麻耶と千登勢は、しばらくの間丁度椅子くらいの高さの自然石に寄り添って座っていた。
 
手首の縄は、焦っていたためにうまく縛れなかったらしく、しばらくもがいたり、口で引っ張ったりしているうちに外すことが出来た。幸いなことに、肩のボストンバッグも取上げられていない。千登勢はずっと泣いていたが、疲れもあってかようやくしゃくりあげるのを止めた。
 
麻耶の方は、自分でも不思議なことに涙が出なかった。
 
怖くないと言えば嘘になる。でも―麻耶は自分に言い聞かせた―でも、私まで泣き出したら、ただでさえこんなになってるこの子はどうなるんだよ。
 
「寒いね」千登勢が口を開いた。確かに、洞窟の内部の空気は7月と思えないほど涼しい。
 
「そうだね」
 
「さっき、片方の人が『どの道同じだ』って言ってた」
 
麻耶はどきりとした。自分もそのことを考えていたからだ。
 
「麻耶ちゃん、私たち殺されちゃうのかな」
 
「何言ってるんだよ」麻耶はあわてて否定した。「そんなこと、あるわけ・・・」
 
千登勢が自分を見上げていた。すがるような目。二人は同級生といっても、いつも麻耶が姉役、千登勢が妹役だった。小学生の頃、お人形さんのように可愛かった千登勢がクラスの男子にいじめられて泣いていると、麻耶はすぐさまいじめっ子に飛びかかっていったものだ。―おかげで、「若月は怖い」というイメージが、今になっても同級生男子の間に定着してしまっているが。
 
仕方がないなあ。もう助けないよ。麻耶がそう言うと、千登勢はさっきまで泣いていたのは忘れたように、えへへ、と嬉しそうに笑い返したものだ。
 
麻耶には、目の前にいるそんな幼な友達が、これまでになく愛しく感じられた。
 
「大丈夫だよ、千登勢」麻耶は言った。思わず、千登勢の両肩に手をかけていた。
 
「ここから出よう。大丈夫、私が守ってあげるからさ」
 
麻耶に抱かれた千登勢は、しばらくびっくりしたような表情をしていたが、その後、静かにうん、と頷いた。
 
千登勢はもう泣いていなかった。

 麻耶と千登勢は、二手に分かれて「部屋」の中をくまなく調べて回った。
 
しかし、残念なことに大した収穫はなかった。「部屋」は、差し渡し20メートルほどのいびつな円形。天井は、よく分からないが4メートル以上はありそうだった。もちろん、外や他の洞穴に抜けられるような横穴はなし。
 
ただ、入り口の反対側に小さな池があった。水深なんかは分からなかったが、ただ不思議なことに水底の方が緑色に光っているように見えた。最初にこの部屋に入ったときほの明るいと感じたのは、この光が天井に反射しているせいかも知れなかった。
 
ひととおりの調査を終えると、二人はまた自然石の椅子に戻ってきた。
 
「いやあ、ダメだねえ。まあ期待はしてなかったけどさ」
 
麻耶は腰を下ろすと、わざとおどけた口調で言った。
 
千登勢をあまり落胆させまいと思ったのだが、その願いも空しかったのか、千登勢の方は硬い表情をしていた。
 
「麻耶ちゃん」
 
「何」
 
「あの奥の池だけど、どうして底が光ってるのかな」
 
「ああ、あれね。多分どこからか光が差しこんでいるんだと思う」
 
「光?お日さまの光?」
 
「うん。あの池も、池みたいに見えるけどそうじゃなくて、洞窟に水が溜まってるだけなんじゃないのかな。そして、奥で竪穴とつながっていて、そこから日の光が漏れてくる」
 
「へえ」千登勢が答えた。「あたしね、前おじいちゃんに聞いたことがあるの。湖の周りの洞窟には、湖の底とつながっているのがあるって」
 
「ふーん」
 
今度は麻耶が答えた。ここからの脱出には、あまり参考になりそうにない。水中洞窟か…いや、待てよ?日光?外とつながっている?
 
麻耶はぱっと立ち上がった。
 
ある思いつきが、頭を支配していた。とんでもない思いつきだということは分かっている。しかし、今はそれを試さずにはいられなかった。さもなければ―絶対考えたくはないが―さもなければ、千登勢も自分も生きてここを出られないかも知れないのだ。
 
胸がどきどきしていた。
 
「何をするの?」
 
いきなりボストンバッグのジッパーを開け、水着を取り出し始めた麻耶に、千登勢が不安そうに尋ねた。
 「実験」
 
「実験?」
 
「そう。ここを出るためのね」

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