執務室に十人の騎士隊長が集められた。
彼らはカミューの休暇取得を予想していたようで、しきりに身体を案じた。だが、ランドに寄り添われるようにして椅子に座るカミューは、いつものように優美な笑みを浮かべて部下たちの懸念を一掃した。
「実のところ、体調は悪くない。ただ団長就任以来、纏まった休暇を一度も取っていないこともあって……ランドに押し切られたというのが本当のところだ」
なめらかに紡ぎ出される言葉に、一同はほっとしたように顔を見合わせる。
「世情も安定していることだし────取れるときに取っておいた方がいい、というのが彼の意見でな。そういう訳で、二週間ばかり留守にする」
「ワイズメル市長の接待の件ではお疲れでしたでしょう。ゆっくりお休みください」
第五隊長が微笑んで言うと、カミューは苦笑した。
「確かに、あれは……できれば二度と請け負いたくない任務だな。戦場を駆けている方がよほど楽だ」
一斉に忍び笑いが洩れる。
「赤騎士団は接待部隊ではなく、勇猛な剣士の集団であると、次の戦では証明したいものですな」
第三隊長が拳を上げると、カミューはしどけない溜め息を吐きながら背もたれに沈む。
「無論だ。そのためにも平時の訓練に力を入れねばならん。期待しているぞ」
「はっ、はい!」
一同は感激したように威儀を正す。
ランド、そして事情を知る騎士隊長らは舌を巻いていた。
一応の打ち合わせはしたと言っても、この切り返しの早さ、機転は驚くべきものだ。今ここで、彼らの団長の心は十三歳なのだと暴露しても誰も信じないだろう。実際に目の当りにしていてさえ、このカミューを見ていると夢だったのかと思われるほどだ。
「では、指示を与える」
カミューは各部隊の問題点や訓練の重点箇所を記した書面を、あらかじめランドに渡されていた。だがランドの見る限り、彼はその書面に目を落とすことはなく、真っ直ぐに各部隊長を見据えながら指示を与えている。招集がかけられるまでの短い時間に暗記したのだろうが、それも信じ難いことだった。
書面を読み上げるのと、相手の目を見ながら指示するのとではまったく違う。常のカミューは後者だった。完璧主義者である彼は、副長に任せてしまってもいいような雑務の一つ一つにまで注意を払う男なのだ。従って、こうした指示も細かい。ランド自身、草稿を作るのに神経を使い果たすほどだった。
カミューはそんな内容を、すらすらとなめらかに言い伝えていく。騎士隊長らはいちいちもっとも、と言いたげに深く頭を垂れて訓辞を受けていた。
「……こんなもので良かろう。ああ、たまには訓練を見に行くこともあるかもしれないが」
「ぜ、是非お越しください! 騎士たちも奮い立ちましょう」
「しかし、あくまで骨休めなのをお忘れなきよう。カミュー団長は、ご無理をなさいますから……」
「気をつけよう」
カミューは優美な笑みで一同を魅了した。
「では、下がってくれ。後のことはランドに一任するので、何かあれば彼を通すように。ローウェル、アレンは残ってくれ。エドは例の見習いたちを呼べ」
「はっ!」
「心得ました」
「失礼致します、カミュー団長」
「良い休暇をお過ごしください」
騎士隊長たちが下がる。残された騎士隊長たちは呆然として首を振り合った。
「……お見事でございます、カミュー様」
「いやあ、元に戻られたのかと思いました」
「そう? 良かった」
褒められてカミューは嬉しそうに椅子の中で足を抱えた。そうすると、もう近寄りがたい威厳は消え、小動物のような可憐さが漂う。なまじ容姿が大人のままなので、妙に可笑しくて一同は笑ってしまった。
「特に、あの微笑まれるタイミング。正に『そのもの』でございましたなあ……」
「そうかな?」
カミューは幼げに小首を傾げる。
「わたしはそのようなところまでレクチャー致しませんでしたが……」
ランドが心底不思議そうに問うと、カミューはうん、と切り出した。
「……何か、その方がいいような気がして。あのおじさんたちが、そうして欲しいんじゃないかなーって思った時に笑ったんだけど……」
