特殊車両研究所、LOVE。
テストコースのセンターフィールドに、曇天の朝の空から差す弱い光を真紅の車体の上にぼかして、改修作業の施されて間もないS−ZCが静かに停まっている。
コクピットには、再手術の傷が癒えて間もない木津仁が、通常の出動時のスーツの代わりに、全身にセンサーの付いたスーツを着て座っている。
計器盤を見つめながら木津が思い出しているのは、開発主管だとかいういけ好かないおやじの面だった。
今朝、ここに出てくる前に久我ディレクターが現れた、それに着いて来たのがそいつだった。
「おはようございます。いよいよ実車でのシミュレートですね」
「ああ、やっとな」
「今日はお引き合わせしておくべき人間を連れて参りました。私たちのM開発部でVCDV開発主管を任せている、阿久津嶺一です」
紹介されて一歩前へ出てきた阿久津は、木津に右手を差し出したが、目付きは疑惑の色を帯びていた。
握手を解くと、阿久津はその目付きの意図を早速自ら解説してみせた。
「お主が変形の時にGで気絶したと言うんで、ディレクター殿が自ら朱雀……っと、S−ZCの改修を指示なされてな。ぎりぎりまで切り詰めてはみたんだが、それでもコンマ三五秒のロスは避けられんかった」
「戦闘中では致命的な遅れか?」
「戦闘という表現は厳密に言うと少し違いますけれど」と口を挟む久我。「決して見過ごすことの出来る時間ではありません」
「ぎりぎりまで縮めた変形プロセスを今度はわざわざ引き伸ばしたんだ。木津さんとやら、あとはお主の腕でカバーしてもらう他はない。ましてや今度気絶でもしようもんなら……」
再び久我が口を挟んだ。
「いいえ、手術後の再検査では問題の出るような値は示されていませんでした」
「それならいいですがな。ディレクター殿のご推薦だ、腕の方は問題ないとは思ってますがな」
「スタンバイよろしいか?」
トレーナーの声に現実に引き戻された木津は、計器盤に眼を走らせる。全ての計器は次の木津の操作を静かに待っている。
「ようそろ」
「はい、それでは計測開始します。ゼロ速度で一ステップずつ変形してください」
つまらん、と思いながらも木津はレバーをすばやく動かす。
体には軽く引っ張られるような力を、耳にモーターやアクチュエータの動くかすれたような高音を感じる間もなく、木津は計器盤の表示に、車体がWフォームの状態にあることを認めた。
ややあって、トレーナーの声。
「……はい、計測OKです。次どうぞ」
木津の手が再び動く。
同じような音と、さっきよりは強い力が木津を襲い、そして立ち上がった朱雀は乗員の無事を示すように右手を振ってみせていた。
「ふむ……まあこの程度ではなあ」と阿久津。「何とも言えん」
トレーナーは全く調子を変えずに。
「……はいOKです。それでは逆をお願いします」
木津はコクピットでシートベルトに固定された肩をすくめた。
再びWフォームへ、そしてRフォームへ。 何の問題も起きなかった。
「……OKです」とトレーナー。「数値的には、平均して当初予測値の七〇パーセントのショックに留まっています」
それを聞いた久我が阿久津に頭を下げた。
「お骨折りに感謝します」
「いや、これからです」
木津の声がモニターから聞こえてくる。
「続行には問題ない値か?」
「数値的には問題ありませんが、体は大丈夫ですか?」
「こっちも全く問題なし」と言う声は少し浮かれ気味でさえある。「気分が悪いとすれば、こんな停まったままでちんたらやってるせいだろうぜ」
「了解しました」淡々とトレーナーは応じる。「それではこのまま続行します。次はコースで、定速走行からの変形です。五〇、一〇〇、二〇〇、三〇〇の四段階、三周走行毎に一段の変形で願います……」
