Chase 10 - 集められた腕

 
 「よーし、上がってくれや」
 阿久津の声を聞くと、テストドライバーはスロットル・ペダルを踏む足の力を徐ろに緩めていった。
 テストコースを離れ、テスト車両は開発現場専用の出入口の奥へとへ消えていく。
 艤装に偽装を施した車体は、低速で作業ピットの上に進むと、マーキングされた位置にぴたりと止まった。
 作業員が数人走り寄って作業に取り掛かる中で、ドアが開き、ハリネズミのように計測センサーのケーブルが付いたスーツを着たドライバーが降り立った。その両手がヘルメットを持ち上げると、汗一つかいていない木津の顔が現れた。
 「仁ちゃんお疲れさん」
 ディスプレイ画面越しに阿久津が労いの言葉を掛ける。まだテストコースの管制室から戻って来られていないらしい。
 「おうさ」とそれでも木津は返事をする。「いい結果が取れたかい?」
 「おかげさんでな、上々だよ」と言う口調は、言葉が決してお世辞に留まってはいないことを示していた。「そいつの乗り心地はどんなもんだったかね?」
 「そうさね」脱いだヘルメットを右手の上でぽんぽんと弾ませながら「青龍よりは気持ちパワーが出てる感じだったな。もっとも朱雀にゃまるでかなわないがね。と、挙動は青龍よりマイルドだったな。初心者向けのセッティングなのかね。トータルバランス重視に振ったろ」
 「さすがだな、その通りだよ」
 「んでもさ」ヘルメットの弾みが止まる。木津はもう一度テスト車両に目をくれると、「偽装にしても、こんなにケツを膨らませることはなかったんじゃないか? キャンプに行くわけでもあるまいし」
 息が漏れてくるような阿久津の笑い声がスピーカーから聞こえる。
 「尻の大きいのは嫌いかね?」
 「どっちかっつーと細身の方が好みだね」
 また阿久津の笑い声。
 「ま、よかろう。いずれにせよこいつはお主の車にゃなるまいからな」
 脇から差し出されたミネラル・ウォーターのボトルを受け取って半分近くを一気に呷ると、息を吐きながら
 「てぇと?」
 「もう言ってしまってもいいんだろうな。ロールアウトも間近だし。こいつはな、当局にも納めるんだ」
 「ほぉ、いよいよ当局でも導入かい」
 「まぁ一部はうちで使うらしいんだがな」
 「それが俺じゃないわけね。ま、ああいうマイルド系よりは、俺は朱雀みたいにがんがん来る方が好みだけどさ。で、一体誰が乗るんだ?」
 画面の中で肩をすくめながら、阿久津は答えた。
 「そいつぁ久我ディレクターの領分だ」
 

 その久我ディレクターの執務室。
 ソファに座ってデスクの久我の電話が終わるのを待っているのは安芸だった。
 漏れ聞こえてくる久我の応答は相も変わらず表情のないものだったが、それでもある種の朗報が伝えられているらしいことは安芸にも感じ取れていた。
 受話器が置かれた。
 「申し訳ありませんでした」
 と言いながら久我はソファに腰を下ろすと、デスクの上から取り上げてきた資料のバインダを安芸に手渡し、見るように促した。
 表紙をめくった安芸の手が最初の一ページで止まる。そこに久我が話し始める。
 「ご覧の通り、G−MBの最終仕様が決まりました。ロールアウトは一週間後です。配備数はこちらと当局とで合計八両、全て同時に配備実施します」
 安芸はうなずくと、「その八両の内訳をお聞かせ願えますか?」
 「シリアル一から四までをこちらで、五から八までを当局で運用する予定です」
 「四両ずつですか……」
 安芸は再びうなずく。その様子を見て、久我は説明を続けた。
 「当局は特設チームを設置して、この四両を運用します。私たちでも同じく、G−MBは専従チームでの運用とします。そこであなたにチーム・リーダーを任せることにしました。ロールアウト時には当局から関係者を招いてデモ走行を行いますが、その際のドライバーも務めていただきます」
 資料に向けられていた安芸の顔がはっと上がった。呼ばれて資料を渡されたことから、大体の見当は付いてはいたが、久我の口から直接、あの独特な口調で言われると、それは妙な重みを持って聞こえるのだった。
 「了解しました」
