Chase 28 - 追い詰められた仇敵

 
 疲労で真っ赤になった目を何度も瞬かせながら、阿久津は立ち止まり立ち止まり、並んだ七両のVCDVを順に見て回った。
 組み上げられたばかりの車体はロールアウト直後と見紛う程だった。もちろん手が入れたれたのは外装だけには留まらない。内部機構についても同じ、いや、より以上の作業を、ここ数日の阿久津は続けてきた。どんなわずかな機構の狂いや部品の緩みをも見逃すことなく。その最後のチェックが、他に誰一人立ち会わせることなく、今行われている。
 阿久津の目は厳しい中にどこか優しくかつもの悲しいものを湛えていた。
 青龍を離れ、阿久津は白虎と朱雀の間に進んだ。そして白と緋の車体を代わる代わる見ている。どちらを最後にするかを決めかねているかのように。
 

 「仁ちゃん、いるんだろ?」
 ドアの外から声が聞こえる。だが木津は出ようとしない。
 「仁ちゃんてばさぁ。帰ってんだろ?」
 確かに一週間近く前から帰ってはいるが、とても呑みに出るような気分ではなかった。
 がらんとした部屋の中、組み合わせた手を枕にベッドに寝転がって、ここ数日来の懸案を今日も木津は考えていた。どうすれば『ホット』を自分の前に引きずり出せるかを。
 だが相変わらず答えは出てこなかった。頭の下の指を動かし、古傷に触れてみても、状況は変化しなかった。
 外からはまだ自分を呼ぶ声が聞こえる。
 溜息を吐きながら、木津は壁際に寝返りを打った。
 もしかして俺って頭悪いのかな……
 そう思ったら、何故か頭の中に真寿美の顔が現れ、今の言葉を否定した。
 そんなことないですよぉ。
 指で唇を弾きながら木津は苦笑する。キャストが違ってないか、と。
 だがそのキャスティングは無意識にではなかったらしい。ドアの外の声が自分を呼ぶものから誰かと話をするものに変わっていた。その相手の声は、聞き覚えのある高く弾けたものだった。
 木津は上体を起こした。
 窓の向こうから聞こえてくる声。
 「……仁さん、じゃない、木津さんいらっしゃらないんですか?」
 「車は置いてあるから、いると思ったんですけどねぇ。で、あなたはどちらの関係の?」
 「あ、あたしは木津さんの、えっと、職場の関係者です」
 木津はつい吹き出した。その表現、間違っちゃいないが何か変じゃないか?
 「ああ、そうなんですか。で、仕事の方のご用で?」
 「いえ、そうじゃないんですけど……」
 おいおいカンちゃん、そこで妙な突っ込み入れないでおいてくれよ。と思いかけて、木津はふと考えた。俺はカンちゃんに仕事をしてるなんて話をしたことがあったか? なかったような気がするんだがな……
 「ああ」と納得したような声が聞こえた。「だったらお嬢さんに呼び出してみてもらおうかな。仁ちゃんのことだから、のこのこ出て来ないとも限らないし」
 そしてひっひっという笑い声。真寿美が閉口しているのが見えるようだ。
 だから変なことを吹き込むなって……
 「木津さんって、そういう人だったんですか?」
 真寿美、お前も真に受けるなよ。
 「そんなはずないんですけどね。でも、一応呼んでみます」
 それに先だって木津はベッドから降りる。真寿美がいきなり訪ねてきたのも意外と言えば意外だったが、それに加えて、ふと抱いた疑念が何故か頭を離れなかった。
 チャイムが鳴る。
 同時に木津はドアを開ける。
 「はい」
 「わっ!」
 声を上げて五歩ばかり飛び退く真寿美に
 「ほら、やっぱり出てきた」
 そして今度は木津に向かって
 「仁ちゃんもデートだったらデートだって言ってくれよ、居留守なんか使ってないでさ」
 「別にそういう予定が入ってたわけでも居留守を使ってたつもりでもないんだがな」
 「照れるな照れるな」と殊更ににやにやしながら「だったら呑みに行くのは明日でも構わないからさ」
 「明日……?」
 再びドアの近くまで来ていた真寿美が言う。
 二人の視線が同時に真寿美に集められる。それに戸惑いながらも真寿美は続けた。
 「えっと、明日なんですけど、集合だそうです」
 木津がそれを聞いてにやりとした。
 「何だい、仕事かい?」と問われて、木津は笑いながら答えた。
 「厳密に言うと少し違う」
 向けられる不審そうな顔を放ったまま、木津は真寿美に訊ねた。
 「で、今日は?」
 「え、と……それだけです」
 木津は呆気にとられて真寿美の顔を見つめる。真寿美は目を少し伏せ気味にして、同じ言葉を繰り返した。
 「それだけに、わざわざ?」
 無言で小さく頷く真寿美。
 「よし、それじゃ呑みに行こう。そちらのお嬢さんもよかったら一緒に」
 「悪い、カンちゃん」と木津が声を上げる。「今日は駄目だ。もとい、今日も駄目だ」
 「駄目? だって今ので用は済んだんだろ? だったらいいじゃないかさ」
 「そういう訳にも行かないんだ、明日集合って話になるとな」
 「何だかきな臭い感じだなぁ」
 「ガス臭い、の間違いだろ?」木津は思い付いたまま言った。「ホット・ユニットの排ガスの臭い」
 それを聞いて真寿美が、諦めたような呆れたような複雑な表情で木津を見つめる。そしてその横に、片方の頬に一本の深い縦皺を拵えた顔。
 木津はその顔が自分の中にあった疑念の頭を擡げさせるのを感じたが、それがはっきりとした形を成すのを待たないままに言った。
 「てわけでさ、悪いね。また今度ってことにしといてくれ」
 不承不承という口調で返事がある。
 「分かった、仕方ないか。それじゃまた今度ってことにしておくわ」
 「それじゃあたしもこれで」
 そう言い残して自分も踵を返そうとする真寿美を、木津は呼び止めた。
 二つの顔が振り返る。少し困ったような真寿美の顔と、その向こうにまたにやりとした笑い顔と。
 笑い顔の方が再び振り向き消えていくと、木津は真寿美に訊ねた。
 「この後何かあるのか?」
 「えっと……」と困った顔のまま少し笑う真寿美。「何かあるってわけじゃないですけど……」
 「そう言えば部屋に入ったことってなかったよな。覗いていくか? 何もないけど」
 困ったような笑みはそのままに、真寿美は黙っている。
 「もしかして、襲われるんじゃないかとか考えてるか?」
 と、真寿美の笑みに混じっていた微かな困惑はいたずらっぽい表情に取って代わった。
 「襲いたいんですか?」
 「……」
 「何ですか、今の間は?」
 詰め寄る真寿美の背中を木津は押した。
 「ま、まあとにかく上がれよ。飲むものぐらいなら出せるから」
 

