朝の挨拶と共に久我の執務室へ入って来た峰岡は、そこに張り詰めた空気を感じて足を止めた。部屋の主はインタホンに向かって情報と指示を与えている。
「……武装ワーカー十二、武装装甲車十八、輸送車一。ホット・ユニットの反応はありません。アックス1から4及びマース1、キッズ0は現場へ急行。指揮はアックス1」
「了解!」
峰岡の顔が曇った。出動指示が下されたのは六機、つまりMISSESの全ドライバーにだった。新規にメンバーに加わった饗庭兄妹にまで、マース1にまで。
閉じるドアを背に立ち止まったまま、峰岡は何も問うことが出来なかった。
そんな峰岡に久我はわずかにうなずいて挨拶を返すと、ディスプレイ・スクリーンを起動した。八枚に分割された画面の一枚に、輝点を示した地図が表れる。そして乗員を迎え入れる毎に、VCDVからの映像が次々に六枚の画面を埋めていく。
各員に手短な指示を出すと、安芸が言う。
「出ます!」
四台のG−MBが、追ってS−RYとB−YCが次々に駐車場を飛び出す。
後ろ髪を引かれる思いを追い払えないまま、峰岡はいつも通りコーヒーの支度を始めた。
安芸のG−MBを先頭にし、後ろに小松と由良、饗庭兄妹が並ぶ。後詰めの木津は、コクピットの中で満面の笑みを浮かべていた。
ご本尊様の出馬がないってのは不満だが、久々の、それも五対一の大立ち回りだ。存分に暴れ回らせていただくとするか。
「木津さん、鼻歌が聞こえますよ」
と女の声が聞こえる。饗庭紗妃だった。
「楽しそうですね。これから危険な任務にあたる人とはとても思えません」
「そうか?」
危険な、という紗妃の言葉を裏打ちするかのように、レシーバーから安芸の声が聞こえてきた。
「饗庭さん、初陣としてはかなり厳しい状態です。決して無理はしないでください」
了解の声が二つ重なった。紗妃が一言言い足す。至極落ち着いた口調で。
「邪魔にならないように気を付けます」
「接触まであと三分……」
そう言った安芸のアックス1が速度を落とした。
「どうした進ちゃん?」と木津が問う。
「向こうの足が止まりました……ちょっといやらしいことになりそうですね」
「何で?」と今度は小松。
「止まった場所は来栖川重工の跡地付近です。あそこにはまだ施設がほとんど残っていますから、紛れ込まれたら厄介です」
「力相撲から鬼ごっこに遊びを変えたってわけか」と木津が言う。「ま、どっちだっていいけどさ」
その時、前を走るマース1が何の前触れもなくハーフに変形し、左腕を上げた。
「どうした?」
木津の声に鈍く衝撃波銃の重い銃声が重なる。そしてキッズ0の車体をかすめるように、見覚えのある機械が落ちて来た。
「不審な飛行物体です!」
紗妃の声に、キッズ0に急制動をかけさせ、木津が墜落した残骸を見る。間違いない、前に一度朱雀のテストの時に覗きに来た、「ホット」のお使いだ。奴らめ、斥候を出しやがったな。
そこに安芸の鋭い声。
「散開!」
木津は振り向いた。散らばるVCDVの上を越えて来たのは、懐かしい曳光弾の光条だ。
「おいでなすったか……」
木津の口の端がひきつったような笑みを帯びる。
ほんの数秒だけ続いて光条が途切れる。安芸の指示が飛ぶ。
「接触まで二分。砲撃は各自回避しながら進行、指示したらMフォームに変形し待機願います」
「了解だよ」
誰よりも早く木津が答えを返した。
先頭のG−MBが再び速度を上げる。木津もスロットル・ペダルを軽く踏み込んだ。
工場跡地に残された長い塀が落とす影に沿って、六両が走る。その影が、近付く春を報せるような穏やかな陽光に断ち切られたところで、安芸が停止を指示した。
四体の玄武が、続いて青龍が木津の目の前で立ち上がった。
「こういう青龍を見るのも久し振りって気がするな」
そうつぶやく木津に、紗妃がすぐに言葉を返した。
「そうなんですか?」
よく聞いてやがんな……と木津は言い返そうとしたが、出鼻を安芸の声にくじかれた。
