Chase 20 - 狂わされた照準

 
 投光器が闇の中に光の帯を描く。時折それに照らされて、「歩行形態」を取った白い当局の特一式特装車と、同じく「Mフォーム」の、黒いMISSESのG−MB「玄武」の、対照的な彩色の横顔が見え隠れする。
 六体のVCDVは、かつて工場だった建物の間を、固まって進む。先頭には当局の指揮者。その後、左右に分かれた同じく当局の二体が、携えた投光器を闇に向けてゆっくりと振る。その間に挟まれ、やはり当局の特一式が、これは鎮圧用と思しき、長大な砲身の射出器を持って続く。そして殿には横に並んだ由良と饗庭の玄武がいた。
 由良は時折自分の右を行く饗庭の玄武に視線を走らせる。玄武の顔は正面に向けられたまま動かない。それが却って由良には非難の行為のように思われてならなかった。
 自分の視線と同時に、由良は玄武の視線をも逸らせ、投光器の照らし出す建物の間を見る。数十分前と変わりなく、何も現れる気配のない場所を。
 一隊はやがて、生々しい弾痕を留める長い壁の脇に歩み出た。その場所は由良の記憶にもまた生々しく残っていた。ほんの数週間前に、「ホット」の手勢との攻防を、いや、ほとんど防戦だったが、切り抜けたばかりの場所。それを思い出して、由良はふと前を行く当局の機体を不安の眼差しで見た。彼らはあれほどの激務を経験したことがあるのだろうか? もし今日のこの場があの再現になるとしたら……
 と、由良の頬が締まった。当然のことだ、自分が盾になるのが。だが……
 何度目かの視線が、相変わらず何の変化も示しはしない饗庭の玄武に投げられた。
 前を行く当局隊の足が止まる。見ると指揮者の右腕が上げられている。その腕が指示を出すように振られると、左手にいた特一式が投光器を建物の開け放たれたままの出入口に向ける。由良は玄武の左腕を射撃準備の形にして反応を窺う。
 強烈な光の帯が二度三度と左右に振られる。だが建物の中からは何の反応もなく、そして何の影も見付けることはできなかった。
 指揮者の手が再度挙げられる。隊伍はこれまでと同じように前進する。
 玄武の計器盤で、時計が一時を示した。
 

 木津はB−YCのシートにふんぞり返って腕組みをしていた。右横では同様に発進準備を整えた姿で、ヘルメットだけを外して、紗妃がS−RYの横でストレッチをしている。左に目を転じれば、S−ZCのシートに座った真寿美が船を漕いでいる。
 それを見て思わず木津は吹き出すが、表情はすぐに厳しいものに戻った。
 遅過ぎる。久我が敵発見まで待機との指示を出してから、既に一時間を過ぎている。ワーカーの十二両はまだしも、何故輸送車三両さえ見付からないのか。
 「……一体何をやってやがるんだ、当局の連中は」
 「その台詞、由良さんには聞かせないようにお願いします」と安芸がレシーバー越しに言ってくる。
 「ああ、分かってる……まあ、その由良も一緒だからなあ、手を抜いてる訳じゃないんだろうけど」
 「逆かも知れませんね」
 「何が?」
 「指揮は当局側が執っているんです。当局のやり方に問題があったとしても、命令系統を崩すようなことは、由良さんには出来ないでしょう」
 「なるほどね……窮屈なこって。そこんとこ行くと、うちの女親分さんは」
 言いさしたところに、件の女親分の声。
 「待機中の各乗員はその場で仮眠を取っておいてください」
 早合点する余地も与えない一言に、木津がそれでも確認を入れる。
 「長引きそうだってことか?」
 「状況の報告は現時点ではありません」
 「それだけかい」木津は肩をすくめ、そして左側のコクピットの中、相変わらずこっくりこっくりやっている真寿美の姿をもう一度眺めると、久我に言った。
 「ちゃんと起こせよ」
 目を閉じると、S−RYのドアの閉じる音が聞こえた。
 ふと木津は目を開いた。
 「そうだ、進ちゃん」
 「はい?」
 「こっちが助っ人に出ても、完全に当局の指揮下に入るんかい?」
 答えはすぐに返った。
 「状況によるでしょうね」
 木津もにやりと笑いながら言った。
 「さすが進ちゃん、愛してる」
 答えはすぐに返った。
 「おやすみなさい」
 

