彼らの選択 ACT11


ゴルドーが白騎士団を率いてグリンヒルに向かって二日が経っていた。すっかり意気投合したのか、ワイズメル市長を送りがてら今度はゴルドーがグリンヒルに招待を受けることになったからである。
カミューも散々同行を勧められたが、ゴルドー以下白騎士団の二部隊、おまけに青騎士団の精鋭三部隊もが留守をしている状況では、これ以上要職にある人間が城を抜けるわけにはいかない。そうした懇切丁寧な主張が受け入れられたのだった。
ワイズメルは如何にも残念そうだったが、ゴルドーの指揮する勇壮な白騎士団に守られてグリンヒルに戻っていった。
ゴルドーの滞在は往復を含めて二週間とされていたが、これは彼の気紛れによっては幾らでも変わるだろう。三日で戻ってくるかも知れないし、一カ月に及ぶかも知れない。
いずれにしても手のかかる賓客を帰したロックアックス城は、やや気が抜けた状態だった。
カミューもゴルドーの不在がなかったら、いっそ休暇を取りたいくらいであった。肉体的な疲れは置いたとしても、精神的な疲労が大きかった。不本意な阿りを要求され、已む無く応じてきたからだ。
ともあれ、その対応はワイズメル・ゴルドー双方をいたく喜ばせ、結果として任を無事に全うした彼は、息つく暇もなくワイズメル滞在中に積もり積もった決裁書類に向かうことになった。

 

 

 

ミゲルは久しぶりに与えられた休日を利用して、騎士士官学校の後輩たちを訪ねることを思いついた。
やはり同じ赤騎士団に仮配属されている相手の方が何かと話が合うだろうと判断し、第十部隊の管轄に置かれている少年たちのもとへ急ぐ。
まだ十二、三の騎士見習いや従者たちは、この年長の少年をこよなく慕っていた。ミゲルの反骨の精神が、子供たちには魅力なのだろう。実際年長であることから自然と零れる兄貴的な態度、知らない裏話を聞かせてくれるミゲルは、彼らの餓鬼大将のような存在だった。
兵舎の騎士見習い用に設えられた大部屋へ入ると、少年たちは一斉に歓声を上げた。
「ミゲル先輩! どうですか、第一部隊は?!」
少年の一人が駆け寄ってくると、続け様に十数人もの後輩が彼を取り囲む。彼らは最初ミゲルが最高位の白騎士団に仮配属されて寂しく思っていたので、いわば降格されて同じ赤騎士団・第十部隊に放り込まれた恰好のミゲルを密かに歓迎していたのだ。
ところが再会も束の間、彼は相変わらず問題を起こして引き摺られて行き、そのまま戻らなかった。よもや除籍かと案じていたが、第一部隊に身柄を移されたという。
礼節を厳しく叩き込まれる士官学校の生徒とは言え、まだ子供と呼んでもいい年頃の少年たちだ。ミゲルの反抗は格好良いものに見える。そういう訳で、彼が厳しい精鋭部隊に配置換えされたことを心配していたのである。
「ああ……ぼちぼち、かな……────」
久しぶりに寛いだ気分を味わいながらも、ミゲルは規律に厳しい第一部隊の空気を嫌っていない自分を感じていた。
「凄いですよねえ。始まって以来だそうですよ、従騎士で第一部隊に配置されるなんて……」
「あ、ああ、まあ────な」
あまり問題を起こすので、除籍願いを質に取られた上で監視の厳しい部隊に置かれたのだとは言えない。
年下の少年たちの憧憬の眼差しに、ミゲルは照れた。多分、赤騎士たちはこんな目でカミューを見つめているのだ。自分がカミューと対等になったようで、少し得意な気分にもなった。
「ね、ミゲル先輩。もう、モンスターと闘いました?」
「いや、訓練ばかりやってるよ」
「そうかあ。…………あのね、実はみんなで肝試しをやらないか、って言ってるんです」
「肝試し?」
「明日はぼくたち、学校の方へ顔を出すことになっているでしょう?」
「ああ、定例報告か────」
騎士士官学校の生徒であり、尚且つ騎士団に所属するという変則的な立場になっている彼らは、騎士団で過ごす日常について定期的に報告を義務づけられている。それが定例報告会と呼ばれる会議で、指定された日時に出頭するよう求められているのだ。
「…………それ、サボっちゃおうって」
ミゲルは驚いて瞬いた。
「今日、これからロックアックスを出て、洛帝山に行ってくるんです!」
「馬鹿だな、モンスターが出たらどうする?」
「そうしたら、普段の訓練を試すいい機会ですよ!」
「こっそり馬を使っちゃえば、明日中には戻ってこれるしね。ぼくら、明日お休みをいただいてるんです!」
「先生たちも日頃から『実戦が一番』って言うのに、ちっとも実戦がないんだもの。自分の力なんかわからないよね」
「怒られたらみんなで罰則受ければいいし」
少年たちは口々に楽しそうに言い合っている。
確かに騎士士官学校は規律が厳しい。ただ、こうした肝試しのように訓練を踏まえた羽目外しなら、目溢しもされるらしいという話を彼も聞いたことがあった。
「……面白そうだな。じゃ、おれも付き合おう」
「ええっ、本当ですか?」
「ミゲル先輩が居たら百人力だね!」
「モンスター倒しまくって、誉めてもらえるかもしれないよ」
ミゲルもずっと訓練ばかりの生活だった。唯一の実戦といったらカミューへの挑戦なのだが、その場においては自分の上達ぶりなど実感している余裕はない。毎度、ほんの数秒でも長くもたせるように心がけるので精一杯なのだ。
ここらで腕試しがしたい────それは少年たちだけでなく、ミゲルの心情でもあった。
「じゃあ、準備しましょう。ぼく、食堂から食べ物をくすねてきちゃおう」
「じゃ、ぼくは薬を取ってくる」
「この間支給になったガントレットは忘れないようにしないとね」
ミゲルは苦笑した。カミューが予算を掠めて購入した装備は、確かに下位騎士や騎士予備軍を喜ばせたようだ。
「おれは何をしたらいい?」
「じゃあ先輩は地図をお願いします。ああ、何だかわくわくするなあ」
おれもだよ、とミゲルは心で呟いていた。

