少年模様


「おまえ、可愛いな……気に入った、おれのものになれ」
磊落に言い放たれた言葉に、当人はおろか周囲までもが固まった。
息を潜めた注視の中で、当事者の少年は目を丸くしたまま食い入るように相手を凝視している。その表情に苦笑した騎士が言い方を改めた。

 

「おまえに惚れた。おれと付き合ってくれ────マイクロトフ」

 

公衆の面前で堂々と言い寄られた十五歳の正騎士マイクロトフは、ただ呆然としながら告白者の両手が肩に掛けられるのを漫然と待ち受けるばかりだった。

 

 

 

 

ここマチルダ騎士団において、新たに騎士として叙位された者はおよそ半年間の試用期間を設けられる。これは白・赤・青と三種ある騎士団のうち、新任騎士が何処にもっとも適した質であるかを見極めるための準備が必要であるためだ。
位階としての差異は勿論、各騎士団にはそれぞれ得意とする分野があり、騎士は己の力量を遺憾なく発揮出来る場に属するよう配慮されている。
例えば市街戦に秀でた白騎士団、情報収集を含めた機動力を武器とする赤騎士団、重装備をもって乱戦に底力を発揮する青騎士団といった具合に、大まかな区分分けが為されているのである。
これは古くからの慣習であるが、新米騎士たちは一旦は騎士団全体の預かりものといった立場に置かれる。派遣された選別者によって特質を見極められ、正式な配属が決まるまでは、騎士とは言っても名ばかりなのだ。
念願の騎士のエンブレムを胸にした若き少年たちだが、ロックアックス城の一角に居所を与えられ、選別者の指示に従いながら従騎士の延長のような生活に甘んじなければならない。この期間を乗り越えて初めて、彼らは晴れて騎士と呼ばれるのである。

 

さて、新米たちの得意分野を見定める『選別者』には各騎士団から数人が代表してあたることになっていた。
後々、所属変更希望は申請出来るが、斯くたる理由なくば滅多に認められないこともあって、最初の配属は若者たちにとって重大な事件である。よって選別の役割は、人を見る優れた目を持つ人間が担う必要があった。
『選別者』には歳を重ねた騎士が任命されることもあれば、同じ年頃の気持ちを知るという意味で若年騎士が選ばれることもある。赤騎士ヴィトーは二十一歳、後者の理由から派遣された一人であった。
彼を著わすには豪放磊落の一言が相応しい。
騎士の礼にギリギリの線で外れない大雑把さ、開けっ広げで大らかな彼は、新米騎士たちにとって親しみ易く頼り甲斐のある存在だった。他の選別者たちが近寄りがたい権威を感じさせるだけに、兄のようにあれこれ相談に乗ってくれるヴィトーは一同の人気を博している。
鋭い感性を持っているからこそ、この任に就いたのだろうが、普段の豪快な態度や物言いは少年たちに立場の違いを感じさせない。一日が終わると詰め所にひょっこりと現れて、何かと与太話に花を咲かせては彼らの気分を朗らかにする男だったのだ。
そんな彼がここ数日、何くれとなく一人の少年を集中的に構っているのに仲間の誰もが気づいていた。しかし、それは別段奇異なことでもなかった。
生真面目で一本気、無器用で世渡りの下手なマイクロトフは、ヴィトーならずも誰もが好意を感じずにはいられない少年だったのだから。
だが、それまで楽しげに談笑していたのを中断して間近のマイクロトフをまじまじと見詰めた上で唐突に洩れたヴィトーの言葉は、周囲を凍らせるに相応しい一撃であった。

 

 

 

 