 合図を受けて、隊伍は停止した。二時間にも亘る外からの捜索の末、何一つ見出すことなく。
 由良は呆然としていた。捜索の手際の悪さが信じられなかった。確かに固まって動けばこちら側の安全は守りやすい。が、MISSESでの任務をこなしてきた身には、こんなやり方ではどうにも手ぬるく感じられてならなかった。しかし指揮者は当局の階級上は自分の上だ。従わざるを得ない。
 結ばれた唇の間から溜息が漏れ出すのを由良は押しとどめることが出来なかった。
 いや、これだけで済ませるはずはない。方法を変えて、もう一度捜索を始めるはずだ。久我ディレクターが言っていた通り専従チームとして動き出すことが決まった上は、これまで以上の動きをするはずだ。
 由良の期待に応えるかのように、指揮者はその場での一時休息と、そして十五分後に二隊に分かれて捜索を再開する旨を指示してきた。
 投光器の灯が落とされ、訪れた不完全な闇の中に立つ六体のVCDVの影。それは標柱のように見えた。
 その一つの中で、計器盤の中の時計が刻む秒をろくに瞬きもしないで見つめながら、由良は考えていた。
 失探の状況を考えれば、報告のあったワーカー十二両、輸送車三両は全てまだこの工場跡の敷地内にいるはずだ。ここまで突っ込んでは捜索していない建物の中に。だとすれば、主力はきっと……
 休息の残りが一分を切ろうという時計から由良は前方の長大な倉庫に視線を移す。
 その先で何かが光った。と思う間もなく、それは断続的にこちらへ向けて射出される曳光弾の光跡となった。
 反射的に変形レバーを引く由良の手に応じて、玄武がRフォームに姿を変える。ほぼ同時に、饗庭の玄武も同じくRフォームに変形し、急速後進をかけていた。それを見た由良の動きが一瞬停まる。
 前で突っ立ったままだった特一式は、数発ではあるが曳光弾の直撃を受け、ふらついていた。
 やっと指揮者がWフォームへの変形を指示するが、それを聞いていたかのように、時を同じくして射撃はふっつりと止んだ。
 指揮者が損害の報告を求める。両翼の特一式が被弾したものの、いずれもごくごく軽微なもので、そのために行動に支障を来すようなものではなかった。
 安堵した由良の耳に、指揮者の声が聞こえる。その口調はやや咎めるような響きを帯びて、由良と饗庭に今のような回避行動を指示なくしては取らないようにと告げてきた。
 由良も、饗庭も、それには何も答えない。饗庭はいつもの寡黙故に、そして由良の方は屈辱めいたものを感じたが故に。
 黙ったまま由良はG−MBをMフォームに戻した。それに続くように、饗庭の玄武も再び立ち上がる。
 だがそれをろくに見もしないまま、指揮者はすぐ後ろに控えていた特一式を前に出すと、両翼の二体には投光器の再点灯を命じ、自身はバックパックから銃を取り出して、あの一斉射以来沈黙を続ける倉庫に投降を呼びかけた。その横では例の射出器が構えられる。
 まだ明けるまでには間のある闇の中に、投降の勧告が吸い込まれ消える。何の反応も得られないままに。それが三度繰り返され、そして、これ以上の黙殺に対しては実力行使をも辞さない旨が付け加えられた。
 答えはない。
 指揮者は命を下した。
 射出器の安全装置を外した特一式の指がトリガーに掛かった。
 次の瞬間、射出器の先端は弾かれたように上を向く。そして押し殺したような銃声。
 由良の玄武が横様に飛び出し、左腕を倉庫の影に向ける。
 銃声は続かなかった。
 特一式は少し位置をずらすと、再び射出器を構える。弾道を予め示すかのように、光の帯が倉庫へと伸びた。
 その時だった。倉庫の一角から、まるで爆発でもしたかのように砲撃が始まったのは。
 ねじ上げられたようにまたも上を向かされた射出器は暴発し、弾頭を工場敷地の外へ吐き出す。投光器の一つは銃弾数発の直撃を受けて破壊された。被弾したのは射出器や投光器にとどまらない。前面にいた特一式の外装にはことごとく大小の損傷が生じている。
 「攻撃の指示を!」
 たまらず由良が叫んだ。今度は玄武を変形させることなしに。
 が、聞こえてきた指示はWフォームに変形の上後退というものだった。
 由良はまた唇を噛んでいた。
 後退しつつ損傷の状況を確認する指揮者の目の前で、変形しないままの特一式が一体取り残される。射出器を担当していた機体だった。乗員が変形不能を叫ぶ。
 指揮者は可能な限りの回避を命じると、自身は停止し銃を数発放つ。向こうからの砲撃に比べれば滑稽な行為にそれは見えた。
 「攻撃の指示を!」
 再度の由良の声に、指揮者の奇妙なほどに冷静な声が答えた。MISSESに要求しているのはあくまでサポートであり、攻撃の主導は当方で行う。それを待て、と。
 「しかし……」
 それに答える代わりに、指揮者は工場正門付近での停止を命じ、Mフォームに変形すると、動けなくなった僚機の許へ走る。
 投光器担当の特一式二両と、そして饗庭のG−MBが指示通り後退を続ける中で、由良の足はブレーキ・ペダルを踏んでいた。そしてもう一度指揮者に向けて言った。
 「では、サポートの指示を!」
 答えはない。ただ二体の特一式が砲火に照らされて闇の中に浮き上がって見える。
 「私だって、当局の人間なんです!」
 