数日前のカミューとの会話以来、どうも調子が狂っている。
最後に言い出した自分の要求もおかしかった。
あのとき、本当にカミューのくちづけを欲しかったのかどうか、実は彼にもよくわからない。ただ、そんな衝動に駆られたのだ。
あのとき────カミューにいきなりくちづけられたとき、きっと彼は冷たく光る目で自分を窺っていたに違いない。
マイクロトフと交わしているくちづけは、あんなものではないのだろう。恋人に与えるそれがどんなものなのか────知りたかったのかもしれない。
思いがけずカミューの昔語りを聞き、僅かに開かれた彼の心を感じた。
それで調子に乗ってしまった。あれ以来、カミューはミゲルを一部下以上に扱おうとはしない。
挑戦も中断していた。確かに一朝一夕で敵う相手ではない。猛烈に腕を磨いて、カミューを驚かす方が楽しそうだという気がして────

────要するに、ミゲルは混乱していたのだ。

あまり良く思っていなかった男が、次第に自分の中で大きくなっていく。常に目を向けていたいように思う。
ひとたび姿を見つけてしまえば、目を逸らすのは困難だった。赤騎士たちの心酔する意味がわかりかけている。確かにカミューは鮮やかなのだ。
────容貌だけではない、何かが人目を引きつける。
それが選ばれたものの持つ輝きなのだと、その時のミゲルにはまだ分らなかったが────
肝試しはいい気分転換になるだろう。
マチルダ領は騎士団がよくモンスター掃討を行っていることもあり、比較的安全だと言われている。このあたりを徘徊するモンスター程度なら、今の自分の敵ではないとミゲルは思った。

それは確かに、少年たちのほんの小さな悪戯心でしかなかったのである。

 

 

 

