「翠簾洞漆工集」修理之部 漆工索引 翠簾洞ホームページ入口

00完成外観

ちゃびつ        
 茶櫃の再生 R0


拭き漆工房 翠簾洞 素舟齋 

長い間打ち捨てられて埃と泥にまみれ、胴に木目の罅割れさえ出来ていた古い茶櫃を貰い受けて、罅を塞ぎ、拭き漆を掛けて見事に再生させました。修理品中の傑作と自負しております。

目  次

1.補修までの経緯

    外側の漆塗り
     ◎蓋の補修

2.蓋の絹糸巻き

3.蓋の漆塗り

4.木は生きていた

     ◎胴の補修

5.胴の絹糸巻き(1本目)

6.胴に巻いた絹糸の漆掛け

7.罅を塞ぐ

8.漆塗り(地塗り)

9.漆塗り(中塗り)

10.胴の絹糸巻き(2本目)

11.漆塗り(上塗り)

    内側の漆塗り

12.内側の状態

13.底に布着せ

14.蓋裏の箱根の彫り物

15.仕上げ

罅が入っている古い茶櫃を「工芸品」にしたい

 
 

工作用のジグを作り、蓋に絹糸を巻く

蓋の外側全面に漆を塗った

気候により罅が拡がったり塞がったりする

 

鉢巻きして罅を締め付ける構想を立てた

絹糸に漆を塗ると絹糸が箍のように締め付けていく

罅の隙間に漆を注ぎ込んで接着しながら塞ぐ

下地漆を塗って材の表面を保護し、次の漆に馴染ませる

胴側面に中塗りを重ねて色相を整える

胴に2本目の絹糸を巻く

胴の側面に拭き漆を繰り返す

 

蓋の裏には絵が彫ってあり、櫃の底は節が多い

小節を隠すには布着せがよい

彫った凹みを平らに埋め込む

ダメ出しと仕上げ


1. 補修までの経緯

2002年だったか、益子にある関谷興仁先生の朝露館で物入れに使っていた 古びて泥の中から掘り出したような汚れた茶櫃があったので、ねだって貰ってきた。工芸品に見るような漆塗りの「道具」を作ってみたいという気持ちからであった。

ところが、胴の縁に今にも欠けてしまいそうな大きな罅が見つかり、図らずも大半の作業はこの罅の補修に費やされることとなった。だが一方で、それはいろんな工法の大事な経験にもなった。

箱根の彫り絵
01彫り絵



 茶櫃を家に帰って水洗いしてみると、蓋の裏に富士や芦ノ湖などの絵が彫り込んであり、右上には「箱根」の文字もかすかに読めた。欅の一木を刳り抜いたずっしりと重厚な造りで、昭和初期の箱根土産なのかと想像している。

欅の木地の乾燥が足りなくて底の厚みに引っ張られたためか、胴の方には木目に沿って直径方向の上縁から底まで通っている大きな罅が、片側に1本と反対側には2本入っている。

隙間が見える大きな罅
02罅割れ1

罅が1本の方は光が透けて見えるほどの隙間もある。

今にも割れそうなV字形の罅
03罅割れ2



反対側の2本の罅はV字形に入っていて縁がグラグラしている。


ここを持つと割れてしまいそうだ。

こんな罅でも絹糸を巻いて絞めれば繋がると判断したが、丸みを帯びた外側に絹糸を巻き、その絹糸を絞めるというのは至難の業である。

その対策に頭を悩まして、長い間放置していた。

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2. 蓋の絹糸巻き

[2003.02/03]

蓋の方は磨くと一応綺麗になったので、生漆 注1)で地塗りをした。

注1) 生漆:キウルシ。漆の樹液を採取後、ゴミを濾過した漆。 主に木地固め(地塗り)、拭き漆などに用いられる。

更に、胴には絹糸を巻くのだから、蓋にも巻いておかないと一組にならないと思い、また胴に絹糸を巻くときの手慣らしにもなると考えた。

しかし、これだけ大きな円周に絹糸を巻くには、手持ちではとても不可能である。

04車軸ジグ

車輪状の支持ジグ
06工房

  

