Chase 06 - 握られた手

 
 まるで破裂でもしたかのような音響と勢いとを伴って、コンテナのゲートが上下に、裂けるが如くに開いた。
 「こいつは!」
 重い擦動音がコンテナの中で反響する。それと共に飛び出してきたカーキ・グリーンの無骨な機体。それはWフォームのVCDVに似て見えたが、しかし装甲車然とした台車の上に起き上がった上体の分厚さは、憎々しげにさえ見える。その上、生えるように突き出している、両肩の長大な砲身。さらに両腕の先にも、手の代わりに砲口。両肩の間にのめり込んだ頭のようなてっぺんの盛り上がりを取り巻いて、鈍く光る電光。
 その一つがかっと輝くと、そいつは走りながら手近な峰岡の青龍に最初の一撃を浴びせる。
 横様に跳ね飛んで避ける青龍。
 「ワーカー?」
 左腕を上げた警戒の姿勢を崩さずに安芸。
 「何だそれ?」
 「重作業車両です。重工場のラインや輸送現場なんかで使ってる」
 説明も言い終えないうちに、今度はもう一両が安芸の足元に一連射。
 青龍は後ろに跳び退りながら、応じて衝撃波銃を放つ。
 「ああ、この前どこだかを襲いに行ったって奴か」
 「それを改造したんでしょう……でもワーカーより速い!」
 その言葉通り、そいつは安芸の銃撃を体をかわして避けた。
 「それに、前回はあんなに重武装じゃなかったです」
 そう言いながら、安芸はさらにコンテナの上に跳び上がり、銃の収束率を上げて、近い方の一両を撃つ。
 太い金属の振動音が響く。だがそれだけだった。ワーカーもどきの走る砲台は、何のダメージを受けた様子もない。それどころか、逆に両腕の砲を安芸に向けぶっ放す。
 横っ飛びに隣のコンテナの上に飛び移った青龍を、砲弾の炸裂する爆風が襲う。
 そこを狙おうとしたもう一両に、今度は木津の一発が命中する。
 「やったか?」
 いや、その一発は狙いを朱雀に変えさせただけだった。両腕と両肩の四門が朱雀に向かって火を吹いた。
 後ろに飛び退いた朱雀は、だが爆風をまともに喰らって吹き飛ばされる。
 「木津さん!」
 「こっ……の野郎!」
 うつぶせに倒れた朱雀を起こすより先に、木津は衝撃波銃の収束率と出力とを最大に上げた。
 トリガーを引く。
 連射。
 鈍い金属の振動音が続けて響く。
 「これでどうだ!」
 その言葉に続いたのは、木津の舌打ちと峰岡の嘆声だった。
 二人の目に映る敵は、何事もなかったかのように、再び両肩の砲の照準を朱雀に向けようとしていた。
 

 「……びくともしないとは」
 結城が乾いた唇を舐めながら、誰に言うでもなくつぶやく。
 「すごい装甲ですね。衝撃波銃なんかじゃまるで歯が立たない。衝撃を受け流すような構造なんでしょうか? それとも銃の威力の方が不足なんですか?」
 しかしそれに耳を貸す様子もなく、そして何の表情も表わさないままに、久我はスクリーンを凝視する。
 久我の背中に落とした視線を再び映像へ向け直すと、結城はさらに続ける。
 「銃と言えば、火力も普通じゃない。これはなかなか厳しいですね」
 久我の椅子が少し軋った。
 阿久津が腕を組む。
 スクリーンの中に、また火柱が上がる。
 

