメンバーと真由美が集まっていた。

一人だけ離れて勇輝が 毘沙門天のような険しい顔で握りこぶしを締め仁王立ちしている。

部屋の中央で、道子が、膝まずいてハンカチで口を覆ている。

電話で様子は 判っていたつもりだったが・・・  想像より酷い。

大きなアンプはただ壊されているんじゃなくて、横倒しになってスピーカーが剥きでて引き裂かれている

ドラムのシンバルは もぎ取られて部屋の隅まで投げ飛ばされている。

それはまるで人間の秩序など無視できる獣が暴れまわったような荒らされ方だ。

(武)

「なんて事だー

いったい 誰なんだ

金銭目当ての空き巣強盗?

それとも、部長のお母さんのピアノ教室に通う小学生達か?」

泣き崩れていた道子が、やっと顔を上げて



「違うわ ママ教室の子供達じゃないわよ 絶対に

そんなこと出来ないわよ・・

それに・・・扉の鍵は最新式の電子キーよ

気がついたと思うけど・・鍵穴なかったでしょ

いったんドアロックしてしまえばICカードが無い限りは内側からしか開かないんだよ

それに・・楽器が盗まれたわけじゃいんだよ」

 

(武)

「・・・・

じゃ いったい誰?

 龍馬 なぜだ どうしてなんだー

俺達のバンド活動を妨害した奴の理由は?

 

(龍馬)

「俺に 聞くなよ

お前 恨みを買われるようなことした・・心当たりが あるんじゃないか?」

 

「何 ! どういう意味だ 」

「・・・いや ただ何となく・・・」

 

「思ってること、はっきり 言えよ」

 

「・・怒るなよ

俺達の隣り瞳クラスで、お前が「豚猫小町ー」って綽名つけた子が

昼休み いつもの おしゃべり取り巻き集団つくって

『武君が、瞳の他に洋子っていう新しい恋人作ったみたいよー』

て大声で噂していたのを立ち聞きしたんだ。」

 

その話しを聞いた勇輝が、

銅像が突然動き出す設定の3DSFアクション映画のように

毘沙門天の顔のまま、俺に突進してきた。

(勇輝)

「ホントなのか?

お前な どうかしてるぜ

やっとの思いで、瞳と交際できたのに

何考えてんだ 浮気なんかしやがって

と俺の胸倉を掴んで壁に押し付けた。

(武)

「浮気なんかしてないし〜」

「じゃなんで、お喋り豚小町が噂を流すんだ。?」

『そんなの説明しきれない・・百聞は一見にしかず』

俺は 事故の時の洋子の写メを勇輝に顔に押し付けるように見せた。

「これ 隣町の高校の洋子って子

この子が道路にふらふらと飛び出して自転車で接触しそうになって避けきれずに

俺が転倒したんだ」

「えっ 嘘だろ・・・瞳の写真のまんまじゃないか?」

真由美が話しに割り込んできた

 

(真由美)

「勇輝君、ホントよ 洋子さんのことは玲奈から聞いてるよ

鏡に映したみたいにそっくりなんだって

 

 

でもね

ああっ

武君

それがねっ

言いにくいたけど・・・・

その洋子さんて子は

「うそつき洋子」って言われるくらい

いい加減な人らしいの近寄った男はなんか

大変な事になって

皆 登校拒否とか ぐれて補導されたりしているみたいよっ」

(武)

「その話って

マジなの ??

実際に 逢っている俺としては

とても 信じられないけどなぁ・・・」

 

「甘いなぁ 

武君

見かけだけじゃ

女の子って わかんないよっ

 

それに

・・・その洋子さんには 我が高校のトラブルメーカー 哲 が絡んでいるらしいの」

 

(武)

「あー 確かに

事故の時も 哲が洋子の側ぴったり寄り添って居なぁ」

(勇輝)

「マジかよ 武 どうやらやばい事になってきたみたいだぞ」

(武)

「何んでだよ」

(勇輝)

「その話しが、間違いなければ・・・

今回のこの家の荒らしには、哲と

その手下が関わっているかもしれないし

もしかして・・・瞳の親父も関係しているかもしれないぞ」

「どうして そんなこと言い切れるんだ?」

 

「哲って男は なんでも嫉妬心が異常に強くて 自分の女に近づく男を

Rose Waterと言う自分が開発したスパイウェア機能持つソフトを使ってメールを送り付けて

相手のIDやパスワードなんかの個人情報を盗み出して、徹底的に社会的窮地に陥らせるらしいぞ!

