少年模様 2


「元気を出せ、マイクロトフ……」
「案ずるな、たとえおまえがヴィトー様のものになっても、おれたちの友情は変わらないぞ」
「そうだとも。個人の嗜好をとやかく言う趣味はない。恥じる必要などないぞ、マイクロトフ」
人騒がせな選別者が引き上げた後、詰め所は一気に同情の気運に包まれた。当事者の少年を囲んで口々に激励が贈られるが、そのいずれもが彼を失意に陥れる。
「カミュー……」
彼は最も信頼する友に縋る眼差しを向けた。士官学校では総じて別け隔てなく友愛が結ばれていたが、その中でも異邦出身のカミューはマイクロトフにとって一番心近しく過ごしてきた相手だったのだ。
「助けてくれ、カミュー……」
弱々しく洩れる哀願に、カミューは眉を寄せたまま肩を竦めた。それから思い出したようにヴィンスを一瞥する。
「随分な言いようだったね、大した友情を感じたよ」
冷たい響きを感じた少年は、慌てて両手を振りながら言い訳した。
「わ、わかるだろ? あのままじゃまずいと思ったんだよ。しっかし、ヴィトー先輩……趣味を疑うぜ。マイクロトフよりはカミューだろうがよ、普通」
一同がしきりに同意している。それはそれで失礼な言いようではあるが、マイクロトフにとっても同感であるようだった。
「い、今から細身にはなれないだろうか……」
「無理だな。すでに十分ごつい」
「骨太なのはどうしようもなかろう」
「贅肉をつけて無意味にぶよぶよと柔らかくする……にも時間が掛かりそうだ」
仲間たちの的確な分析はマイクロトフを涙目にさせた。
「あああ、どうすればいいのだ! このままでは、おれは、おれは〜〜〜〜……………………」
髪を掻きむしって慟哭し、それからふと困惑したように身じろぎもしなくなる。仲間たちは怪訝そうに首を傾げた。
「……どうした?」
「………………おれは…………ところでいったい、何をどう心配すればいいんだ??」
少年たちは途端に脱力して溜め息の嵐を吹き荒れさせた。普通の色恋にさえ関心薄であるマイクロトフにとって、同性同士の関係など知識皆無の世界なのだ。一同で突き合い、押し出された形のヴィンスが不承不承といった顔つきで身を寄せた。
耳打ちの合間にマイクロトフが目に見えて顔色を失っていくのを、笑ってはいけないと思いつつ耐えられずに顔を背ける者もいる。
「……と、まあ……そんな感じかな」
解説を終えたヴィンスは反応を窺おうとマイクロトフを覗き込んだが、すでに許容の範疇を超えたらしく、彼は引き攣った笑みを浮かべたまま放心していた。
「マイクロトフ? おーい……大丈夫か? 心配するな、相手が熟練者なら適当に配慮してくれるだろうから、そうそう酷いことにも……って、おい」
ふらふらと立ち上がったマイクロトフは、虚ろな視線のままゆっくりと身を翻す。
「………………部屋に戻る……」
やっとのことで呟くなり、よろよろと扉に向かう姿を見守った一同は深々と考え込んだ。
「……初っ端から気の毒だったかな」
自問のように口にしたヴィンスをカミューは嘆息しながら諫める。
「当たり前だよ。正直わたしは彼が男女の関係にも知識がないんじゃないかと案じているのに……」
「あ、やっぱりそう思うか?」
他の一人が可笑しそうに口を挟む。ヴィンスは神妙に首を振った。
「だが嘘は言っていない、嘘は。突然そういった事態に直面するよりは、多少の覚悟があった方がいいだろう」
「ヴィンス……君はマイクロトフの味方じゃなかったのかい?」
すると彼は更に真面目な顔で答えた。
「基本的には味方だ。だが、手に余った場合は楽しむことにする主義だ」
どうやら相当困った性格だと仲間たちが顔を見合わせたとき、凄まじい音を立てて詰め所の扉が開き、突風のような勢いのマイクロトフが飛び込んできた。頼るべき相手を定めたかのように真っ直ぐにカミューに向かうなり、しっかと抱きつく。
「ど、……どうしたんだい?」
「へ、部屋に」
声が半泣きだった。
「おれのベッドにヴィトー様が座っている〜〜〜!」
「そ、それはまた……先輩ったら性急な」
「押し倒されたのか、マイクロトフ!」
「………………その前に逃げてきた」
「面白がるものじゃないよ、まったく……。マイクロトフ、ほら……しっかりしろ」
体格的にはカミューよりもマイクロトフの方が遥かに勝っている。けれど今の彼にはカミューだけが真っ当な心配を返してくれる唯一の友と認められているのか、縋らずにはいられないらしい。周囲の仲間たちは大型犬に抱きつかれて、よしよしと撫で構っている飼い主の姿を見るようであった。
「いいかい? 我々の部屋は個室ではない。おまえはヴィンスと一緒じゃないか、そうそう困った状況に陥る訳もなかろう?」
するとマイクロトフはヴィンスにちらりと視線を向けた。どうやら今一つ信頼し切れないものがあるのか、憮然として息を吐く。
「数ヶ月の辛抱だよ、マイクロトフ……頑張れ、何とか乗り切るんだ」
「しかしな、カミュー……」
一人がおずおずと割り込んだ。
「たとえ試用期間を終えたとしても、先任騎士との立場の上下はずっと続く。マイクロトフが赤騎士団に配置されたら、それこそ……」
「やりたい放題……いや、マイクロトフから見れば、やられ放題かー」
思わず心に忠実に大笑いしてしまったヴィンスに向けて一同の凍れる視線が送られた。蒼白になってしまったマイクロトフの背をぽんぽんと叩いたカミューは、穏やかな口調で切り出した。
「ヴィンス、部屋替えを要求するよ」
「へっ?」
「当分の間、わたしと部屋を替わってくれ。もともと適当に決めた部屋割りだ、支障はないだろう?」
ただでさえ凄味のある美貌のカミューである。にこやかに笑みながら同時に瞳が冷気を発するのは、ごく限られたときだけだ。
怒っているときか、相手を蔑むとき。どちらも御免だと即決したヴィンスは軽やかに微笑んで了承した。
「ああ、いいよ。しっかりマイクロトフの下半身の番をしてやってくれ」
途端に顔を歪める少年を宥めるようにカミューは言い募った。
「大丈夫だよ、心配するな。おまえはわたしが守るから」
「すまない……離れないでいてくれ、カミュー……」

 

端正でたおやかなカミューと、どこから見ても男くさいマイクロトフ。
その構図は何となく間違っているのではないかと思いつつ、何も言えない少年たちはごく普通の常識人の集団であった────。

 

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仲良したちの青春のひとコマ。

 

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