誇り在る闘争・5


「綱引き……?」
「綱引き、ですか?」
再び集められた青騎士隊長らは一様に目を丸くして最高位騎士隊長を凝視する。青白い念を放っているかの如く不機嫌な男は憮然としたまま言い放った。
「そうだ、『綱引き』だ。これ以上聞き返す者には、わたしを敵に回す意図があると認識させてもらう」
途端に一同は青ざめて身を寄せ合う。
「そ、そんな……滅相もない」
「少々予想外だったもので……決して他意はありませんぞ、メルヴィル殿」
口では必死に言いながらも、表情は疑問符だらけである。説明するのも不本意だとばかりにそっぽを向いたメルヴィルの代わりにマイクロトフが乗り出した。
「聞け。これは確かに個々の武力を問う戦いとは言えないかもしれない。だが、騎士団において最も重要な心得に基づく一戦なのだ」
「……と、申されますと?」
「一致団結して苦難を克服する、という概念だ」
雄々しく宣言した騎士団長の傍ら、メルヴィルはひっそりと呟く。
「……団長は、カミュー団長殿よりも先に崖から引き上げて欲しいとお望みなのだ」
「崖?」
隊長らはますます首を傾げて二人を交互に見詰めるが、第一隊長はそれ以上の言及を放棄したようだった。
再びマイクロトフが口を開く。
「赤騎士団はどちらかといえば苦手範疇である筈の力勝負を挑んできた。我らは決して負ける訳にはいかない、そう思わないか」
「負けられない、という点では賛同致しますが」
一人がおずおずと進み出る。
「我ら青騎士団員とて、綱引きが得意という訳では……」
「わたしなど、最後に綱引きをしてから二十年は経っておりますが……」
「経験など問題ではない。要は団結して綱を引けば良いだけのこと、実に単純で分かり易い競技ではないか」
マイクロトフは爽やかな笑顔で部下らの懸念を一掃───したつもりであるが、成功したとは言い難かった。
「だいたい、綱引きが得意というなら白騎士団ではないか」
またしてもメルヴィルがボソリと陰欝な口調で割り込んだ。珍しく他団を賛美する男に仲間たちが驚く間もなく、彼は続ける。
「ゴルドー様を最後尾に括り付けておけば、少なくとも負けはなさそうだ」
あまりと言えばあまりな発言に青騎士隊長らは息を詰まらせそうになった。爆笑しないことがせめてもの白騎士団長への忠誠である。
「……とは言え、決定に異を唱えたところで死んだ子の歳を数えるようなもの。一同、心して勝利のため尽力するように」

 

感情を削ぎ取られたように言い募るメルヴィルに一同は小さな同情を禁じ得なかった。
妙な戦法に大乗り気になっている自団長マイクロトフ。
つい先程までメルヴィルは『副長を欠けば赤騎士隊長は止まらない』と嘲笑っていたのに、間髪入れずに『誰が居ようと青騎士団長は止まらない』を体感してしまったのだろう、と。

 

「して、選出する五十人は如何致しますので?」
一人が前向きに提言すると、マイクロトフは胸を張った。
「うむ、青騎士団員は総じて力自慢が多いからな……対戦騎士を選ぶにも苦労する。無論、嬉しい苦労ではあるが」
「全団員より参加希望者を募れば宜しいのでは?」
「そうだな、強制は望ましくない。我こそは、と思うものを募ろうと思う」
メルヴィルはそこでも冷えた溜め息を洩らした。
青騎士団内におけるマイクロトフの人望は厚い。彼の呼び掛けに応える騎士は後を絶たないだろう。
───が。
敬愛する騎士団長のため──確かに半分は自身の楽しみのためでもあったが──赤騎士団との対戦に漕ぎ着けた努力の結果が『綱引き』では、己の誠意がそこらの屑入れに捨てられたような物悲しさがある。
『強制は望ましくない』と言いながら、メルヴィルに容赦なく強制したことを忘れ果てているらしいマイクロトフ。
気付けば『作戦参謀』などという大仰な肩書きを押し付けられていた。知識と記憶を掘り起こしながら、『綱引き』競技に作戦があったか否かと苦悩する男の胸中には秋風が吹いているのである。
「では、まず参加騎士の募集から開始致しましょう」
「……ですな、やるからには勝利せねばなりませぬ」
「青騎士団勝利のため、全力を尽くしましょうぞ」
常識と忍耐に満ち満ちた騎士隊長らは気持ちの切り替えに成功したらしい。晴れやかな表情で鼓舞し合っている一同を見守りつつ、これも自団長の人徳かと苦笑する第一隊長であった。

