彼らの選択  ACT2


「失礼致しますっ、カミュー様!」
ロックアックス城に設えられた騎士団長の執務室。
明日行われる部隊の軍事演習について相談していたカミューと赤騎士団副長ランドは、入ってきた第十部隊長エドの紅潮した頬に顔を見合わせた。そして後に続く背の高い少年に、内心溜め息を吐く。
「どうした、急用か」
ランドが尋ねると、エドは進退極まったといった風情で首を振る。
「申し訳ございません、お取り込みのところ……実はまた、私闘騒ぎが……」
そのまま口ごもる。
言い難いのは無理もない。騎士団において私闘騒ぎなど本来あってはならないことだ。騎士たちは私的な争い事を固く禁じられており、それが騒ぎになった場合、対抗試合という公の場での決着をつけることを余儀なくされる。
しかし試合に敗北した場合、面目が丸潰れになることもあり、騎士たちは極力これを避けようとする。ただ、このところ赤騎士団は三日に一度の割合で対抗試合を設けねばならない事態に陥っていた。
「……またか」
半ばうんざりした口調でランドが呟く。彼は剣技もさることながら、実に思慮深い性格をしており、部下からの信任も厚い。三十も後半だが、十以上年下のカミューに心酔していて、その忠節は固かった。
「何度目になる、ミゲル?」
やや皮肉りながらランドが掛けた言葉に、ミゲルは無愛想にそっぽを向いた。
「こら! 副長の質問に答えんか!」
エドが仰天して傍らの少年を小突いたが、彼はまったく意に関していないようだ。
もともと騎士に叙位されていないミゲルには対抗試合で失う面目などない。だから少年は相手構わず喧嘩を吹っかけるのだ。
相手は騎士として私闘を避けようと出来るだけの忍耐を自らに強いるのだろうが、それでも耐えられずに応じる者もいる。まずいことに、ミゲルは剣技だけならば十分に騎士と同等レベルの実力なのだ。無論、途中で不正を働くから結局はミゲルの反則負けになるわけだが、それでも相手の騎士にしてみれば、従騎士である少年と互角の戦いをするのは実に見栄えの悪いものだった。
所詮ミゲルには相手を馬鹿にする意図しかない。まともに対するのは非常につまらないことだ。そうした葛藤を知ってか知らずか、少年の暴挙は後をたたない。
信頼する副長のげんなりした姿を横目で見つめ、カミューは苦笑を禁じ得なかった。
彼が就任してより半年、赤騎士団は実に平和そのものだった。騎士たちは最年少で最高位を得た青年に深い敬意を表していたし、カミューが支配体制を整えるのに問題は何一つなかった。
それが、この少年一人の加入によって、やや変化しつつある。静かだった水面に落とされた小石のように、ミゲルはあちこちで騒動を起こしている。
ランドが溜め息を吐くのも初めて見たし、部隊長らが入れ代わり立ち代わりにミゲルの行状を申告にくるのも新鮮だった。
カミューは実際、ミゲルのことなどさして問題に思っていないのだ。不慮の事態に対する部下の反応を窺うことの方に、彼にとっての優先順位があった。
「相手は誰だ?」
ランドが問うと、エドは苦い表情で答えた。
「はい、我が部隊のリーです。その、仲間たちと剣の訓練をしていましたところ、このミゲルが何やら彼を嘲ったとかで……」
そのままエドはミゲルを睨み付けた。この反応は今日まで幾度となく進言に訪れた部隊長のいずれにも該当するものだが、誰もが少年を厄介ものと見做し、できれば追い出したいと切望しているのがわかる。
一方の少年は睨まれたことなど平気の顔で、もう何度も引き摺られてきた騎士団長執務室を眺め回している。その横柄な横顔に、カミューは初めて口を開いた。
「────何がそんなに可笑しかった?」
