2010.11.10 着手 / 2010.12.xx. 完了
拭き漆工房 翠簾洞 素舟齋
亡くなったご主人の遺愛品という、古びて漆が剥げ掛かり一部欠けてもいる椀の修理を頼まれました。何も絵を書いていない無地の黒椀で内側は朱塗りでした。木を削って当てるほどでもない「欠け」ですが、錆漆を厚く塗る必要があり、錆漆の表面を周囲のカーブが付いた木地と段差が出ないように、しかも平らに仕上げるのに日数を要しました。また古い朱色との色合わせにも苦労しましたが、結局日が経てばかなり同じ色に近づくだろうというところで妥協しました。
10.11.08.
知人からの依頼で外が黒っぽい透き塗り、内側が朱色無光沢の木椀の修理を引き受けた。
亡くなった旦那の愛用品ということで、縁の1箇所の剥げ落ちたのを補修する依頼だった。
剥げ落ちた傷の周囲を、爪を立てて浮いた漆を落とした。しっかりした木地が出ている。
木地も塗りもかなり良さそうだが、縁の布着せはやっていなかった。
高台の付け際には漆が剥げたようなひどい汚れが、すっかり一周して付いていた。
しかしこの汚れは熱湯に浸してからスポンジでこすったら綺麗になり、目立つ傷はなかった。
10.11.11.
瀬〆漆に砥の粉を練り込み(錆漆)、指で剥げた部分に埋め込んでおいた。一度では平らにならない程度に控えめに塗った。
10.11.12.
錆漆は、まあまあよく出来た。
縮緬皺の表面には砥の粉のブツブツも見えるが、これは想定通りだ。
はみ出た黒い皮膜はサンドペーパー#1500で磨いて綺麗に取れたが、周囲がサンドペーパーの傷跡で白くなってしまった。
10.11.15.
今日までに錆漆の上に木地呂漆を2回塗り、その上に梨子地漆を1回塗った。
木地呂漆のあと漆を研ぎ出したかったのだが、研ぐべき範囲が小さすぎて砂研紙を使うことが出来ない。
木賊で磨いて大きな凹凸は取れた。
左は使った木賊の折れた茎。
今日、梨子地漆のあとを木賊で研いだ。これがとてもうまく出来た。
矢張り昔からの遣り方は間違いがないものだ。
10.11.21.
縁が少し欠けていた。
今日までに4回ほど梨子地漆を面相筆で薄く塗っては磨きを繰り返して、修理箇所の凹みを盛り付けた。
まだ凹みがあるので更に同じ作業を繰り返して行く。
10.11.22.
木賊で縮緬皺を研ぎ出した。
昨日の漆は、凹みに少し漆を置きすぎてやや縮緬皺状のムラが出来た。
ここを木賊で磨きまた梨子地漆を塗っておいた。
10.11.25.
椀の縁が心持ち厚く盛ってあるようだが、修理箇所は木地を磨いてしまったので盛り上がりがなくなっている。
そこで昨日は木粉を梨子地漆に混ぜて盛り付けておいた。
昨夕、半乾きの時に指で盛り上がりを調整して置いたが、今朝見ると縮緬皺ではなくて砂丘の風紋のような凹凸が出ている。
それをもう乾いたと思って木賊で磨いたら、全部落ちてしまって木粉漆を塗る前の状態に戻ってしまった。
そこで今日は木粉漆を諦め、梨子地漆単体を薄めずに塗っておいた。これを塗り重ねて地道に盛り上がりを調整することにした。
10.12.05.
今日までには何回も梨子地漆を筆塗りしたが、まだ地の厚みが均一になってはいない。
接写写真で見ると縮緬襞や漆の塗りムラも出ているが、もう12月に入ったことだし、この辺で朱漆を使った仕上げを考えた。
朱粉の黄口に僅かに赤口を混ぜて上朱合漆で練り合わせた。この朱漆を塗ると、椀の地色とかなり色調が近いが乾くとどうなるか楽しみだ。
これでまだ表面が悪ければ、朱漆の重ね塗りも考えられる。
10.12.06.
昨日塗った朱漆の色具合は現在は少し濃い目だから日が経てば丁度よくなるだろう。
正面から見ると漆表面の汚れや周辺へのはみ出しが汚く見える。
ここで一度油砥の粉、呂色漆磨き粉、角粉の3種磨きでしっかりと磨いてみた。
すると、下地の高いところが露出して黒い斑点になった部分もあり、写真で拡大して見るとまだまだ塗りが汚い。 それに縁には凹凸があって、唇に当たるとザラ付く。
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3種磨き後
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これでは不満足なので再度朱漆を掛けてみることにした。
10.12.07.
どうせ朱漆を掛けるなら少し研ぎ出しておこうと思い、木賊で軽く研いでみた。
凸部は削れたが同時に朱漆も剥げてきた。こんなに朱漆が薄くては実用しているうちに剥げてくるかもしれない。 拭き漆の要領で朱漆を重ねる必要がありそうだ。 しかし微量ずつ朱漆を練るのは難しい。そこで既製の朱漆チューブを初めて使うことにした。 |
10.12.08.
既製の朱漆チューブは赤口と記されていて、塗ってみるとその通り赤かった。
下地としてはこれで2回くらい塗ってみて仕上げは黄口を練って使おう。
10.12.09.
乾いてみるとこの朱漆は矢張りかなり赤が強い。
木賊の研ぎ出し後
色調を修正するために、まず木賊で極く軽く研いでから、また黄口に少量の赤口を混ぜて練った朱漆を塗った。
10.12.11.