 立ち上がった火柱の間を縫って、キッズ1が高速で走り抜ける。
 その跡を追って縫うように銃弾が撥ね、路面に転がる。
 「木津さん!」
 木津を援護する峰岡の青龍の銃撃。
 「本体を狙うな! 足元だ!」
 声を飛ばしながら、安芸も自ら撃ち続ける。
 「分かってるけど!」
 コクピットの中でほとんど暴れまわらんばかりの峰岡。
 青龍が激しく動き、敵の照準を撹乱する。
 「埒があかねぇぞ、これじゃ」と木津。
 と、その前方には空のコンテナが。
 後方モニターに視線を走らせる。敵の片方が峰岡の牽制をかわしながら追って来る。
 いけるか?
 「コンテナの間に追い込め!」
 木津の指示が飛ぶ。
 「挟み撃ちだ!」
 そう言うと、木津自らが二つのコンテナの狭い谷間にキッズ1を躍らせる。
 再びモニター。敵は照準を合わせようとしてか、砲撃を止めたまま、誘い通り真っ直ぐにキッズ1を追って来る。
 その後ろに、青龍から戻した峰岡のWフォームが食いつく。
 その峰岡を追おうとするもう一両の武装ワーカーの足元に、安芸の青龍が一発二発と衝撃波を叩き込む。
 「進ちゃん、そこでしっかり足留めしといてくれよ!」
 そう言いながら、木津はハンドルとペダルを、そして変形レバーを一気に動かす。
 スピン・ターンの回転の中から、竜巻が上がるように朱雀が立ち上がり、間髪を入れずにその真紅のボディが鉛色の空に跳ぶ。
 「足だお茶くみ! 撃て!」
 「はいっ!」
 朱雀と青龍から同時に放たれた衝撃波は、敵の頭と台車を前後から捉えた。
 強靭な装甲はそれをまともに受けた。表面を鈍い共鳴が伝う。その響きは木津の、峰岡の耳にも届いた。そして敵が地面に仰向けに倒れる重い音も。
 前後から叩き込んだぶっ違いの衝撃波は、重たげな敵のバランスをそれでも崩すことに成功したのだった。
 「やったぁ!」思わず叫ぶ峰岡。
 着地した朱雀が左腕を射撃体制に構えながら屈み込む。
 「まだはしゃぐなよ」と木津。「コケただけだぜ」
 だが敵は動かない。肩の砲身もほとんど垂直に天を向いたままだ。
 両腕も、倒れた時の反動でか、わずかに上を向いたまま横に伸びている。
 

 確かに足は留めている。
 が、それが精一杯だ。
 安芸の青龍は、既に外装にいくつかの弾痕を留めている。
 一方相手は、少なくとも装甲には何の損傷も負ってはいないようだ。
 向こうのドライバーも、乗機同様平然と亘り合っているのだろうか。鼻の下にたまる汗を無意識に舐めながら安芸は思う。
 青龍が動く。
 相手の眼、あの電光は遅れることなくそれを捉えて動く。だが撃ってはこない。
 向こうは実体弾だ、搭載量に限りがある。それを気にしているのだろうか。これまでにどの程度ばらまいてくれたか。
 そして、こちらのバッテリーと、どちらが先に底を尽くか……
 「仁さん、まだですか……」
 コクピットで安芸がそうつぶやいた時、背後で猛烈な爆発音が轟いた。
 敵を前にしていることも忘れて、思わず安芸は振り返る。
 すかさず敵から銃弾が放たれ、一発が青龍の右肩を貫く。
 そのショックの中で、安芸は見た。二つのコンテナが爆炎を上げるのを。
 

 K−1とM−1の画面が乱れ、映像が途絶えた。
 結城と阿久津が思わず声をあげる。
 久我は動かない。かすかに反応を示したその細い指先以外は。
 「大丈夫なんですか?」
 問いかける結城を阿久津が横目でにらむ。VCDVの装甲の性能を知り抜いている自分に聞くな、と言わんばかりに。
 答えの代わりに久我がマイクに向かって、落ち着いた声で呼びかける。
 「キッズ1、マース1、聞こえていたら応答しなさい」
 答えはない。
 久我はもう一度繰り返す。
 やはり応答なし。
 結城が口を開きかける。が、阿久津のきつい視線を感じて、何も言わずにそのまま口を閉じ、画面に目を戻した。
 M−3からの映像はまだ生きている。それは炎上するコンテナを背にして立ちはだかる敵の姿を伝えてきている。
 「マース3、安芸、聞こえますか?」
 「はい」と、かすれ気味の声が返る。
 「キッズ1およびマース1の状況を掌握しなさい、急いで」
 「は、はい」
 「しかし」と、結城の声が割り込む。「簡単には近付けてくれそうにありませんね、あいつは」
 「あんたな……!」
 声をあげる阿久津を、腰掛けたまま振り返った久我が制した。
 「結城さん、出動したいお気持ちは分かります。しかし、シミュレートが終了していないうちは、命を下すことは出来ません」
 阿久津がうなずいたのは、久我が何を念頭において言ったのかが分かったからだろう。
 黙り込む結城に、久我は続けた。
 「それに、まだ……」
 「おっ」
 という阿久津の声に、それは途切れた。
 振り向き直した久我は、M−3のスクリーンを見た。そして、言った。
 「安芸は活路を見出したようですね」
 