これまで対抗試合を命じたり、色々な指示を与えてきたのはランドだった。彼は崇拝する騎士団長がこのようなつまらない事柄に関わることさえ耐えられないらしく、ミゲルに関する一切にカミューの口を挟ませないように運んできていた。従って、思いがけず話を切り出したカミューに戸惑った表情を隠せない。
ミゲルはじろりとカミューを見た。
彼もまた、幾度もこの部屋で対峙しながら一度として会話を交わしたことのない青年団長の声にやや意外だったようだ。それから、あまり品の良くない笑みを浮かべる。
「……あのおっさんが、あんまり不恰好だったからさ」
エドは飛び上がった。
「な、な、何て口を聞く! ミゲル、貴様────カ、カミュー様に向かって……!」
赤騎士団はおろか、すべての騎士団を見回しても、目上の者にこのような口をきくものはいない。エドの狼狽はもっともだったが、カミューは軽く彼を制した。
「……どう不恰好だった?」
ミゲルは数回瞬いて、少し口調を重くした。
「脇が甘いんだよな。防御が下手なんだよ。あんな防御ならしない方がマシなのに、教えられたことをそのまんま実行しようとするから、見てくれが悪いったら」
ふんと鼻で笑うと、少年は挑発的にカミューを見た。
「みんな自分なりの得意分野ってもんがあるだろ? それを考えないで型にはめようとするのは間違ってるんじゃないの? あのおっさん、防御の訓練をするより攻撃に徹した方が、生き延びる確立が高いと思うね」
延々と語られた事実よりも、ランドやエドはその言葉遣いが堪らなかった。さすがにカミューに制止されたことで押さえてはいたが、いずれも顔中に苦渋が浮かんでいる。
カミューはしかし、少年の指摘を興味深く聞いた。
口は悪いが、言っていることは正論とも言える。いまだかつて彼に向かってそうした意見をした者はいない。騎士団の常識として訓練に疑いを持つものなどいなかったのだ。
一目見ただけでその騎士の苦手とするところを見破るのは、それだけミゲルが剣技に置いて鋭い感性を持っているからだろう。
────ただ、もう少し言いようもあるだろうが。
カミューはエドに目を向けた。
「……そうなのか?」
「は、はあ……確かにリーはやや防御に問題がありますが それを克服すべく必死に訓練をしているわけであり……」
「だからさあ、それが時間の無駄だっての」
ミゲルがぞんざいに口を挟む。上官同士の会話に割り込むことだけでも恐ろしい無作法な上に、敬意の欠片もない言葉。温厚で知られるランドがさすがに眉を寄せた。
「────ミゲル。おまえには色々と目を瞑ってきているが、これ以上の無作法は許せない。その態度と言葉遣いを何とかしないなら、わたしの権限で直ちに牢へ送るぞ」
カミューはおや、と机の横に立つ副官を見た。
この男が自分を差し置いてこんな発言をするのは初めてである。それだけ煮詰まってるということだろう。温厚なランドがこうなら、他の騎士隊長はもはや噴火寸前といったところか。これ以上事態を放置しておくのは、彼らの精神衛生上良くないことだ。
「エド、戻れ。少し、その騎士の防御を見てやるがいい。そして実際見込みがないようなら、おまえの判断で防具のランクを上げてやり、以後攻撃を磨くよう指示するように」
「カミュー様! この者の言うことを……」
カミューがミゲルの発言を支持したことで、エドは頬を染めた。が、カミューは静かに続ける。
「そうだな、本来おまえが気づかねばならないことだ。つまらないことに気を取られる前に、第十部隊の隅まで管理するのがおまえの務めだ」
「は、はい……」
カミューはゆっくり立ち上がり、しょんぼりとうなだれているエドの前にまで進んだ。
「────おまえになら出来ると部隊を預けているのだぞ? わたしの期待に応えてくれ」
柔らかに微笑みながら言うと、エドの顔が輝いた。
「はっ、はい! 必ずやご期待に添います、カミュー様!!」
「では、行け」
「し……、失礼致しますっ」