 失探の報を受けてから、既に二時間以上が過ぎている。
 メンバーに仮眠を命じた久我は、執務室でほとんど目を閉じることもなく待っていた。その助けにしていたコーヒーの何杯目かを注いだ、いい加減汚れかけたカップをデスクに置いたとき、待っていた声が聞こえた。
 「由良です、応答願います」
 「久我です」と、腰を下ろしながら応え、続く報告を待つ。
 「敵部隊は来栖川重工跡地の倉庫棟です。こちらは当局の二両が行動不能です」
 その声は妙な重さを交えていた。
 「……応援を……願います」
 「了解しました。それまでの状況保持に努めてください」
 久我の細い指が素早くスイッチを切り替え、唇がマイクに近付く。
 「待機中の総員に連絡します。目標発見です。発進準備をお願いします」
 「おいでなすったか!」いち早く木津が声を上げた。「みんな起きろ! お出かけだぞ」
 「はわ……」とあくび混じりの真寿美の声。
 「緊張感のない……」
 代わりにそこそこの緊張感を帯びた安芸が詳細な情報を請う。
 由良の報告内容に、久我は一つ付け加えた。
 「相手側の損害は現在ない模様です」
 「何だって?」とヘルメットをかぶり掛けた木津。
 「予想が当たってしまったようですね」かすかに苦い口調でそう言ってから、安芸が他の三人に準備状況を問う。
 次々に返る完了の応答。
 「出ます!」
 

 行動不能に陥った二両の特一式を背後に、残る四両は相手の潜む倉庫に踏み込むことはおろか、近付くことさえもままならないまま、特一式を弄んでからは姿を見せない相手に向けて散発的に銃撃を与えていた。
 この期に及んで、当局の指揮者はやっと玄武にサポートの指示を下した。だが危険が伴うとして、踏み込むことは許可しなかった。
 「では、どうするんですか?」
 このままでは埒があきません、と本当は付け加えたいところだったが、それは由良には言えなかった。その位、指揮者にだって分かっているはずだ。
 だがその問いに返った答えはこうだった。
 「向こうが撃ち尽くすのを待つ」
 絶句する由良の耳に、もう一言が続いた。
 「これ以上の被害は出せない」
 その時饗庭の玄武が、何かの素振りを見せるかのように少し動いた。
 一方由良はその言葉に久我を思い出していた。任務中の自分の安全は自分で守れ、と言ったその口調を。
 由良が指揮者の指示のないままにMISSESに連絡を入れたのは、その時のことだった。
 