 

 

 

 

 

 

さて、翌日のことである。
赤騎士団の対戦総責任者に任ぜられた第二隊長アレンは満足そうに頷いていた。
ロックアックス城の西棟にある大会議室には各部隊から選出された赤騎士、およそ六十名──うち、十名は負傷時に備えての補欠員である──が顔を揃えていた。こういう行動は恐ろしく早い赤騎士団である。
彼は、自身も知らぬうちに副官を担わされていたミゲルを小突いて含み笑う。
「壮観ではないか、ミゲル。見るが良い、闘志溢れるこの面々を」
「はあ……そうですね」
振られた若者も同意せざるを得ない。居並ぶ赤騎士は何れも堅い決意に満ち、ついでに立派な体躯をしている。
実は、選出に当たって多少の問題はあった。
組織での情報伝達は正確を要するのが絶対だが、今回の場合は若干齟齬を来していたのだ。
各騎士隊長らが自部隊に戻り、部下たちに事の次第を懇切丁寧に述べた際、どういう訳か騎士らには『青騎士隊長メルヴィル殿が我らがカミュー様を侮辱した、許すまじ』と捉えられたのである。
おそらくは各隊長の感情が伝染したものと思われるが、彼らの憤慨は著しかった。自薦・他薦どころか、誰も彼もが我先に参加を求め、『おれの方が力が強い』『いや、わたしの方が体重が重い』と危うく内部分裂に陥るところだった。
最終的には各部隊長の話し合いで選出騎士は決まったものの、改めて騎士団長カミューへの部下一同の熱気が確認される事態であった。
選出された騎士一同から良く見えるようにと、部屋の中央に設えられた貴賓席。そこに優美に腰を落としたカミュー、そして椅子の背後に屹立した第一隊長ローウェルに向けてアレンは丁寧に礼を払う。
「カミュー様、ローウェル殿。我ら二名を含め、この者たちが此度、青騎士団と一戦を交える勇猛なる戦士にございます。ご安心ください、各部隊から均等に選出致しましたゆえ日々のつとめに支障は来しませぬ。何卒、激励のお言葉を……」
「うん……」
何処か気の抜けた調子ながらもカミューは立ち上がり、途端に背を正す部下らを柔らかな笑顔で見渡した。
「どうにも妙な成り行きになってしまったけれど、不測の事態に対処するも騎士のつとめ……かもしれない。この上はアレンの許、一同の心を合わせて勝利を掴んで欲しい」
───としか言いようがない、との語尾は喉の奥深く葬るカミューである。部下らは感じ入った様子で頭を垂れ、新たな決意に胸を熱くしているようであった。
アレンは再び騎士らに向き直り、大声で宣言した。
「聞こえたな、皆々! カミュー団長のご期待に応えるは、我ら赤騎士のつとめなり! 各員、幼少時以来であろう『綱引き』の訓練の過酷は生半ではなかろうが、これもすべてカミュー団長の御為、たとえ血反吐を吐こうとも克服しようではないか!」
おお、と凄まじい気合いが漲る中、カミューは密やかに目を伏せていた。
「……わたしのために頑張ってくれるのは嬉しいが、血反吐を吐いてまで綱引きに励んで欲しいとは、あまり……」
零す独言も弱々しい。
「作戦の総指揮はカミュー団長より一任されたこのわたし、第二隊長アレンが謹んで取らせてもらう。副官は第十隊長ミゲルということで了承願いたい!」
「ミゲル……言い出しっぺとは言え、不憫な奴だ……」
今度は第一隊長ローウェルの呟きである。が、憐憫を向けられた若き騎士隊長は全てを吹っ切っていたらしい。一歩進み出て胸を張る様には戦意が溢れていた。
「若輩ながら、此度の一戦における副官を仰せつかった。我が誇りと忠誠に懸けて、青騎士隊長メルヴィル殿を打ち負かすまで誠心誠意戦い抜く所存である!」
「それでは私怨だよ、ミゲル……」
微笑みを象ったまま、再びカミューはぼやいた。
「ミゲルめ、アレンと一緒になって熱くなるとは……救いようのない馬鹿ですな。さては伝令の際にメルヴィル殿に何か言われたと見えます。やはりわたしが行くべきでした。相済みませぬ、カミュー様」
丁重に詫びる第一隊長に、だがカミューは儚く笑って首を振るばかりである。やがて彼は小首を傾げた。