入ってきたときとは異なり、意気揚々と出ていくエドに、ランドは思わず苦笑していた。
彼らの団長はまったく人の扱いが巧みだ。叱責の後の一言、エドはもうカミューの期待に応えること以外頭にないだろう。 
カミューはそのまま執務机の縁に腰を落とし、ミゲルに目をやった。
「……座るがいい、ミゲル」
一人残されて所在なげにしていたミゲルは、その言葉に躊躇しながらもソファに座った。居心地悪そうにもじもじしていたかと思うと、次にはどっかりと背もたれにもたれて足を組む。あくまでも横柄な態度を取り続ける少年に、またもランドは口を開きかけたが、それよりも早くカミューが切り出した。
「ミゲル、おまえは騎士になりたくないのか?」
「────別に、どうだっていいよ」
プイとそっぽを向いたままミゲルは答えた。
「騎士士官学校に入学できるのは、このロックアックスでも限られた子弟だけだ。しかも、特待生として受け入れられながら、どうしてわざわざ脱落しようとする?」
「………………」
「おまえは実際、剣技にかけては比類なき才を持っているようだ。その腕を騎士団のために活かそうとは思わないのか?」
ミゲルはふと、唇を噛んだ。それからじろりとカミューを睨みつける。
「剣だけで認められるならそうするさ。だが、騎士団は違うじゃないか」
「どういう意味だ?」
「……あんたみたいに、世渡り一つで団長になるような奴もいるってことさ」
「────ミゲル!」
ランドが鋭く叫んだ。彼には珍しく青ざめている。
「そのような無礼な口を…………」
「ああ、いい。言わせてやれ」
カミューは穏やかに遮った。
「わたしが世渡り一つで出世したと? それが気に入らなくて問題を起こしていると言うのか?」
「……ま、あんただけじゃないけどな。考えてもみろよ、おれのこの態度だったら今すぐにも除籍されても不思議じゃない。なのに、みんな黙認する。前白騎士団長の顔色が怖くて────ね」
なるほど、とカミューは少し納得した。
少年は、いつまでも自分がルチアスの影に覆われているのが納得できないのだ。彼が特待生として遇されたのも、所詮は叔父のご威光だとでも考えているのだろう。
「では、なぜ自分から除隊しない? 騎士になりたくはないのだろう?」
重ねて問うと、少年は初めて顔を歪めた。その僅かな変化で、カミューは即座に理解した。
騎士になりたくないわけではないのだ。ミゲルは誰よりも剣が好きで、それを使って生きたいと思っている。ただ、そのためには偉大だった叔父の影から抜け出さねばならない。それができなくて、葛藤しているのだ。
「ミゲル、今一度聞く。騎士になりたくないか?」
「────……どうだっていいよ」
投げるように呟いた少年に、カミューは溜め息をついた。彼はゆっくりと机に戻ると、引き出しから二枚の書面を出し、その一枚を少年に差し出した。
「────除籍願いだ。サインしろ」
ランドが息を詰めた。少年もまた、驚いたように目を見開く。カミューは再び机の縁に座りながら、手に残した一枚をひらひらと振ってみせた。
ミゲルはやや戸惑ったようにカミューを見上げた。それから渡された書面に目を落とし、しばらく読み進めた後、真っ赤になって立ち上がった。
「な……何だよ、これは?!」
「『わたくしこと、赤騎士団員及び騎士士官学校生ミゲルは、十四よりこれまで、四度に渡って騎士試験に失敗致しました。己の腕の未熟さを遺憾に思うと共に、これ以上騎士団に在籍しても騎士として叙位される見込みはないと認め、除籍を申請致します』」
カミューは手にした書面をすらすらと読み上げた。ミゲルは激昂して叫んだ。
「おれの腕が未熟だって? ふざけるなよ、おれは騎士試験では相手を全員ブチのめしたんだぞ!」
「……おまえが失格したのは事実だ」