 「由良さん、聞こえますか?」
 安芸の呼びかけが聞こえる。
 「はい」
 指揮者の特一式がそれに反応して、躯体をわずかに動かした。
 が、反応したのはそれだけではなかった。
 「三分以内に現着の見込みです。状況はどうですか?」
 「変化なしです。ただ、発砲が止みました」
 一呼吸おいて、安芸が了解の応答をする。
 「変化あれば随時連絡願います」
 それをかき消すように、指揮者が怒鳴った。
 「どういうことだ? 何故応援が来る?」
 由良は言葉を返さない。指揮者が繰り返し詰問する。再度の沈黙を経て、由良はやっと唇を開いた。
 「私が要請しました」
 「何だと? 何故……」
 「MISSESは……もっと動けます」
 「何?」
 「被害の責任はそれぞれが負います。だからそれぞれが思い切って動けるんです。指揮官の責任なんかが任務遂行の妨げになったりしないんです!」
 指揮者は何も言い返してこない。いや、言ってきたとしても聞きはしなかっただろう。言い放つとすぐに由良は変形レバーをハーフの位置にたたき込んだ。スロットル・ペダルにその足が掛かる。
 それとほぼ同時にだった。前方の倉庫から武装ワーカーが飛び出してきたのと、背後から白虎と青龍が揃って飛び込んできたのは。
 まるで由良の言葉を聞いていたかのような安芸の指示が飛び、木津が応える。
 「各機、MISSES流で動いてください」
 「合点承知!」
 由良はコクピットで力無く微笑むと、指揮者の機体に目をやった。その視界を、またいくつかの曳光弾の光跡が横切る。指揮者機は何の動きも見せない。
 由良の玄武が向き直った。そして左腕を横様に振ると、接近する武装ワーカーに最大出力で衝撃波銃を放った。
 武装ワーカーは急転舵で回避する。が、その正面を真寿美の駆る朱雀の放つ衝撃波が捕らえた。武装ワーカーはそのまま擱坐する。
 由良は玄武をハーフに変形させ、まっしぐらに倉庫に走る。それを見て安芸が指示を飛ばす。
 「朱雀、青龍はアックス3の進路を確保。白虎はアックス3に続いてください。こちらも追います!」
 「あいさぁ!」
 「アックス4、よろしければ当局のサポートを継続願います」
 安芸の言葉に、ハーフに変形した白虎のコクピットで木津は皮肉に笑った。進ちゃんも言うじゃないか、「よろしければ」とは。
 その前方で、由良機の突入を阻もうと群がる武装ワーカーに、青龍と朱雀が襲いかかる。真寿美と紗妃の銃撃は立て続けに四両のワーカーを排除する。さらに後方では、安芸がハーフへの変形と同時に繰り出した衝撃波の一撃に、もう一両のワーカーが横転擱坐した。
 たったこれだけの間に相手の半数を行動不能に陥れたMISSESの動き振りを目の当たりにして、当局の指揮者はほとんど言葉もなかった。そしてその口が開いた時発せられたのは、残る特一式への、MISSESをサポートする旨の命だった。が、それはすぐに撤回され、代わりに各個の安全確保と、接近する車両の抑止に努めるべしとの指示になった。
 当局部隊の一翼にいた饗庭の玄武が、またもの言いたげな挙動を見せる。が、その場を動くことなく再び由良、木津、安芸の突っ込んでいった倉庫へと向き直った。
 

 ワーカーの飛び出してきた倉庫の搬入口は、あれ以降沈黙を守っている。
 先頭を切って走る由良の玄武がその速度を落とそうとしないのに安芸は気付いた。
 まずいな……
 「仁さん、右を頼みます」
 「おう」
 白虎と玄武の白と黒の車体がほとんど同時にハーフからRフォームに戻され、左右に分かれるとそのまま由良の前に出た。
 搬入口が近付く。と、これもまた同時に再びMフォームに変形し、速度に乗って搬入口の左右の壁まで跳ぶと、倉庫の中に左右から衝撃波銃を撃ち込んだ。
 中からは破壊音。だが数は少ない。
 由良のハーフが追って玄武に変形し、頭から倉庫に飛び込む。
 安芸がまた指示を飛ばす。
 「朱雀、青龍は倉庫外周をチェック、出口を潰してください」
 二つの声が了解の回答を返すのを聞き、安芸も由良の後を追った木津に続いた。
 

