誇り在る闘争・12


そして運命の最終戦。
三度対峙した選抜騎士らの胸には、様々な想いが走馬灯のように回っていた。

 

「見ていてくれ、カミュー……おれは青騎士団員を束ね、見事勝利してみせるぞ」
「これで罰則から解放されるのだ、死ぬ気で戦おう」
「そう言えば、勝てば昨年末の合同演習敗北の無念も帳消しになるのだったな」
「忘れていたな、それは……」
「そして、勝たねば地獄が待っている」
「メルヴィル……君は同期入団した頃から意地悪だったけれど、今も変わらず意地悪なんだね〜〜」
───青騎士が瞑目しながら囁き合えば、
「カミュー団長の御名と赤騎士団の誇りを汚してはならぬ!」
「綱引き戦と決めたのはこちらなのを忘れるな。これで負けたら、向こう三年はメルヴィル殿の嘲笑を受けるだろう」
「勝たねば、かたちばかり礼を払ったところで絶対に『赤騎士団、無様なり』と心中咥う御仁だぞ!」
「良いか、想像してはならぬ! してはならぬが、カミュー様が敵陣領内に引き摺り込まれるなど……………うぬうっ、絶対に駄目だー!」
「我らがカミュー様が青き猛牛の群れに蹂躙される、斯様な結末は断じて許すまじ!」
「蹂躙って……部分的に手遅れじゃないか、畜生……」
赤騎士も互いを鼓舞し合う。

 

開戦宣告の矢が放たれる一瞬を、闘技場に集ったすべての男たちが息を殺して待ち侘びていた。

 

「決戦に向けて、何かお言葉でも掛けられたのですか?」
メルヴィルが問い掛けるとカミューはにっこりした。
「まあね、ありがちな激励だけれど。そちらは?」
「勝負後を楽しみにするよう言い掛けたのですが……無駄に怯えさせそうなので、やめておきました」
ふうん、と往なして彼は部下に数歩馬を寄せる。
「何か良い策は浮かんだかい?」
第一隊長は眉を寄せたまま唸った。
「色々思案してはいるのですが……」
「早くしろ。始まってしまうじゃないか」
「そ、そのように仰せられても……」
珍しく弱り果てた表情のローウェルは、遠い空の下でのんびりと温泉三昧に過ごす副長の姿を過らせていた。
何故、この場に居てくださらなかったのか───そう思い掛けて、首を振る。
副長ランド、彼が休暇中でなかったら、この一戦はもう少し別のかたちで果たされていたに違いない。
「どうか、カミュー様もご一緒にお考えを」
「無論だ。考えているさ」
そこで美貌の青年は憮然とした。
「でも、思いつかない。綱引きは剣による戦とは相当違う」
「同感にございます……」
顔を突き合わせてボソボソと相談する二人に、メルヴィルがちらと目を向ける。
「始まります。御覧にならずとも宜しいのか?」
言葉も終わらぬうちに、闘技場の空高く、矢が駆け上がっていった。
空を切る最初の一音が生じるか否かの刹那、綱の中央に揺れるリボンは、先ず赤騎士団側に動いた。自団の瞬発力を遺憾なく発揮し、青騎士側の抵抗も及ばぬ反応を示したのだ。
が、次には予想通りのの巻き返しが開始される。大槍や大剣を軽やかに振り回す青騎士らの腕力、更には重装備に慣れた体力が容赦なく赤騎士たちを引き摺っていく。
リボンは瞬く間に青騎士陣内に移り、先頭で綱を握る第二隊長アレンも中央線を越えてしまった。
「ぬうっ、引け、引いてくれ! このままでは……!」
狂おしげにアレンが喚けば、背後の赤騎士も顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。
「やっております、アレン隊長! しかし……しかしっ、この馬鹿力は如何ともし難く……!」
「マイクロトフ様、畏れながら……どうか、どうか御顔をこちらに向けないでくださいませ〜〜」
「畜生、青騎士〜〜、牛〜〜!」
哀しげな悲鳴と怒声、けれど一方の青騎士も必死である。
「油断するな、引け、一気に決めろ! 赤騎士の得体の知れぬ底力を侮るな!」
「たとえこの先、カミュー様に恨まれようと……我らが団長の御為、涙を飲め!」
「おれの顔が何だと言うのだ!!!」
「くそっ、赤騎士……何というねちっこさだー!」
童心にかえった──誇りを捨てたとも取れる──騎士たちが騒然とする中、もはや青騎士団の勝利は絶対と見えた。
先頭のアレン以下5名は既に青騎士陣内に入っており、挙げ句、足下が滑るのか、時折よろめいている。誰か一人でも転げようものなら、踏ん張り続けた反動で赤騎士団選抜騎士は雪崩状態に陥るだろう。
「……決まったな」
薄笑いを浮かべながらメルヴィルが呟く傍ら、カミューがローウェルに詰め寄っていた。
「このままでは負けてしまう、策はないのか?」
常からは想像も出来ぬほどの焦燥を浮かべた騎士団長に、彼は険しい顔で唸った。
「ないこともないのですが……しかし……」
「何を躊躇っている!」
厳しく叱責されて、男は唇を噛み締めた。
「カミュー様の御助力を要す上に、これを進言するのは部下としてあまりに不遜……」
「ローウェル!」
しなやかな指先が苦闘を続ける一団に向かった。
「部下たちがあれほど苦しんでいるというのに、助力を厭う理由が騎士団長にあると思うか? 出来ることを果たす、それがわたしの生涯の信念だ!」
打たれたように背を正した第一隊長は、敗北寸前の自軍を見遣った。紅潮し果てた各人の顔を見て、密やかに息を吐く。
───確かに苦しそうだ。
彼はカミューに一礼し、僅かに馬を前進させた。深々と息を吸うなり、闘技場に雄々しい声が響き渡った。
「赤騎士団・選抜騎士に告ぐ! この一戦に勝利したあかつきには、各人に一度ずつ、赤騎士団長カミュー様への忠誠の儀を許可する!」