カミューはさらりとかわした。
「知っての通り、除隊願いは公の文書だからな。あちこちの人間が目を通すだろう」
「じょ、冗談じゃない! こんなもの……」
破り捨てようとしたミゲルに、カミューは笑った。
「控えならまだいくつも用意してあるぞ、こうして……な」
言いさして摘んだ書面を揺らす。少年は唖然として書類をテーブルに叩き付けた。
「騎士試験には限られた者しか立ち会わない。よって、おまえがどういう闘いをしたかなど一般の誰も知り得ない。失格となって破れた、それだけが事実だ。理由としては納得できるだろう?」
「………………」
憤怒に紅潮しているミゲルと、淡々と話を進めるカミューを代わる代わる見て、ランドは内心舌を巻いた。
────はなから勝負にならない。終始余裕で場を仕切っているのはカミューだ。誰よりも駆け引きの巧みな男に、人生経験さえ劣る少年が勝てるわけがない。興味深く見守りながら、この先どういう展開になるのかといっそう息を詰める。
「あ……、あんただって叔父上に頼み込まれておれを引き受けたんだろ? こ、こんな真似したら……」
恐らく少年としては非常に不本意な反撃だったのだろう。ルチアスの庇護を外したいと気を張っていながら、それを持ち出したことで、ミゲルの顔は歪んでいた。
カミューはあっさりと言い切った。
「ミゲル、おまえは一つ思い違いをしている。確かにルチアス様は先代の白騎士団長、退位なされた後も敬意を表するに異論はない。しかし、な────」
彼は妖艶な笑みを浮かべた。
「わたしが現在忠誠をお誓い申し上げているのはゴルドー様だ。あの方の命令は絶対だが、すでに位を退かれたルチアス様の命に従う理由はない。ルチアス様に位を与えられたゴルドー様ならいざ知らず、わたしにはルチアス様に対してそこまでの義理はない」
ミゲルはどさりとソファに沈んだ。もはや撃沈間近といった様相だ。
カミューは畳み掛けた。
「強制除籍ならばともかく、こうして希望除隊ならばルチアス様も納得なさってくださるだろう。ゴルドー様も、おまえにはたいそうご立腹でおられたからな、うまく間に入ってくださるだろう」
「……………………」
ミゲルは唇を噛んだ。
「さあ、サインしろ」
「────嫌だ」
少年はきっぱりと言い放った。
「冗談じゃねえ、誰がこんなものにサインなんか……おれがサインしなければ、こんなの何の意味もあるもんか」
カミューはその言葉を予想していた。はんなりと笑って首を振る。
「ミゲル……実はわたしにはある知り合いがいる」
ミゲルは不意に変えられた話題についていけず、幼げに瞬いた。
「その人物は、とても器用で……殊に、筆跡を真似るのが上手い」
更に机に積み上がっていた書類の中から、一束の文書を摘み上げる。
「これは騎士士官学校の最近の食事当番表だが……おまえのサインがある。ああ……汚い字だな、少しは勉学にも励んだらどうだ?」
ランドもミゲルも、カミューの意図していることを次第に理解し始めた。ランドは苦笑し、ミゲルは青ざめた。
「お、おれの筆跡を真似て……除籍願いを作ろうってのか?!」
「少し違うな」
カミューはにっこりした。
「もう、作ってある。これが原本で、おまえが見ているのはその控えだ」
片手を優雅に揺らすと、ミゲルはぎょっとしたようにテーブルの上に投げたままの書面と彼の手元を見比べる。
「これだけでもいいのだが……ルチアス様にも一部控えをお届けした方が説得力があるかと思ってな。そういう訳で、サインしてくれミゲル」
少年は、ランドが見ても気の毒なほど追い詰められていた。
さっきカミューが読み上げたような内容が知れ渡れば、ミゲルは立つ瀬がないだろう。負け犬として逃げ出すのだと、誰からも軽蔑されてしまう。少年が得ている年少者からの信頼、そうしたものも失われてしまうだろう。