「────これは天性のものでしょう」
ローウェルが呟く。
「わたしはこれまで、優雅な仕種とか言葉といったものは天性なものが作用すると考えていましたが……考えを改めました。そのようなものは訓練で幾らでも掴み取れる。しかし、今のカミュー様のように相手の望みを感じ取れる才というのは本能でしかない」
「一種の武器、ということか。なるほどな……訓練できないものをすでにお持ちなのだ。あとは何とでもなるなあ」
二人の騎士隊長の言葉はカミューにはよく理解できなかったが、いずれも自分に満足してくれたようだと、ほっと息を吐く。
「エドです、入ります」
扉の外の声に、カミューは急いで足を戻し、座り直した。数日前までは苦しかった芝居が、マイクロトフが現れただけで何だか楽しいものに変化してしまっていた。
「よろしいですか、一番の年長者が……」
「────ミゲル。わかってる」
囁いたランドにカミューが応じた。
打ち合わせ通り、声を掛けてからしばらくしてドアを開けてエドが入ってきた。その後にぞろぞろと少年たちが続く。
エドの報告通り、彼らは一様にげっそりしていて、少年らしい頬が削げている者さえいた。最後に入ってきた大柄な少年は、ほとんどカミューと同じくらいの上背があったが、顔つきは険しく鋭かった。
「整列!」
エドの号令に少年たちは四列に並び、一人ミゲルが前に出た。その目線は食い入るようにカミューに当てられていた。お陰でカミューは自分の偽りが見透かされているような気分を感じた。
ランドが最初に口を開いた。
「長いこと謹慎させたが、本日をもって罰則を解く」
少年たちは顔を見合わせた。もともと肝試しは、それほど厳しい罰則を与えられるような罪ではないと先輩たちから聞かされてきた。これほど長く謹慎させられるのは、その所為でカミューが怪我を負ったからだろうと思っていたのだ。
あの夜、カミューが血塗れで戻ったというところまで聞かされて、追い立てられるように兵舎に押し込まれた。その後、怪我はなかったという短い報告だけは貰えたが、謹慎は解かれなかった。
よもや騎士団の中枢が大事件でそれどころではなかったなどと考えつかない少年たちは、怪我がなかったというのは慰めなのではないか、本当はカミューが寝込んでいるのではないかと毎日不安を募らせていたのである。
たまに差し入れに来てくれる若い先輩騎士の話では、カミューが体調を崩しているらしく、姿を見せないとのことだった。それも実は気休めで、起き上がれないほどの重体なのではないかと夜な夜な語り合っていたのだ。
やっと兵舎から出され、こうして元気そうな騎士団長を見ても、ほっとするより呆然としてしまって感情が沸いてこないらしい。
「……どうした、不満か? もう少し謹慎しているか?」
揶揄するようなローウェルの声に、少年たちは我に返った。急いで首を振ると、改めてカミューを見つめた。謹慎が解かれたことよりも、カミューの無事を確認したかったのだ。
「……カミュー団長」
不意にミゲルが声を出した。
「本当にお怪我はないのですね……?」
誰もが驚くほどミゲルの言葉は穏やかで、心からの安堵が滲んでいる。彼は真っ直ぐにカミューを見つめていたが、その視線にはこれまでになかったものが込められていた。
ローウェルはすぐにそれに気づいた。自分がかつて、反感から尊崇に想いを変えた日のことを思い出したからだ。もはや少年には荒くれた気配はなく、やや頬の痩けた顔立ちには彼が脱皮を終えた事実を物語る確たる信念の光があった。
カミューが予想外の問い掛けに戸惑う前に、ランドが素早く間に入った。
「その通りだ、案ずるな。今回のことを踏まえた上で、今後は行動に責任を持つように」
ミゲルは一応ランドの言葉に深く礼を取ったが、相変わらず視線はカミューに向いていた。カミューは微かな不安を覚えたが、努めて自然に見えるよう椅子にもたれた。
「────心配させたな」
彼は静かに言った。
「おまえたちには、必要以上の罰則となってしまったようだ。通常の生活に戻り、いっそうの努力を期待する」