そこで     
蓋を車輪状に支持するような
ジグを作った。

また、絹糸を巻き始めると蓋にも丸みがあるので、絹糸を引き絞るとズレて外れてしまう。

テープの間の
白い部分がキサギ
05キサギ


 キサギ 注2)をして表面を荒らせば絹糸のズレが防げるだろうと考えた。

注2) キサギ「刮ぎ」:削り落とすこと。こそぐこと。

蓋の絹糸巻き終了
07絹糸巻き

車軸ジグが役に立って、
指を切りそうなキサギも
なんとか終わったので、
早速 絹糸を巻いた。

08一休み



工房の一休み

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3. 蓋の漆塗り

絹糸に最初の漆塗り
09留め漆


 巻いた絹糸の上に生漆を塗り、ピンセットを大きくしたような「しごき鋏」でしごいて、絹糸に染み込ませる。

初めての研ぎ出し
10研ぎ出し


数日後    
漆がしっかり乾いてから
サンドペーパー#800で
軽く研ぎ出す。

漆塗り・乾燥硬化・研ぎ出しの工程を何回も繰り返すと、次第に絹糸の表面が滑らかになり、艶も出でてくる。

絹糸に三度目の漆塗り
(右は胴)
11絹絹糸塗り終了



蓋の表面には梨子地漆で拭き漆を数回繰り返した。

これで、とりあえず 蓋の表面は作業完了 とする。

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4. 木は生きていた

[2004.12.28.]

戸棚の上に置いたまま埃を被っていたが、年末の大掃除で何気なく見ると、勿論罅がなくなっている訳もないが、胴の上縁では割れ目の隙間が小さくなり殆ど繋がっていたので、これは絹糸を巻くチャンスだと思った。

思えば一昨年春から二年間放置していたことになる。温度や湿度で縁の円周が伸縮するのだろうか。

これまで、押せば割れそうな隙間を、絹糸を巻く前にどうやって閉じておくかが問題で、仕事が進まなかったのだ。

取り敢えず、蓋の絹糸巻き以来長らく放置していて壊れてしまったジグを、重い茶櫃の胴でも支えられるようにベニヤ板を貼って補強しておいた。

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5. 胴の絹糸巻き(1本目)

[2005.01.04.]

隙間が小さいうちに絹糸で締めてしまおうと、新年早々作業に取りかかる。

養生テープを貼る
12胴の養生


罫引きで絹糸を巻く位置と幅を決め、
その両側に養生テープを貼った。

しかし曲面になっているので、
あまり平滑には貼れなかった。

隙間が大きい1本の罅
13罅1本

V字型の2本の罅
14罅V


テープを巻いても  
罅には変わりがなく、
やはり大きな隙間がある。

キサギの代わりに絹糸を巻く部分を棒ヤスリで荒らして、絹糸が引っ掛かりやすいようにした。

絹糸巻き
15絹糸巻き

V字形の罅に掛かる絹糸
16V字形罅に絹糸


日が良く当たる
明るいところで
 絹糸を巻いた。

予想以上に
 うまく巻けた。

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6. 胴に巻いた絹糸の漆掛け

生漆を塗る際に使った道具
17漆道具

絹糸の上からテレピン油を塗り、生漆を薄めにして三回塗った。

一回目の生漆はそのまま絹糸に染み込んでしまった。

二回目はそれを補ってやっと漆が絹糸に乗った感じだった。

三回目は前回の斑を修正して平均化するように塗った。


 最後に割り箸で抑え付けるようにしごいて、絹糸に漆を馴染ませた。

はっきり残る1本の罅
18罅1本

V字型の罅も変化なし
19罅V


当然のことだが、
漆を塗っても
 罅には変化がなかった。

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7. 罅を塞ぐ

[2005.01.11.]