9日に作った朱漆の残りを、昨日木賊で少し研いでから重ねて塗っておいた。
乾いたので見ると少し盛り上がっているし、表面に艶があるが均一ではない。
つまり期待したような出来ではなかった。矢張り仕上げ塗りは漉し紙を使わないとうまくゆかないのだろう。
木賊で研ぎ出し
新たに塗った漆が盛り上がっている部分を木賊で丁寧に研ぎ出した。
油を付け指で磨いた
そのために付いた生地の漆の傷を油を付けて指でこすった。
油を軽く拭き取り指紋を鑢代わりにして、指の腹で1分くらい磨くと、大分綺麗になったようだ。
続けて朱漆を塗った。
今回は漉し紙の上に朱粉(黄口と赤口を適量ずつ)を取りその上に上朱合漆を垂らして竹串で混ぜ、そのまま漉し紙を絞った。少量の朱漆を作るのに大変うまくできた。
10.12.13.
昨日塗った朱漆はうまく出来て表面の境界線もかなり良くなった。
朱漆を修復部位よりも若干広く塗って拭き紙で暈かしておいた。これが成功して修復した後が線にならなくなった。
ここで欲が出てもう一度ぬればもっとよくなると思い、昨日練った朱漆を拭き紙に付けて椀の内部全体を拭き塗りした。全体に良い艶が出て素晴らしくなった。
そこで補修部位を筆塗りして漆風呂に入れた。約2時間後漆風呂から出してみると、ムラがあって拭き塗りの跡が黒ずんでいる。
10.12.15.
朱漆の表面が滑らかではなく、指当たりも悪いのでもう一度朱漆を塗ることにした。
塗る前に木賊で磨いたらまた地色の黒が一部に出てしまった。この際、朱漆が剥げるのを承知で木賊で少し強く研ぎ出して、下地をなるべく平らにしておいた。
次いで、漉し紙に黄口と赤口を9:1位の比率に取り、上朱合漆を一滴落として練ってから漉した。この漆で塗ると、塗った直後は周囲と同じような色具合で殆ど分からないくらいだったが、三十分後には黒ずんで修理箇所がはっきり分かるようになった。しかし、やり直す前よりもずっと漆の表面が滑らかに見える。
10.12.16.
昨日塗った朱漆は色合いが丁度よかった。縁の暈かしも前よりずっと良いようだが、一寸暈かしがない部分もあり、拡大写真で見るともう一つダメを出したくなった。
昨日の漆が乾いたので、右隅の気になる部分に慎重に木賊を掛けた。
また朱漆を漉し紙の上で溶き漉して筆で少し広い範囲に塗った。拭き紙で周囲の方を慎重に暈かして拭いた。漆を塗った直後は色も暈かしも申し分なく、どこが補修部分か一寸分からない程だ。
しかし矢張り30分後には黒ずんではっきり修復部が区別出来る。
10.12.17.
昨日の朱漆はなかなかうまく出来たのだが、ちょっと縮緬皺が出ていた。
我慢するか否か迷ったが、よりよくしようと思って木賊で磨きに掛かった。ところがまだ漆が硬化していなかったので、縮緬皺の下から剥けてしまって、逆に穴が開いてしまった。
そこでやむなく朱漆を練って重ね塗りをしたが、穴の縁がうまく埋まらないので汚くなった。やり直しをしない方がよかった。失敗だった。
10.12.18.
昨日の直しの結果は矢張り凹みが出来ていて不十分だった。再度やり直しが必要である。
10.12.19.
昨日の結果を修正すべくサンドペーパー#800で凹みの部分だけに当たるように気をつけて研いだ。綺麗になり指先で触っても大分良くなった。
他の部分の凹凸の方が気になってきたので、今回の修理部分の全面を#800で極く軽く研いでみた。すると指触りがとても良くなり、目を閉じていれば修理部分の区切りが分からなくなった。
しかし目を開ければ重ねて塗った朱漆の層が津軽塗りのように渦巻いている。
漉し紙に黄口を取り次いで赤口を少し取ってその上に上朱合漆を垂らして串で混ぜて漉した。漉し紙から朱漆が濃淡ムラになって出て来た。ムラの中から色を選んで筆塗りしたが、均一に塗り、塗り際が土手状にならないように塗るのはとても難しい。研いだときのかすれ部分も塗ってから拭き紙で慎重に拭いた。
今度はどうしても修復部分の漆にも掛かってしまって筋状の跡が残る。何回かやり直してどうにか収めた。外見上はどこから修理の漆を塗ったのか分からなくなった。
4時間程経った。目視ではかなり綺麗に出来た。
10.12.20.
昨日の朱漆は概ねうまくできた。
唯1箇所一寸塗りが剥げて地色の朱が出たようなところがあったが、小さかったので磨きで修復出来ると思う。
10.12.21.
朱の色具合は日ごとに良くなった来た。
次は3種磨きでどこまで艶が出るかが問題だ。
10.12.23.
今日仕上げの3種磨きをやった。
左側部分には朱漆が修理範囲から少しはみ出ている。
修理の漆がはみ出ている左側部分は、油砥の粉で力を入れずに回数を多く磨き込んで生地の漆を出した。
その間全体にも自ずから磨きが掛かり全体に艶が出て来た。
それから呂色磨き粉も角粉も軽目にしかし回数を多く磨いた。
これで自分では精一杯のところだと思うので、完成とする。
今日はたまたま冬至に当たった。