一時的な部屋替えということで、最低限の身の回りの品だけを持ったカミューが現れたのは、ヴィンスが大荷物を纏めるのに四苦八苦している最中だった。
「いや、この兵舎の区画を出るまで続くかもしれないわけだろ? だったら全部荷物を移した方がいいかと思って」
朗らかに笑う少年は、傍らの友の葛藤を綺麗に忘れることにしたらしい。暗に長期戦を仄めかされたマイクロトフは浮かない顔を隠せない。
今ではマイクロトフも確信していた。最初にヴィトーにカミューの話題を持ち出したのも、自分を助けるためというよりは、単なる興味本位の面白がりに基づく行為であったのだと。
不実な友の代わりに同室となるカミューを心から歓待する気配があからさまで、それがカミューを苦笑させた。
ヴィンスが巨大な荷物を抱えて出ていくと、沈黙が降りた。マイクロトフにしても、カミューは同期の中で一番心許せる相手ではあるのだが、状況が状況だけに話題の切り出しに苦慮してしまう。やがて気を回したのか、先にカミューが口を開いた。
「まあ……そんなに深刻に考えることもないと思うよ。ヴィトー様とて、心底嫌がる相手に無理強いなさることもないだろうし……」
柔らかな慰撫はマイクロトフをほろりとさせた。励まされたように、おずおずと問うてみる。
「カミュー……さっきヴィンスが言ったことは本当か?」
「ん?」
「その……幾度も正騎士に、と……おれは聞いていないぞ」
ああ、とカミューは微笑んだ。疎いマイクロトフならば噂話が耳に入らなくとも無理はない。
「まあね……女性に縁遠い世界なんだろうか、そうした嗜好を持たれる方は少なくないみたいだ。でも、安心していいよ。丁重で誠意ある申し入れだったし、お断りしても格別気にされたふうでもない。ヴィンスが何を言ったか知らないけれど、そうびくつく必要はないさ」
「そ、そうか」
片頬だけで笑ったマイクロトフは、ふと沸き起こった疑問を口にしていた。
「……ど、どう思った?」
「どう……とは?」
「その……やっぱり普通とは違うじゃないか。嫌悪とか寒気とか……しなかったか?」
そうだね、と思案して彼は小首を傾げる。
「こんな顔をしているからかな……、昔からよくあったことだし、もう慣れてしまったよ」
「だ、だが!」
マイクロトフはうろうろと部屋を歩き回りながら拳を握った。
「男の身でありながら、女性の立場としての処遇を求められるなど……おれはやはり耐え兼ねる!」
「……じゃあ、ヴィトー様が女性の立場ならいいのかい?」
素朴な疑問に凍りつく。
マイクロトフも年齢に見合わぬ結構な体躯の持ち主だが、ヴィトーは更にそれを上回る屈強の肉体を誇る男なのだ。
彼は無言で袖を捲り、剥き出しになった腕をカミューに突きつけた。健康的に焼けた素肌には鳥肌が立っている。
「……正直な身体だね」
カミューは嘆息して感想を述べた。
「騎士としてヴィトー様を尊敬はしているが……お好みだけは最悪だと思う。ごつい同性の身体を抱き締めて心地良いとはどうしても思えない」
「────ごつくなかったら?」
静かに問われたマイクロトフは、はたとカミューを見詰めた。目の前の細身の姿、触れたことはないけれどなめらかそうな肌を認識した途端、一気に混乱する。
「よよよよよく分からん。か、考えたこともない」
「ふうん」
動揺を見逃すことにしてくれたのか、カミューは軽く往なしてベッドに歩み寄った。持参の枕を放り投げると、優雅な仕種で横たわる。
「夕食まで一眠りしようかと思う。起こしてくれるかい?」
「……ああ、わかった」
生真面目に直立して了解を述べたマイクロトフは、すぐに優しい寝息を洩らし始めた親友を見詰めながら考えた。
ヴィンスの言うことが妙に納得出来てしまう。
カミューを欲望の対象にする男の心理は何となく理解出来ないでもない────気がする。
知的で凛としている上に、滅多に見られぬほど整った容貌。しなやかでほっそりした肢体は決して女性的ではないけれど、何処か胸苦しさを掻き立てる魅惑を持っている。
一方、自分は何処から見ても固くて頑丈そうだ。試しに我が身に両腕を回してみたが、城のあちこちにある騎士の像に抱きついたらこんな感じではないかといった感触に思えた。
こんなふうに考えるのは許されざることだろうが、ヴィトーがカミューではなく、自分に興味を持ったことが不思議だ。
自分が選ぶならば、間違いなくカミューなのに────。
親友をそんな引き合いに出してしまったことに狼狽えて、彼は慌てて首を振った。
さっきヴィンスから教えられたような行為をカミューが受けるなど、自分が対象にされる以上に耐えられない……いや、やはり自分がされるのも嫌ではあるが。
カミューが自ら防波堤を請け負ってくれたのは幸いだったが、明日からの生活を思うマイクロトフは憂鬱に苛まれ、頭を抱えるばかりであった。
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