「おおおおおれですかっ?」
がっしと両肩を掴まれて、ゆっくりと引き寄せられて。
色事には格別疎いマイクロトフではあるが、このままではまずいのではないかとだけはかろうじて思い至った。よもや衆目の中で不埒な真似はされまいが、いや、もしかすると彼ならば平気でそれくらいは……などと混乱しながら考える。
勢いだけで吐き出された疑問にヴィトーはにっこり頷いた。
「そう、おまえだ。焦るところも可愛いな」
「おおおおおおれは男です!」
「あー……、まあ……そう見えるぜ」
「あ、あのう」
悲痛な表情でひたすら男を押し退けようともがく姿に哀れをそそられたのか、仲間の一人であるヴィンスがおずおずと口を開く。
「ヴィトー先輩は同性がお好みでいらっしゃるのでしょうか……」
すると彼は束の間考え、少年を見遣りながら軽く返した。
「そうだなあ、どっちでも構わないが……今は男だな。別に珍しいことでもないだろう、騎士団には男しかいないんだし」
言いながら、可愛くてならないといった仕種でマイクロトフの黒髪を掻き回す。立場の違いから強引に振り解くことも出来ずに引き攣っている同期仲間を一瞥し、ヴィンスは溜め息を洩らした。
「そうですね。確かに……」
そこで殊更に調子を変えて言い募る。
「例えばこのカミューですが、士官学校在学中には幾度も正騎士の方々に好意を寄せられてましたしね」
仲間うちの一番後方に位置していた白い貌に視線が集まった。突然振られたカミューは呆気に取られたように瞬いて、それから微かにヴィンスを睨んだ。ヴィンスは心中で手を合わせているような表情を見せたが、尚も続けた。
「やっぱり……彼みたいに綺麗で優雅だと、同性でもいいって気になりますよね」
仲間たちは一斉に理解した。
グラスランド出身のカミューは中途で士官学校に入学したために一つ年長である。賢しく、物事の受け流しも巧みだ。ヴィンスが語った同性に口説かれて云々は事実だが、彼はこれまでそれらすべてを適当に処理し、揉め事を起こさずに乗り切ってきた。
現在ヴィトーに抱き寄せられて目を白黒させているマイクロトフに比べれば、よほど頼みになる。いっそヴィトーの邪心の矛先をカミューに向けてしまった方が穏便に済むだろう、との一矢なのだ。
「カミューか……」
果たしてヴィトーは一同が見遣る先に在る少年を見詰めた。目を細め、何事か思案するような一瞬の後、笑い混じりに答える。
「確かに美人だ、華がある。だが、おれはマイクロトフの方がいいな」
ぎょっとした仲間が見守る中で、彼はマイクロトフの身体を撫で回し始めた。
「骨太なところ、逞しくついた筋肉……。細身の男を相手にするなら、女性の方が柔らかくて抱き心地がいい。おれはこの!」
バンバンと少年の胸板を叩いて、次にはぎゅっと抱き締める。
「……ごついところが気に入ったんだ。な、マイクロトフ。おれと良い仲になろうぜ」
「……………………」
もはや臨終間近といった様相でぽっかりと口を開いているマイクロトフに、さすがに周囲は動揺した。見かねたのか、それまで無言だったカミューが柔らかく言う。
「……もうそのくらいにしてやってください、ヴィトー様。彼は恋愛沙汰には不馴れなのです」
「ほう」
だが彼はカミューの進言を興味深く聞いたようだった。
「すると何か? こいつは……誰とも深い仲になったことはないと?」
「他の人間も似たり寄ったりですよ、まだ十五ですし……それがいきなり同性では、あんまりです」
ヴィンスが加勢するように付け加えたが。

 

 

「……ということは真っさらの新品、初物状態って訳か、これは運がいいな……よし! おれが一からみっちりと仕込んでやるぞ、マイクロトフ」
きっぱりとした爽やかな宣言を受けて、終に限界を超えてしまったようだ。マイクロトフは一言も言い返せぬまま、力なく笑うばかりだった。

 

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オリキャラ・ヴィンスは同人誌からの使い回し。
ここでは仲良しの野次馬君。
そしてヴィトー先輩。
…………嫌な人だ……(笑)

全8話(推定)、
パラレルの合間にさくさく進めましょう〜。

 

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