「この先左の工場に目標は散開しているようです。先行して哨戒します。由良さん、サポートを頼みます」
「了解しました」
答える由良の声が以前よりも重くなったのには気を留めず、木津は問う。
「んで、俺達はどうする?」
「また指示します」
「またのご来店を心からお待ち申し上げております」
吹き出す声はない。
「行きます!」
二体の玄武が塀の陰から跳び出した。と、工場の敷地内に飛び込んでいく武装装甲車の影が見えた。玄武は交差する道路を渡り、装甲車の入っていった、破られている工場の門の脇まで一気に駆け寄る。一呼吸おいて、由良の玄武が門の反対側へ飛び移る。
攻撃は、ない。
安芸の玄武の右腕が上がり、ゆっくりと前後に振られる。それを受けて、残る四機が前進し、安芸の後に続いた。
ナヴィゲーションの画面で工場の見取り図を確認すると、安芸はまた指示する。
「正面と左側に規模の大きな設備、右側は小規模ラインと細かい建物です。右手の捜索は由良さんと饗庭……長登さんにお願いします。由良さん、十分にサポートをよろしく。左は仁さんと……」
「私が行きます」と紗妃が言い出す。
木津の意見は特に聞かれないまま、安芸は了解の旨を応え、そして付け加えた。「仁さん、あんまり紗妃さんに無理をさせないようにしてください」
適当な返事をする木津に、紗妃が言った。
「木津さん、運転はあの頃と変わらないんですね?」
木津は答えない。代わりに聞こえるのは、小松に自らのフォローを指示する安芸の声。
「……何かあったらすぐに全員に連絡を入れてください。では……」
アックス1が、続いて小松のアックス2がハーフに変形し、門から中へ飛び込んでいく。同じくハーフになった残る二両の玄武がその後を追って走り出すと、右側に急転舵する。
それを追っていた白虎の顔が、青龍に向けられる。
「それじゃ、行くべぇ」
「はい」
落ち着いた、少し低めの声が答えた。
他のペアからの連絡はまだ全くない。三十両以上からの大部隊が、行動を起こして来るどころか、姿も見せないのか。
木津と紗妃は、どう見ても装甲車だのワーカーだのなど潜り込めそうにない、事務棟と思しき最初の建物の中を一応覗いてみてから、それに続く長大な施設へと進んだ。
白虎と反対の側を探っていた青龍の足が止まる。
「木津さん……」
「何かあったか?」
駆け寄った木津は、青龍の指さす先に停まっている輸送車の頭を見た。
「……箱の中身は何だろな、ってとこだな」
「連絡は……」
「とりあえず様子見だな。運転台の左へ回れ。何が飛び出してくるか分からないから気を付けろ」
「分かりました」
「行くぞ」
白虎が飛び出す。それにひけを取ったような様をほとんど見せずに続く青龍。
木津は横目にその挙動を見ながら思った。ほぉ、結構使いこなせてそうじゃないか。
青龍が閉じられた搬入車両用ゲートを背に、左腕を射撃体制にして身構えるのが、輸送車の空の運転台の窓越しに見えた。
「……そりゃこんなところで油を売ってるわきゃないか」
つぶやく木津の視線の先で、青龍が輸送車の後尾の方へと動き、視界から消えた。
「どうした?」
言いかけた木津の耳に鈍い接触音が聞こえる。間髪を入れず木津は白虎を輸送車のコンテナの上に跳び上がらせた。
下では青龍に蹴り倒され横転した武装ワーカーが一両、腕に仕込まれた砲口を着地した青龍に向けようとしている。
木津は舌打ちと共に白虎の左腕をワーカーに向けた。と、青龍が右脚を跳ね上げながら振り返った。その右脚は、ワーカーの腕を正確に捉えていた。なぎ倒された腕に、白虎の放った衝撃波が突き刺さる。さらに青龍が止めの衝撃波を一発二発と撃ち込んだ。
「荒っぺぇ……」
コンテナの上から飛び降りながらの木津のこの言葉に、紗妃は平然と答えた。
「そうですか?」
こちらに向けられた青龍の顔が、微笑んだかのように木津には思えた。