絹糸の漆は固まったが、罅の隙間は塞がらないどころか却って大きくなったようだ。

内側から見た1本の罅
20内側から見た1本の罅

内側から見たV字形の罅
21内側から見たV字形の罅



この隙間に
漆を流し込み
漆の接着力で
罅割れを固定して
 しまうことにした。

外側から見た1本の罅
22外側から見た1本の罅

外側から見たV字形の罅
23外側から見たV字形の罅

まず罅割れ部にテレピン油を十分に垂らし込み割れ目を湿らせた。
次に梨子地漆 注3)を多少薄めに溶いて面相筆で割れ目に染み込むようにたっぷりと塗りつけた。

注3) 梨子地漆:精製してやや黄色味があり、透明な、上塗り・研ぎ出し用の漆。

割れ目に染み込む漆(内側)
24割れ目に染み込ませた漆(内側から見た1本の罅)

割れ目にタップリ塗り付けた漆(内側)
25割れ目にタップリ塗り付けた漆(内側)



木地によく染み込むので
漆が足りなくなり
 4回も塗り重ねた。

染み込むと白くなる(外側)
26漆が染み込むと白っぽくなる(外側)

漆が染み込んだ跡は白い線になる(外側)
27漆が染み込んだ後は白い線になる(外側)


染み込んだ部分は
表面の漆が無くなって
白く見える。
テレピン油の下地塗りが
功を奏したようだ。

縁のところでは罅の両側が食い違っている。そのままで固まるといけないのでよく合わせておいた。しかし縁で合わせても、罅の中ほどは僅かながら食い違ったままになっている。

[2005.01.12.]

漆風呂に入れるときに、木が伸びるように櫃の底に水を張って湿度が十分に上がるようにした。

[2005.01.13.]

漆がすっかり固まった。見ると、罅がしっかり埋まっているばかりか、心配していた食い違いが縁も胴もピッタリと平らに繋がっている。

底に張った水のお陰で材が十分湿度を含んで、縮んでいた木目が拡がったのだろうか、目論見は見事に成功した。

[2005.01.15.]

内側の余分な漆を削り取った
(1本罅)
28内側の余分な漆を削り取った

内側の余分な漆を削り取った
(V字形罅)
29内側の余分な漆を削り取った


罅の周囲の余った漆を
ナイフの刃先で削り取ると
 隙間は塞がっていた。

外側の盛り上がった漆を
削り取った(1本罅)
30外側の盛り上がった漆を削り取った

外側の盛り上がった漆を
削り取った(V字形罅)
31外側の盛り上がった漆を削り取った


外側の盛り上がっていた漆も
削り取っておいた。

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8. 漆塗り(地塗り)

[2005.04.23.]

内側を研ぎ出して綺麗にした
(1本罅)
32内側を研ぎ出して綺麗にした(1本罅)

内側を研ぎ出して綺麗にした
(V字形罅)
33内側を研ぎ出して綺麗にした(V字形罅)


ナイフで削った後を
サンドペーパー#800で
綺麗に研ぎ出した。

絹糸に塗った漆の研ぎ出し
34絹糸に塗った漆の研ぎ出し

絹糸に塗った漆の研ぎ出し
35絹糸に塗った漆の研ぎ出し


更に、絹糸に塗った漆の
表面が荒れているので
櫃の胴体表面と一緒に
 #1000で研ぎ出した。

[2005.04.30.]

絹糸の鉢巻きの両端を養生テープで囲い、絹糸に漆を塗って、硬化を待ち、研ぎ出して、また漆を塗るという作業を、胴の地肌と同じくらい滑らかになるまで繰り返す。

[2005.06.10.]