 安芸は落ち着いた口調で答える。
 久我がゆっくりとうなずく。
 「それで残りの三両は、今VCDVの運用に携わっているメンバーに全てあてがわれるのですね?」
 久我の答えは否定のそれだった。
 「まず結城さんには新チームに加わっていただきます。それから小松さんが復帰しますので彼もメンバーとなります」
 小松の名を聞いて、その存在を忘れていた安芸は思わず苦笑いした。
 「残り一両については、当局からもう一名の派遣を受け入れることになりました。資料の中に今回の人選と各人のプロフィールを入れてあります。もっとも結城、小松の両名については改めて言うまでもないでしょう」
 その言葉を聞きながら、安芸の指は資料のページを繰っていた。そして新しいチームの編成に関する部分に行き着いた。
 先頭の自分の名に続いて、小松潔、結城鋭祐、そして新たな名、由良滋の名があった。
 安芸はさらにページを繰り、新メンバーとなるらしい由良滋という男のプロフィールを開いた。
 「……当局では高速機動隊ですか。ああ、結城さんとは別の分隊なんですね。トレーニングは……これからですか?」
 「そうです。なので、実際四両で運用を開始するのは一ヶ月後ということになります」
 「そして我々の機種転換訓練もその間ということになるわけですね?」
 「その通りです。もっとも訓練が必要となるほどS−RYとの間に違いはないと開発の方からは言ってきています」
 一旦資料を閉じた安芸は、椅子に腰を落ち着け直すと、再び口を切った。
 「このチームに峰岡さんと木津さんが入らなかったのは何故ですか?」
 「今回編成のチームは専従という位置付けです。峰岡さんは現状通常業務から離れることが出来ません」
 久我の言葉がそこで途切れた。が、安芸がおやと思う間もなく、続けて
 「また木津さんはテスト・ドライバーの業務があります」
 違うな、と安芸は思った。仁さんをわざわざ量産クラスの機体に縛り付けることはないという判断だろう。自分だってディレクターの立場だったら、朱雀というじゃじゃ馬を乗りこなしてもらう方を選ぶに違いない。なぜそうと言わないのだろう?
 が、もちろん久我がそれ以上を言うはずはなく、安芸は静かに了解した旨を告げた。
 

 夜半近く、ふらりと休憩室へと出向いた木津は、ドアの前でふと足を止めた。
 中からウクレレの音が聞こえてくる。
 ドアを開けると、椅子に腰掛けた後ろ姿がウクレレをかき鳴らす手を止め、ゆっくりと振り返った。
 「あ、仁さん」
 弾き手は安芸だった。
 「こんな時間まで残業かい?」
 「ええ、で、ちょっと気分転換に」
 木津は安芸の向かいに座ると、煙草に火を点けて、煙の間から言う。
 「ウクレレなんか弾けたんだな」
 「手慰み程度ですけど」と答えると、安芸は弦の一本を人差し指でぴんと撥ねて見せた。他には誰もおらず、灯りだけが妙に明るい休憩室の中に、どことなく寂しげな音が響く。
 「何だかえらく忙しそうじゃないか。今度の新しいやつ絡みの仕事?」
 「もう知ってらしたんですか」
 「阿久っつぁんからのコネでね。それに、テストも何回もさせられたし」
 「それもそうですね」
 言いながら安芸は低いテーブルの上にウクレレを置いて、軽く伸びをした。
 「でも」木津が言う。「阿久っつぁんはうちで誰が乗るんだかは知らないらしいんだ」
 おや、という風に眉を上げる安芸。
 「本当は仲が悪いんじゃないかね、阿久っつぁんとおばさんは。コミュニケーションが取れてないって感じがするぜ」
 「仲が悪いという訳じゃないと思いますけど、確かに阿久津主管は久我ディレクターにあんまりいい顔をして見せたことはないですね。きっと主管の職人気質がディレクターの事務処理的なところと相容れないんでしょう」
 「なるへそ」と応じながら木津は灰皿に煙草の灰を落とす。「そう言う進ちゃんは分析的性格だよな。冷静沈着で。指揮官タイプなんじゃないかい?」
 「そういうことなんでしょうかね」
 安芸の言葉を聞いて、木津は怪訝そうな顔をしてみせる。
 「そういうことってどういうこと?」
 安芸がまたおやという顔をする。