「はっ、はい!」
「申し訳ありませんでしたッ」
「ぼく……ぼく、頑張ります!」
「もう二度と、馬鹿な真似はしませんっ」
幼い少年たちが弾かれたように一斉に怒鳴り出す。カミューは内心驚いたが、口元には苦笑を浮かべることに成功した。
「わたしは休暇に入ってしまうが、休みが明けたら剣の腕でも見せてもらおう。しっかり訓練するように」
少年たちは顔を見合わせ、一気に頬を染めた。入ってきたときの悄然とした気配はきれいに消え、輝くばかりの喜びに満ちている。
カミューは自分の言葉一つで同じくらいの年頃の少年たちがこれほど歓喜するのを不思議な気分で見つめていた。彼らが見ているのは、決して今の自分ではない。微かに苦いものが込み上げるが、首を振ることでそれを払った。
「では、下がっていいぞ」
ランドに言われて見習いの少年たちは不馴れな礼をしながら部屋を出ていった。
ところが、ただ一人ミゲルだけがそこに残った。一同が怪訝そうに真剣な表情の少年を見る。
「どうした? まだ何か?」
まずいな、とランドは思いながら問うた。
ミゲルはここまで、カミューに近しく生活していた。ひょっとしてランドらが知り得ない、二人だけが知る内容の話でも切り出されればフォローしきれない。
出ていけ、とも言うことができなかった。それほどミゲルの表情は固く、真摯なものだったのだ。
「……どうした」
カミューは柔らかく尋ねた。口調とは裏腹に、内心ひどく動揺している。ミゲルに対しての情報は────散々反抗的な態度を取ってきた騎士団の暴れ馬。近頃は改まりつつあるが、礼節を欠いた数々の言動────短い時間ではその程度の知識しか与えられなかったのだ。
今回の事態がミゲルの突進から起きてしまったということはわかっていたが、すでに彼は許されていると聞かされた。今更そんな相手と対峙することはないだろうと思っていたのである。
ミゲルが何を言い出すのか、一同は息を詰めた。
「……まず、これまでの無礼の数々をお詫びします」
彼は丁寧に、だが深く頭を下げた。騎士隊長らは驚いたが、誰もが口を開くより早くミゲルは顔を上げて続けた。
「そして、その上でお願いします。次の騎士試験におれを出してください。今度こそ、必ず騎士に叙位されます」
ランドは来月に予定されている騎士試験のことを初めて思い出した。通常年に一度の行事なので、うっかり失念していたのだ。
「もし騎士になれなかったときには、あの除籍願いを行使してくださって構いません」
「除籍願い……」
カミューは初耳の連続に困惑した。まだ騎士試験の要項までは教えられていない。無理もなかった。ランドたちが教えてきたのは、騎士となってからの心得や務めだったのだ。
まして、十年後の自分が策謀めいた真似で相手から除籍願いを取り上げていることなど知る由もない。ミゲルの言葉は、すべてカミューには意味のわからないことだらけだった。
カミューが言葉に詰まっているのに居並ぶ騎士隊長も気づいた。彼らは一斉に頭を抱えそうな気分に見舞われていた。
これまでのカミューとミゲルの関わりを考えれば、こうして礼節を貫いているミゲルを追い出すのは、あまりにも不自然だ。かと言って、このまま会話を続けさせれば綻びが生ずるのも時間の問題のように思える。
彼らは救いを求めるようにランドを見たが、そのランドが一番困り果てていた。
「お、おまえがいつまでも騎士になれないから除隊する、とうたった除籍願いだな。あれを使っても構わない、と……そう言うのだな?」
苦しい説明をまじえた返事を横から繰り出す副長に、カミューは必死に話を繋げようと努力した。
「……はい。おれはこれまで、叔父の威光に乗ってつまらない騒ぎを起こしてきました。それがどれほど愚かしいことであるか、カミュー団長に教えられました。今後はただの一人の剣士として、騎士団におけるつとめを誠実に果たしたいと思います。できることなら、叙位の際にはおれを赤騎士団に残してください。お願いします」