木津はゆっくりとS−ZCをコースへと移動させる。そして全ての車輪がコースに乗ったと同時に、ペダルをくっと踏み込む。
指示された最初の速度に至るまで、ものの二秒とかからない。しかしこの速度だと、コースが何と長く思えることか。
退屈を催すほどの時間をかけて、木津は三周目の最後のコーナーを回る。そしてレバーに左手が。
まるで停止中と変わらない様子で変形がこなされていく。
変形し、コースを回り、また変形を戻す。
最初の設定速度での計測が終了すると、スタート位置に戻った木津がいち早くトレーナーに結果を尋ねてくる。
「ショックは予測値の六八・二パーセント。ドライバーの身体への影響は何ら見られません」
それを聞いた木津はつぶやく。
「まだまだ」
が、それと同時に、全く同じ言葉が阿久津の声で聞こえてきた。
木津は舌打ちすると、
「次行くか?」
同じプロセス。ただし速度は倍。
テストを見つめる阿久津の目が、さっきまでより少し鋭くなった。
見つめる久我と阿久津の前で、淡々と進行を促すトレーナーの声をバックに、平然とS−ZCは朱雀に、朱雀はS−ZCに姿を変えていく。
「……はい、OKです。ショックは前回比マイナス二・五ポイント、身体への影響も皆無。次行けますか?」
「行くさ」
さらに速度は倍。
久我の眉根がわずかに寄る。
阿久津はその視線の鋭さをさらに増している。
二組の視線の前で繰り返される変形のプロセス。それは速度の倍増を何ら感じさせるものではなかった。それどころか、変形の動作が徐々に滑らかさを増してくるようにさえ見える。
視線はそのままに、阿久津が口を切る。
「彼が変形をこなすのは、今回が実質初めてでしたな?」
「そうです」と同じく眼は動かさず久我。
「……使えますな」
阿久津の言葉と当時に、その目の前でWフォームからRフォームへ戻って、S−ZCが停まった。
「どうだ?」
「少々お待ちください……はい出ました。安定してますね。前回とショックについては同じ値です」
「変形の時間は?」
「……はい、順に……」
「数字を聞いても分からないぜ。青龍と比べてどうだ?」
「ほぼ一割増しだ」と言う阿久津の声が、木津のヘルメットの中に入り込んだ。「朱雀は図体が一回り大きい分、わずかな操作の遅れやずれが響くようになってしまっとる。その上に、今は変形速度を抑えてもある」
「一呼吸は遅れるのか……」
「だがな」と阿久津。「一割増しというのは、今落としてある速度の、計算上の数字とどんぴしゃりだ。実機でやれば、さっきの話も含めて普通はさらに遅れるはずだ。そこをお主はまるまるカバーしてしもうた。見直したぞ。さっきは失礼したな」
久我が阿久津の口元を見つめている。冷静な、それでいて自信に満ちた目で。
「そりゃどうも」木津が応える。「だが、まだ最後の一セットが残ってるし、それに中間抜きもやってないぜ」
「ふむ」
「次が本ちゃんだ。スタンバイいいか?」と、今度は木津からトレーナーに。
「いつでもどうぞ」
「おっしゃあ!」
木津のつま先が、S−ZCを指示速度まで一気に加速させる。
かかるGに、コクピットの木津の口元は思わず緩む。こうでなけりゃ。
一周、二周と、猛烈な速度で周回するS−ZCが、三周目の最終コーナーを立ちあがって来る。
計測機器を見つめるトレーナーを別にして、久我も、阿久津も、高速で接近する赤い車体を注視している。
コクピットでは、木津の左手が変形レバーへと移される。
「……やる気ですかな」と阿久津。
「え?」
久我が振り向きかけたその時、赤い影がコースの上に躍り上がった。
「Mフォームに?」
「やっぱりやりおった」
だが阿久津の予想はその先にまでは至っていなかった。