 「今朝、お見舞いに行ってきたんです」
 ボトルのままのミネラルウォーターを傾けながら、真寿美は訥々と話し始める。
 「どんな具合だった?」
 「まだ傷が完全には塞がってないそうなんですけど、痛みとかは大分なくなってきた感じでした」
 「そうか」と煙を吐きながら木津が頷く。
 「でもまだ仕事の話とかは出来ませんね」
 「仕事の話が駄目だったら、一体何を話したんだ? あの久我さん相手に」
 真寿美は答えようとして不意に止めた。
 「仁さん、ディレクターのことをおばさんって言うの止めたんですね」
 「ん? あれ、俺今何て言った?」
 「ちゃんと名字で呼んでました」
 「そっか、まあいいや。で?」
 「ディレクターはやっぱりMISSESのことを気にしてましたけど、みんな残るから大丈夫ですって言っておきました」
 「正解だな。でもそれって仕事の話じゃ」
 「『ホット』のことは、仁さんにとってはお仕事じゃないですよね?」
 木津は肩をすくめる。ああ、そういう意味だったのか。
 「で、明日召集ってのは?」
 「阿久津主管から連絡があったんです。車体の点検が全部終わったし、それに今日でちょうど一週間ですから」
 そう、MISSESの全メンバーに与えられた一週間の休暇の、今日が最終日だった。
 「何だかよく分からない一週間だったな」そう言うと木津は煙草をもみ消した。「長かったような短かったような」
 「そう言えばお部屋の片付けもしたんですね」と、改めて部屋を見回す真寿美。「前に全然片付いてないみたいなお話だったから、どんなすごい状態なのかと思ってました」
 木津の苦笑いに気付かず、真寿美は続ける。
 「でも何にもないぐらいに片付いちゃってますね。まるでこのままここを引き払っちゃうみたい」
 と、真寿美の顔に影が射した。
 「仁さん、また変なこと考えてないですよね……?」
 木津は笑いながら混ぜ返した
 「いや、押し倒そうなんてこれっぽっちも考え……よせ、ボトルで殴るんじゃない!」
 