 「……助かった、まだ変形機能まではやられていなかったか」
 全速で後進するマース3のコクピットで、相手からは目を離さず安芸はつぶやく。
 敵の砲身が徐ろにこちらに向けられるのが見える。
 来るか?
 ハンドルを切る安芸。
 マース3が激しく蛇行する。
 だが砲火は見えない。
 と、武装ワーカーはくるりと踵を返すと、コンテナの方へ向かって速度を上げた。
 「行くか!」
 安芸は前進に切り替え、ペダルを床まで踏み込んだ。瞬く間に計器類が大きな反応を示す。グリーンの灯火がオレンジに。
 全速だ。
 武装ワーカーと逆の側からコンテナへ向かい、叫ぶ。
 「仁さん! 峰さん!」
 答えはない。
 敵を牽制しながら、安芸はコンテナの状態を伺う。
 立ち上がった火柱は今やコンテナ全体に回り、いや、それどころか二つのコンテナが大きな一つの火の玉となって轟々と燃え上がっている。
 敵の姿はその炎の向こう側に入って、見えない。
 そして朱雀と青龍の姿も。
 コンテナの手前でマース3は急制動しつつ青龍へ変形する。その足先が路面との摩擦で火花を散らす。
 と、炎の巻き上げる気流が青龍の機体をあおる。
 「くっ……」
 安芸は左腕を射撃態勢にしてジャンプ。しかしコンテナの谷間までは見渡せない。が、代わりに向こうからの砲撃もなかった。
 次は狙ってくる。迂闊には跳べまい。
 さあ、どうする……? 火の中に飛び込むか? だが機体は保つのか?
 「Rフォームで、短時間ならいけるか」
 つぶやいた安芸の手が変形レバーに掛けられた。耳の奥にかすかなノイズが入る。
 えっ?
 「仁さん? 峰さん?」
 返事がない代わりに、そのノイズは次第に鮮明になり始めた。
 安芸の手が動く。
 走り出したマース3が輸送車の運転台に鼻先を向ける。
 そしてペダルが踏まれた。
 