 「どういうって、私が新チームのリーダーを任されたってことですよ」
 今度は木津がおやという顔。
 「あ、そうだったんだ」
 「知ってたわけじゃなかったんですか。残業の理由がとか言われるから、てっきりそうだと思いましたよ」
 煙草をくわえた木津がウクレレを取り上げて、ちゃん、ちゃんと落ちを付ける。
 「これだけは弾ける」
 そう言うと木津はウクレレを置き煙草をもみ消して、飲料の自動販売機へと立った。
 安芸は笑うと、ウクレレを再び取り上げて、陽気でいてのんびりとした曲を奏で始めた。
 トマト・ジュースを手に木津は戻って来ると、安芸に新型の実物を見たかと訊ねた。安芸はウクレレを弾く手を止めず、久我から資料だけを見せられたと答え、さらに新チームのメンバーについても触れた。
 「ほぉ」トマト・ジュースをごくりと飲み下して木津が言う。「てぇと、お茶くみは今まで通り青龍に乗るわけだ」
 「彼女はほとんどディレクターの秘書ですからね、こっち専任というわけにもいかないんでしょう。だから必要に応じて支援に出る形になるんでしょうね」
 「都合のいいやっちゃ、あのおばはんも」そしてジュースをもう一口飲むと、「ところで、何て言ったっけ、新型のコード」
 「G−MBです」
 「今度は頭がSで始まってないんだな」
 「Sは試作機のコードですから。今度のは当局にも配備するので、生産型のコードをふったんですよ」
 「G−MBか……」木津が顎をしゃくる。「んじゃ、通称は『ガンバ』ってとこか?」
 ウクレレの音が止まる。代わりに笑い声。
 「青龍朱雀と来てガンバはないでしょう」
 「真面目にとらないよーに」と木津も笑う。「ま、順当に『玄武』ってとこだろうな」
 「ですね」
 トマト・ジュースの残りをくいっと飲み干すと、また煙草に火を点けて木津が尋ねる。
 「そう言えばさ、久我のおばさんは通称を使わないじゃない。何でか知ってる?」
 「ああ」言われて初めて安芸は気が付いたようだった。「そう言えば。正式じゃないからかも知れませんね」
 「それだけのことかいな」
 木津は肩をすくめた。
 

 「仁さん、そろそろ行きませんか?」
 部屋に顔を出したのは、デート用の装備ではなくいつもの事務服姿の峰岡だった。
 汎用可変刑事捜索車両、LOVE開発コードG−MBのロールアウトの日である。
 「おうさ」
 返事をすると、木津はそれまでごろごろしていたベッドの上に起き直り、一つ大きく伸びをした。
 ドアの外では峰岡が待っていた。
 「進ちゃんに会ったかい?」
 「はい。何かいつも通りで拍子抜けでしたよ。全然緊張してない感じで」
 「ドンパチの相手に比べりゃ、当局のお偉いさんなんか屁でもなかっぺ」
 「それはまあそうですけど……」
 「けど?」
 「その表現何とかなりませんか?」
 木津は何も言わず、ただにやりとしただけで、そのお偉方の待つはずのテストコースへと歩を進めた。
 

 いつもは阿久津とその部下たちの陣取る管制室に、今日は追加の椅子が何脚か置いてある。管制スタッフの姿がまだない代わりに、窓を向いたその内の一つには既に結城が腰を下ろしていた。
 「相変わらずご熱心ですね、結城さん」
 峰岡が声を掛けると、結城は立ち上がっておはようございますと頭を下げた。
 「やっぱり任される車両の初走行ですから、しっかり見ておきたいと思いまして」
 「今日は向こうでの上司も出席されるんですか?」と木津が問う。
 「そう聞いています」
 「いいとこ見せ損ねた、てとこですかね」
 この木津の言葉に結城は曖昧な笑みを浮かべて応える。
 「でも安芸さんの方がVCDVの扱いには慣れていらっしゃる訳ですし、こちらのメンバーの方がやるのが筋だとも思います」
 「結城さんは当局に戻られるんじゃないんですよね?」と、これは峰岡。
 「はい、こちらでの任務を継続します」
 「当局からもう一人来られるんですよね。結城さんのお知り合いの方ですか?」
 「いえ……」
 それ以上の説明は、久我を先頭に管制室に入ってきた一群に遮られた。