大きかった1本の罅も塞がっている
36大きかった1本の罅も塞がっている

V字形の罅も塞がっている
37絹糸の表面が綺麗になり罅も塞がっている


何回か漆を掛けて
漸く絹糸の表面が
 滑らかになってきた。

[2005.06.13.]

胴の側面全体に梨子地漆を掛けた。稍薄目に溶いたが、よく吸い込むので漆を大分使った。

1本の罅は目立たなくなった
381本の罅は目立たなくなった

V字型の罅も殆ど判らない
39V字型の罅も殆ど判らない


漆を吸い込んだ分だけ
黒味が濃くなった。


ムラも多いが
初回の地塗りは
 こんなところだろう。

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9. 漆塗り(中塗り)

[2005.07.03.]

梨子地漆を拭き漆 注4)で、4回くらい中塗りを掛けた。

注3) 拭き漆:漆塗りの基本的技法。漆を希釈せずに刷毛塗りし、繊維が出ない専用の拭き紙で余分な漆を拭き取り、乾かす。これを数回繰り返すことで次第に艶が出てくる。「摺り漆」ともいう。

罅(1本)の段差が白く光る
40罅(1本)の段差が白く光る

罅(V字形)の段差が白く光る
41罅(V字形)の段差が白く光る


色ムラが
少し落ち着いてきたようだ。


罅割れはすっかり塞がっているが
指で触ると罅のところに
 ちょっと段差が感じられる。

[2005.07.28.]

罅割れは温湿度と関係があり、日ごとに段差が違うようだ。

胴ばかり色が濃くなってしまった
42胴ばかり色が濃くなってしまった

手付かずの胴の内部
45手付かずの内部


罅を隠そうとして
何回も拭き漆を
繰り返したので
蓋に比べて胴の色が
濃くなってしまった。

はっきり見える内側の1本の罅
43はっきり見える内側の1本の罅

はっきり見える内側のV字型の罅
44はっきり見える内側のV字型の罅


一方、内側はまだ
漆を塗っていないので
 罅がよく目に付く。

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10. 胴の絹糸巻き(2本目)

[2007.01.11.]

胴の絹糸巻きが蓋に隠れてしまうので、絹糸巻きをもう1本、胴の真ん中に2本目の絹糸巻きを入れるつもりでいた。しかしその位置を決めかねていて、徒に時間が経ってしまった。

養生テープを巻く
46養生テープを巻く


今回は養生テープで絹糸を巻く位置の見当を付け
罫引きで上下の線をマークし、その線に沿って
養生テープを貼った。

金鑢でキサギをした
47金鑢でキサギをした



金鑢(かなやすり)
養生テープの間をキサイだ。

養生テープを巻き替えた
48養生テープを巻き替えた



鑢の傷がついた養生テープを
巻き替えた。

これで絹糸を巻く位置がスッキリしたので、絹糸巻きに気が乗ってきた。

[2007.01.14.]

壊れていた絹糸巻きジグの支持板を貼り替え、久し振りに茶櫃の胴を付けて「車軸」ができた。

早速胴の太い方から絹糸を巻き始めたが、絹糸を引き締めると絹糸が細い方にずれてしまう。

試しに全部絹糸をほどき、逆に胴の細い方から巻いていくと、今度はうまくいった。

何しろ胴の直径が太いので、締めようと絹糸を引くと絹糸自体が延びてしまう。絹糸を締めると云うよりも、その位置に絹糸を置いていくという感じで巻くとよいようだ。

絹糸巻き完了
49絹糸巻き完了


 絹糸の重なりもなく、案外うまく巻けた。

絹糸の上に地塗りをした
50絹糸の上に地塗りをした


絹糸に水を打ち 
生漆を塗った。

[2007.01.15.]

生漆が硬化した後、サンドペーパーを使わずに直ぐそのまま梨子地漆を塗った。
 結果は上出来だった。

[2007.02.26.]