 安芸がもう一両のワーカーをくい止めている間、コンテナの谷間で、転倒させた武装ワーカーを挟んで、朱雀と青龍はなお警戒姿勢をとっていた。
 ワーカーは動かなかった。
 「……のびたかな?」
 屈んだまま、朱雀が少しずつワーカーとの距離を詰めた。
 一方の青龍は左腕をワーカーに向けたままで、その横たわった頭部から少し遠ざかった位置にいた。
 ワーカーの眼はもう光ってはいなかった。
 それに気付いて、峰岡は木津に教えた。
 「もう見えてないんでしょうか?」
 「かも知れんがな。モーターも止まってるらしいし」と言う木津の朱雀は、ワーカーのすぐそばまで近付いていた。
 「もしもーし、起きてますかー?」
 聞いた峰岡が吹き出した。
 「ちょっ……と、こんな時にやめてくださいよ木津さん」
 調子に乗って、木津は相手の機体をノックしようと朱雀の右手を伸ばした。
 その時、木津が舌打ちをすると叫んだ。
 「生きてやがる!」
 突然ワーカーの機体の中で、モーターの音が始まった。左端の眼が光った。
 息を呑んだ峰岡。
 「お茶くみ! 飛び退け!」
 だが木津の声よりも、両方のコンテナに向いていたワーカーの両手の砲口が火を吹く方が早かった。
 その直後だった、両脇のコンテナから轟音と爆炎が上がったのは。
 コンテナの天井から火柱が上がった。だがそれだけではなかった。その両の側壁、ワーカーの砲弾が撃ち抜いた穴からも爆風が、次いで炎が吹き出した。
 左右から強烈な風圧を喰らって、直立していた青龍がよろけた。
 屈んでいた朱雀は爆風に耐えながら、なおも撃ち続ける武装ワーカーの片腕に衝撃波銃を向け、放った。
 重たげな、そして砲撃のために半ば焼けたように変色したその腕は、砲弾を吐き続けながらコンテナの後方へと押しやられた。弾は次々とコンテナの壁面をぶち抜き、破孔からは次々と炎が現れた。
 「こいつら、一緒に爆弾まで積んで来てやがったのか!」
 その間に体勢を立て直した峰岡の青龍が、両脚を開き気味にして踏ん張ると、ワーカーのもう一方の腕を上から狙い撃った。
 衝撃波を受けて砲口は下に向き、砲弾でしばらく地面を掘り返してから沈黙した。
 「回避しましょう!」
 と言う峰岡の声が、新たな爆発音でかき消された。青龍がいきなりバランスを崩し、横様に路面に倒れ込んだ。
 「どうした?」
 「脚が、急に曲がって」
 「立てるか?」
 と問いながら青龍に近付こうとする朱雀の足下で、武装ワーカーがなおも肩の砲身を動かそうと、モーターの回転を上げた。
 「邪魔だこの野郎!」
 横を回り込んで来た朱雀の足が、ワーカーの頭を踏み潰した。
 散乱するワーカーの眼の破片を気にも留めず、木津は青龍の左脚を見た。
 何かがぶつかったような跡を留めて、膝が横に折れ曲がっていた。
 青龍は立ち上がろうとしたが、膝の自由が利かなかった。辛うじて仰向けになるのがやっとだった。
 火がコンテナの両端へ回り、谷間の出口を塞ぎつつあった。それを見ながら木津。
 「変形は出来るか?」
 「やってみます……」
 しかし青龍は動かなかった。
 「駄目です、変わりません!」
 そう言う峰岡の声は、半ば泣き声のようにさえ聞こえた。
 「ジョイントが動かないんで、セフティ・ロックがかかったか」
 つぶやくと木津はマイクに向かって声を張り上げた。
 「阿久っつぁん! ロックの解除は出来ないのか?」
 聞こえるのはノイズだけだった。今や上を覆うまでになった炎のために、通信障害が起きているのだった。
 「くっそ……」
 「どうしよう……」
 蚊の泣くような峰岡の声を、木津は聞き逃さなかった。
 「らしくねーぞ、お茶くみ。この手があるだろうが」
 木津の手がレバーに伸び、朱雀がキッズ1に変形した。
 「うつぶせに乗っかれ」
 「はい!」
 答える峰岡の見開かれた眼は、一転して輝きを帯びた。
 「ぶっ倒れて潰してくれるなよ」
 「はい」
 青龍は機体に衝撃を与えないように緩やかに寝返りを打つと、両手と動く右脚とで、ゆっくりとキッズ1の上に覆い被さった。
 「いいか? しっかりつかまってろよ」
 その言葉と同時に、背後の炎の壁を貫いて砲弾が現れ、青龍の背中をかすめて行く。
 「進ちゃん、突破されたか?」
 「安芸君が?」
 「お前は自分の心配してろ! 行くぞ!」
 そしてペダルが踏まれた。
 