コースを囲む右手のフェンスを越える高さまでジャンプした朱雀は、上体をねじって左腕の衝撃波銃をフェンスの外へ二発放ち、膝を軽く折って着地すると、一呼吸おいて再びジャンプ、今度はフェンスを跳び越えて外へ出て行った。
「使いこなしてますな」
納得したような阿久津の言葉に耳も貸さず、久我は立ち上がってインタホンに手を伸ばした。
「M開発部の久我です。テストコースの外に異常が……」
「これだぜ、その異常ってのは」
またもフェンスを跳び越えてコースへ戻って来た朱雀の右手に、小さな円盤のようなものの残骸があった。
「どうやって飛んで来たんだかね」
「ホヴァ・クラフトか」一目見て阿久津は言い当てる。「底から空気を吐き出して動くんだ。だが、多少の高度でも安定性を保つのは難儀な代物だ。相当いい造りと見た」
「おまけに」朱雀が残骸をひねくり回す。「カメラまで仕込んであるぜ。こいつぁ覗き用だな」
残骸に向けられていた朱雀の顔が、試験管制室の窓ガラスの向こうにいる久我にくいっと向いた。
「こいつも、『ホット』の手か?」
会議室、と言うよりはブリーフィング・ルームと呼んだ方が適当かも知れない部屋。
執務室に続くドアが開くと、長円形のテーブルを囲む六対の眼が一斉にそちらへ向けられる。
入って来た久我はその視線を一渡り眺め返すと、
「お揃いですね?」
と言いながら腰を下ろした。
「では始めます。最初にチーム編成の変更についてお話しておきます。本日付で、正式に木津仁さんがMISSESのメンバーとなりました」
「ミセス?」と木津は隣に座っている峰岡に尋ねる。
「M開発部で、実際にVCDVで出動するグループのことです」
「また何かの略?」
「確か、MISSION EXECUTION SECTION だったと思います」
「はぁ、なるほど……また妙な」
聞こえているのか聞こえていないのか、その小声でのやりとりに構わずに久我は先を続けた。
「ただし木津さんはLOVEの職員ではありませんので、客員テストドライバーという扱いになります」
そう言うと、久我は木津にちらりと視線を投げた。
「結構だ」と木津。
久我は軽くうなずく。
「木津さんの使用車種はS−ZCです。運用時呼称は『キッズ1』」
木津は肩をすくめる。結局そうなったか。
「1ということは」峰岡の向こうに座った安芸が口を切る。「今後近いうちに増補の計画はあるんですね?」
木津の向かいにいる阿久津が、おどけた口調で答える。
「今二号機の製作中なんだがね、何分にも家内制手工業の世界なもんでな」
例によって峰岡が吹き出す。
その正面で、全身包帯とギプスだらけのまま車椅子に座っている男もつい笑ってしまい、それが骨折にでも響いたかすぐに顔をしかめる。以前の出動でS−RYごと武装暴走車に吹き飛ばされた小松という男だろう。
これはにこりともせず久我が引き取って、
「ロールアウトが正式に決まり次第、再度編成を行います。それまではキッズ1は単機での出動もしくはマース・チームのサポートの任に就いていただきます」
「完全に統一行動としない理由は?」と再び安芸。なかなか細かい男だ。
答えたのも再び阿久津。
「S−ZCの性格だよ。実際の運用を念頭に置いたS−RYに比べて、あいつは実験的な色が強い。性能が、いわばところどころ突き出してて丸く収まっとらん。そういうじゃじゃ馬は、とんがったところを要所要所で使ってやるのがいいんだよ」
「それじゃ木津さんはじゃじゃ馬ならしですね」
くすくす笑いながら峰岡が口を挟む。
「マース・チームですが」
相も変わらずお構いなしに久我は本題を進めていく。
「小松さんの負傷でマース2が現在欠員になっています。車両は改修が完了していますので、当局への導入の第一歩も兼ねて、当局から一名出向していただきました。結城鋭祐さんです」