血相を変えた第十部隊長エドと、騎士士官学校長オーエンが赤騎士団長執務室に飛び込んできたのは、翌日の昼過ぎであった。
「た、た、大変です、カミュー様! 見習い共が集団脱走致しました!」
息せき切って告げるエドに、丁度控えていたランドとローウェルが顔をしかめた。
「────礼節はどうした?」
「も、申し訳ありません、しかし…………」
「……集団脱走?」
小首を傾げたカミューに、オーエンが切り込む。
「大方、あのミゲルめが先導したのでしょう。本日はご存知の通り、騎士見習いたちの定例報告が予定されておりました。ところが、赤騎士団に所属する連中が来ません。様子を見に行ったところ、兵舎の部屋にこれが────」
渡されたのは小さな走り書きである。『洛帝山まで行ってきます』との短い文面に、カミューも眉を寄せる。
「────どういうことだ?」
「おそらく肝試し……、でしょう」
ローウェルが冷静に口を開いた。彼も騎士士官学校を出ているので、内情には詳しい。
「我らの時代にもありました。腕を試す機会だと」
「なるほど」
カミューは苦笑した。が、オーエンは渋い顔をしている。
「確かに、士官学校ではそういう伝統のようなものがあります。しかしながら、わたしが問題にしているのはミゲルが一緒だということなのです」
エドが頷いた。
「昨日の夕方、見習いたちを引き連れたミゲルが街中を行くのを見たという情報があります。これはまずいのではないでしょうか」
「確かに、ミゲルには昨日から二日の休みを取らせてあります。配属されてから、まだ一度も休みを与えておりませんでしたので…………」
申し訳なさそうにローウェルが応じる。
「しかし……オーエン校長、特に問題はないのではないでしょうか。洛帝山までの往復なら、今のミゲルの相手になるモンスターもおりませんでしょうし……」
「いいえ、とんでもありません」
オーエンはローウェルを睨み付けながら断固として言い切った。
「あのミゲルが、往復などで満足するとは思えません。『洛帝山に登って腕試し』くらいのことは言い出す男です」
「────……それはまずいですな」
ランドが苦く呟いた。
「あそこのモンスターでは、見習いたちの手に余る……」
「ミゲルではどうだ?」
カミューが聞くと、ローウェルが難しい顔で答えた。
「正直言って、ミゲルなら互角かと。ここ最近の彼の剣技には目を見張るものがあります。しかし、役に立たない子供を引き連れて……、となると……」
的確な指摘にカミューも顔を曇らせた。
「見習いたちは何人いる?」
「全部で十二人が参加したようです」
「ミゲルを合わせて十三────」
カミューは口の中で呟き、それから即座に命じた。
「ローウェル、おまえの部隊で殊に騎馬に秀でたものを集めろ。おまえを入れて十二人で構わない」
「はっ!」
「ランド、夜半まで戻れないかも知れない。後を頼むぞ」
「カミュー様が行かれるのですか?」
「そうだ」
「……こう申し上げては僭越ですが、肝試しは士官学校恒例の行事と言ってもよろしいかと思われます。カミュー様が出向かれるようなことでは……」
「別に、叱りに行くわけではない」
カミューは朗らかに言った。
「洛帝山に登ったという確証もないしな。ただ連中がどの程度やれるか、この目で見てみたいだけさ」
「カミュー殿、そんな呑気な…………」
オーエンはあくまでもミゲルが問題を起こすと決めている。散々彼には泣かされてきたのだ、無理もない。
「────ご心配なく。全員無事に連れ帰ります」
軽い調子で往なすと、カミューは立ち上がった。ランドがすかさずユーライアを捧げ持つ。
「お気をつけて、カミュー様」
「わたしが抜けたことは内密に。大事になるとまずいだろう?」
砕けた調子で返す団長に、ランドは苦笑した。

 

────これが大事になるとは、ランドも思っていなかった。
颯爽と出ていく赤騎士団長の後ろ姿には陰の一つも窺えなかったし、彼は誰より自団長の力を信じていたのだから。

 

 

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あーもう……何かヒドイ文章ですが、
力尽きて直し切れませんでした……(涙)
これ上げないと続かないし。
それから
相変わらず誤解が多いので……

ベッドで頭は打ちません!(笑)

次回副題 『もう あなたしか見えない』(爆)

 

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