 翌日、先週と同じ阿久津の部署の作業場に久我を除く全員が顔を揃えていた。
 最初に阿久津がVCDV全モデルの総点検が完了したことが告げられた。
 「もう後がないぐらいのつもりで手を掛けたでな。思う存分使ってやってくれ。ただ」と、木津の方を向くと、「無意味に壊すなよ」
 「失礼な」にやにやと木津が応える。
 「無意味と言えば」と、結局リーダーに任じられた由良が口を切った。「MISSESに直接関係しないLOVEの職員を無意味に今回の件に巻き込むのは許されないでしょうね」
 「そうですね」安芸が相づちを打つ。「確かにこれまでも二度は巻き添えにする危険があったわけですから。ここを離れた方がいいかも知れませんね」
 「そうしたら修理とか補給はどうするんですか?」訊ねる紗妃に木津が言う。
 「阿久っつぁんが今言ったろ? もう後はないんだって。そんなのが必要になる前にかたを付けるしかないってことさ」
 「いや、それは言葉のあやでな」
 阿久津ににやりと笑い返すと、木津は全員を見回して、「季節もいいし、この際だからキャンプでもするか?」
 苦笑の中、由良だけが生真面目な表情を変えずに、独り言のように言う。
 「それで早い内に向こうが発見できればいいんですが……」
 「或いはこっちが発見されればな」と木津。
 「向こうから仕掛けてくる、と?」
 「爆弾まで仕掛けといて静観してるとは思えないんだよな、奴の性格からして」
 「仁さん、知ってたんですか? 『ホット』の性格なんて」
 そう質す真寿美の顔に、言葉以上の疑義が読み取れたような気が木津はした。
 「んにゃ、でも大体想像は付くからさ」
 「キャンプするならこの近所でよかろう」
 阿久津が言った。
 「そのこころは?」
 「どうせこの界隈、うちから奥は空き地ばっかりだし、近きゃ補給も修理も楽だし」
 「何だ、出来るのか」
 「だからそう言うたろうに。それに、向こうさんも手っ取り早く済ませるにゃあ、ここに攻め込んで来るだろう。それをお主らが手前で食い止めてくれりゃあいいって話でな」
 「巻き添えを出さないための責任は重大というわけですね」と安芸が言う。
 「向こうも週末に来てくれりゃ、その心配もないのにな」
 「それは名案ですね。もっとも向こうが休日出勤手当を出すのかどうかは知りませんが」
 「あと、うちが休日も休まず営業中だって宣伝してやんないとな」
 このやりとりを聞いて、真寿美と紗妃は顔を見合わせて呆れたように溜息を吐いた。
 