 久我の後ろに続くのは負傷のやっと癒えた小松、それからネクタイとダーク・スーツに身を固めた中年男三人と、半歩さがってもう一人、これはまだ若い、安芸や結城と同じ位の歳の男だ。
 結城は椅子から腰を上げ、峰岡と共にその群れに頭を下げる。木津も一応それに倣う。
 男たちが黙ったまま礼を返す。それを見て久我が男たちに向き直り、
 「こちらの四名が現在当研究所で試験運用にあたっているドライバーです。あともう一名おりますが、これは今からお目にかけるデモ走行のドライバーを務めます」
 そしてスーツ姿の四人に腰掛けるよう勧め、埋まった席の後ろの列に木津たちが陣取った。
 「もう少々お待ちください。ただいま開発担当者が参ります」
 久我のこの台詞に、木津は思わずにやりとする。さすが阿久っつぁんだ、当局のお偉いでも平気で待たせやがる。
 その間に結城が、座った中の二番目の男に近付いて再度頭を下げ、何やら話し始めた。それがどうやら結城の当局での上長らしい。
 隣りの二人がそれとは別に話を始めたが、歳上の方が若い男を由良君由良君と呼んでいることから、若い方が新たに派遣されてきた由良滋であることは間違いなかった。
 五分ほどして、「お揃いでしたか。お待たせして申し訳ありませんな」と言いながら、悪びれる風もなく阿久津が姿を現した。
 「お披露目には万全を期したいと思いましてな。最後の調整に少々手間取りましたが、これで最高の試運転をお目にかけられます」
 いけ好かないおやじだ、という顔をするお偉いに、久我が開発主管を紹介する。
 「今回の走行の管制は彼が行います」
 それからやっとMISSESのメンバーに対して来賓の紹介がされた。曰く、順に当局のVCDV運用新チーム管理者、結城の所属している高速機動隊の部隊長、同じく高速機動隊の別の部隊の部隊長、そしてその配下でMISSESに新規加入する由良滋。
 「では」と、遅れて来ていながら紹介の終わるのが待ちきれなかったかのように阿久津が言う。「始めてよろしいですかな?」
 当局の面々は特に何の反応も返さない。代わりに久我がお願いしますと返し、MISSESのメンバーには着席を促した。
 阿久津が管制官席に着く。その顔つきが一変したのに気付くのは木津だけだった。
 「準備よろしいか?」との阿久津の言葉に、安芸の声が肯定の返事。
 「よろし、微速でゼロ位置に付け、一旦停止後フル加速で全速、ゼロ位置通過後三周し半速までフル減速、Wフォームに変形し作業及び射撃一周、次いでMフォームに変形、射撃及び作業の実施」
 「了解」
 何てこたぁない、と木津は思う。進ちゃんなら何の苦もなくこなすプログラムだ。それにこいつら、俺たちの今までの出動を見たことがないのか? ワーカーの作業とは話が違うってこと分かってんのかね。
 「来ました来ました」
 峰岡の声に我に返って、木津も窓の外に視線を移す。
 「あれがG−MBか……」
 指示通り微速で姿を現したのは、ガンメタルの車体色、ツーボックス・ワゴンタイプのボディだった。
 峰岡が意外そうな声を漏らした。
 「あら〜、何だかスマートじゃないですね」
 峰岡のS−RYも、木津のS−ZCもクーペ風のボディを持っている。それに比べて、このG−MBは鈍重そうにさえ見える。
 当局のお偉いにはこれという反応がない。ただ由良一人がこれから自分も乗るはずの機体を少しでもよく見ようとしてか、わずかに上半身を乗り出しただけだった。
 ゆるゆるとG−MBは進み、ゼロ位置と呼ばれたスタートに着いた。
 スピーカーから安芸の声。
 「ゼロ位置にてスタンバイ完了」
 聞いた阿久津が振り返り、
 「ではよろしいですかな?」
 異を唱える者のないことを見てとると、阿久津は再度マイクに向かい、スタートの指示を出した。
 窓の外を見つめる当局の面々の沈黙は、直ぐに嘆声に変わった。見かけによらない加速と制動、挙動の敏捷性、Wフォームへの流れるような変形と、繰り出された腕の動作の正確さ、射撃の精度。どれひとつをとって見ても、当局勢をうならせないものはなかった。