カミューはまだミゲルという男がよくわからない。騎士試験に何度も落ちた男が、受かった後のことまで願い出るのは不思議だと思った。彼の実力ならば白騎士団でも望むことができるのだ、などとは思いつかない。
彼は困惑しきってランドを見た。初めて団長の仮面が揺らいだ瞬間である。騎士隊長らは動揺した。
ミゲルを赤騎士団に迎えるかどうかは団長の意志によるものだ。それを促してしまっては明らかに越権行為である。ミゲルとて不審に思うだろう。
「お願いします、カミュー団長」
ミゲルはまたも深々と頭を垂れる。意地も矜持も拭い捨てての懇願だ。それほどカミューに心酔してしまったのだと騎士隊長たちは感動したものの、予想を上回る事態におろおろとカミューを凝視するばかりである。
カミューはふと、溜め息をついた。
「……頭を上げろ、ミゲル」
はっと一同が息を呑む。ここでカミューがミゲルを拒絶するのは決して良くないことだ。それだけは言わないでくれと祈るような気持ちだった。
「卑屈である必要はない。おまえは覚悟を決めたから、そうして願い出ているのだろう……? だったら、胸を張り続けたらどうだ」
ゆったりとした言葉の流れ。カミューが必死に考えながら搾り出している証だ。しかし、そんなことはわからないミゲルは窺うように顔を上げ、真っ直ぐにカミューを見た。
「……今ここで、それを約束する必要があるか? わたしが欲しいのは、不確かな未来ではない。確定した現実だ」
不用意な約束事をしてはならない、という本能的な配慮が命じた言葉だった。が、それはこの場に見事に適ったものであった。
「────しかし!」
反論しようとするミゲルを片手で制し、カミューはうっすらと笑った。
「おまえの言葉は覚えておく。それで良かろう?」
騎士隊長らはカミューの機転に感心した。これならばどちらに転んでも問題ない。正に、これ以上の答えは望むべくもない答えだった。
だが、ミゲルは納得できなさそうだった。しばらく考えた上で、ようやく頷いた。
「……わかりました。結果を見せろということですね。では、騎士試験に出ることだけは許していただいたと考えて良いのですね?」
ローウェルがミゲルに気づかれないよう、小さく頷いた。カミューは騎士隊長らから送られる合図を見逃すまいと必死になっていたので、即座に応じた。
「ああ。やるからには悔いのないようにな」
「ありがとうございます」
ミゲルはほっとしたように呟いた。それから、またも真っ直ぐに顔を上げる。
「……それから、もう一つだけ。青騎士団のマイクロトフ隊長が戻られているとお聞きしましたが」
はらはらと緊張し続けていた一同も、これには参ってしまった。さっきからミゲルは助け船の出し難い問い掛けばかりする。今度は何事かと彼らは頭を痛めた。
「ああ、耳が早いな。少し前に戻った」
何故かマイクロトフの話題は嬉しかった。自分の親友が赤騎士団でも有名なのかと単純に喜んだのも束の間、次の言葉にカミューは呆然とした。
「あの……先日カミュー団長が勧めてくださった件なのですが、騎士試験の前に一度、実現させてはいただけないでしょうか?」
誰もが初耳である。しかも、恐らく『その件』とやらは二人の間でかわされた会話なのだ。誰よりカミューが真っ白になってしまっている。何とか平静を保とうとしているようだが、目に怯えたものが窺えた。
「ミゲル、それはいったいどういう話だ?」
慌ててローウェルが助け船を出した。彼は一応ミゲルの上官だ。聞く権利があるだろうと努めて険しい顔を作ると、ミゲルは彼を見つめ微かに笑った。
「はい。マイクロトフ隊長に剣を見ていただく、という────」
「マイクロトフ殿に?」
「ええ……その、つまり、おれの剣技があの方に似ているから、と……色々助言いただけるのではないかということだと……」
そうですよね、と相槌を求める視線を向けられ、カミューは可哀想なほど狼狽えながら頷いた。
「そ、そう。そうだ……わたしが勧めたんだ。きっとミゲルに役立つんじゃ……ではないかと思って」
思わず口調が崩れかけるのを必死にこらえながらの答えだ。いよいよまずいとランドは目眩を起こしかける。