木津の対角線上にいた、見たことのない若い男が立ち上がって頭を下げた。
「結城です。あちらでは高速機動隊に所属していました。よろしくお願いします」
「結城さんにはトレーニングが完了し次第任務に加わっていただきます。あと一週間程度で完了と聞いていますが」
結城は無言でうなずく。
「それにしちゃ」木津が口を開く。「俺とはシミュレートでかち合わなかったな」
「スケジュールがずらしてありましたから」と簡単に久我は答え、「以上でチーム編成の件は終わります。何か質問はありますか?」
「一つよろしいですか?」と末席から声があがる。結城だった。
「S−RYの運用可能なものは四機あると聞いていますが、なぜ全員がS−RYを使用しないのですか?」
こいつ、俺一人が朱雀に乗ってるのが気に食わないらしいな。木津は結城の表情を見てそう思った。
「先程木津さんは客員テストドライバーとお話ししました。実際に出動任務にも従事していただきますが、それを介してS−ZCの各種性能面のデータを取得するつもりです。その意味でS−ZCを運用します」
「分かりました」
「あとはよろしいですか? では次に移ります。先日テストコース付近に盗撮目的と見られる機体が飛来しました。その折にコースにいたS−ZCの変形プロセスを撮影、送信したものと思われます」
「俺の墜としたやつか?」と木津。
「はい。木津さんがこれを破壊、残骸を回収して調査したところ、今回も『ホット』の痕跡が残されていました」
「やっぱりか!」木津が声を張り上げる。
「『ホット』とは?」結城が問う。
「当局の手配ファイル上では、甲種八八〇八番一〇九三一号と記されています」何を見るでもないままにすらすらと久我。
「甲種手配対象者ですか……どういう人物なんですか?」
「それは俺も知りたかった」木津の声が高くなった。「知ってるのは『ホット』ってぇ通り名と、その由来程度だからな。奴が他にどんなことをしてるかぐらいは知っておきたいもんだ」
峰岡が木津に向いて
「他に?」
「では先に申し上げておきましょう」久我が話し始める。「昨日当局から私たちに宛てて正式に指示がありました。私たちの主任務は武装暴走車群の鎮圧と、その指揮をとる甲種八八〇八番一〇九三一号の捕縛です」
「捕縛ね」木津がつぶやく。
「すると」と、これは安芸。「当局は武装暴走車の全てが『ホット』の配下にあると判断したんですか?」
「そのようです。特に実体弾を使用する重砲の供給など、通常のルートでは考えられませんから」
「銃火器の取り扱い違反があるのですね。その他にはどのような触法行為を?」
結城が当局出身らしく尋ねる。
「『ホット』本人が直接関与していると思われるものは、騒擾及び企業団体を目標とした破壊活動が中心です。ただし脅迫等を行ってきたことはなく、何の目的でそうしたことを行っているのかは不明です」
木津は腕を組み、
「奴個人のプロフィールは分かってないのか? それから、ホット・ユニットを積んでるってのが分かってるのに車種が全然話に出てこないってのも腑に落ちないな」
ここで初めて久我の答えがすぐに返らなかった。
「残念ながら、そのような情報はほとんど得られていないというのが事実です。ただ私たちがこれまで『ホット』の関与を判断してきた要素はいくつか集まっています。まずホット・ユニット搭載車両の使用。これは音や排気、排熱の残存から判断します。それから関連する車両機器類には必ず独特のマーキングが入っています」
久我が手元のスイッチを入れると、テーブルの中央に立体映像でそのマーキングが映し出された。
緋色と黄と黒で塗り分けた菱形。
「いつ見ても趣味悪いですよね」峰岡が言う。「センスないなぁ」
「俺が墜として見たときには、こんなの無かったと思うんだが」
