蒼き森の物語 12


「おい、どういうことだ? あれが話の子供なのか?」
牙を剥く魔物たちを斬り捨てながら、ゲオルグ・プライムが訊いた。ギジムは右に左に攻撃の手を避けては両手に握った斧を振り下ろして応じる。
「ええ、いったいどうしちまったのか……俺を覚えてないようには見えなかったんだが……」
飛来したいずなを飛び退って交わしたゲオルグは、隙を突くように突進してきたゴールドボーを一刀のもとに屠った。やや怯んだような魔物の群れは、二人を囲んだ位置で攻撃を中断した。それを眺め回してのんびりと剣士は首を傾げた。
「しかし……いったいこれはどういうことだ? 縄張りも何もない……滅茶苦茶だな。デュナン中の魔物の展覧会のようじゃないか」
「旦那、そんな呑気なことを……」
ギジムはカミューの走り去った方角を睨んで歯噛みした。
「こいつら、まるでカミューを追い掛けるのを邪魔するみてえに現れやがった。まさかとは思うが……あいつが魔物を操ってるのか?」
「それはないな」
ゲオルグはふんと鼻で笑った。
「妖気を放つ相手は気配で分かる。あの少年にはまるで魔性の匂いはしなかった。まっさらに人間そのものだ」
「だ、だが旦那……」
再び開始された攻撃が会話を遮った。重い剣戟で魔を絶ち続けるゲオルグの視界の隅に、ふわりと横切る影がある。それはギジムの背後に回って剣を振り上げるミラージュだった。
「ギジム、後ろだ!」
はっとして振り返るが僅かに遅い。ギジムの顔目掛けてミラージュの刃が落とされようとした。
そのとき一陣の風の如く、間に割り込む光があった。目の前で弾けた輝きは複雑な印を模ってミラージュを包む。虚を突かれた魔物はそのまま塵と還った。
新たな敵の出現に、魔物たちは呼応したように四散する。後には荒いギジムの息遣いと重々しく立ち尽くすゲオルグ、そして見知らぬ男が残された。
「……大丈夫ですか?」
がっしりした体躯の温厚そうな人物がギジムを振り返る。救いを求めるような眼差しに、ゲオルグが代わりに問うた。
「あんたは……紋章使いか?」
軽く会釈した男はにこやかに答えた。
「一応、ヴァンパイア・ハンターと名乗っていますがね。カーン・マリィと言います」
「お陰で助かった。おれはゲオルグ・プライム、こっちはギジムだ」
するとカーンは驚いたように瞬いて、満面の笑みを浮かべた。
「噂に名高い『二刀要らず』の剣士殿と相見えるとは光栄の極みです」

 

 

 