ルチアスとて、甥が希望して除隊したと言われれば、庇いようがない。ランドは今更のようにカミューの巧妙なやり方に溜め息を吐いた。
「で、できるものか、サインなんか……」
終に少年は打ちのめされたように呟いた。
「────できない?」
カミューは感情の窺えない声で問い返す。
「ほう、おまえにも不名誉という意識はあるわけだ。ならば何故、他の人間にもそれがあることがわからない? おまえは結局、ルチアス様の後ろ楯に甘んじて他人に力をひけらかしているだけの子供に過ぎない。それでよく、他人を論じることができるな」
今日までミゲルは誰からもこんな叱責を受けたことがなかった。
彼を指導する立場の人間は、常にミゲルの後ろに前白騎士団長を見ていた。彼自身、そのことを嫌悪しているのに、逆にそれを取り払われることに慣れていないため、怒りを通り越して呆然としているのである。
「この除隊届けを使われたくないか」
「────あ、当たり前だ……」
「ならば今ここで、わたしに服従を誓うがいい」
「な、何だって?」
カミューは相変わらず笑みを浮かべていたが、その眼差しは少年を凍りつかせるほど冷たく厳しかった。
「おまえの名と剣にかけて、以後わたしの命令に絶対服従することを誓え。無論、今後このような騒ぎを起こして赤騎士団の秩序を乱すことは許さない。それを破れば直ちにわたしはこの除籍願いを執行する」
「……………………」
「さあ、返答は?」
ミゲルはかなり長いこと逡巡していた。
彼にとってこの事態は手に余ることだったのだろう。それでも自分の失うものの大きさを計りに掛けて、さんざん迷った挙げ句、がくりと肩を落とした。
「……誓うよ」
「ミゲル、礼節はどうした?」
ランドが鋭く口を挟んだ。彼は自団長の鮮やかな処置に感動していた。ここで一気にミゲルに立場を思い知らせなければならない。
「────誓います」
「威儀を正して、抜刀する! これまで何を学んできた?」
再度の副長の叱咤に、ミゲルはよろよろと立ち上がった。言われた通り剣を抜いて、それから大きく息を吐いた。もう完全に諦めたといった調子で、姿勢を正して大声で宣誓する。
「わたくしこと従騎士ミゲルは、我が名と我が剣において、赤騎士団長カミュー様に忠誠を誓います。いかなる場合にも命かけてその命に従い、剣を捧げ尽くします」
さすがに特待生だったことはあり、その儀礼は堂に入ったものだった。ランドはほう、と感心した。言い放った後、ミゲルはやや悔しげに唇を噛んだが、眼差しはぴたりとカミューに当てられていた。
カミューはゆっくりと微笑んだ。
「……従騎士ミゲルの忠誠に期待する」
名と剣にかけて誓うのは絶対の誓約だ。これに背けば命を取られても文句は言えない。
「ではミゲル、おまえに命ずる。その除籍願いにサインしろ」
「…………え?」
「聞こえなかったか、サインをしろと命じたのだ」
ランドが進み出てペンを渡すと、ミゲルは不承不承受け取った。いかにも納得いかなそうに、少年は文面の最後にサインした。ランドが確かめた上でカミューにそれを差し出す。彼は満足そうに頷いた。
「────ローウェルを呼べ」
二度は言わせず、ランドは隣室で張り番をしている少年騎士に命じて第一隊長を呼んだ。
しばらくしてやってきた赤騎士団第一部隊長ローウェルは、自団の預かる問題児の同席にやや眉を顰たが、礼節通りカミューの前に直立した。
「お呼びでしょうか、カミュー様」
ローウェルは筋骨逞しい屈強の騎士だ。体格からすると、並んだカミューが乙女のように見える。だが、彼もまた若き自団長に心酔している一人であり、彼の第一部隊を任されていることを誇りに思っている。
「今日より、この従騎士ミゲルの身柄を第一部隊に預ける」
「は……?」
