「マイクロトフ、今夜つきあわないか? 城下に良い酒場がある」
「おれの部屋へ来いよ、面白い本があるぜ」
「美味い飯屋を見つけたんだ、一緒に行こう」
手を変え品を変え誘い出そうとする赤騎士に、その都度柔らかな制止が入る。
「申し訳ありません、彼は下戸ですので」
「これから仲間たちと剣の鍛練に入りますので、またお誘いください」
「本日マイクロトフは少々胃の調子が悪いようで、残念ながらご一緒することは出来かねます」
応酬のたびに周囲の少年たちははらはらと見守るのだが、カミューは終始笑みを絶やさず、怯えたように竦むマイクロトフを背後に守るようにしてヴィトーに対峙する。騎士もすぐにカミューの意図を察しただろうが、常に余裕顔であった。
「下戸などとは勿体無い。よし、おれが酒を教えてやろう。心配するな、酔ったら親身に介抱してやる」
「真面目で何よりだが、騎士には知識も必要だぞ」
「家伝の薬を調合してやるから、部屋へ来い」
すかさず入る逆襲にも動ずることなくカミューは応じる。
「体質的に合わないのです。一滴でも飲んだら、その場で吐き戻します」
「ごもっともです、その後で学習会も予定しておりますので。お気遣いを感謝します」
「ありがとうございます。しかし彼は、薬にも合う合わないがありまして……使う品は昔から決まっておりますので、ご心配なく」
丁々発止の遣り取りは、緊迫を伴いつつ何処か大らかである。ヴィトーは決してカミューを不快な障害とは取っていないようで、むしろ彼の背後で戦々恐々としているマイクロトフを可笑しそうに見守っていた。
今日も渋々といった表情を隠さず退散したヴィトーを見送った後、仲間たちが躙り寄ってきた。
「カミュー、おまえ……よく言い訳が尽きないなあ」
「さすがに少々苦しくなってきてはいるけれどね」
ほう、としどけなく溜め息を吐いた彼を見て、一同の非難めいた視線がマイクロトフに向く。
「マイクロトフ、おまえ……恥ずかしくないのか。いつもそうやってカミューの後ろに隠れて……」
「前から見れば、はみ出る体格が泣くぞ!」
「そ、それは……その通りだが……」
「男だろう? はっきり意思表示すればいいじゃないか、『男に抱かれる趣味はありません!』とさ」
「そんなに露骨に言わないでくれー!」
想像してしまったのか、怖じ気づいたように身を捩って苦悩するマイクロトフだが、今日は同情してもらえなかった。
「だってそういうことだろう? きっぱりお断りしないからヴィトー先輩だって諦められないのと違うか? そういう中途半端はだな……」
「────いや、一応お断りはしたんだよ」
周囲を宥めるようにカミューが割り込んだ。
「わたしがヴィンスと部屋を替わった当日の夜……その、ヴィトー様がいらしてね」
「夜這いか!!」
ヴィンスが生き生きとして身を乗り出す。冷たく一瞥した上で、カミューは再び溜め息を零した。
「食事までと思って仮眠したのだけれど……その後、マイクロトフも一緒になって眠ってしまって。野太い悲鳴で起こされたよ……」
それは気の毒に、といった眼差しが集まる。
「そのときにマイクロトフははっきりと申し上げたんだ。『そういう嗜好はありません』とね。でも……」
「お構いなしか。情熱的だなあ」
心底感嘆しているようなヴィンスの呟きには、傍迷惑だよという小声が返されていた。
「……いっそ、マイクロトフに決まった相手がいるなら諦めてくださるんだろうけどね……」
長々と息を吐きながら洩らしたカミューだったが、そこで一同ははたと妙案に行き着いた。
「そうだ……それだよ」
「何で今まで気づかなかったんだ……」
「マイクロトフ、おまえカミューと出来ちまえ」
最後の台詞はヴィンスである。これまでの揶揄する調子は消えて、妙に真面目な顔であった。
最初は意味がわからず瞬いたマイクロトフだったが、次の瞬間さっと頬を染めた。
「な、何を言うんだ!」
「芝居だよ、芝居」
「他に情を交わした相手がいるなら、幾らなんでも横から奪い取る真似などなさらない御方だ。要は、おまえがふらふら一人でいるから、格好の餌食なんだよ」
決めた相手を持たずにふらついていても、食いつく男はそうはいないだろう────といった事実はこの際除外されているらしい。
「そ、そうではなく……それはカミューに対する侮辱ではないか! 友をそんなふうに利用するのは騎士の恥だっ」
雄々しく反論するものの、すでに説得力は皆無である。
「だったらおまえ、カミューの後ろに隠れてるのは恥じゃないのか。利用しているとは言わんのか?」
「う……」
痛いところを突かれて口籠っていると、ふとカミューが首を傾げた。
「ちょっと待ってくれ。わたしがマイクロトフと……? わたしがこのマイクロトフを…………していることに……?」
肝心なあたりが微妙に抜けたが、一同には理解出来たようだ。
「いや、それはちょっと何というか……」
「真実味がないような気が……い、いや……単に気の所為かもしれないが」
「個人的な意見としては、逆の方が説得力があるように思うが……」
「そうだな。カミュー、おまえには悪いが……その方が無理のない分担だと思う」
仲間たちが如何にも心苦しそうに提案した。カミューは釈然としないようだったが、傍らのマイクロトフを幾度も見遣り、それから納得したように肩を落とす。
「そうだね……それが一番いいかもしれない。今後のことだってある。ずっとヴィトー様を交わし続けるのは不可能だよ、マイクロトフ」
「カミュー……」
マイクロトフはおろおろと親友を見詰めた。脳裏にはヴィンスから与えられた同性同士の交情の手段が踊り回っている。
「だ、だが……おまえはそれでいいのか? 男でありながら、おれに……あ、あんなことをされていると知れ渡っても構わないのか……?」
「────別にしているわけじゃないし」
あっさりと言い切られて力が抜けるマイクロトフだ。
「考えてみれば一石二鳥かもしれないね。そうすればわたしもこれ以上妙な告白を受けずに済む」
そうそう、と一同が深々と同意する。
「同期間に密やかに咲いた宿命の恋の花、ってわけだ」
「ヴィトー様には申し訳ないが、おれたちもこれ以上マイクロトフが男に抱かれて喘ぐ様を想像したくない」
誠実に、だが正直に締め括った少年の言葉は総意であった。マイクロトフは恐ろしげに四肢を震わせ、心から同調してしまった。
「で、ではカミュー……本当にいいのか?」
窺い見た友は艶やかに笑んでいた。
「おまえは芝居が苦手そうだから、適当にわたしに合わせてくれ。大丈夫、きっと巧く行くさ」
力強く言い切ったカミューに、マイクロトフは素直に感謝した。一石二鳥と負担を与えないような言い方をしてくれた気遣いにも感動する。彼ならば、別に芝居などする必要もなく物事に対処出来る筈なのに。
マイクロトフは今、カミューという優しくも頼れる人間が親友であることに心からの快哉を叫んでいた。
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