 前日までの作業の跡を匂わせすらしないほど小綺麗に片付けられた地下駐車場。
 それぞれの手に、乗機のメイン・キー・カードが渡った。それは阿久津によって、整備調整後の情報が書き込まれたものだった。
 「一応各自書き込みが出来てるか確認しておいてくれや。まあ問題ないはずだがな」
 「それじゃあ、テスト代わりに今日は乗って帰ってもいいですか?」と紗妃。
 阿久津が応える前に、木津が言った。
 「なるほど、それも手だな」
 「休日営業の宣伝ですか?」
 木津は軽く頷く。
 「そう言えば、涼子ちゃんが前に同じことをやらせたっけな。俺を朱雀に乗せて、奴の目に付くように走らせてってな」
 「仁さん」
 呼ばれて木津は顔を上げる。視線の先で安芸が静かに微笑している。
 「ん?」
 「いつの間にかディレクターをちゃんと女性扱いするようになってますね」
 「ま、そういうことにしておこう」
 簡単にそう応えながら、木津は病室での久我との対話を、そして自分の前で久我が垣間見せた、裡にある女の貌を思い出していた。
 由良が一同に向けて明日以降の集合場所を確認する。
 「よろしいですね?」
 全員が無言で頷いた。
 「では今日は解散です」
 木津はキー・カードを持つ右手をくるりと回した。溶けかかったパンダのキーホルダーが円を描いて回る。
 横にいた真寿美がそれに気付いて、木津に小声で訊ねた。
 「そのパンダ、七重さんの……?」
 「ああ」
 それだけ応えてB−YCのコクピットに滑り込む木津を見て、真寿美もS−ZCのドアを開け、シートに腰を落とした。
 塵一つ見つからないコクピット。スロットにキー・カードを差し込み、スタータ・ボタンを押す。計器盤に灯る電光はこれまでになく明るく見え、予備回転を始めるコールド・モーター・ユニットはこれまでになく滑らかに感じられた。
 ふと横を向くと、既にB−YCの姿はなかった。反対側でも、早々に出ていった小松に続いて、饗庭と由良のG−MBが動き始めている。
 隣のS−RYの中の紗妃と目があった。紗妃が微笑んで何かを言おうと口を開きかける。が、それを遮ったのは、レシーバからの木津の怒声とも歓声ともつかない叫びだった。
 「来た!」
 その場に残っていた四人が四人とも、その意味を理解できずにいた。いや、理解は出来ても俄には信じられずにいた。
 「来たって、まさか、『ホット』が?」
 木津の声が続く。
 「奴が頭だ! あと装甲車九!」
 阿久津の眉間に不審の縦皺が走った。直々のお出ましに、お供の装甲車が九両とは妙に少なくはないか?
 「仁さん! 場所はどこです?」
 「E181、K区!」
 「紗妃さん、峰さん!」
 応えの代わりに二台のモーターのうなり。聞いた安芸が叫んだ。
 「行きます!」
 

 「邪魔だ!」
 前回と同じく、「ホット」の車を護るように囲み走る武装装甲車。走る壁の中から、紛うことのないホット・モーター・ユニットの爆音だけが木津の耳に届く。それはあの日の記憶に残る音と寸分の違いもなく聞こえる。
 「てめえらに用はないっ! さっさとどきやがれぇっ!」
 白虎の放つ衝撃波は、装甲車の一両を真横から捉えた。だが不快な鈍い響きがその装甲から返っただけで、隊伍は乱れすらしない。
 「ホット」を上から仕留めようと、白虎が何度目かの跳躍を試みる。が、その途端白虎は逆に装甲車群の放つ実体弾の段幕に包まれ、接近を阻まれる。
 炸裂する弾片を受けて着地する白虎の躯体には、早くも無数の小さな傷が生じている。
 再び立ち上がろうとした白虎の頭を、衝撃波銃のもたらす共振と、装甲車からもぎ取られた砲身とがかすめていく。
 面を上げる白虎。その視界の奥で、装甲車群からの反撃を回避すべく後ろざまに跳ぶ朱雀。そしてそれを援護すべく牽制の銃撃を行う青龍と玄武。
 「安芸さんはそちらのサポートに!」
 そう指示する由良は、小松と饗庭を従え、ハーフの形態で「ホット」隊の真正面から突っ込んでいく。
 「止めます!」
 急速に縮まる距離。
 「無茶だ!」
 安芸の声にも由良は速度を落とさない。そして不気味に砲に沈黙を守らせる装甲車も。
 小松のG−MBが転舵回避する。
 安芸は乗機をハーフに変形させ、装甲車の先頭に並ぼうとする。反対側では木津が同じく、だが別の意図を持って白虎を走らせる。
 饗庭の玄武が跳んだ。右手に由良機の左腕をつかんで。
 その直後、彼我はすれ違った。
 しかし安芸と木津は速度を落とさず、それぞれの乗機を装甲車群の先頭に並べる。
 玄武が衝撃波銃を二連射する。その一発は装甲車から銃身を吹き飛ばしたが、もう一発は装甲に当たり、木津の時と同じように鈍い響きをたてて、まるで装甲に吸い込まれるように消えた。
 「仁さん、この装甲に銃は駄目です」
 応答はない。代わりにハーフになった白虎が両腕から「仕込み杖」を伸ばして、横を走る装甲車を追い抜いた。そしてスピン・ターン。前方から相手に接触する寸前まで近付くと、片腕を力任せに横に薙ぐ。
 破砕音。
 砕け散る装甲の破片をものともせずに振り返ると、白虎は装甲車に止めを刺そうとする。だが半ば破壊された装甲が、いきなり内側から弾け飛んだ。
 白虎の足が止まり、飛んできた破片というには大き過ぎる装甲板を「仕込み杖」が払いのける。
 「何……だ?」
 沈着な安芸が声を失いかけていた。
 装甲を自ら排除したのは、白虎に狙われた一両だけではなかった。他の六両も一斉に装甲をかなぐり捨てると、立ち上がった。
 「まさか……」呆然と紗妃がつぶやく。
 だが木津はひとり納得のいった顔をしていた。涼子ちゃん、あんたの読み通りだぜ……
 「VCDV!」
 真寿美が叫ぶと同時に、暗紫色に塗られた八機のVCDVが一斉にMISSESのVCDVに襲いかかる。
 「全機!……」
 由良の指示も指示にはならなかった。
 そして左右から二体のVCDVに迫られる中、木津は見ていた。残る一両の、多分これも偽装した装甲車を率いて、「ホット」がさらにLOVEへ向けて走るのを。
 「……っのっ!」
 照準も何もないまま、木津は両腕の衝撃波銃を左右に乱射するや否や、変形レバーを一気にRフォームの位置にたたき込み、スロットル・ペダルを力任せに踏み付けた。
 猛然と「ホット」を追い始めるB−YC。その後をさらに、これも車両の姿に変形した「ホット」の側のVCDVが追う。
 