 加速度の中で安芸は見た。炎を突き破って、青龍を載せたキッズ1が、自分の真っ正面に飛び出してくるのを。
 後進全速、転舵、そしてブレーキ。そして呑んだ息と一緒に声をあげる。
 「無事ですか?!」
 同じく急転舵したキッズ1の上から、青龍の脚が振り落とされる。
 「無事じゃな〜いっ!」
 峰岡の声はまたいつもの弾けた調子を取り戻している。
 「脚をやられてる。変形が利かないんだ」と木津。「敵は? 抜けられたか?」
 「すみません」
 「来ましたっ!」
 峰岡の叫びに、木津が、安芸が振り向く。
 なおも盛んに爆発と炎上を繰り返すコンテナを挟んで間合いを取り、カーキ・グリーンの醜い塊が姿を見せた。
 「お茶くみは伏せてろ。進ちゃん、奴の後ろへ回り込め。俺は正面から行く。俺が跳んだら奴の頭にぶち込め。いいな?」
 「了解」
 そこへワーカーが肩の砲を撃ってきた。狙いは甘くはなかった。三人を挟んで前後に着弾。舗装をめくり上げ、横たわった青龍の背と二台の上とに破片を降らせる。
 「いきなり夾叉か」
 「急げ進ちゃん!」
 マース3が急発進する。次いでキッズ1がワーカーの前に飛び出し、朱雀に変形。左腕の照準を真っ直ぐ敵へと定める。
 敵は動かない。発砲もしない。ただ眼が前と後ろで交互に鈍く光る。
 マース3が完全に敵の背後に回り込み、Wフォームで待機する。
 「こいつ……」
 木津の舌が唇を舐める。
 「構わん! 突っ込め!」
 朱雀が走る。Wフォームのマース3が走る。敵は動かない。距離が詰まる。
 朱雀が跳んだ。木津の指がトリガーを引く。
 その時だった、敵の四門の砲全てが、舞い上がった朱雀にではなく、その後方で横たわった青龍に向けて火を吹いたのは。
 「しまった!」
 「峰さん!」
 砲弾は、だが青龍を捉える前に空中で一気に炸裂した。
 爆煙を通して、左腕をこちらに向けた青龍の姿が見える。峰岡が咄嗟に衝撃波銃を放ったのだった。
 ワーカーの頭上を飛び越して、朱雀は着地するや否や振り返る。
 ワーカーは衝撃波を浴びたが、倒れない。自分の砲撃をかわされたのを見て取ってか、青龍へ向けて全速で突っ込む。
 木津が、安芸が追う。
 ワーカーの後ろの眼が光る。左腕が後方に振られ、火を吹く。
 安芸は横に車体を振り、木津はRフォームに戻して回避。
 向こうからは峰岡が衝撃波銃を撃ち続ける。受けるワーカーの装甲が立てる鈍い音。それがいきなり止む。
 蒼ざめる峰岡。そのヘルメットのバイザーには、バッテリーの容量を警告する赤い明滅が映り込んでいた。
 ワーカーが迫る。峰岡を踏み潰さんばかりに猛然と。そして、焼鉄色に縁取られた暗黒の四つの砲口全てが青龍に向けられた。
 峰岡は思わず眼を閉じた。
 次に峰岡の体を襲ったのは、砲弾の爆発とは違う、機体が横に振られる感覚だった。そして木津の声。
 「……っの野郎おぉぉ!」
 朱雀が伸ばされていた青龍の左手をつかみ、その機体を横に引きずってワーカーの進路から外した。そして代わりに自らワーカーに向き合った。
 その赤い痩躯が舞い上がる。
 ワーカーは狙いを変えた。
 だが砲が火を吹く前に、朱雀の足がワーカーの頭にのめり込んだ。そのまま走り続けるワーカーを蹴って、再び朱雀は宙に舞う。
 「進ちゃん撃て!」
 言いながら木津自らもトリガーを引く。
 前後からの衝撃波が、ワーカーを再び捉えた。自らの速度と相俟って、ワーカーは前のめりに倒れる。安芸の放った後ろからの衝撃波になぎ倒された肩の砲身が、倒れ込む機体の重さを受けて地面に突き刺さる。
 ワーカーの動きは完全に止まった。
 「やった!」
 安芸の声も聞こえなかったか、朱雀は倒れたままの青龍に駆け寄る。
 「お茶くみ! 大丈夫か?」
 答えも待たず、キッズ1に戻すとヘルメットをかなぐり捨てて飛び降りた木津は、緊急用のハッチを開き、中のフックを力任せに引っ張る。
 コクピットのハッチが開いた。
 中で峰岡は計器板に突っ伏したまま、肩で大きく息をしていた。
 「お茶くみ!」
 木津の大声に、峰岡がはっとしたように頭を上げる。その眼が木津を見た。
 「怪我はないか?」
 無言でうなずく峰岡。乾いたその唇が、絞り出すようなかすれた声を漏らした。
 「……怖かった……」
 何かを探るように伸ばされた手を、木津は両手で握った。
 「もう大丈夫だ。終わったよ」
 そう言うと、峰岡のヘルメットのバイザーを上げてやる。
 と、そこから安芸の問いが聞こえた。
 「仁さん? 峰さんは?」
 木津は峰岡のマイク越しに返事をした。
 「安心しろ。無事だぜ」
 「了解、報告します」
 