 その様子を見て木津は皮肉っぽい微笑を浮かべていた。ドライバーが良すぎるぜ、こりゃあ。それにG−MBは一見重そうに見えるとは言え、実際にはS−RYよりはパワーが出ている。かてて加えて、射撃の腕は隊内でピカ一の進ちゃんだ。誇大広告だよ。
 「いよいよMフォームですね」
 峰岡は少し乗り出し気味になる。ハーフが最後のコーナーを回り、ゼロ位置に向かう。そのラインを踏み越した次の瞬間、Mフォーム「玄武」が立ち上がる。青龍や朱雀に比べてがっしりとした体格、バックパックを背負ったようなそのフォルム。
 「なるほどね、荷室はああなるわけだ」
 と、玄武の右腕が一瞬「バックパック」へ伸ばされる。
 木津も思わず声を上げた。
 次の瞬間、玄武はハンドガンを構え、射撃の姿勢をとっていた。そして同じように素早い動作でハンドガンをバックパックに戻す。
 「G−MBの特徴として」久我の声がそこへ割り込む。「ご覧のように固定装備以外の機器を携行し、人間型、私たちはMフォームと呼んでいますが」
 「おばさんだけだって、そう呼んでるのは」と木津が隣りの峰岡だけに聞こえるように小声で茶々を入れ、峰岡を笑わせる。
 「その形態の時に自由に活用できるようにしたことがあります」
 また安芸が見事な射撃の腕前と操作を披露し、最後に管制室の前に玄武を立たせた。
 当局のお偉いたちは腕を組み驚嘆のうなり声を上げ、由良はその頬を紅潮させていた。
 「これを我々が使うことになるのですな」と分かり切ったことを当局新チームのトップになる男が言う。
 「その通りです」久我が答える。
 結城の上長が長い息を吐いた。
 「うちの結城にもこれだけのものが使いこなせる、というわけですか?」
 久我がさっきと全く同じ返事をする。
 「なら君にも出来るな、由良君」ともう一人が言い、由良がわずかにうなずく。
 「なるほど」と最初のお偉いが再度口を開く。「スピードと正確さについては十分見せてもらいました。ただもう一点、パワーの面でデモンストレーションが不足してはおりませんか?」
 阿久津が管制官席から振り返る。
 「ほう、ではその点如何様にご覧に入れればよろしいですかな?」
 「我々には力仕事的な内容に対処できる機体が必要です。それを拝見したい。例えば、この捜査支援車両同士の模擬戦で」
 阿久津はふんと鼻を鳴らすと、久我に向かって意向を質す。
 久我は平然と答えた。
 「この場でお目に掛ける必要は無いと思われます。何故なら、実際に私たちの方が先に出動することになるでしょうが、その実績をお伝えすることで御要望には応えられると思われるからです」
 件のお偉いは腕を組み、口を開きかける。と、それを遮るように久我の電話が鳴る。
 失礼、と一言残し、久我は管制室の隅へ。それを塩に、当局組はまた内輪で話を始める。
 が、それも戻ってきた久我に再び遮られた。
 「早速G−MBの実地性能をお目に掛ける機会に恵まれたようです」
 この言葉に木津が、次いで峰岡が立ち上がる。が、久我は管制台の阿久津の横に立つと、マイクを取った。
 「出動要請です。ワーカー四両、G区倉庫街にて器物破壊行為を行っているとのこと。安芸、結城の両名はG−MBで出動」
 「了解、結城さんのスタンバイ待ちます」
 結城が駐車場に走ると、久我は当局の四人に執務室へ同道するように言った。
 「で、こっちは?」と木津が問う。
 「これで解散とします」
 何だ、内輪にゃ玄武の初陣は見せてくれないのか。肩をすくめる木津をよそに、久我は峰岡に茶の準備を命じた。
 

 その夕方。
 就業時間の終わった後で、ウクレレの音に誘われて、木津はまた休憩室にぶらりと入ってきた。
 「いよぉ、お疲れさん」
 声を掛けると、安芸が振り返る前にその前に腰を下ろして続けた。
 「どうだった?」
 安芸はぱっと弦を払って演奏を中断する。
 「簡単に片付きました。十六、七の子供がワーカーを盗んで暴れてみたというだけの話でしたから」
 「ふぅん」
 つまり、今回は「ホット」とは何の関わりもなかったわけだ。
 「で、新型の乗り心地はどう?」
 「青龍よりパワーと操作性は少しアップしてましたから、あれなら当局に入れても、慣れるのは早いかも知れません」
