マイクロトフとカミューは恋仲である。
それをヴィトーに吹き込んだのは誰であったか。はたまた、仲間うち全員が仕組んで耳に入るよう心掛けたのか。
ともあれ数日も置かぬうちから、彼らは早速ヴィトーの詰問を受けることになった。
「どういうことだ?」
怪訝そうに眉を寄せる騎士に向かってカミューは満面の笑みを浮かべる。
「ですから……成り行きとでも申しましょうか……ヴィトー様が藪を突いて蛇をお出しになったとでも申しましょうか」
「……おれがマイクロトフに言い寄った所為でそうなったと言うのか?」
ええ、としどけなくマイクロトフに寄り添うと、カミューは甘い眼差しで彼を見遣る。
「これまで彼は同性同士での恋愛などまったく意識になかったのです。けれど……初めて真摯にそれに向き合い、そしてわたしを選んでくれたという訳です。マイクロトフなら、わたしにも依存はありませんでしたし」
「────嘘くさいぞ、カミュー」
ヴィトーはまるで信じられないといった様子であっさり断言した。
「おまえたちからは恋人同士の匂いを感じない。第一、そのマイクロトフの態度は何だ? 如何にも渋々といった有り様じゃないか。そんな嘘に騙されると思うか」
指摘の通り、マイクロトフは強張っていた。無理矢理浮かべた愛想笑いは引き攣り、カミューが柔らかく捕えている腕は指の先までが震えている。
「それはやむないことでしょう、マイクロトフは照れ屋なのです。人前で恋人宣言するなど……こうした事情でなければとても出来ることではありません」
同意を求めるように視線を巡らすカミューに、固まったままマイクロトフは幾度も頷いた。
「ふーん……」
初めてヴィトーの表情に楽しげなものが浮かんだ。
「本当なのか、マイクロトフ? おまえはカミューに惚れているのか?」
「ははははははい! カカカカミューはおれの……生涯を誓い合った、唯一のこ……こここここ恋人です!」
騎士の宣誓よりも緊張して言い放たれた大声に、ヴィトーは微かに顔を歪めた。
「……よもや、おれを厄介払いするための芝居ではなかろうな?」
何て鋭いところを突くのだろうと感心するマイクロトフだが、自分のあまりに不自然すぎる応対の為せるわざとは考えつかないらしい。
「とととととんでもありません! おおおおれは心からカミューを、カミューをっ……」
「カミューを?」
面白そうに復唱されて、マイクロトフは思わず口籠った。
骨の髄まで誠実な少年には、たとえ我が身を守るための策であろうと簡単には口に出来なかったのだ。
愛している────たった一言でありながら、この世で最も重く聖なる一節を。
「カミューを………………」
そのまま青くなったり赤くなったりしている彼を気遣ったのか、カミューは慌てて横から救いの手を差し伸べた。
「……許してやってください、ヴィトー様。わたしたちは本当に心から愛し合っています。マイクロトフはこの通りの男ですから、からかわないでやってください」
「愛し合っている……ねえ……」
疑り深そうな視線の後、ヴィトーはあっさりと肩を竦めた。
「ま、いい。おれもそう無粋じゃない、愛し合う恋人たちに横槍を入れるほど暇でもないしな。ところで、一つだけ聞きたいんだが」
「何でしょう?」
「どっちが女だ?」
その言い方はないだろうと憤慨しかけたマイクロトフだったけれど、カミューは躊躇いもなく言い切った。
「……わたしです」
「なるほど」
ヴィトーは陰湿に笑うと、ひらひらと手を振った。
「……趣味が悪いな、マイクロトフ」
言い捨てて踵を返す。
残された二人はしばし男の背を見送ったが、回廊から彼の姿が消えるなり大きな溜め息を吐いた。
「こ、怖かった……」
情けなくも正直な感想を洩らすマイクロトフに、カミューは薄く微笑む。
「頑張れ、マイクロトフ。これで最初の難関は越えたよ。ヴィトー様は疑っておられるだろうが……このまま当分わたしと一緒にいれば、そのうちに信じてくださるだろう」
何処に身を潜めていたのか、そんな二人にヴィンスが近寄ってきた。
「いやあ……いつもより白熱してたな。殺気を感じたぞ、実際」
呑気そうに笑っている相手に二組の冷たい視線が注ぐ。
「ありゃあ端から疑ってるな……無理もないが。マイクロトフ、おまえ……もう少しまともな演技は出来ないのか?」
「そんなことを言われても……」
「『おれはカミューを愛しています、この世でただ一人の存在です』くらいのことはすらすら言えよ、まったく」
大仰に溜め息を吐かれてマイクロトフは項垂れた。
「お……おれだって、そうは思うが……」
「いいじゃないか」
柔らかくカミューが取り成した。
「ヴィンス、君も知っているだろう? マイクロトフはそうした言葉を軽々しく言える人間ではないんだ。ましてわたしは男なんだから……口にするのもはばかられるさ」
優しく庇われて感激した彼が見遣ったとき、カミューは何処か寂しげに見える笑みを浮かべていた。そこでカミューが迷いなく『愛し合っている』と断言してくれたことを思い出して胸が詰まる。
カミューとて同性と恋愛関係にあり、しかも女性としての立場を甘んじていると口にするには勇気がいったことだろう。それを躊躇なく実行してくれたのに、対するマイクロトフはおどおどと口籠るばかり。これはとても正当ではない。
「すまなかった、カミュー……」
萎れた調子で深々と頭を下げたマイクロトフに、カミューとヴィンスは顔を見合わせる。
「何もかもおまえに押しつけるような真似を……当事者であるのはおれなのに。だが、だがおれは……」
そこまでくるとヴィンスはやれやれと苦笑し、カミューは複雑な表情となった。
「ま、おまえが当てにならないのは承知してたさ。しょうがない、おれたちが何気なく二人の熱愛ぶりをヴィトー先輩に吹き込むさ」
「熱愛ぶり………………」
「しかし、これで決定だな」
ようやく真面目な口調になったヴィンスを見遣ると、彼は難しい顔で二人を交互に眺めていた。
「決定……とは何がだい?」
「だからさ、マイクロトフがやられ放題になる代わりに、カミュー……おまえがいびられ放題になるってことがさ」
ぎくりとしてマイクロトフが凝視するのを軽く苦笑することで交わし、ヴィンスは更に言い募る。
「ヴィトー先輩がカミューを赤騎士団に引っ張ることに、おれは五百ポッチ賭けてもいいぞ。騎士団の特性を考えてみろ、カミューが赤騎士団に属するのは不自然じゃない。そうなるとヴィトー先輩は団内における上官……いびりの日々が始まったとしても、不思議じゃないだろう?」
情報と機動力を誇る赤騎士団───それはまさにカミューに相応しい特質といえる。ヴィトーの推薦がなくても、カミューが赤騎士団に配置されるのは自然の流れだろう。
もっともな指摘に考え込んでしまったマイクロトフの不安を、カミューは微笑みで一掃した。
「大丈夫だよ、マイクロトフ。ヴィトー様とて騎士の誇りを違えるまい。つとめに私情を挟むということはないさ」
「し、しかしカミュー……」
「心配するな。わたしは大丈夫だから」
毅然と言い張るカミューに申し訳なさが募り、思わず俯くマイクロトフだった。
沈んだ空気を消そうとしたのか、あるいは単に面白がっているのか、殊更明るい声が聞く。
「で? 話は合わせておかないとな……おまえら、どこまでいっちゃったことになっているんだ?」
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