vol 344:第1幕の終わり






神の存在は、人間にとっては目に見えず、

架空の存在と思われている部分も多い。

地球をできる限りの力で守っている。

神は神だからなんでも可能に出来るというわけではけしてない。

それを人間は知らない。

神を冒涜してるわけではなく、

神がなんでも出来るのであれば、

愛しい子、生き物の死を放っておくわけはない。

地球が滅びそうになっている原因は様々だが、

科学的には自然現象であったとしても、

そこに根拠があるようでない。

皆、神々の手の中。

俺たちは人として生きている。

まだ、何も終わってはいないからだ。

この物語が途中に感じるように、

俺たちも、世の中も途中でしか過ぎない。

はっきり言える事は、

神の力が弱まっている事。

それは心から信じる想いが堕落しているからだ。

そして愛こそ、本来の愛とは何かを知っている者が、

少なくなっているという事。

人を愛するという事の意味や理由を。

これらが全て神の活力になっているため、

それが堕落した現代では神の力は弱る一方。






人間が死を迎えて変わる姿が霊だ。

霊も基本は見えぬ存在。

ただ、死後の住人なだけで、神々とは別世界の場所の住人。

極楽や天国と言えば、

とても明るい場所に思える。

しかし極楽や天国という場所は、

神々の教えを学べる場所。

普通に生前、極楽や天国はなんでも叶う、

苦のない場所だと思って死を迎える人は多く、

だからこそ、いざ、極楽に行ったとしても、

合わず、この世に戻りたいと思う霊もいたり、

この世に未練がある霊が大半で、

黄泉の国の神々も頭を悩ませている。

俺たちの知らない世界でも、

俺たちの世界同様に悩みは絶えず、

いろいろな事がある中で、

今生きている人間、死んだ人間を、

それぞれの神々が必死で見守り、

良き道へと導く日々。

それを我々が気づかなければならない。









肉体へと戻り、あんなにいろいろしてきたことが嘘のように、

日常は普通。

普通ながらも地震に豪雨、おかしな気象に、

霊や闇の者との関わりは変わらず続き、

俺たちは目に見えない者の為、

目に見える者の為に、

またすぐに訪れる崩壊に向かい、

人間として今、目の前に来る出来事に対処してる。

俺が今なすべき事。

それは、人間へ本当の愛とは何かを教える事。

これが地球を守る神への活力になるから。

その活力を愛のエネルギーを、

たくさん神に与える為に、愛を伝道する。








第1幕  完  

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