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vol 278:煩悩
日本に戻ると、とくに何も変わらない日常が流れる。
仕事をし、家事に、勉強、修行。
この時に備えて、これをしろ!
なんてのがあればいい。
だが、そんなものは無く、
自分で思いつく限りの事をする術しかないのが現実。
天使や神様が出てくる映画のように、
お告げのようなモノも実際は滅多にない。
これ程、俺たちは神と近い存在なのに無いんだ。
日本に帰って直ぐ、お師匠の墓参りに行った。
お師匠はサタンに殺されたんだ。
だが、今やサタンは仲間だと言う。
受け入れる事実に必死について行こうとしてる俺。
「お師匠・・・貴方はこんな俺を認めてくれますか?。」
墓の前で声が出る。
俺たちの得なところは、
相手と想いが通じ合った時に、
その相手を感じる事が出来るということ。
まぁ、でも、さっき話たように、
神様や天使はなかなか。
でも、黄泉の国の住人は俺たちに近い存在って言えばいいのか。
生きた人間たちが死んで居る場所だからか。
人間に生まれた以上、
先の未来に必ず行く場所だからか。
性格だからか。
神も修行僧たちも、呼べば姿を現してくれる。
でも、それだけで、
どうしたらいい?
こんな質問には笑顔のみで答えてくれないのは、
他の神と同じだ。
(お前を認めない理由などあるのか?弥勒よ。)
「お師匠・・・。」
ある話では、悪魔に殺された者は、
地獄に行き苦しみを味わうってのを聞いた事がある。
俗に言う、クリスチャンなんかは、
自殺すれば地獄に落ちるという。
天界と闇は本当に繋がり深いモノで、
闇の者は天界を目の敵にしてるから、
天国に行けないモノをほっとくわけがない。
こういう理由から、闇の住人と化す。
しかし、一般だと自殺しても闇の国に行くわけでもない。
最近は、もう、自殺=悪魔の手引きのようなもんだから、
過去の事とは違ってきてるけど。
病んで命を絶った者は、
黄泉の国の一部の世界に送られる。
そこは、自分一人の世界。
自殺した時の心情のまま永遠に住む世界。
これもキツイ地獄と同じだ。
仏教で言う、地獄には鬼が居て、
針山に釜茹で・・・みたいなのは御伽話にしかすぎない。
人の命を奪う事のない生き方をしていれば、
たいがいは普通に黄泉の国、
一般で言う天国に行ける。
一般に言う天国の風景であるかは別として。
お師匠の場合は、悪魔に殺された。
全うに生きて来られた人だから、
悪魔に殺されても、神の恩恵を与えられる。
(普通の者ならば、サタンを怨むんだろうが、
わしは仏様から理由と言うものを教わった。
そして、わしの寿命だと。)
「では・・・サタンを普通に受け入れろと?。」
(普通なものか。
お前は十分、葛藤してるじゃないか。
でも、神が言うのであれば、嘘や偽りはない。
そうだろう?。)
「はい。」
(心がついて行かないのは、それが人。
弥勒菩薩と言え、お前は、この世が終わってから、
全てを悟り入れる者。
まだまだ、修行中の身。
世間がお前を信仰しているのは、
未来のお前に信仰している。)
「やめて下さいよ・・・プレッシャーじゃないですか。」
俺はお師匠の言葉に苦笑した。
(ハッハッハ!そうだなぁ。
でも、わしで悩むな。
その時間が勿体ない。)
「・・・頭から離れません。」
お師匠は俺の頭に触れた。
(お前は昔、そういう時には何をしていた。
思い出せ。
自分を保って必死になっていた頃を。
思い出せ。)
そう言って、お師匠は姿を消した。
お師匠の墓は高野にある。
寺はもう潰れてしまったけど。
「俺が・・・していた事・・・。」
山で修行ばかりしてた。
何かに悩むと。
「そうか・・・。」
俺はあの世の住人。
黄泉の国に帰ればいい。
これは違う。
黄泉の国に帰ったからといって、
ヒントは教わっても、
結局同じこと。
自分で抜けなければならない。
自分で悟らなければならない。
まだ、あるんだろうか。
いつも、行っていた滝打ち場に足を運んだ。
もう冬。
夏に滝打ちをしても、
ただ、気持ちいいだけ。
寒い中の滝打ちほど、
苦痛を伴う。
その苦痛に耐えた時、自分の苦悩も消えさる効果がある。
タオルも何も持ってない事も忘れ、
下着一枚になって。
「おかえり、って・・・お前、。」
「あぁ・・・ただいま。」
濡れた体に服を着ても、
状態はあまり変わらない。
滝打ちで煩悩は消える。
でも、終わっての帰り道の寒さは別物だ。
「た、大樹!風呂沸いてるよな!。」
「え、うん。・・・弥勒、鼻水垂れて・・・。」
「ふ、風呂・・・入るわ。」
俺は風邪をひいた。
カンにこの話をすると、爆笑されて言われた言葉。
「おっまえ・・・アホやな。
立派立派。」
普通だと、この言葉は馬鹿にされてるんじゃないかって思う言葉。
でも、カンの言葉はそうじゃない。
同じ想いになって認めいる、
褒めている言葉。
だから、俺も一緒になって笑うんだ。
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