「木津さんに荒っぽいなんて言われるとは思ってませんでした」
「ぬかせ」と苦笑いの木津。
「来ます!」
紗妃の声に、木津は反射的にコンテナの尾部に目をやった。
陰から武装ワーカーの上半身が一瞬だけ現れ、すぐに引っ込んだ。
「野郎!」
木津が白虎を走らせる。コンテナの後端から横様に飛び出し、ワーカーの消えた建物の、破られたシャッターの方に左腕を向ける。
機影は見えない。攻撃もない。
警戒の姿勢を崩さないまま、木津はまずコンテナの様子を窺う。後端に開いた口からは、運転台同様に空の内部が見て取れる。少し距離をとって、紗妃も中を見た。
「何を積んで来たんでしょう?」
「大人のおもちゃだろ、きっと」
そう言うと木津はあらためて正面の建物を眺める。
「こりゃ……倉庫か何かか?」
「この構造はそうですね」と後に続いた紗妃が言った。「こちら側に搬入車両が入ると、シャッターを開けて積荷を運び込むようになっているんです」
「つーことは、中はワーカーが走り回れる程度にゃ広いわけか」
「行きますか?」
紗妃のその言葉と同時に、青龍が攻撃の姿勢を採った。
「飲み込みが早いね」
高いところに点々と並ぶ天窓から光が漏れるだけの室内は薄暗く、そして設備が撤去されているために徒に広かった。
白虎が先に立ち、その斜め後ろから青龍が続く。白虎の首が、長く続く左右の暗がりに向けてゆっくりと回る。
「……いない、か。どこに消えやがった」
「何も仕掛けてこないのが気味悪いですね。数としたら圧倒的な差なのに」
「あとの連中も何も見付けてないらしいしな……しゃあねえ、手分けするか。俺は左に行く。向こう側を頼む」
了解の答えが返り、そして即座に青龍がハーフに変形し、右手の暗がりへと姿を消す。それに倣いながら木津はまた苦笑する。この女、やることが早い。それからスロットル・ペダルを踏み込もうとした木津の足がレシーバーからの声に止まった。
「仁さん? 聞こえますか?」
「どうした進ちゃん? 何かあったにしちゃ何もなかったような口っぷりで」
「いえ、何もないんです。今、一番奥のプラント跡にいるんですが、あれだけの大部隊のはずが、全く姿を見せません」
「こっちにはワーカーが一匹だけいたぜ」
「それだけですか?」
「ああ、紗妃姫が早々に蹴り倒して沈めたがな。由良の方はどうだって?」
「さっき訊いてみましたが、込み入った場所なので難航しているようです。今のところは手応えなしだそうですが」
「何だかなぁ……はっきりしない奴等だ」
「ワーカーはともかく、さっきここに入ってきたはずの武装装甲車まで見当たらないとは考えにくいんですが」
「入ってそのまままっすぐ抜けてったんじゃないのか?」
「……まさか」
その時、木津の耳に二つの砲声が聞こえた。レシーバーからと、そしてこちらの建物の奥からと。
それが合図であったかのように、津波のように砲声が押し寄せてくる。木津の表情が変わった。
右手からモーター音。反射的に木津は銃口を向ける。が、見えたハーフのマース1の姿に、トリガーに掛かりかけた指が止まった。
ハーフのB−YCのすぐ脇で、マース1は青龍に変形し立ち上がる。
「来たか?」
「いいえ、外です」
「外?」
ハーフから戻された白虎が、破られたシャッターの方に振り向いた。同時にそこから爆風が吹き込む。続いて崩れ落ちる瓦礫。
青龍が衝撃波銃を放つ。出口を塞ぎかけた瓦礫が半ばは吹き飛ばされた。
「てめぇら、前回から進展がないじゃねえか!」
木津の言葉に反論するかのように、塞がれかかった破孔から砲弾が撃ち込まれた。
左右に分かれる白虎と青龍。図ったように双方が破孔めがけて衝撃波銃を撃ち返す。
外からの砲撃が止む。しかし、装甲車のものだかワーカーのものだかは分からないが、モーター音は生きていた。
意外にも冷静な声で、紗妃が言った。
「ここから手近な工程に資材を送り出すルートがあるはずです。それを探して脱出しましょう。さっき消えた装甲車も、きっとそのルートを使っています」
