『さよなら歌舞伎町』['14]
『蜜のあわれ』['16]
監督 廣木隆一
監督 石井岳龍

 ひょっこり「GYAO!」の頁を開いたところ目に留まり、かねてより気になっていた作品なので、『さよなら歌舞伎町』を視聴してみたら、思いのほか面白かった。風俗街を舞台にしたファンタジック・エレジーの趣があり、九年前の作品ながら、四十五年前の僕の学生時分にもあったバッティングセンターの現存を懐かしく観た。

 徹(染谷将太)が店長を務めるラブホテルのバックヤードであれ、韓国帰国を目前にしたヘナ(イ・ウンウ)がデリヘル嬢を務めるデリバリーヘルスの事務所であれ、徹の妹(樋井明日香)が学費稼ぎに出演し始めたというアダルトヴィデオの製作舞台裏であれ、早瀬正也(忍成修吾)が足を洗うことを決意する風俗嬢のスカウトマン稼業であれ、メジャーデビューを夢見る沙耶(前田敦子)が枕営業を求められていた音楽業界であれ、時効成立待ちの逃避行の完遂を目前にした犯罪者夫婦(松重豊・南果歩)が十五年間続けてきた事実婚による地下生活であれ、まるで足を踏み入れたことのない世界なので、本作に描かれた細部に如何ほどのリアリティがあるのか見当もつかないけれども、相応の生々しさと裏腹のファンタジーの同居に妙味のある作品だったように思う。

 奇しくも同日に観たばかりのPASSIONで、自己世界への思い込みの強い頑なな女性を演じていた河井青葉が、似たような硬直と放埓を併せ持つ不倫婦警を演じ、不倫中のラブホで見つけた手配犯の逮捕に執心する姿を見せていて妙に可笑しかったが、浴室で交わるガラス張りの壁に圧し潰された乳房の量感が目を惹いた。イ・ウンウが見せていた如何にも人工物の詰まっていそうな形状との対照が鮮やかだったように思う。

 路上であからさまなヘイトスピーチデモが繰り広げられていた当時の新宿・新大久保界隈を鮮やかに切り取り、東日本大震災の残した爪痕が現実生活を苛み続けている時代背景に的確に目を向けた風俗映画としても、なかなか観処があった気がする。

 SNSで「ファーストショットなど廣木隆一の面目躍如の見事なショットですね。」とのコメントを貰ったが、オープニング・シーンは、確かに出色だったように思う。長回しで前田敦子の弾き語りに繋ぎ、うっかりラブホ事情を口にした男に憤ってギターを掻き鳴らした後に「しよ、して」と迫る彼女を男が躱していた。そのような若き同棲男女の陽も高くなった朝から始まる丸々一日半余の物語だった。


 翌日に観た『蜜のあわれ』については、室生犀星による原作小説は例によって未読だ。モダン・レトロとも言うべき軽妙で摩訶不思議な、明治半ば生まれの作家のものとは思えない作品世界の、どこまでが原作にもあって、どういう脚色が施されているのか、思わず確かめたくなるような興味の触発される映画だったように思う。

 尾びれのような裾の付いた赤い金魚ドレスをまとっていた金魚の化身“あたい”(二階堂ふみ)、白い和服姿というより死に装束で現れ、“あたい”と親しむ田村ゆり子(真木よう子)の幽霊、生身と思しき洋装の丸子(韓英恵)、といった三人の女性と老作家(大杉漣)の関わりが描かれ、対話が繰り広げられる。

 第一章「あたいの初夜」に描かれていた痴戯というより稚戯にしても、第二章「金魚のそら似」に登場していた金魚売(永瀬正敏)の風情にしても、第三章「死と税金」に現れた赤い糸での綾取りで結ばれていた場面にしても、芥川龍之介(高良健吾)が破れかぶれが昔から君のいいところだよなどと言う死せる芥川との対話にしても、第四章「命あるところ」に出てくるゆり子の幽霊の美しい退場シーンにしても、原作小説では、どのように描かれていたのだろうと思わずにいられなかった。

 “あたい”とゆり子のキスシーンも原作小説にあるとは思えないが、気になるところだ。エンドロールで赤井赤子と老作家の踊る赤いダンスには、楽曲効果による儚げな夢幻の趣があって、なかなか好い感じだった。丸井丸子の存在が韓英恵の熱演にもかかわらず充分に活かされていなかったように思えるのは、彼女だけ生身の存在であるがゆえに負ったハンディキャップのせいのような気がした。
by ヤマ

'23. 1.19,20. GYAO! 配信動画



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