初代海王丸を見に行く(その2)


 海王丸の帆装は「バーク型」と呼ばれるもので、最も船尾側のマストに縦帆を張り、それ以外のマストには横帆を張る形式です。4本のマストは前から順番にフォアマスト・メインマスト・ミズンマスト・ジガーマストと呼ばれています。

 近現代の帆船の帆装形式は主に、全てのマストに横帆を張る「シップ型」と、この「バーク型」、最も船首側のマストにのみ横帆を張って他は縦帆を張る「バーケンチン型」、全てのマストに縦帆を張る「スクーナー型」に大別できます。

 シップ型は船そのものを意味するように大型帆船で最初に開発された形式で、追い風で最大の性能を発揮し荒天下の航海にも強い反面、他の形式に比べて操船に手間と人手がかかり、風上に切り上がる性能が弱い事などが特徴です。カティ・サークや戦列艦ビクトリーなどが代表的で、現在では主に北欧の練習船がこの形式を採用しています。バーケンチン型やスクーナー型はシップ型に比べて風上に向かって切り上がる性能に優れ、操船も楽な反面、荒天下の航海に弱い点が特徴で、主に南米諸国や小型の練習船が採用しています。

 バーク型はこれら3者の良い所を合わせた合理的な形式です。ドイツが20世紀になって建造した鋼鉄製の商用帆船や練習船に多く採用され、それら元ドイツ製の練習帆船は今も世界各国で活動しています。初代海王丸と日本丸は船体の設計を日本で、帆装の設計は英国に依頼して建造した船ですが、このバーク型を採用しています。

 ただし船内には補助用としてディーゼルエンジンも2基搭載し、無風状態や港への入出港の際はこれを用いていました。




 左はメインマスト(前から2番目のマスト)を左舷側の下から見上げた写真です。帆船のロープの役目はマストを支えるものと帆やヤードを操作するものの2種類に大別され、前者を静索(Standing Rigging)、後者を動索(Running Rigging)と呼びます。海王丸の静索のうち、フォアマスト以外のロア・シュラウド(マストの下側を両脇と後方から支えるロープ)は、現役当時はトップの上で束ねて固定されていたものが、現在はトップ下の金具に1本ずつ固定されています。動索の展開は現役当時とほぼ同じようです。

 左写真の(1)がメインマスト、(2)の半円形状の張り出しがトップと呼ばれる部分、(3)がロア・ヤード(一番下のヤード)ですが、これはメインマストに(4)の金具と(5)の太いチェーンで固定されています。(6)はロア・トップスルヤード(下から2番目のヤード)で、これも同様にマストに固定されています。全体写真で言うと上から1,2,4番目のヤードが上下に動くようになっており、帆を張る時に上に引き揚げます。

 (7)はメインマストを前方に支える静索の一番下のもので、メインステイと呼ばれています。この先端は船首楼甲板の後端に固定されています。(8)はファトック・ステイと呼ばれるもので、マストの上の部分のシュラウドを固定するリギンスクリュー(後述)を下側から支えるものです。トップの両脇には(9)の囲みで示したように複数の穴が空いていて、上の帆から降りてくる動索の一部をここに通し、シュラウドをくぐらせて甲板上に導きます。実船では穴の一つ一つに通過する動索が決まっています。模型の場合穴に通す動索の順番まで厳密に規定する必要はありませんが、これに準じた形で処理しないと、トップ回りが乱雑な感じに仕上がってしまいます(海王丸の場合、ここには主に上の帆のバントライン<左下図のオレンジ色で示した、帆を下側から巻き上げる動索>が通過しています)。

 (10)で示したトップの先端に付いている滑車は、一番下の帆であるコースのバントラインと横を絞って巻き上げるリーチライン(左下図の紫色の動索)を通すものです。(11)はクリューライン(またはクリューガーネット)と呼ばれる動索を通す滑車で、左下図緑色で示すように帆の下隅を巻き上げる役目を持っています。(12)は直上のロア・トップスルと呼ばれる帆の下隅を支えるシートという動索用の滑車で、左下図青色で示すように最も力が掛かる部分なので、ここにはロープではなくチェーンが用いられ、特殊な滑車が使われています。




 動索は甲板上ではピンレールと呼ばれる棚に差し込まれたピレイング・ピンという木の棒に1本ずつ巻き付けて固定されます。左はメインマスト右舷側のシュラウドの内側にあるピンレールの写真です。ここには主に上5枚の帆を巻き上げるものと、前のマストの下3本のヤードの角度を操作するもの、前のマストとの間に張る三角帆を揚げ下ろしするための動索などが固定されています。マストや帆を操作する時はピレイング・ピンを引き抜く事によって動索が解放されるようになっています。

 (1)で示した部分はフェアリードと呼ばれるもので、トップを通過した動索に対してピンレールの直上に導くために付けられています。形状は三ツ目滑車に似たもので、海王丸では2穴ですが、船によっては3穴のものもあります。一見大したものではないように見えますが、模型の場合これを省略してトップから直接ピンレールにロープを結ぶと、動索がシュラウドとマストの間に垂れて、変にまとまりを欠いた感じに仕上がってしまうようです。
 なお、後方の動索は上下に可動する3本のヤードを後方から吊り上げたり、前のマストの下3本のヤードの角度を操作したり、マストとマストの間に張る三角帆を揚げ下ろしする役目のロープで、これらはトップを通過しないため、フェアリードは付けられていません。

 ピンレールの下側には(2)で示したような滑車があり、海王丸の場合は一旦この滑車に通したあと、上のピレイング・ピンに結ぶようになっています。

 (3)はシュラウドを船体に留めるリギンスクリューと呼ばれる金具です。古代〜近代までは三ツ目滑車を用いていた部分で、19世紀末頃からこのような金具に変わりました。写真に見えるように高さは少し不揃いですが、模型の場合はきれいに揃えないと見栄えが良くなりません。



 メインマスト基部にあるピンレールの写真です。ここには主に最も下の帆を操作する動索、それぞれの帆の下端を留めるシートロープ、フォアマストの上3本のヤードの角度を操作するもの、メインマストとミズンマスト(前から3本目のマスト)の間に張る三角帆を手前に引く動索などが結びつけられています。

 ここには力の掛かるロープが多く、またスペースも狭いため、(1)で示したように滑車はマストの側面にも取り付けられています。それぞれ滑車に通過するロープやピレイング・ピンの位置も実船では決められており、模型でもそれに従って再現すると実感がまるで違ってきます。初代海王丸(日本丸)やカティ・サークには詳細な動索配置図がありますが、それが無いものに関しては同時代の帆船の一般的な配置に従って張れば良いと思います。

 (2)はミズンマストを前方から支えるフォアステイの下2本のもので、2重になっている最も下のものがリギンスクリューを介して甲板上に取り付けられているのに対して、その上のものはメインマストの背面に付けられています。




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