「どうでしょうか、お口添えしていただけますか?」
「あ、ああ。わかった、話しておくよ」
やや少年染みた口調に戻りかけているのを見て、慌ててアレンが口を挟んだ。
「ただ、マイクロトフ隊長も暇な方ではないからな。何時、という約束はできないぞ。後から知らせるということでいいな、ミゲル」
「はい、ありがとうございます」
「で、ではもういいだろう。カミュー様はこれから休暇に入られるのだ。もうこれ以上、面倒なことは言うな」
エドが苦しいフォローをすると、ミゲルは申し訳なさそうに苦笑した。
「すみませんでした」
「退出を許す、ミゲル。任務に戻れ」
もうカミューが限界に達しているのを感じてランドが鋭く命じる。否と言わせぬ強い口調に、ミゲルは素直に礼をした。
「────カミュー団長」
「え? あ……、な、何か────?」
怯えたようにカミューは椅子の上で後退った。が、その反応はミゲルにはあまり気にならないようだった。
「…………よい休暇をお過ごしください」
「────ど、どうも」
最後にまったく不似合いな言葉が零れ出てしまった。ミゲルはにっこりして出ていった。
一同はどっと疲れて肩を落とした。騎士隊長らは問題なく往なせたのに、思いがけないところで苦労させられてしまった。彼らは心配そうにカミューを見遣った。
彼は呆然としていたが、やがてほうっと長い溜め息を吐き、椅子からずり落ちそうになった。慌ててランドが支えの手を伸ばす。
「駄目だ、バレたかもしんない」
「……大丈夫でしょう…………おそらく」
「あいつ、最初から物凄い目で睨んでるんだもん。オレ、あいつに嫌われてるの?」
「いいえ、……多分その逆だと思いますよ」
「ええ、自分のせいでカミュー団長に怪我をさせたのではないかとずっと案じていたのでしょう。彼はそれは反抗的で、まったくひどいものだったのです。我らも、彼のあんな態度は初めて見ました。さすがに特待生だっただけのことはある」
「わかんないことばっか言うんだもの。絶対バレたよ」
「……我らも焦りました」
ローウェルが苦笑した。
「カミュー様は、あれを気に留めておられましたから。我らの知らないところで親しく会話されたこともあったのでしょう」
「……そういうことは、最初に教えてくれないとなー……」
「申し訳ありません。よもや、あのような話を持ち出すとは……予想外でした」
「騎士試験の件などは、見事な受け答えでした。そつのない、これ以上望めぬ返答です」
「しかし、マイクロトフ殿との剣の稽古の約束を取り付けていたとは……思いませんでしたなあ」
「マイクロトフさんって、そういうのパッて引き受けてくれる人?」
「カミュー様の頼みとあらば、火の中でも飛び込んで行きますよ」
ローウェルが言うと、カミューは気が抜けたように笑い出した。
「……やっぱりヘンな人だ」
「我らとて、同じことができますとも」
「ふーん」
カミューはひょいと椅子から飛んで、窓に向かった。身軽な動作だった。しかし、姿勢を伸ばして窓の外を見る立ち姿は何処かあの優雅さを持っているように男たちには思えた。
一同は、ふと息を殺して彼の言葉を待っている自分に気づく。紛れもない、指導者の匂いがカミューにはあるのだ。
「……次はもう少し上手くやるよ。ゴルドーとかいうおっさんが戻ってきたら、こんなものじゃないんだろ?
知らないことを持ち出された時の反応を磨かないとなあ」
「カミュー様……」
「────元に戻れば一番いいんだろうけどね。こればっかりは、オレにはどうしようもない。なら、できることからやるさ」
それから小さく、『くそ、何で上手くできなかったのかなあ』と呟いている。確かに負けん気は人一倍だとローウェルは微笑んだ。
「さあ、では参りましょう。マイクロトフ殿が待ち兼ねていることでしょう。後のことは我らにお任せください」
促したランドに、カミューは大輪の花に似た笑顔を見せた。
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