だから よく考えてみろよ

電子ロックを解除できる知性と アンプを横倒しにして壊す怪力もつ手下の居る奴で

たけるに憎しみを抱いているとなれば

哲とその手下の仕業って推理するしかないじゃないか」

 

「? 俺を憎んで」

俺は 電話腰で洋子が「哲に気おつけて」と言った意味が 今やっとわかった。

 「勇輝 お前には何の関係もない 哲のこと よくそこまで調べたな・・・?

「実は それが関係ありなんだ。

 蛇の道は蛇さぁー

俺も悪だったからなー

群れない俺の唯一のダチだった・・・・

 ・・・・・   

洋子と哲の関係を良く知っているハッカーの玲菜の 弟 から情報はメールで仕入れたのさ」

俺は洋子との接触が、瞳との関係にとってヤバかったかもしれない ...と自責の念にかられて内心は 苛立っていた。

「 ん    玲菜・・・って

お前の口から久しぶりにその名前聞いたよ

・・・

真由美が話してくれたけど・・彼女 転校したんだってなー」

 

「余計な事言うな 今 洋子と瞳の話ししているのに

今日のお前 おかしいぞ?

玲菜のことは 殴られたくなかったら 触れるな

 

洋子の話題を逸らしたかったので 俺はわざわざ、いやらしいくらい皮肉ぽく聞こえるように言った。

「・・・知ってるぞ お前が不良から立ち直ったのは

玲菜さんのお陰だってこと・・・」

 

「歯くいしばれって 腹に力入れろー

 

余計な事?を言った俺の腹に

勇輝は予告通り、臍の辺りに一発打ち込んできた

俺は よろけた少し後づりしたが

直ぐに立ち直れた

 なぜなら

それは玲菜の愛で寸止めに近い痛さで

勇輝はその後 俺に一礼して 

「すまん・・・

 

お前も いろいろともめごとが重なるなー」

と肩を軽く叩いた。

距離を置いていた、真由美がそっと俺に近づいて

       「  武君  」

と 囁いた。

真由美は 言いかけた言葉の続きを気にしている様子だったが、そまま話しかけずに

俺の心の内を探っても一歩踏み込めずいるかのように見つめていた。

最近の真由美は 下校もいつしょで俺と会っている時間よりもはるかに長く瞳といっしょにいるはずだ。

もしかしたら、何か今回の教室荒らしの事件裏の経緯も知っているのかもしれないと妄想した。

 

 

その時  さっき不用意に開けっ放のまました入り口の扉から

稲光が差し込んで、地鳴りような雷音続いたかと思うと

遮断された音楽室の外の世界では土砂降りの痛い雨粒が天から俺達の心に圧し掛かるように降り注いできた。

 

道子の音楽室の玄関は部屋の内部に入るまでに、細長い廊下があって

右脇に道子の母の生徒達が使う下駄箱が用意されている。

そのため入り口のドアが開いているかどうかは、部屋の中に入ってしまうと確認しづらくなってしまっている。

だから、俺はドアを開けっ放しにしたことに、今まで気がつかなかった

 

吹き込んだ外の冷たい空気を 誰よりも先に感じて

慌てて入り口まで駆け寄り、扉を閉じようしてノブに手をかけたが、その視線の先に

少女が佇んでいた。

また稲光が天から地上にふりそそがれて、輪郭だけが閃光で縁取られ

人相がよくわからない。

 

「どうしたんだ?

酷い雨だ 濡れたまま立ってないで中に入れよ」

 

少女は ゆっくり頷き体半分を 室内に入れた。

部屋の入り口から遠くある照明灯の薄灯りから現れたのは

降り出した雨に黒髪を濡らしたまま背中に赤い小さなリックを担いっている少女の上半身だ。

やがて少女は 入り口外の照明で 月食が終わるように暗転のシルエットから抜き出て、その顔を見せた。

 

その顔から雨粒が、したたり落ちている 唇は冷たい雨のせいか? 血の気が引いて青ざめていた。

その少女はやっぱり 瞳 だったが

しかし俺が見慣れた瞳ではなかった

どこかよそよそしくて、物憂げな表情に感じる

 

「・・・武

   大変」

「何が?」

「父が 酷いの・・・

 

今日 

   突然

これ以上 

    武  と交際するなって・・・

 

言われた...」

 

顔の水滴は雨のせいじゃなかった。

ネールで艶々した爪先に その悲しさを封じ込めた水滴が落ちてとても小さな水玉を偶然作った。

瞳は手を軽く振って、水滴を拭ってから、滲んだ顔で俺を 見つめた。

俺は 混乱してどうすることも出来ず

ただ 目の前で主人が倒れた犬のように

叫んだ。

 