「車両の場合、大概はエンジン部にこれが付いています。大きさは三センチ×二センチ前後」
「外からは見えないわけだ」
「パワーユニットに記してあるのは、ユニットを自製しているからなのでしょうか?」奥から結城の声。
「ユニットだけじゃなく、車体や火器も自前のようです」安芸が口を切る。
「ずいぶんと豪勢なことだな。それでいてアジトの類も見付かんないのか?」
木津のこの言葉の最後に、ポーンというインタホンからの呼び出し音が三回続けて重なった。
聞き付けると同時に、マース・チームの座った椅子ががたがたと音をたてる。
立ち上がった二人に目をやると、久我はインタホンのディスプレイを見る。
「何だ?」
木津の問いに答えるかのように、久我がディスプレイに表示された文言を冷静に読み上げる。
「武装暴走車八、輸送車二、ルートE181を北上中。武装暴走車中一に熱源を認む」
次に音を上げて倒れたのは木津の椅子だった。
「おいでなすったか」
「またダミーかも知れませんよ」安芸が制するが、木津は
「自分の目で確めるさ」
と言うと、久我へと振り向いた。
「マース1、マース3、並びにキッズ1出動。目標はこのLOVEです」
「何で分かる?」
「E181は、ここへの最短コースです」と峰岡。
「なるほど」
「指揮はマース1に任せます。キッズ1は付随する輸送車に当たってください」
久我の指示が飛ぶ。
「了解だよ」と木津。「行くベぇ、お二人さん!」
会議室から出た久我は、例の通りデスクのディスプレイ・スクリーンを開くと、黒いタイト・スカートの裾を捌いて、その前に腰を下ろした。
後ろからは結城と、そして阿久津の視線。
「開発主管としては、やはりS−ZCの本当の初陣は見せていただきませんとな」と言いながら阿久津はそこに立った。
うなずいた久我は結城へと振り返ると、静かに、だが聞く者には重く感じられる口調で言った。
「これからお目にかけるのが私たちの任務です。そしてあなたにも求められているものです。よくご覧になっておいてください」
メイン・キー・カードをスロットへ挿し込み、スタータ・ボタンを押す。
ヘルメットのバイザに、計器盤からの光が映り込む。
スピーカからは峰岡のはじけた声。
「マース1、スタンバイOK!」
応じて安芸のよく通る声が、そして木津のややかすれた声が、同じく準備の完了を告げる。
「目標の現在位置をお願いします」
「コース保持、速度二〇〇で接近中です。同速でコンタクトまで四分」
「了解、行きます!」
次の瞬間、青、青、赤の三つの車体が加速度の中に溶け込む。
「いきなりこの速度なんですか」と、画面に見入りながら、結城がうなるようにつぶやく。「加速の性能は、当局で使っている車両とは比較になりませんね」
その横で阿久津がにやりとする。
「しかし」続ける結城。「あれだけの訓練で使いきれるものなんですか? それに当局に本格的に導入するとなると、シミュレータの設置だけでも大変だと思うのですが」
「使いきれるかどうかはご覧になってください」振り向くこともなく久我が言う。「この三名はいずれもあなたと同程度の訓練しか受けていません」
「それにしても、十台を相手にこちらは三台きりですか?」
「三対二十一の実績もあります」平然とした久我の口調に、結城は腕を組んだ。
「インサイト!」
峰岡の声がヘルメットの中で跳ね回る。
「良く見えるな」つぶやく木津の目にも、間もなく相手の群が入って来た。
群れ、いや、今はっきり見て取れるのは、暴走車とは釣り合わないニ両の大柄な輸送車だけだった。しかし峰岡はさらに言う。
「体制は……先頭三のトライアングル、次に輸送車二、脇と間に残りです」
その言葉が終わらないうちに、向こうから白やオレンジ色の閃光が。