養生テープを剥がした跡に若干修正を要する部分があったが、何回か漆塗りとサンドペーパーの研ぎ出しを繰り返して、どうやら落ち着いてくれた。

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11. 漆塗り(上塗り)

外側の上塗りを終えた
51外観


 更に胴の全面に数回の拭き漆を掛けて色調を整え、梨子地漆での上塗りを終えたので、
 久し振りに「車軸」ジグを外した。


 ジグを外してみると
外観は見違えるほど綺麗になった。

これで 蓋も胴も 表面の塗りは完了 した。

さて、次の仕事は胴の内側の研ぎ出しだが、底の丸みを磨くのに、サンドペーパーを保持する適当なジグを思いつかないので、なかなか厄介な作業になりそうだ。

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12. 内側の状態

[2008.03.26.]

久し振りに工程を進めることになった。と云うのは関谷興仁先生が陶板作品の見事な図録「悼」を上梓したので、それに刺激を受けて忘れていたものを思い出したと云う次第だ。

棚から下ろして埃を払ってみると外側は漆が慣れて良い艶が出ているので一件落着とし、これからすぐ内側の塗りに掛かることにする。

蓋の裏には「箱根」の彫り物があり、その凹みをどう始末するか、まだ考えが決まっていないが、胴の内側は研ぎ出しが難しいとは言え、単純に塗ればよい。

この際、彫り絵がある蓋は後にして、とにかく胴の方から仕上げてしまおう。

茶櫃の内底には小節の凹凸がある
52茶櫃の内底には小節の凹凸がある

さて研ぎ出しに掛かろうとしてよく見ると、単純に塗ればよいと思っていた櫃の底だが、その表面には小節が幾つかあり、節周りには凹凸もある。

手持ちのサンドペーパーで研ぎ出したのでは、却って堅い節が盛り上がってしまって、平面にすることはかなり難しい。

また、茶櫃の底(内側)には茶碗などの糸切り底が当たることが多いと思われるから、綺麗に艶を出しても、却って傷が目立つだけになるだろう。

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13. 底に布着せ

底面にある節などの凹凸
53底面にある節などの凹凸


 茶櫃の底に梨子地漆を掛けたが、節の周囲に凹凸が目立つ。
 これではうまく研ぎ出しても、拭き漆に濃淡が出来る。

これを綺麗に始末するには、"布着せ" しかない。

丸く切った木綿布
54丸く切った木綿布





内径に合わせた型紙を作り、
木綿のガーゼに当てて一回り大きく切った。

[2008.04.04.]

生漆に大和糊を落とし、漆篦で練り込んで糊漆を作った。

周辺部の接着(内壁の黒いのは糊漆)
56周辺部の接着

布の貼り付け
55布の貼り付け


 底板に箆塗りしてから糊漆を塗った布を置き、篦で何回も気泡を押し出すようにして貼り付けた。


 やってみると篦で糊漆を均一に塗り付けるのは案外難しい。

[2008.04.05.]

中央は切り取った布の耳
57切り取った布の耳

布の表面は思ったよりも早く固まった。

襞になっている部分が気になり、
 小型のカッターを底板に寝かせて、
 高さを揃えるようにして周囲を切り離した。

刃先を折って先端のよく切れる部分を使ったので、
 布の立ち上がりを揃えて、綺麗に切ることが出来た。

[2008.04.09.]

58内側から見た1本の罅
内側から見た1本の罅

59内側から見たV字形の罅
内側から見たV字形の罅

布切りを終えてから、
切り端をサンドペーパーで磨き
梨子地漆を塗る作業を
3回繰り返した。

 内壁の木部にも底の布にも、梨子地漆を掛けておいた。側壁は拭き漆である。

[2008.04.11.]