「そう言えば、アレン」
「はっ、何でありましょうか!」
「わたしは参戦しなくても良いのかい?」
虚を衝かれたようにアレンは瞬いた。居並ぶ騎士らも同様である。暫し彼らが熟考に陥ったのは、敬愛する自団長と一本の綱を握る至福が過ったからであろう。
しかし束の間の後、アレンは重々しく首を振った。
「斯様な力仕事に団長御自ら動かれる必要などございませぬ。寧ろ、横でお声を掛けてくださった方が、みなの励みになりましょう」
騎士からも同意が飛ぶ。
「アレン隊長の仰せの通りです! 我らにお任せください、カミュー様」
「必ずや、メルヴィル殿をぎゃふんと言わせて御覧に入れますぞ!」
「そうか……、では任せる。わたしは応援に徹することにするよ」
部下たちの配慮にさっさと従うことにしたカミューの次にはローウェルが乗り出していた。
「アレン、わたしも参戦騎士から除外済ということで良いのだな?」
第二隊長は余裕顔で頷く。
「やはり最高位騎士隊長ともあろう御方が息を切らせる様など、お立場に相応しくありませんからな。ここはひとつ、わたしの相談役を勤めていただければ幸いです」
「…………承知した」
「では、カミュー様。これより我らは地下倉庫から綱を移送する任に就かせていただきます。その後、直ちに訓練に入ることを希望しますが……許可願えますでしょうか?」
「何もかも、すべて任せたよ」
虚ろに返したカミューに一礼してから、一同はアレンの指揮に従って整然と列を作って部屋から出ていった。
見送った騎士団長と、忠実なる第一隊長は同時に深い溜め息をつく。
「過ぎたことを悔やむのは愚かだと思うけれどね……」
「みなまで仰いますな、尽く同感にございます」
「こんな対戦手段に決めてしまって……メルヴィルはさぞ怒っているだろうね」
「ご安心ください、何があろうと御護り申し上げます」
誠意ある部下の申し出に肩を竦めた彼は、更にもう一段階低くなった声で呻いた。
「出来れば青騎士団側で却下して欲しかったよ」
「───それは無理というものでしょう、カミュー団長」
不意に割り込んだ朗らかな調子に二人が振り向くと、開け放たれた戸口に件の青騎士隊長がもたれていた。咄嗟に表情を険しくしたローウェルを察したのか、メルヴィルは戦意のないことの証に両手を挙げてみせる。
「……失礼。ノックはしたのですが、些か微弱だったようで」
言いさして入室した彼は、二人の正面に立つなり微苦笑を浮かべた。
「残念です、カミュー団長。わたしと致しましては、昨年末の雪辱を是非とも張らしたく思っていたのですが」
「分かっている。悪かったね、メルヴィル」
赤騎士団長の真摯な陳謝に男は更に笑みを深めた。
「まあ……事情はお察し致しましょう。貴方が勢いに弱くておいでなのは、マイクロトフ団長との御交流を拝見していれば分かります。わたしも此度、『思うに任せぬ』という苦難を体感致しましたからな」
ふっと息を吐いたメルヴィルは穏やかな眼差しでカミューを見詰めた。
「……とは言え、ひとたび決定したからには勝負は勝負。マイクロトフ団長の言ではないが、負けるつもりは毛頭ありません」
「同感だよ、メルヴィル」
にこやかな遣り取りに、見守っていたローウェルが安堵したのも束の間。
青騎士隊長は丁寧に礼を取って退出しようとしていたのを振り返り、小声で付け加えた。
「お陰様で、我が青騎士団長は張り切っておられます。御自ら戦いに臨むお覚悟ですよ」
「マイクロトフが……?」
カミューは美しい琥珀を幼げに瞬かせた。初耳だったのだ。
そんな赤騎士団長に優しげに笑み掛けた男は、淡々とした口調で更に続けた。
「御腰でも痛められては、と止めたのですが……聞き入れられませんでした。という訳で、万一の際にはわたしをお恨みになりませんように、カミュー団長」

 

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