左、右、左に散開するマース1、マース3、キッズ1の間に弾痕が散る。
「ご挨拶終了……か?」と木津。
「長いエモノを持って来てますね」と、これは安芸。「この距離まで届くとは」
さらに峰岡の声が飛ぶ。
「マース3、遊撃で援護射撃。頭はあたしがおさえます。キッズ1は輸送車を鹵獲」
「ほいよ」
木津の答えに誘われたかのように、再び砲撃が始まる。
「散開!」
号令一下、安芸のマース3はWフォームに変形し、速度をそのままに衝撃波銃の照準を輸送車の脇を走る暴走車の一台に付ける。
すれ違いざま後ろから狙い撃たれたその暴走車は、大きくはじけて前に飛び出す。
青龍に変形したマース1がジャンプしてそれを跳び越え、先頭の三台に向けて、いつものように上から衝撃波銃を乱射する。
三台は散開して回避。その後に列を乱すことなく並行して走る、コンテナを積んだ輸送車と、その間にもう一台。
木津は安芸と逆のサイドへ回り込む。
正面に飛び出したキッズ1に、暴走車は一連射を浴びせる。が、一瞬早く変形した朱雀はその頭上を跳び越え、青龍同様に左腕に仕込んだ、だが青龍のそれよりも威力を増した銃をニ連射。ひとたまりもなく擱坐する二台を背に、朱雀はキッズ1に戻って着地、スピン・ターンで、なおも走り続ける輸送車の後ろに付ける。
「確かにすごい……」
結城は思わずつぶやいた。
だがそれを聞いたのか聞いていないのか、久我は「K−1」即ちキッズ1のカメラの画面を見つめながら、独り言のように言った。
「あのコンテナが気になりますね」
「奴はどこだ?!」
コクピットで木津が叫ぶ。
武装暴走車一に熱源を認む、そう久我は言ったはずだ。だが自分の潰した二台、安芸が狙撃した三台、そして峰岡の擱坐させた二台、そのいずれもがコールド・モーターを積んだ車だった。
残る一台は相変わらず輸送車の谷間で走っているが、そこからはホットの熱も、音も伝わっては来ない。
「畜生……またダミーかよ」
舌打ちしながら、木津は脇のレバーへと手を伸ばす。
追尾していたキッズ1は朱雀へと変形し、速度に乗って右側を走るコンテナの上に飛び乗ると、腹這いになって残りの一台に一発撃ち込む。が、その一撃は路面に小径のしかし深い穴を開けただけだった。残党は木津の攻撃を察していたかのように急に後進を、次いでスピン・ターンをかけ、全速と思しき速度で一目散に逃げて行く。
「何だありゃ?」
と後ろを振り向く朱雀の機体が、いきなりコンテナの上で跳ね上がる。
「誰だ! いきなりこいつの足を止めたのは? お茶くみかぁ?」
「峰岡ですぅ!」
それをよそに、安芸はそうでないことを見て取った。
二台の輸送車が同時に急停車したのだ。
だが、それきり動きはない。
峰岡も乗機を青龍に変形させ、警戒の態勢を採る。
安芸の青龍が、拳銃でも構えるかのように左腕を上げながら、もう一台の輸送車の運転台に近付き、中を覗く。
「ドライバーがいない?」
その声と同時に、木津は自分が乗っているコンテナの中に、かすかに、重い金属音を聞いた。それが摺動音へと変わった時、本能的に木津はコンテナから飛び降りた。
その直後、コンテナの天井をぶち抜いて、火柱が上がった。
炎の色は、画面を見つめる久我の頬を染め、阿久津と結城を瞬かせた。
「何だ……?」
「爆発じゃない、これは砲撃だ」と、跳び退りながら安芸。
峰岡が火柱の上がったコンテナめがけて連射する。鈍い音をたててわずかに亀裂の入った外壁から、何かが動く気配が感じられる。
天井の破孔から漏れ出す摺動音とモーター音は、音量を徐々に高めてくる。
だしぬけに、両方のコンテナが、ゲートを全開した。
「こいつは!」
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