至近距離で爆発が起きたような驚きだった。
マイクロトフはあんぐりと口を開き、それから慌てて言い放った。
「な、な、な、何を言っているんだ!!!」
いくら鈍いマイクロトフでも、相手の望んでいることは即座に分かった。潤んだ瞳、微かに開かれた唇。無防備に求める表情は、端正な青年のものなだけに恐ろしいほど扇情的だ。
「ば、ば、馬鹿なことを言ってないで……」
「……本気だよ」
カミューは哀しげに目を細める。
「同じだと言うなら……『カミュー』と同じにオレを愛して」
「お、お、おまえは子供なんだぞ! そんなことができるか!」
「────身体は大人だよ」
「そういうことを言っているのではない!」
マイクロトフは目を逸らせながら立ち上がろうとした。その袖を掴み、カミューが半身を起こす。
「何でも叶えてくれるって言ったよ?」
「カミュー……」
予想外の引き止める力の強さに、マイクロトフはおろおろと彼を見下ろし、諦めて座り直した。
「……どういうつもりだ? まだ『カミュー』と張り合っているのか? そんな必要はないぞ、おまえはおまえで十分に魅力的なのだから」
「……オレじゃ、その気にならない?」
カミューの眼差しには、これまで未来の自分と張り合っていたときのようなきつい光はない。ただ、静かに溢れる必死さだけが漂う。
マイクロトフはふと言葉を失った。
────おかしい。
どうしてこのカミューはこんなに影が薄く見えるのだろう?
あれほど鮮やかな男のはずなのに、今、目の前にいる彼は捕まえていないと消えてしまいそうなほど儚く見える。
「カミュー……?」
思わず触れた頬が、ぴくりと震えた。カミューはゆっくりと目を伏せる。
「……覚えておいて欲しいんだ」
絞るように吐き出される言葉。
「オレが……オレの意志であんたを好きになったこと。未来のオレと同じくらい、あんたが好きだったってこと。オレがいなくなっても、あんたにだけは────」
「────いなくなる……?」
怪訝そうに繰り返された言葉に、カミューは俯いたまま微笑んだ。
────それはもう遠くないことのような気がする。
未来の自分が喉元まで出掛かって、叫ぶ声が聞こえる気がした。
戻りたい、マイクロトフの元へ戻るのだ、と────
「オレも、知っておきたい。あんたがどんなふうにオレを愛してくれたか。それでも、駄目……?」
マイクロトフは目眩を覚えた。
残された僅かな理性は激しく拒絶を叫んでいる。いくら愛する相手だとしても、このカミューは十三才の少年なのだ。本人が望むこととは言え、青年と同じに扱うことは罪悪である気がした。
だが、ふと出会った瞳の深い色合いを見た途端、躊躇は揺らいだ。
────綺麗事などではない。
彼自身、もはや限界だった。青年と少年、どちらのカミューに感じても不思議のない情熱と欲望は、一気に男の堰を切った。
「────後悔しないか?」
低く囁き、カミューの頷きに再度問うた。
「どんなことをされるか、わかっているのか? おまえには……多分、つらいことだぞ……?」
「────だけど」
少年は、青年の顔で美しく微笑んだ。
「『カミュー』も受け入れたんだよね? だったら、オレにだってできる。オレは『カミュー』なんだから」
愛しさと情欲に支配されて、マイクロトフは唇を噛み締めたまま衣服を脱ぎ落とした。現れる逞しい肉体に、ベッドの中のカミューが微かに息を呑む。鋼のような男が静かに彼を見下ろした。
「オ、オレ────どうすればいいの……?」
久しぶりなので、マイクロトフもすっかり動揺してしまっている。しかし、普段カミューにしていたようにするのは躊躇われた。自分の要求はいつも切羽詰っていて、カミューを思うがままに貪るばかりだったからだ。同じに扱えば、少年を怯えさせるだけだということはわかる。
「……そのままでいい」
自分を抑えるように務めながら、彼はカミューの衣服をできるだけそっと脱がせ始めた。その手があまりにたどたどしいのに、カミューは強張りを解いてくすりと笑いを洩らした。
「何か……手際が悪いみたい」
「うるさい」
ひやかされて憮然と言い返すと、ややマイクロトフの気持ちも落ち着いた。
「おまえから求められるなど、滅多にあることではないのだぞ? 動揺して何が悪い」
「……そうなの?」
少し驚いたようにカミューが目を見開いた。
さすがに幼いだけあって、自らの裸体が暴かれていくことに対する羞恥も薄い。彼は男の為すがまま、おとなしく行為を受け入れた。
最後の一枚がベッドの下に落とされる。薄明りの中で半身を起こすカミューは、目も眩むほど美しかった。
抱き寄せて唇を奪うと、柔らかく男の腕に身を任せたカミューは切ない息を洩らした。
相手が少年の心であるという戸惑いが、いつもよりマイクロトフの行為を緩やかに導く。
くちづけに応える舌は、青年と同じに甘かった。しかし、そのたどたどしさは常とは異なる。マイクロトフの掌が身体を伝い始めると、竦んだようにしなやかな肢体が震えた。
「────怖いか?」
あくまで相手が少年であることを忘れまいとマイクロトフが耳元にそっと囁くと、カミューは男の胸に顔を擦り付けるように首を振った。
くちづけだけで、二人とも激しく昂ぶっていた。マイクロトフはいつものことだが、どちらかというと淡泊なカミューには珍しい。できるだけ脅かさぬように優しく握り込むと、彼は腕の中でしどけなくもがいた。
「……カミュー、その……、嫌だと思ったらすぐに言え。我慢することはないからな?」
あまりにつらそうに見えたので、そう言わずにはいられなかった。ほんの少し前まで、同性との接触に嫌悪を示していたカミューだ。途中で気が変わっても不思議はない。
