誇り在る闘争・2


暫し騎士たちは身じろぎもせず、無言だった。やがて誰からともなく首を傾げ始める。
「綱引き……?」
「と言うと……一本の綱を双方から引き合う、アレか?」
「……『オーエス、オーエス』などと変わった掛け声をかける、あの……?」
一通り知識を披露した後、不穏な気配が満ち満ちた。
「誰だ、発案したのは!」
「然様、これは騎士団同士の威信を懸けた戦いなのだぞ、子供の遊びではない!」
口々に憤激を叫ぶ騎士たちの中で若き騎士隊長が蒼白になって頭を抱えた。
「うわあああああっ、すみませーん!」
「ミゲル、貴様か!」
「たわけものー! 貴様、我ら誇り高き騎士に斯様に素朴なる競技をせよと言うのか!」
「冗談ではないのだぞ、これは!」
たちまち取り囲まれて四方から怒鳴られた若者であったが、ひとしきりの攻撃が過ぎるのを待ってから憮然と反論した。
「しかし……アミダを見てください! おれだけが責められるのは不当だと思います!」
むっ、と一同は顔を険しくした。
「うぬう、妙ちくりんな案を出した上に言い訳など……見苦しいぞ、ミゲル」
誰かが言ったが、他の一人が眉を寄せたまま首を振る。
「斯様にまで言うなら見てやろうではないか」
よりによってとんでもない案に行き着いてしまったものだと思いつつ、他に並んでいた案が気になる一同だ。提案通り改めて紙面の決定項以外の欄に眺め入り、そして唖然とする。
体術、弓術、槍術。
こうしたものは上位騎士隊長らの発案であることが瞭然である。が、やはり剣技と馬術を除外したことは相当負担だったのか、候補には怪しげな文言が列挙していた。
『制限時間内・陣幕張り競争』や『戦場用荷駄運び競争』はまだしも『徒競走』、更には『障害物競争』といった子供向け競技が並ぶ。
「う、ううむ……これは……」
ローウェルが渋い顔で呻いて下位騎士隊長らをじろりと睨むが、冷や汗をかいて硬直する男たちは真剣そのものだった。
「こっ、これは下位なるものの痛みにございますぞ、ローウェル隊長!」
「然様、決めていた競技を先に発案されてしまい、やむなく……っ」
第十隊長ミゲルは漸く矛先が外れたことに安堵の溜め息を洩らして言い募った。
「何しろ『三十人・三十一脚』まであるのです。『綱引き』は決して突き抜けた案ではないと思いますが」
引き合いに出された競技の発案者らしき第九隊長は紅潮していた。
「た、確かに……これはどれを取っても大差ない……」
やや上位気味である第四隊長ウォールが同情的に頷く。
それでも、問題が解決した訳ではなかった。
「では、両騎士団精鋭の選抜隊は『綱引き』で戦わねばならんのか?」
「これは再考した方が良いのでは……」
「うう……メルヴィル殿の嘲笑が聞こえる……」
「しっかりなされよ! 幻聴です、エルガー隊長」
口々に言い合う男たち。縋るは敬愛する自団長の決断のみである。集まった視線は深刻そのものだった。
「カミュー様……再選すべきではないでしょうか」
「確かに神聖にして公正なるアミダなれど、候補が斯様に珍妙では……まともな競技のみにて改めて選び直した方が宜しいのでは?」
「そうだね……」
珍しくカミューは躊躇していた。それから深い溜め息を零す。
「……これはわたしの落ち度でもあるな。競技が重ならぬよう促した結果であるし、『綱引き』を引き当ててしまったのもわたしだし……」
やや弱い口調で言う騎士団長の姿は部下たちの自責を煽り立てた。
「いいえっ、すべては我らの発想の貧困が為せる咎、決してカミュー様がお悪いのではございませぬ!」
「わたしが『読み上げるな』と口にしなければ早目に止められましたものを……申し訳ございませぬ」
第一隊長までもが深々と頭を下げるに至って、それまで押し黙っていた第二隊長アレンが徐に口を開いた。
「いや、待たれよ。あながち駄策とも言い切れぬかもしれぬ」
え、と俄に色めき立って男たちは息を飲む。大きく頷いたアレンは仲間たちを見回した。
「先日、甥の学び舎の運動祭を見学したのだが……『綱引き』競技が行われていた」
「甥御殿はお幾つで?」
「十一だ」
「やはり子供の競技ではありませぬかー!」
頭を抱える男たちに、彼はちちち、と舌を鳴らして続ける。
「最後まで聞け。確かに素朴で地味な競技なれど、なかなかに燃えるものがあった。子供の競技と侮るなかれ、双方の力量が拮抗していればいざ知らず、大差なれば負傷者続出の凄まじい競技だぞ」
淡々と説く第二隊長の言葉は次第に一同の表情を変化させ始めた。
「甥は見るからに線の細い子供ばかりの組に居たのだが、優勝した組に勢い良く引き摺られ、哀れにも仲間と共に転倒、膝を擦り剥いていた」
「それは……」
「甥御殿、頑張りましたな」
誠意をもって言った第五隊長に頷いたアレンはきつく瞑目する。