 結城はスクリーンから目を離すと、天井を仰いで大きく息を吐いた。
 「……すごい」
 久我はその様子にわずかに目をやっただけで、すぐに状況の保持と撤収の指示を下した。
 阿久津はそれを聞くと、そそくさと部屋を出ていった。きっとテストドライバー仁ちゃんから山ほども改修の要求が出て来るに違いない。しかし、全員が無事とは重畳だ。
 

 翌朝、久我の執務室。
 MISSESの出動後には必ずその結果の資料が提出されることにはなっているのだが、その資料が、今日はいつもの倍になんなんとする量もあった。
 いつも通りの状況検証資料、VCDVの走行記録に加え、阿久津の予想通り、木津がVCDVの改修要求を突き付けてきたのだった。
 そのページを繰りながら、久我は昨日の木津の言葉を思い出していた。
 開口一番、木津が言った。
 「こいつぁ、立派に戦闘だぜ」
 口を開きかけた久我には何も言わせず、興奮気味の口調でさらに木津は続けた。
 「見てたろうけど、真寿美なんか危ないところだった。連中が何を考えてここまでやってくるんだか知らんけどな、こりゃ戦闘以外の何もんでもないだろ。朱雀も青龍も、バラ弾撒いて喜んでるぱーぷーの相手ならお釣りが来るけど、今回みたいなのが続いたら保証できないぜ。奴が本腰を入れてきたら、こんなもんじゃ済まないんだろうがな」
 向こうを脚のふらつく峰岡が両脇を支えられながら運ばれていった。
 その後ろ姿を見送ると、木津は久我に向き直り、続けた。
 「このままで『ホット』と亘り合うのは、はっきり言わせてもらえば無理だ。阿久っつぁんにもそう言っといてくれ」
 久我はいつも通りの調子で応える。
 「では、実戦を経験したテストドライバーの目から見た、改修を要する点をレポートしてください。阿久津主管にはこちらから提示します」
 「レポート書きもテストドライバーの仕事ってわけか?」
 「その通りです」
 木津は肩をすくめた。
 「ま、いいだろ。あんたのその冷静さには時々腹が立つけど」
 

 ノックの音。
 「はい?」と峰岡。
 「仁ちゃんだよぉ〜ん」
 峰岡は顔がほころばせ、ドアを開けに行く。
 「おいおい、もう起きてていいんか?」と入ってくるなり木津が問う。
 「はい、もう大丈夫です」
 「そりゃよかった。元気印がいないとなんだか周りが静かでさ。そうそう、青龍の改修の話は、久我のおばさんに分厚いレポート出しといたよ」
 「またおばさんなんて……」
 そう言う峰岡が、胸の前で手をもう片方の手で包み込むようにしているのに木津は気付いた。
 「どうした? 痛めてたか?」
 「え?」
 「その手さ」
 「いえ、何でもないんです」
 「そうか。てっきりあの時俺が握り潰したかと思ったよ」
 「そんなことないですってぇ。ほらぁ」
 峰岡が差し出した手を、木津は握り、大げさに振ってみた。
 「ほんとだ。大丈夫だな」
 と放そうとした手に、峰岡の指が絡んだ。
 ふと顔を上げた木津は、首を垂れた峰岡の項が見えた。そしてその声が。
 「本当に、本当に、ありがとうございます……仁さん」
 

 

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