 「あと一カ所!」
 真寿美の声に、紗妃は先を急いだ。残る出口はすぐ先に位置している。
 ハーフから姿を変えた青龍が駆ける。扉が閉ざされたままの出口が眼前に迫る。
 が、残りわずかのところでその扉が破られた。青龍の足が止まる。
 「紗妃さん?」
 破壊音を聞き付けて真寿美がハーフの朱雀を走らせる。その耳にさらに鈍い音が届く。
 それは扉の内側から青龍へ向けて放たれた衝撃波銃の振動だった。
 衝撃波は伏せた青龍の上を通過する。背中の装甲がわずかに共鳴した。
 紗妃は青龍の首をもたげさせる。そして見た。破られた扉をくぐり抜けて、前とは違う人型の機体が二つ飛び出し、一つは当局の一隊が待機する工場正門の方へ、そしてもう一つは自分の方へ滑り出すのを。
 前回の人型に比して太く大きくなった脚。それにふさわしく分厚い胴体と太い腕。濃紫色の塗色とも相俟って見るからに重量がありそうなのにも関わらず、くぐもった轟音を発しながら、足の底は地上から浮き上がり、まるで流れる空気の層の上に乗っているかのように迫って来る。
 伏せたまま青龍が衝撃波銃を撃つと同時に身を翻し立ち上がる。その横を朱雀の衝撃波が走り抜ける。
 二度の波は、続けざまに人型の分厚い胸板にぶち当たり、鈍い響きを上げる。しかしその足は止まらない。さらには両の腕を二体のVCDVに向けてきた。
 朱雀が、青龍がそれぞれに回避。だがその直後に二体を強烈な振動が襲った。
 「これは……」
 

 「衝撃波銃だと?」
 同じ振動を受けて木津が言う。
 倉庫棟の中には、残る武装ワーカー六両に加え、真寿美たちに向かったのと同じ人型四体が木津たちを待ち構えていた。
 入口からの最初の一斉射でワーカーの一両を小破させた後、飛び込んだ由良が伏射でワーカー三両を沈黙させた。続いた木津と安芸がそれぞれワーカー一両ずつを撃破。さらに残る一両に木津がとどめを刺そうとした時だった。急に兆した嫌な感覚に白虎の腕を引くと、ワーカーの上に跳び、その頭を踏み付けるように蹴り倒した。バランスを崩し倒れかかったワーカーに、後方から鈍い響きが絡み付く。その途端、ワーカーの上体がひしゃげ、車が横転する。木津が感じたのは、この余波だった。
 「仁さん、今のは」とそれに気付いた安芸。
 「向こうも持ってきたらしいな」
 「さっき峰さんが言ってきた人型ですね」
 木津がコクピットでぽきぽきと指を鳴らす。
 安芸が由良に呼びかけた。
 「一体は任せます。ただしくれぐれも無理はしないでください」
 了解の応えがぼそっと返る。
 「お出ましだぜ」
 木津の声に続いて、人型の分厚い躯体が四体揃って姿を現した。
 「一つ多いな」
 「仁さんにお任せします」
 「ありがたくて涙が出るね」
 

 人型の放った衝撃波を受け、銃を握った特一式の右腕がもぎ取られ宙に飛ぶ。
 うろたえる当局の一隊に、衝撃波銃の仕込まれた腕を真っ直ぐに向けたまま、紫色の人型が迫ってくる。
 無傷で残る特一式の一体が狂ったように発砲を続ける。それを援護していた饗庭に、焦燥の色を濃くした口調で指揮者が言った。言葉は命令だったが、ほとんど依頼に近い調子だった。
 「MISSES機は相手車両の積極排除を実施せよ……」
 独り言のような応答があった。
 次の瞬間、玄武が特一式の脇をハーフになって走り抜ける。迫る人型がそれに気付いて、腕をハーフに向けて動かしかける。が、トリガーが引かれるよりも早く、再びMフォームに戻った玄武が地を蹴ると同時に右腕の「仕込み杖」を繰り出し、勢いに任せて人型の顔面に真っ直ぐ切っ先を突き刺した。
 「仕込み杖」は人型の頭を突き抜けた。速度を落とすことも忘れた人型は、足だけが先に進もうとしてバランスを崩し、仰向けに倒れる。その胴体を蹴って、玄武は「仕込み杖」を引き抜きながら後ろに跳び上がり、着地と同時に衝撃波銃を人型の四肢に撃ち込んだ。
 そして何事もなかったかのように元の位置に戻り、命を受けたときと同じく、独り言のように完了の報告を一言告げた。
 