着せた布の縁が平滑になるまで、サンドペーパー#320で水研ぎした。

さらに布の全面に梨子地漆を塗り重ねた。側壁も梨子地漆で拭き漆にした。

半日乾かして漆が指に付かなくなったので、布の表面を触ってみると、目視では判らないが、布の下に空気が入った浮き上がりがあった。万遍なく探っていくと、余り大きくはない気泡ばかりだが、何カ所も浮いている。

気泡を潰した布
60気泡を潰した布


 そこで気泡の真ん中で布を切って空気を押し出した。

底板に当たっている布の裏面はまだ漆が十分に固まってはいないので気泡は潰れたようだ。

[2008.04.15.]

布面を朱色にした
61布面を朱色にした


底の布面に朱漆を掛けた。

[2008.04.20.]

黒漆を塗った内側の立ち上がり
62黒漆を塗った内側の立ち上がり

内側の立ち上がりには呂色漆(黒漆)を2回塗った。

良い艶が出てきた。

朱漆の重ね塗り
63朱漆の重ね塗り

[2008.04.20.〜27.]

布面には朱漆を繰り返し塗った。

朱漆は拭き漆にした。

布に出来た島
64布に出来た島

島が黒く出てきた
65島が黒く出てきた

拭き漆の研ぎの際には 
潰しきれなかった気泡なのか
 島が出てきた。
拭き漆を繰り返していると
 次第に島がはっきりしてきた。

島は目視では分からないが 
指で触れると感触が違うので
 よく判る。


 根来塗りのように中塗りの黒が出るまで研ぎ出すつもりだったが、島があるのでざっと磨いて止めておいた。

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14. 蓋裏の箱根の彫り物

66蓋の内側に残る箱根の彫り絵

蓋裏にある「箱根」の彫り物の始末については、そのまま漆任せに黒い凹凸にしておくか、朱を混ぜたウッドエポキシを塗って平面にし、朱色象嵌にしてしまうか、それとも金色がよいか等々、いろいろと考えられる。

錆漆で彫り絵を埋めた
67錆漆で彫り絵を埋めた

[2008.04.11.]

いずれにせよ手で触ったときに絵の凹凸があるのは面白くないので、とにかく錆漆 注5)で平坦にしてしまうことにした。

注5) 錆漆:水で練った砥の粉を生漆に混ぜ粘土状にしたもの。錆漆を篦で素地に塗ることを錆付けと言い、この下地を錆地と呼ぶ。錆漆で書いた絵は錆絵という。

漆と錆を等量くらいに入れたが、彫った跡はかなり深いので、恐らく錆漆が凹んでしまうだろう。

砥の粉が少量の錆漆を塗った
68砥の粉を減らした錆漆を塗った

[2008.04.13.]

懸念したとおり、錆漆には凹みがあった。

そこで、凹みの深浅に対応するように、砥の粉を少量にした錆漆を作り、篦で垂らしながら置いていった。

翌朝見ると、錆漆が厚くなっている部分に縮緬皺が出来たので、完全に硬化するまで1週間くらい掛かりそうだ。

[2008.04.15.]

錆漆を塗ってから3日が経ったが、縮緬皺になった錆漆はまだ硬化が終わっていない。

[2008.04.20.]

錆漆後の研ぎ出し
69錆漆後の研ぎ出し

錆漆はすっかり硬化したところで、板貼りしたサンドペーパー#240で水研ぎをした。

木地が白く出るまで研ぎ出した。却って綺麗になったようだ。

一方「箱根」の「箱」の字が消えてしまい、「根」も字には見えず一部の画だけが模様のようになってしまった。絵と字は彫り師が違うのか、文字だけは彫りがとても浅い。

地塗り後
70地塗り後

[2008.04.27.]

研ぎ出しがきつかったので木地が稍 毛羽立ってしまった。サンドペーパー#600で研ぎ出してから、薄めた梨子地漆で地塗りをした。

塗ってからまだ毛羽が取れていない部分が沢山あることが判った。更に下塗りの必要がある。

[2008.04.29.]