さすがにローウェルは戸惑った。騎士に叙位されてもいない少年が、騎士団の最高部隊である自分のところに預けられるのは異例中の異例だったからだ。
「従者レベルで扱き使って構わない。ああ、まず城の掃除あたりから始めたらいい」
「……しかし…… 」
「四度も騎士試験に落ちるような男だ。他の従騎士と同じように扱う必要はない」
冷たく言い放ったカミューに、ミゲルはさっと紅潮した。
「なっ…………!」
「他の騎士隊長にも伝えておけ、少しでも反抗的な態度をとったら直ちに報告せよ、と。その際には彼は希望除隊するそうだ」
ローウェルは怪訝な顔をしていたが、副長ランドが今にも吹き出すのを堪えているらしいのを見て、どうやら敬愛する団長が何やら策を弄したようだと納得したらしい。即座に姿勢を正し、復唱した。
「第一部隊にて、従騎士ミゲルを従者と同等の扱いでお預かり致します!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 何で……」
慌ててミゲルが言い募るのを、カミューは書面の一振りで遮った。
「忘れるな、ミゲル。おまえはわたしに質を取られたのだ。今後、一切の目溢しはない。おまえがこれまでのような態度で振舞ったと耳に入れば、わたしは即座にこれを行使する」
愕然として少年はカミューを見た。ローウェルがにやりと笑いながら告げる。
「覚悟するのだな、ミゲル。我が部隊は特に礼節に厳しいぞ」
「………………」
「では、まずロックアックス城の床磨きなどから始めるということで宜しいでしょうか?」
部下の言葉にカミューは頷いた。
「何しろ力が余っているようだからな、徹底的に使っていいぞ」
「く、くそ────」
「ん? 何だ、何か言ったか?」
傍らで唇を噛んでいる少年を陰険に眺め、ローウェルは威儀を正した。
「では、失礼致します! 来い、ミゲル」
少年を小突くようにして促すローウェルに、カミューはふと足を進めた。真っ直ぐにミゲルに寄ると、ずっと手にしていた方の書面を差し出した。
「────?」
「これは必要ないからな、おまえにやろう」
受け取ったミゲルは怪訝そうに文面を見て、それから愕然とした。
「───な、何だよこれは?! おれの偽サインなんかないじゃないか!」
カミューは優雅に肩を竦めた。
「知らないのか? 公文書の偽造は犯罪だ」
「な…… な…………」
「本物のサインも手に入ったことだし、精々これを行使されないよう頑張ることだな、ミゲル」
あまりのことにぱくぱくと口を開いている少年は、やっと騙されて本物のサインをしてしまった事実を思い出した。青くなったり赤くなったりしている彼を、ローウェルが引き摺っていく。
「ミゲル、確かにわたしは剣の腕一つで団長になったのではないかもしれないな。上に立つものは、こうして頭を使う必要もあるのだと覚えておくがいい」
「こ この、この…………────卑怯者〜〜〜!」
最後に礼節を忘れて怒鳴った少年に、ローウェルの強い拳骨が落とされていた。扉の向こうでいつまでも轟き渡っているおたけびに苦笑しながら、ランドが切り出した。
「お見事でした、カミュー様」
「────力に力であたるほど、愚かなことはない」
カミューは柔らかに答え、除籍願いを引き出しに放り込んだ。

 

 

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あちこちに出没していた赤騎士団要人のおぢさん達。
今度の話では名前つきで登場です。
第十部隊長のエド氏は、
赤騎士団の隊長には珍しいタイプ。
「うっかり八兵衛」がモチーフです(死)

次回副題は「ロックアックス城のシンデレラ」(笑)

 

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