 正面に対峙した紗妃の青龍めがけ、厚い装甲にものを言わせて人型が襲いかかる。が、その間に後方を真寿美の朱雀が取り、ハーフに変形して追う。
 紗妃は放たれる衝撃波を巧みにかわしながらもその位置を変えようとはしない。距離が詰まる。
 人型の背後で、S−ZCのライトが一閃した。また放たれた人型の衝撃波を、青龍は真上への跳躍で回避し、左腕を人型の頭に向けた。トリガーが引かれる。
 同時に撃たれたS−ZCからの衝撃波が人型の左足を捉えていた。のけぞりながら右に体を翻し、人型は倒れる。「仕込み杖」を伸ばしながら着地した青龍がその首許に一撃を加えて沈黙させた。
 「決まった!」真寿美が思わす声を上げる。
 「すごい戦法を知ってるんですね」
 コクピットでの真寿美の微笑みは、返す言葉には似合わない静かさを帯びていた。
 「これ、仁さんの真似です」
 そして振り返ると、「中は?」
 

 「残り一つ!」
 由良がかなり難儀をしながらも相手を止めたのを見て、木津は改めて体勢を取る。
 安芸が由良の機体を見て声を掛けた。
 「損傷はどうですか?」
 「問題ありません」という弾んだ由良の答えに、安芸は少し眉を寄せた。玄武の肩の装甲はゆがみ、動きは明らかに通常の自由度を欠いていた。
 「無理しないでください。後はこちらで当たり……由良さん!」
 安芸の言葉も聞かず、由良は遠巻きに動く最後の人型をハーフで追い始める。
 「仁さん、由良さんのサポート願います」
 「あいよ。んで進ちゃんは?」
 「外の掌握に出ます」
 「いってらっしゃい」
 

 倉庫から飛び出た玄武に向けられた朱雀の左腕が、すぐに照準を逸らした。
 「っとっとっと……安芸君?」
 「状況は?」
 「こちらは人型を一体擱坐させました」紗妃が答える。「乗員は機体内に拘束してます」
 「了解です。当局の部隊は?」
 「多分前の位置を保持していると思います」と再び紗妃が答える。
 アックス4も? と訊ねようとして安芸は口をつぐんだ。そこに真寿美が口を挟む。
 「人型が一つそっちに行ったけど、それっきりだからきっと片付いちゃってると思うよ」
 安芸はマイクに向かって饗庭を呼び出した。むっつりとした応答が一言。状況の報告を請われると、口調を変えずに言った。
 「目標一、大破擱坐。特一式の内行動不能二、小破一、以上」
 肩をすくめながら安芸は了解の応答と現状保持の指示を出そうとした。が、聞こえてきた声にその唇が止まった。
 「き、木津さん……」
 「構うな!」
 「仁さん?」真寿美も思わず声をあげた。
 朱雀が、追って青龍が走り、倉庫に飛び込む。四つのライトが庫内を照らし出す。
 そこには、壁を背に脇腹をえぐられた姿で片膝を着いた白虎と、反対側の壁際で立ちすくむ玄武、そして玄武に迫る人型。
 玄武は回避する素振りすら見せない。
 青龍の撃つ衝撃波銃はことごとく弾かれる。
 朱雀が走る。しかし進路を阻む擱坐したワーカーの車体。それを蹴って赤い痩躯が跳ね上がる。そして真寿美の高い声が。
 「間に合えっ!」
 衝撃波銃が、通常とは違う響きを立てる。それに続いて鋭い破砕音と衝突音。
 着地した朱雀が後ろに跳ね退く。メンバーがその向こうに見たのは、突っ立ったままの玄武と、その目と鼻の先で、首の横から脇の下にかけて串刺しにされ、壁に止められた人型だった。停止しなかった両足の浮上機構は串を軸に下半身を斜めに跳ね上げ、倉庫の壁に突っ込ませていた。
 「仕込み杖を……投げたのか?」
 木津のかすれた声に真寿美が答えた。
 「撃ったんです、衝撃波銃に差し込んで。それはそうと、仁さん大丈夫ですか?」
 朱雀がくるりと振り返る。
 と、嗚咽とも呻きともつかない声がレシーバーに入った。
 「ゆ、由良さん?」
 「何があったんですか?」と安芸が問う。
 「ちょいと照準が狂っただけさ」何でも無さそうな口振りで木津が答える。「あの人型にあおられてさ」
 「誤射、ですか……」
 「大したことはないんだが……」
 安芸と紗妃が動きを見せない玄武から、見るからに深手を負っている白虎に視線を移す。
 由良の声はまだ聞こえていた。
 

 

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