「俺もそう思う……ってことは、向こうもそう思ってるんだろうな。きっと出口から顔を出した途端、花火を揚げて歓迎してくれるだろうぜ……進ちゃん、由良、聞こえるか?」
「由良です。銃声がしましたか?」
「ああ、こっちだ。どうやら倉庫の中に隔離されちまったらしい。手が放せるか?」
「こちらは発見できていません」
「みんなこっちにいるんだろ……」
言いかけた言葉が安芸の声にかき消される。
「安芸です。囲まれたようです。アックス2は中破行動不能、小松さんが負傷です」
「あのオヤジ、またか……それはいいとして、こっちも囲まれた。由良と饗庭兄ぃは手が空いてると」
「了解。由良さん、こちらの支援を頼みます。饗庭さんは仁さんの方を」
再び執務室に顔を出した峰岡は、ディスプレイ・スクリーンから目を離そうとしない久我の様子を見て、現場の状況を察した。
デスクの脇に歩み寄り、持ってきた資料を置きながら、峰岡はスクリーンを覗き見る。
分割されたスクリーンの一つはすでに画像が途絶え、残る五つの中では、そのそれぞれがばらばらに武装装甲車と、武装ワーカーと、そして今までには現れたことのない人型の機械とに翻弄される様が繰り広げられていた。
由良と饗庭のG−MBは、ハーフの形態でそれぞれが建物の周囲を取り巻く相手を追い、駆逐しようとしている。
安芸の玄武は、倒れた小松の機体を庇いつつ、壁を背に、進入してきた武装ワーカーの接近を阻もうとしている。
そして青龍と白虎も、安芸と同じように、しかし遙かに動きの速い人型の機械を相手に屋内で苦戦している。
白虎からの映像に、銃を撃ち続ける青龍が映る。その横から、まるで滑るように人型が接近し、銃撃を浴びせては遠ざかる。横飛びに回避する青龍が視界から消えた。
再び接近する人型が狙いを白虎に変えた。跳び上がり、人型の頭部めがけて放った衝撃波は、だが巧みな動きにかわされ、倉庫の床を穿った。
「木津さん、足場が!」と饗庭紗妃の声。
「分かってる!」と木津。
着地した白虎はのけぞり、仰向けに倒れながらも銃を撃ち続ける。それを横様に襲おうと迫る人型。牽制すべく青龍が両者の間に割って入り、二度三度と発砲する。
息を呑んで映像に見入っていた峰岡は、久我に小さく頭を下げると、小走りに執務室を後にした。
閉じるドアを背に、廊下の半ばまで走ると、峰岡はそこで足を止めた。その手が胸ポケットの中の何かを握りしめていた。
饗庭の低い呻きが聞こえた。
「どうしました?」と、微かにしわがれた安芸の声が、荒い息の中から訊ねる。
「バッテリーが……」
そうか、向こうの方が守備範囲は広いか……振り回されているな。
「由良さん、外の残りは?」
ややあって返る答えは、やはり荒い息の間から聞こえてきた。
「多分、四です」
「分かりました。饗庭さんのサポートに回ってください!」
「え?」
「こっちは大丈夫です! 急いで!」
了解の回答もそこそこに、ハーフの玄武が木津たちのいる倉庫へ走る。それを追って、安芸と小松を封鎖していた武装装甲車と武装ワーカーが動いた。
安芸は倒れたままの小松の玄武に一瞥をくれ、そして正面に目を上げた。
左手から、このプラントに新たに入り込んでくるワーカーのモーター音が聞こえる。安芸は鼻の下の汗をなめた。
紗妃も今は口数が減っていた。
いつも以上にかすれた声で木津が言う。
「表はどうなってるんだ……」
そして、迫りまた遠ざかりつつ仕掛けられる波状攻撃を避けながら、相手を見た。
人型だが、足の裏にローラーか何かが仕込んであるらしい。腰から下はバランスを取るためにわずかに動くだけだが、動きは頗る速い。その速度で紗妃の銃撃を次々に避ける。
「やめとけ、バッテリーがもったいない」
そういう木津の指が、操縦桿のボタンに掛かった。斜め前方からまた人型が来る。