「それだけではない。その場に踏み止まり、何としても引き摺られまいと歯を食い縛る姿は、絶対の不利をも忘れて戦場に留まる騎士の姿を見るようでもあった……」
一同は想像したのか、たちまち切なげに顔を歪める。
「ただ一本の綱に込められた二組の誇りと執念。これはうっかり馬鹿にすることを憚られる戦いとは言えまいか」
「しかし、アレン殿」
赤騎士団員の総体的な気風とも言える酔い易い質を持つ騎士隊長らは、そこまでの第二隊長の言によって強く心を傾かせ始めていた。しかし、やや引き攣った顔をしている最高位騎士隊長に気づいてしまったため、第三隊長がおずおずと切り出したのだ。
「とどのつまりは力勝負ということでは? 遺憾ながら青騎士団は図体の大きな怪力揃い……、我が団より力自慢を選出したところで、圧倒的に不利ではありませぬか」
すると更に第一隊長の不機嫌は高まった。地を這うが如き声が割り込む。
「待て、エルガー。斯様に決めつけては赤騎士団が青騎士団に劣ると自ら宣言しているようではないか」
「いっ、いえ! 決してそのような……」
「よしんば力で劣ろうとも、我らにはそれを上回る策謀と団結がある。不利とばかりは言い切れまい」
二人の遣り取りを聞いたアレンはにやりと笑う。
「ローウェル殿の仰せの通り。前述した運動祭、優勝したのは甥の組に次いで小兵揃いの一団だったのだ! 『綱引き』とは一見したところでは力勝負に見えようが、実は多様な要因が複雑に絡み合う勝負なのである!」
それは凄い、という表情が広がっていった。熱し易い集団は強い意見に流される風潮がある。熱弁を振るったアレンに同調の波が押し寄せていったのは当然の進行かもしれなかった。
「おそらく青騎士団は然迄奥の深い競技とは考えず、侮ってかかるであろうな」
「彼らが得意技能と信ずる力勝負にて敗北に至らしめれば胸がすく、というもの」
「この際、多少の地味さには目を瞑るとして、決定通り『綱引き』というのも悪くないやもしれぬ……」
ブツブツと口にし始めた部下たちを、しまったと言いたげに見守っていたローウェルが、神の声を聞かんとばかりにカミューを見遣る。視線を感じた赤騎士団長は軽く肩を竦めた。
「……何も言うことはないよ。アレン……以後、この勝負に関わる全権をおまえに一任する。応援しているから、是非とも勝利してくれ」
「カミュー様……! 心得ました、我ら一丸となってご期待に添いましょうぞ!」
感激したように一礼して、第二隊長は一同を振り返った。
「では、対戦種目は『各団五十人選抜・綱引き』、それで良いな?」
「了解です、アレン隊長」
「各部隊より一定数を選ぶよりも、赤騎士団全体から選出した方が良いですな。我が第三部隊には力自慢が大勢いる。自薦・他薦を問わず、まずは出陣する騎士を募ったら如何でしょう」
「うむ、それが良策と心得る。決戦の日時は選出から訓練をも考慮して、これより一週間後ということでどうだろう」
「しかし、アレン殿。競技用の綱はどうなされます? 五十人が二組、総勢百名もの騎士が引くような綱が容易く用意出来ましょうか?」
「ああ、それでしたらわたしに心当たりが……。先日、倉庫で捜し物をしていた際、かつて跳ね橋にでも使っていたらしい綱を見かけました」
「ではランベルト、その件はおまえに任せる。して、ミゲル。おまえはこれより青騎士団に出向いて委細を伝達してくるように」
「おっ、おれですか?! アレン隊長の方が適任と思われますが!」
「メルヴィル殿の顔を見れば、今度こそ容赦なく足を踏みそうなのだ。代わりを勤めよ」
「で、でも……」
「───競技の言い出しっぺの責は果たせ」

 

 

 

自身らと遠いところで刻々と取り決められていく諸々を、赤騎士団長と第一隊長はひっそりと見詰めていた。
ふと、カミューが呟く。
「……ローウェル、わたしは気づいたよ」
「は?」
「この事態の何割かはわたしの責任かもしれない。けれど今日ほど無力を感じたことはない。わたしには、あの中に入っていって異を唱える気力は皆無だ」
「同感にございます。わたしも幾許かの責を感じますゆえ、止めねばとは思うのですが……どうにも……」
打ち菱がれながら頭を下げた男は、更なる上官の言葉にも心から同意した。
「ランドに居て欲しかった。つくづく赤騎士団の理性だったのだね、彼は……」

 

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綱引きの発案=ミゲリンとバレバレでした。
わ、分かりますか……やはり(笑)

次は初めて!の青騎士団・要人集結。
でも、名無し人ばかり。

 

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