 嫌な音が耳に届く。
 Mフォーム同士、相手と対峙しながら、由良は位置を変えた。
 相手の背後に見えたのは小松機。だがその首が喪われていた。
 声を掛ける間も与えず、相手が至近距離から衝撃波銃と実体弾とを同時に放ってくる。
 屈み込んで回避すると、「仕込み杖」を繰り出し、相手の脚を払いにいく玄武。だが相手も巧みにバックステップでそれを避ける。
 再び嫌な音。相手の回避で開けた視界には、さらに片足をも失って仰向けに倒れる玄武の機体。そしてとどめを刺そうとする相手の機体があった。
 由良が言葉にならない叫びを上げる。
 引かれるトリガー。
 左腕から続けて撃たれる衝撃波。
 直撃を受けた相手の機体がへし折れるように宙に舞う。
 その直後、由良は後方から衝撃を受けた。
 振り向きざま目を走らせた計器盤には、バックパックへの被弾を示す警告。そして視界には銃口を向ける相手の姿。
 トリガーから離れることのなかった指がまた絞られる。
 次の瞬間、双方の間で火花が上がる。相手の放った有炸薬実体弾が、由良からの衝撃波に捉えられ、空中で炸裂したのだった。
 目が眩む。
 動きの止まる彼我。
 そこに駆け寄る二体のMフォーム。
 接触音。
 その間を抜けて饗庭機が着地する。
 仰向けに倒れた由良機。ちぎられたその左下膊が、饗庭の「仕込み杖」に一刀両断された敵機の上半身の上に落ちた。
 振り返り高く躍り上がった饗庭機からの衝撃波を受け、もう一体の敵機が腰の外装を抉られる。
 Wフォームに変形し後退する敵機。
 玄武を起き直らせた由良がそれに向けトリガーを引く。だが衝撃波を放つはずの左下膊はすでになかった。
 それに気付いた相手は後退から前進に切り替え、玄武に迫る。
 変形レバーを引く由良。機体はそれでも応えてハーフに形を変える。そして急加速。
 急速に接近しながらも、相手の射撃は正確だった。
 実体弾の炸裂に車体を揺すぶられながらも、由良は真っ向から突っ込んでいく。噛みしめられた下唇は切れて血を滲ませていた。
 