「嘘だ

今 に なって

そんな こと言えるはずがない

   瞳 

嘘だと 言ってくれ」

二人で砂浜に土台から丁寧に築きあげた『夢の城』を

突然の地震と津波が打ち寄せて根こそぎ飲み込まれてしまったような気持ちだ。

気がつくと俺は 自分の痛さだけを感じて人格を失い瞳の肩を両手で

暴力的に揺さぶっていた。

 

    「痛い   たける

                    壊れちゃうょ」

 

冷たい天の雨粒が 揺れる瞳の髪から弾き飛ばされて

俺の額に 瞳の痛さが 突き刺さった。

 

    泡沫夢幻 の中いる ひとみ

 

を悟った。

「 こんな 面倒な私

いやになったんでしょ

 

 

    お父さんが 憎い

たける 私もう駄目

駄目よ

なにもかも

終わりよ

 

お父さんが 私達の交際を 今まで許したのは

私に やっと自由を与えたんじゃなくて

私達の交際が 親密に育った頃に

引き離して

幸福の絶頂から急降下で不幸の谷間に突き落として

私を 取り返しのつかないくらい傷つけたかつたのよ

 

瞳のやるせなく揺らぐ言葉が 俺には 身に染みてわかる。

 

息を 深く吸ってから

 

 

「   瞳 

・・・・風引くから中に入れー」

 

 

冷え切った少女の手を 強引に引っ張って胸の中に引き寄せ

優しく暖めてやらなければならないの  不安で息も出来ないほど抱きしめた。

 

肩を抱きながら 長い玄関を寄り添って歩き

部屋の中央にたどり着く

 

瞳は 皆の前で立ち止まり、惨状見るなり、両手に握りこぶしを作って吐き捨てるように怒鳴った。

 

       「Unfair・・・

「何て言ったんだ?」

瞳は答えようとしなかつた。

俯きながら

「私のせいで こんな事に・・・」

俺達の様子を伺っていた道子に 顔を向けて

「道子 許してー

きっと 訳を話せる日がくるから・・」

道子が唖然と見つめている中で、

担いでいたリックから、プレゼント用にラッピングした紙箱を取り出しにくそうに出して

 

「この箱は 夏休みの終わりまで 開けないで

 

私・・・もう我慢できない

 

        たける

        道子

 

父もとから離れると決めたの

 

「瞳 突然 何を言い出すんだ。」

瞳は箱を 渡すと 後づさりして背を向け

逃げるようにまた細長い入り口に戻ろうとした。

 

「待ってくれ

なぜんだ

 

「     ごめんなさい

 

たける

 

 

          ・・・

 

     

     箱の約束のこと忘れないでほしい

 

それは 

   別れの言葉に思えたが・・・。

いや そんなことは無い ・・・思い過ごしだ と自分に言い聞かせる。

 

 俺は置き去りにされることを知ることができない飼い犬のように

従順な言葉を選んだ。

 

 

瞳 っ

     胸に痞えているもの

           全部 俺に

               預けろよー

 

     瞳は 大きく首を振った

髪の分け目の中心から髪の毛が濡れて一本の束になり

額に掛かって目元まで垂れて瞳の表情へのアイキャッチになった。

 

その表情は あまりにも微妙だ。

悲劇の渦中にあって 瞳は 美しかった。

頬に掛かった雨粒? が

出会いの広場まで 全力で走りぬいて俺に勝った時の汗を 思い出させた。

俺の知らない瞳と 哲の繋がりを夢想した。

目元は澄んで 何かを望んでいた。

何だろう・・・

もう交際して半年以上になるが・・・こんな瞳は見たことが無い

それは もしかして 自由だ。

この俺からも 離れて生まれて初めての自分の意思で

翼を広げた若鳥のように

自由を望んでいるかのように思えた?。

 

意味不明の約束を残して兎の逃げ足の速さで 雨ふる闇の中へに姿を消うとする

それを追いかけることが出来ない。

きっとそれは 俺が洋子のことでまったく頼りにならないくらい動揺していたせいじゃ  無いと想う。

 

勇輝が、堪りかねたように俺に怒鳴った。

「瞳は いったいどうなってしまったんだ?

自分の作ったバンドが大変なのに

お前に 訳のわからんこと言って、逃げるなんて

最低の女だなー」

 

「瞳のこと何にもわかんないくせに

偉そうな口聞くなよ

玲菜さんから貰った愛を   無駄使いしやがって

 

 ー」

自分の恋人をなじられた 二人は

キレて 発情した雄ライオンの縄張り争いの喧嘩のごとく

恐ろしいくらいに執着した目線で互いを睨んだ。

 

(道子)

「二人とも やめて

たける君 そんなことしている場合じゃないでしょ

今日の瞳の様子 そうとうヤバイよ」

(たける)

「わかってる」

一言いったが それ以上は何も言葉が見つからなかった。

 

 

第2話 瞳の失踪 

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