白虎が背後の壁を蹴って跳んだ。人型の動きが一瞬止まった。
木津が雄叫びを上げる。白虎の右腕から伸ばされた「仕込み杖」の一撃が、人型の首を打ち落とす。すかさず駆け寄った青龍に回し蹴りを浴び、残った胴体は床に倒れた。
「やった……」安堵の息と共にこぼれた紗妃の言葉を、木津の声がかき消す。
「次だ!」
体勢の回復が遅れた青龍の頭部をかすめて銃弾が飛ぶ。その数発が外装の一部をむしり取った。
紗妃は計器盤に目を走らせる。被弾による問題はなかった。しかし衝撃波銃のバッテリーがやはり底を突きかけていた。
「どうした?」と木津。
「大丈夫です!」
返事と同時に青龍がハーフに変形する。
「私はこれであれを捕まえます。木津さん、仕留めてください」
そして木津の答えも聞かずに、動き回る人型の中に飛び込んでいく。
猛烈な銃声が、倉庫の徒に広い空間を震わせて響いた。
饗庭の玄武が、倉庫の壁を背に、三両の武装装甲車に囲まれている。その背後から、由良の玄武が襲いかかる。ハーフから玄武に変形しざま、出力を最大に上げた衝撃波銃を右側の一両にぶち込む。直撃を受けた装甲車が横転するのを見もしないまま、自らの銃撃の反動に身を預けて、今度は振り向きざまに左手の装甲車の砲身をつかむと、力任せに引きずった。そして砲口に左手を突っ込み、衝撃波をたたき込むと飛び退く。砲身はひとたまりもなく破裂した。うろたえた残りの一両が由良に向けて回頭を始める。そこに向けて由良が左腕を伸ばそうとした時だった。
「後ろっ!」
饗庭の声と、玄武の右脚への弾着とは同時だった。バランスを失った玄武が前のめりに倒れながらも、迫る装甲車に、そして武装ワーカーに撃ち続ける。
ワーカーは真っ直ぐに向かってくる。両腕の砲身が照準を定めるように動く。
由良は瞬きもせずにそれを見つめる。と、機体が大きく揺れた。何者かに引きずられるように。そして機体はワーカーの進路から外される。由良はもう一度迫るワーカーに目を向ける。その視線の先で、ワーカーが、そして装甲車が続けざまに弾け飛ぶ。思わず息を呑んだ由良は振り向いた。
「……朱雀?」
それまで自分のいた位置に、この場にはいないはずの赤い痩躯が立っていた。
倉庫の陰から新手のワーカーが飛び出してくる。が、一瞬の後には朱雀の繰り出す衝撃波を浴びて転覆擱坐していた。
そして聞き慣れた高く弾けた声が呼んだ。
「仁さん!」
「峰さん?」
自らもワーカーを一両仕留めた安芸がそれに気付いた。
「峰さん、どうして……」
それには構わず峰岡は呼んだ。
「仁さん! どこですか?」
饗庭の玄武が背後の倉庫を示す。
封鎖されていたはずの扉から、強力な衝撃波の直撃を受け、後ろ向きに武装装甲車が飛び込んでくる。白虎に接近しようとしていた人型がそこにまともに突っ込み、真っ二つになった。宙を舞った上体が重たげな音を立てて床に落ちる。追うように倉庫の中に朱雀の機体を滑り込ませた峰岡は、それには目もくれなかった。
「仁さん!」
左手に動きが見えた。迷うことなく峰岡はハーフに変形させたS−ZCをそちらへ走らせる。S−RYよりも強力な加速に小さな体を締め付けられ、その口から小さな呻きが漏れる。が、構わずにスロットル・ペダルを踏み込んだ。
走り回る人型は、突然現れたたった一機の増援にはほとんど注意を払わなかった。ただ一体が接近を牽制するように、複雑に動き回り銃を撃ちながらS−ZCへと近付く。
構わずに突っ切ろうとするハーフの右前方から、人型が高速で接近する。峰岡の視線が一瞬そちらへ流れる。唇がきっと結ばれる。
次の瞬間、人型の頭部が胴体から離れ、高く舞っていた。朱雀は人型の首に一撃を与えた右腕の「仕込み杖」を背中まで振り切り、そのまま衝撃波銃を放つ。直撃を受けた人型は腹から二つに折れて吹っ飛んだ。
その先に峰岡は見た。車体にいくつもの弾痕を留め、左腕を半ばから失いながら、なおも人型に対峙しようとするかつての自分の愛機と、そしてそれを援護する木津の白虎を。