 胸部と肩口に大きな傷を作りながらも、安芸は相手を地に沈め、その背中から衝撃波銃の一撃を与えた。
 まるで人間がそうされた時の痙攣のように、躯体は一度大きく反り、そして沈黙した。
 視線を上げる安芸。が、それと同時に視界に飛び込んできた状況に目を見開く。
 「由良さん!」
 由良機の残った右腕の「仕込み杖」を避けるべく右に回避する敵機。だが由良はまるでそれを承知していたかの如く、自らも同じ方向へ舵を切った。速度を全く落とさないまま。
 一切の音が失われたような気がした。
 鼻部同士が、さらに側面が烈しい勢いで接触する。直後、誤作動か故意か、紫の機体が立ち上がった。その脇腹に「仕込み杖」を突き通したG−MBをぶら下げたまま。
 「由良……さん」
 「安芸さん後ろ!」
 紗妃の声に振り返りもせず玄武が跳ね上がり、空中で逆宙返りをうつと、背後に迫っていたWフォームの真上から衝撃波を浴びせる。
 横にステップを踏み、相手は直撃を寸前でかわし、そのままハーフに変形すると、青龍の追い討ちを回避しつつ急速後退する。
 饗庭の玄武が、敵機ともつれ合ったまま動きを止めている由良機に駆け寄る。
 同じく動きのなかった敵機が、饗庭機の方へ上体をねじ曲げ、近付く玄武に一斉射を浴びせる。それに対し迎え火の如く衝撃波銃を撃つ玄武は爆炎をかいくぐって敵機のすぐ脇まで飛び出すと、由良機の突き刺さったままの右腕をつかんで引いた。
 その直後、重く鈍い音が上がり、つかんだ由良機共々玄武の躯体が後ろ向きに跳ね飛ばされた。
 脇腹の障害物を排除されて身軽になった敵機は、玄武に見舞った拳を振り上げつつ、衝撃波銃の銃口をそこへ向ける。
 腰を地に付けたままの饗庭の玄武もまた銃口を相手に向けながら、横に動いた。動かない由良の楯になるかのように。
 衝撃波の振動が続いて二度。
 玄武の右肩が後ろへ捻れ、支えを失った機体は背後のG−MBにのしかかる。
 だが相手は右足を爪先から吹き飛ばされ、横様に倒れかかる。
 そこに青い影。傾いた機体が反対側に弾け飛ぶ。が、連射される衝撃波が躯体を空中で弄び、地面に倒れることを許さなかった。
 四肢の離れかけた敵機がようやく地に落ちて沈黙する。それをよそに、紗妃はG−MBと玄武との横にハーフのB−YCを停めた。
 「兄貴!」
 応えていつも通りの口調が言った。
 「由良さんは?」
 紗妃の呼びかけに、だが由良の声はない。
 ウィンドウ越しに見える由良は、首を前に垂れたまま、乗機同様に動かない。
 「峰さんは小松さんの状況を掌握! 饗庭さん、コントロールは出来ますか?」
 肯定の回答を受けて、安芸は指示を続ける。
 「援護に付きます。紗妃さん、由良さんの状況を確認してください!」
 紗妃がコクピットから飛び出し、G−MBのドアを開けようとした。が、高いはずの限界を超えた衝突の衝撃故に歪みを生じた車体はドアを噛み込んでしまい、非常用のフックを引いても放さなかった。
 「紗妃、下がれ」
 「えっ?」
 その声とは裏腹に反射的に紗妃は体を引いた。饗庭の玄武が膝立ちになり、横を向く。制御の利かなくなった右腕をG−MBのドアの上に置くように。
 外装の砕ける音に、紗妃は一瞬身を震わせた。玄武の「仕込み杖」がを上から突き立てられ、ドアはひしゃげながらも開かれた。
 「急げ」
 弾かれるように紗妃はG−MBのコクピットに上半身を潜らせ、そして呼びかけた。
 閉じられた目も、固まりかけた血に塞がれた唇も、開かれない。
 紗妃は操縦桿を握りしめたままの由良の手に触れる。
 「由良……さん?」
 固く握られた指を一本一本解き、グローブをむしり取り、もう一度手に触れる。甲から掌へ、そして手首へ。
 小松の状況を伝えてくる真寿美の声がひどく遠いものに感じられた。
 「由良さんはどうです? 紗妃さん?」
 応えるのも忘れて、紗妃はシートの下を手探り、救命キットの箱を引き出すと、蓋をむしり取り、取り上げた強心剤の注射をわずかに露わになっている手首に打ち込んだ。
 心許なかった反応が、紗妃の指の下でほんの少しだが強まった。
 「紗妃、どうした!」
 思いも掛けず強い口調の兄の声に、何故か張り詰めていたものが緩んだ。
 「このままじゃ! 早く助けて!」
 玄武のハッチが開く音がした。
 

 排気管の吐き出すバックファイアが見える。木津は目を離さず、ひたすらスロットル・ペダルを踏み続ける。後方の惨状も、近付きつつあるものも知ることなしに。
 

 

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