サンドペーパー#400を板に貼って磨いた。毛羽立ったところを狙ったが全体に研ぎ出す形になった。

1回目の下塗りをした
711回目の下塗りをした


 梨子地漆を薄めないで拭き漆した。

まだ滑らかになっていない部分があるので更に拭き漆を繰り返す必要がある。

[2008.05.01.]

彫り絵を#600で水研ぎした。空研ぎよりもずっとよく切れる。

[2008.05.02.]

彫り絵の凹みに
ダメ押しの錆漆を塗った
72彫り絵の凹みにダメ押しの錆漆を塗った

蓋裏の水分が乾いたので錆漆を付けた。前回使った錆は研磨用の砥の粉を乳鉢で摺って使ったのだが、粒子が粗くて研ぎ出したあとに凹凸が出来てしまった。

今回は錆漆用の砥の粉(ずっと微粉末になっている)を買ってきて使った。

錆を多く入れたが、篦で塗ったときに全くざらつきがなく滑らかに塗れた。

彫り跡は平らになった
73彫り跡は平らになった

[2008.05.04.]

蓋裏の錆漆を板貼りのサンドペーパーで水研ぎした。彫り絵は平らになった。やはり乳鉢で摺った程度の砥の粉では粒子が粗かったのだ。

水が乾いてから梨子地漆をテレピン油で稍薄めて伸ばしながら拭き漆を掛けた。

[2008.05.05.]

蓋裏にはまだ艶がある部分と無い部分がある。サンドペーパー#1000で研いでから、また拭き漆を掛けた。

ほぼ均一の艶になったがまだムラがあるので更に拭き漆を掛け、しかしあまり濃くならないように仕上げたいと思う。

蓋裏の完成
74蓋裏の完成

[2008.05.07.]

更に拭き漆を掛けた結果、漸く彫り跡も指に当たらなくなり、良い艶も出てきた。

ここで 蓋裏の仕事は終了 とした。

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15. 仕上げ

処理前の底
75処理前の底

[2008.05.05.]

底裏の中心部は刳り抜きで凹んでいるが、その部分は塗装してあるのかないのか判らぬくらいだ。

しかしこの凹部にも軽く拭き漆を掛けて、全体の調和を取ることにする。

[2008.05.06.]

底裏に現れた凹凸
76底裏に現れた凹凸

 

底裏を#1000で研いでから、梨子地漆を少し薄めて拭き漆を掛けた。研ぎ出してみると胴の裏底側は意外に凹凸があり、このまま拭き漆をしても均一の色は出ないかもしれない。

[2008.05.07.]

地塗り後、水研ぎ前の底裏
77地塗り後、水研ぎ前の底裏

 

底裏を板貼りサンドペーパーの粗面で中央部のムラが消えるまで水研ぎした。

乾燥後に触ってみると、木が毛羽立っている部分が判るので、更に板貼りのサンドペーパー精面で水研ぎした。

乾燥後梨子地漆を少し薄めて拭き塗りした。毛羽立っていた部分は矢張り艶がない。

3回くらい拭き漆を掛けた。

[2008.05.08.]

錆漆の修正
78錆漆の修正

蓋裏の絵模様は大分綺麗になってきたが、彫り絵の一部にまだ小さな凹みがあるのが気になってきた。

凹みがない部分はまるで墨で描いたように見えて、手触りがよい。

そこで、錆漆を作り筆で置くようにして凹みを埋めた。

[2008.05.13.]

胴の裏底側は若干塗りむらが見えるが時間とともに薄らぐだろうし、あまり漆が厚くなって木目が消えるよりも良かろうと思う。

落款
79落款


底裏の凹みの透き漆の地に、
朱漆で落款「翠」を入れた。

外 側
80外側

内 側
81内側

問題の罅は全く判らないし、 色も艶も満足がいく状態だ。

これで補修作業は完了とする。

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6年振りに完成しました

82出来上がり
320φ × 110h
-------------------- 2009.06.25. 作成 ・ 2012.01.18. 八訂 --------------------