「仁さん!」
朱雀が跳んだ。その足がS−RYにとどめを刺さんとばかりに接近する人型の胸を捉えた。転倒する人型をよそに、着地と同時に白虎に迫ろうとする人型に銃の狙いを着ける。照準器の中で相変わらず攪乱するように動き回る人型。だが峰岡の目は照準を過たなかった。トリガーが引かれる。最大出力の衝撃波が、同じ目標を狙った白虎のそれと共に、人型を二方から捉える。
共鳴の中で、人型の機体はひしゃげ、錐もみ状態で宙を舞うと、倉庫の内壁に突き刺さって止まった。
振り向き、敵の姿がないことを確認すると、峰岡は再び白虎へと振り返る。
「仁さん!」
白虎がRフォームに戻った。峰岡もそれに続き、コクピットから飛び出すと、B−YCに駆け寄った。
ドアが開き、木津が降りて来る。そしてヘルメットを外しながら言った。
「まいったね、アンテナが壊れやがって」
木津の名を呼ぶ峰岡の声は、今はもうほとんど声になっていなかった。そんな峰岡に、木津はS−ZCを指差しながら言った。
「きっちり使いこなしてるじゃないか。預けた甲斐があったぜ」
そう言う木津の視線が峰岡の後ろへと動く。振り返ると、ヘルメットを脇に抱えた紗妃が駆け寄ってきた。
紗妃は真寿美を見て、意外そうな顔をした。
「あなたが……?」
真寿美は何も言わず曖昧な表情を浮かべる。
紗妃は屈託無い笑顔になって言う。
「MISSESのメンバーだったんですね。危ないところをありがとうございます」
表情を変えないまま沈黙している真寿美に、笑顔のままで紗妃がまた言った。
「木津さんの応答がなかったのが心配だったみたいですね。何度も名前を呼んで」
真寿美の肩がぴくりと震える。
「聞こえてりゃ一度で返事するさ」と木津。
そこに状況を問う安芸の声が聞こえた。
足早に駐車場を出ようとした真寿美を、戻ってきたメンバーが呼び止め、取り囲んだ。
「峰岡さんが来てくれなければ危なかったです」と由良。「でもまさか朱雀でとは」
木津がにやりとする。
紗妃もまた真寿美に助けられたこと、そして朱雀の動きぶりをにこやかに語った。
輪の中で真寿美はあの曖昧な表情を浮かべて、小さな体を一層小さくしていた。
「やっぱり」安芸が言った。「峰さんにはチームにいて欲しいですね。きっと久我ディレクターも今回のことで考えを変えるんじゃないでしょうか」
「みんなこれだけ助けられたんですものね」
紗妃のこの言葉に、また真寿美は震えた。
「どうした?」木津が訊ねる。「おばさんに黙って出てきたのが気になるか?」
真寿美は答えない。
「ま、唆したのは俺だからな。その時にゃ俺が人身御供になってやるさ。心配すんな」
真寿美は黙って首を横に振ると、小さくごめんなさいと言い、木津と紗妃の間を割って輪から抜け、小走りに駐車場を出ていった。
その背中をメンバーが見つめる。
「……どうしたんでしょう?」と紗妃。
「きっと久々の現場で疲れたんでしょう」安芸が答える。「大丈夫かな?」
シャワーから吐き出される冷たい流れを頭から受けながら、真寿美は紗妃の言葉を思い出していた。
「みんなこれだけ助けられたんですものね」
違う……みんなを助けようとなんて思っていなかった。助けたかったのはみんなじゃなかった。あたしは、あんな時に仁さんを助けることが出来ないのが嫌だった。仁さんの横にいて助けるのが自分じゃないのが嫌だったんだ、自分じゃなくて、饗庭さんだったのが……
濡れた髪が顔に貼り付き、それを伝って水が流れ落ちる。
いやだ……こんなあたし……
頬を伝う水に涙が混じる。シャワーに打たれる裸の肩が小刻みに震える。押し殺そうとしていた嗚咽が堰を切った。
真寿美はくずおれ、声を上げて泣いた。裸身を降りかかる雫と水音とが包んだ。
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