だが、彼は震えながらもマイクロトフの首にしっかりとしがみついた。その力は青年の身体のものだ。マイクロトフは惑乱し、次第に荒々しくなる動作を抑えるのに必死だった。
耳元で名を囁きながらゆっくりと弄り続けていると、ほどなくカミューは喘ぎと共に達した。男の手を濡らした自らの欲望に、途方に暮れたような目を瞬く。
「ご、ごめん……オレ……こんな────」
どうやらマイクロトフの手で達ってしまったことを詫びているらしい。物馴れない相手の反応は、いちいちマイクロトフの情熱を煽った。
「謝ることなどない」
切なさで一杯になってマイクロトフは再びくちづけを落とした。
髪に、額に、目蓋に────唇に。
相手を気遣うだけで、こんなに穏やかな行為になるのかとマイクロトフ自身が驚いていた。いつもカミューを抱き壊すほど、無我夢中の侵略ばかりだったのに。馴れない行為はマイクロトフの絶頂もなかなか許さない。
次の行為にはさすがに躊躇した。が、無言で促す相手の目に、大きく息を吐いた。
「────本気、なんだな」
「うん」
「苦しくてもいいのか……?」
「────いいよ」
じっと見開かれていた目が閉じられる。
マイクロトフは覚悟を決めた。迸りで濡れた指先をそっとずらす。不意に背後から圧迫されて、少年はびくりと緊張した。
「力を抜いていろ────できるだけ優しくするから」
こうなってようやく、これまでの行為がカミューにリードされていたことに気づく。彼が導いてくれるからこそ、自分が奔放に振舞えていたことに。
何も知らない少年を抱くには、マイクロトフはあまりに無知だったし、技巧も持っていない。それでも少しでも楽に受け入れられるよう、忍ばせた指で道を開く。
その行為さえ、今のカミューにとっては苦痛以外の何ものでもなかった。差し込まれた指が蠢くたびに、身体を仰け反らせ、震えながらマイクロトフを呼んだ。何時の間にか滲んだ涙で濡れた目が、男の激情を呼ぶことも知らず。
これ以上は耐えられなかった。
マイクロトフは性急に恋人の脚を抱え上げた。はっと目を見開く少年に、最後にもう一度だけ囁いた。
「……つらかったら言ってくれ、おまえを傷つけたくはない」
密やかに首を振る気配に、マイクロトフは必死に自分を殺しながら押し入った。
途端に鋭い悲鳴が上がる。無意識にずり上がる身体をしっかり抱き締めて、マイクロトフは身体を進めた。
「あ……────あ!」
かつてないほど気遣った挿入であったにも拘らず、カミューは一気に涙を溢れさせた。身体は恋人を覚えているかも知れないが、心が追い付かない。強張り故に抵抗はきつく、文字通り裂かれていく苦痛と恐怖に全身が激しい拒絶を訴えた。
「カミュー……」
マイクロトフもまた、初めて見る恋人の反応に戸惑うばかりだった。素直に苦痛を浮かべ、幼げに首を振りながら必死に男を押し退けようともがく姿に、あるいは行為を中断すべきかと考える。
いつもなら決してそんなことはできない。だが、最後の理性が口を吐いた。
「やめるか……?」
息を切らせて問い掛けた男に、カミューは涙の溜まった目を合わせた。相手の表情に心からの労りと愛情を見つけて微笑もうとする。
貫かれている苦痛は耐え難い。けれどそれはすべて彼自身の望んだことだ。こんな抜き差しならない状況にあってまで、男は自分を第一に考えている。それがカミューを安堵させた。
弱く首を振り、大きく息を吐くと、彼はマイクロトフの首に両腕を回した。滲んだ汗が柔らかな髪を額に張り付けている。マイクロトフはその髪を掻き分けてくちづけを与えた。
「……好きだ」
呟いて、緩やかな抽挿を開始した。途端に跳ね上がる身体をしっかりと押さえ、宥めながら体温を交わらせる。
「あ……い、痛…………っ……」
堪えようとしても洩れてしまう苦痛の喘ぎ。
それでも彼は男にしがみついたまま離れようとはしなかった。
馴染んだ身体が次第に男を受け入れ始め、仄かな快楽が兆しても、少しでも肌が離れることに怯えるようにカミューは更に男を引き寄せる。
「忘れ……ないでね────」
くちづけの合間に切れ切れに洩れる声。聞き止めようとマイクロトフが身を屈める。
「オレが……あんたを好き……だったこと────オレが消えても……、覚えて……いて────」
「カミュー……?」
見下ろした琥珀の瞳は涙で一杯だ。苦しげに息を切らせながらマイクロトフを見つめる表情は、縋り付く子供のように幼く、それでいて官能を漂わせる青年のものだった。
「何を────言ってる? 苦しいか……?」
「好き……だよ」
ぽろぽろと零れる涙を拭い取る男の指に、首から外された指が絡んだ。しっかりと握り合わされた手は燃えるように熱かった。
「好き────」
無防備に泣きながら必死に訴える恋情。
常ならぬカミューの求愛。
「────ありがとう…………」
何に対する礼なのか、マイクロトフには考える余裕がなかった。
あまりに素直な恋人の反応に、長い禁欲の反動が吹き荒れた。抑えようにも抑えられない激情が、次第に激しく少年を揺さぶる。
泣きじゃくり、縋り付きながら少年は幾度も男を呼び続けた。
やがて声は掠れ、薄れていく意識の中に遠い故郷の大地が浮かんでくる。
────ああ、この人がオレの故郷となるのだ……。
真実の相手を選び取った未来の自分への感謝を覚えながら、少年カミューはゆっくりと眠りについていった
。
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