 「あれは使ったんかい? リュックサックの中身にあれこれ詰まってるやつってのは」
 「ああ」安芸は笑いながら「デモで見せた拳銃ですか? あれは張りぼてですよ。衝撃波銃の腕への装備は踏襲してるわけですから、わざわざ別の火器なんか持たなくても」
 木津は半ば呆気にとられたような顔で言う。
 「んじゃ、何だってあんなもんを」
 「その方が当局向けにはアピールしやすいだろうという判断ですかね」
 「誰の?」
 「多分ディレクターのでしょう。それに出動の生中継もあったようですし、当局の方々もなかなかに満足されていたらしいですよ」
 「商売人やねぇ」
 そう言いながら木津は煙草に火を点けた。
 それを見ながら、今度は安芸が訊ねた。
 「仁さんは、久我ディレクターに対しては手厳しい言葉が多いですね」
 「ん……そうかな。意識してやってるつもりはないんだけどね」
 「女性としてはタイプではない?」
 煙草をくわえた木津の口の端が少し持ち上がる。開かない唇の間から言う。
 「進ちゃんがそういう話をするとは、予想もつかなかったよ」
 安芸は安芸で、そう切り返されても別段慌てた様子もなく応える。
 「仁さんはこういう話が嫌いじゃないと思ったんですが」
 木津はにやにやしながら、
 「そりゃ嫌いじゃないけどさ、久我のおばさんを女として意識しなきゃならんほどじゃないぜ」
 「痛烈ですね。確かにディレクターとしての手腕は男勝りですけど」
 「だべ? 何、もしかして進ちゃんはああいうのがお好み?」
 「決してそういうわけではないです」という冷静な安芸の応えに、つい木津は吹き出す。
 「力説しなくたっていいよ」
 安芸も歯を見せる。
 と、そこに例の弾けた声が割り込む。
 「何話してるんですかぁ?」
 帰り支度を済ませ、ピンク色のふかふかとボリュームのあるセーターに埋まりかけたような峰岡が小走りに近付いてきた。
 「仕事終わったの?」と安芸が訊ねる。
 「うん、引き渡しの手続きも済んでお客さんも帰られたし、由良さんが来られるのは来週からだから、準備も慌てなくっていいし」
 「お客さんの反応はどうだった?」
 木津が訊ねる。
 「生中継にはさすがに感動してたみたいですよ。相手があれなら手際よく見せられますし。不満そうにしてた人いましたよね、あの人ももう文句なしって感じでした」
 「不満?」と首を傾げる安芸に、木津が管制室での経緯を話して聞かせる。
 「それはそうと」木津の横に座ると、峰岡が話を戻す。「男同士で何のお話してたんですか?」
 「高尚且つ深遠な永遠の謎について」と木津が真顔を作って言う。「な?」
 安芸は笑うだけで何も言わない。
 峰岡は二人の顔を交互に見比べて言う。
 「またそんな冗談ばっかり」
 「冗談じゃないさ。久我ディレクターが女であるか否か、じゃない、男の好む女のタイプは何故こうも多様性に富んでいるか、てのは永遠の謎じゃないかね?」
 「え、えーと……うーん」
 真剣に考え込み峰岡を見て、男二人は顔を見合わせて吹き出した。
 それも目には入らないかのように八の字を寄せていた峰岡が、急に右の拳を左の掌にぽんと打ち付けた。
 「うん、そうだ」
 そしてくるりと向き直ると、
 「安芸君、今夜は当番?」
 「いや、昼間のデモをやったから免除だって。今夜は結城さんと小松さんが当たる」
 「残業は?」
 「どうしようか考えてた。考える余地のある程度のものだけど」
 「そっかぁ。で、仁さんは聞くまでもなく暇ですよね。それじゃ、これから三人でお酒でも飲みながらその重大で難問の哲学について語り合いましょう。ね?」
 木津と安芸はまた顔を見合わせる。
 「どうだい? 行くか?」
 口振りはあくまで質問だが、表情はもうその気十分の木津に、安芸もまんざらではない様子で答える。
 「いいですね」
 「おっしゃ、決定だ」
 木津は立ち上がり、安芸もそれに続いた。
 小さく万歳をして峰岡が言う。
 「それじゃお店は任せて下さいね」
 

 

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