森の南側から侵入したゲオルグとは逆に、カーンは北側から森の脇道を進んできたと語った。
次第に闇が色濃くなる刻、魔がもっとも力漲る頃合である。先程の魔物の様子から見ても、かなり統制の取れた敵だということが漠然と感じられ、ここは敢えて危険を冒すよりも夜明けを待とうという結論で合意した三人だった。
彼らは焚き火をこしらえて、囲むように腰を落として情報を交わし始めた。
「わたしの家は代々ヴァンパイア・ハンターを称しておりまして……その使命から諸国を旅する身です」
カーンが訥々と語る。
「先日、ここより北方のロックアックスに滞在した際、騎士団長のひとりに懇意にしていただきました。そして興味深いことを耳にしたのです」
パチパチと火の爆ぜる音、周囲で息を潜めて彼らを窺う異質の存在を感じる。何処までも闇深い、終焉の森。
「彼のご母堂の曽祖父の甥にあたる人物についてなのですが」
いったい幾代前の話になるのかとギジムが指を折って眉を寄せる。
「……正確には135年前の話になります。その人物は騎士でした……と言っても、正騎士になって間もない十五の少年だったのですが、『人喰いの魔物と戦う』と言い残して行方を絶ったとか」
「……人喰い……」
呟いたゲオルグにカーンは同意の視線を向けた。
「将来を嘱望されていた若者の失踪ということで当時は騒がれたようです。ただ、この森には確かにそうした噂こそあったけれど、彼の地ではあくまで旅人の与太話と見なされていた……その上、一騎士に過ぎない人物を騎士団が捜索に出るということもなかった。家族としては無念だったでしょうが……まあ、実際ここへ向かったか否かの確証もなかった。結局、親族に言い伝えられるだけで現在に至ったというわけです」
「なるほど、な」
ゲオルグは顎を掴んで頷いた。現実問題として、地位あるものならばいざ知らず、組織が個人のために、まして不確かな情報のもとで動くことはないだろう。
「正直、わたしは『人喰い』と聞いてヴァンパイアではないかと思ってやってきたのです。ロックアックスでは然程ではなかったが、この近隣では噂は幾倍も顕著でした。言い伝えでは生贄を出さねば脇道を通れないとのことだったので……ならば、出さずに通ればどうなるかと試してみたのですよ」
そこでカーンは苦笑した。
「ところが、まるでお出迎えがないもので。已む無く森に入ってみたところ……」
「我らと遭遇した、という訳だな」
ええ、と笑いながら彼は薪を炎に放り込んだ。
「……だが……」
「はい」
カーンはふと表情を引き締めた。
「ここには確かに人知を超えた何かが在る。噂など問題にはなりません。こうしていても、森に監視されているような気がします」
ギジムは険しい顔で周囲を見回した。カーンの言うような感覚は理解し得なくとも、ひしひしと迫る危機感だけはあった。
一方、ゆったりと不敵に寛ぐゲオルグだが、内心、新たに仲間となった男に満足していた。魔物狩りの血筋を違うことなく、カーンは魔力に秀でているらしい。これからどんな相手と戦うにしろ、不測の事態を防ぐためにもカーンの参入は喜ばしいことだ。
「それで、あなた方はどういう……?」
ゲオルグの目配せに従って、ギジムが代わりに事情を説明し始めた。

 

 

 

「えらく頭の良い子だったんだ……おれが見送る中、怖がりもせずに真っ直ぐに前を見据えて……」
思い出したのか、ギジムは男らしい顔を歪めてぐすりと鼻を啜った。
「……怖がらなかったのではなく、強い意志を持っていたのでしょう」
カーンはしんみりと言う。
「受け入れた以上は成し遂げようと……。あなた方の取った道は決して正しいとは言えなかった。今度こそ救ってやりましょう」
「だがなあ……」
ゲオルグは難しい顔で炎を睨みつけた。
「肝心の相手に逃げられてはどうしようもない。ギジム、彼は何と言っていたのだ?」
「それが……」
男は心底悩んでいる様子で首を捻る。
「一言も」
ただただ驚きといくばくかの怯えを浮かべて見詰め返していた白い顔。思い出の中の少女のような美貌は、歳を経て大輪の花の如き鮮やかさを醸していた。
「声が出せないのか……?」
考え込むゲオルグに、ギジムは得たりとばかりに掌を打った。
「魔王とやらに術を施されたんだ! そうだ、あいつが俺を忘れる筈がねえ。人間と接するなと脅されているに違いない!!」
「────それはどうでしょう」
やんわりとカーンが反論する。
「わたしは目にしていないから断言出来ませんが……ギジムさん、その……カミューという少年はどんな風に見えました?」
「どんな……?」
ギジムは質問の意図を読み切れず、それでもあらん限りの情報を提供しようと必死になった。
「昔もそりゃあ可愛い子だったが……想像以上に美形に育っていたな」
「……窶れたり疲れているように見えましたか?」
「え? いや、元気そうだった。やっぱり恨んでいたのかもしれねえな、前みたいに笑っちゃくれなかったが。そう……別れるときお頭がやった剣を持ってた。あれを使えるようになったのかなあ……」
「…………おかしいとは思いませんか?」
「何がだい?」
怪訝そうな眼差しに苦笑したカーンの代わりに、ゲオルグが口を開く。
「魔物に脅され、怯えて生活するものが元気そうに見える筈がない。まして……武器帯刀を許す魔物が何処にいる」
ギジムは息を呑んで硬直した。
「いずれにしても……一筋縄ではいかないようですね。魔物たちが彼を逃がすように襲い掛かってきたことを考えても……何らかの意味があるに違いありません」
一同は深い思案に暮れて沈黙した。

 

 

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最後の一人はやはしカーンでした。
何で、この人好きなんだろ……。

騎士団の人が望ましかったのですが、
残ってるのはだけ………
大いなる挫折の壁。

いよいよ次回は……(笑)

 

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