 

 

 

一瞬の硬直。
次には、赤騎士たちの間に理性を手放したような咆哮が沸き起こった。
「な、何だ……?」
眉を寄せて見守るメルヴィルの不審は、そのまま青騎士のものでもあったらしい。咄嗟に抜けた力の隙をぬって、常軌を逸した反撃が開始される。
「勝つ! 何が何でも勝ーつ!」
「うおおおお、カミュー様ぁぁぁ」
「未経験だったのだ、生きてて良かった!」
「二度目だろうと感激です、団長!」
熱に浮かされたように叫び続ける赤騎士は、呆気に取られた青騎士を引き摺り、終にリボンが赤騎士陣内に入るまでに盛り返した。
そこで漸く我に返ったマイクロトフが、愕然としたまま唇を震わせる。忠誠の儀、その行為のあらましを再生し終えたのだ。
跪いた部下が両手で捧げる剣に片手を乗せる上官───と、そこまではどうでも良い。問題は次の、上官が手の甲にくちづけを受けるという部分である。

 

「……成程、そういうことか」
ボソリと呟いたメルヴィルは、冷えた眼差しで同位階騎士隊長を一瞥する。
「卑怯な策……と言うより、何とも赤騎士のツボを衝いた餌、そう賛辞を贈るべきでしょうな」
「口惜しくば、そちらも倣ったらよかろう」
「……残念ながら我が青騎士団では、あまり餌になりそうもない」

 

慕わしい青年騎士団長の手に公然とくちづけることを約束された赤騎士が奮い立つのは道理かもしれないが、ともあれマイクロトフには承服出来かねる権利である。彼は大綱を握り直して怒声を吐いた。
「忠誠の儀を策に用いるなど……そんな行為を許すというのか、カミュー!」

 

「……私情丸出しだな」
嘆息しながら呻くメルヴィルが、ふと表情を改めた。
「で? 次は如何なさるおつもりです、カミュー団長? これで、かろうじて五分。このままならマイクロトフ団長の奮起で再び我らが優勢に向かいますな」
部下が高じた策自体には多少驚きもしたが、予想外の巻き返しに琥珀を輝かせていたカミューは、冷静な指摘に黙り込んだ。
「ああ……抱擁の権利───などは御容赦願いたい。我が騎士団長の血管が切れてしまいます」
メルヴィルの指摘はもっともだ。
確かに、餌をちらつかせたことで赤騎士は火事場の底力を奮い立たせた。が、それでも不利は続いている。
次第に状況を把握し始めた青騎士が、あまりの羨望に逆襲に転じていた。綱は開始位置に戻ったきり動かず、絵に描いたような膠着状態が続いている。
このまま戦いが長引けば、やはり最終的には力に勝る青騎士団が勝利をもぎ取るだろう。両軍の騎士──特に赤騎士──の顔は真っ赤に熟れていて、それこそ今にも血管が切れそうな様相なのだ。
それに、餌にも限度がある。
忠誠の儀は許容範囲だ。相当に歪んだ下心は認めなくもないが、自団長を敬愛するあまりの欲求なのだと割り切ることが出来る。
位階者を除けば、騎士が騎士団長に直接忠誠の儀を捧げる機会は皆無と言っていい。マイクロトフの憤慨はさておき、そのくらいは許しても良かろうというのがカミューの認識だった。
───が、忠節の枠を逸脱する行為までは、言われるまでもなく躊躇われる。
体験したことのない一戦には身につけた兵法も何ら役に立たず、万策尽きて唇を噛んだカミューは、そこでふと眉を寄せた。
「如何なさいました、カミュー様?」
ローウェルが気遣わしげに問う。
「いや……、目の錯覚かな。さっきよりも綱が長くなったような気が……」
コシコシと目を擦る赤騎士団長を窺い、メルヴィルも怪訝そうに眉を顰た。
「妙ですな、わたしにも斯様に見える……」
両軍の膠着は続いている。リボンも中央線から動いていない。にもかかわらず、各先頭を担うマイクロトフとアレンが徐々に後退しているように見えるのだ。
「……と言うより、綱の中央が細くなっているような───」
最後にローウェルが呟いたとき。

 

 

 

 

惨劇は起きた。
ブツブツと異様な音が騒乱の狭間を割り裂き、次の瞬間、両騎士団員はそれぞれ後方へ向けて恐ろしい勢いで吹っ飛んだ。
「うおおおおおお!」
「ぎゃあああああ!」
中央からぷっつりと切れた綱を握り締めながら、獣のような叫びを上げて崩れてゆく100人の騎士たち。前の者に伸し掛かられて次の者を倒し、更にその次の者が倒れ、見る見るうちに土煙が左右に分かれた二つの長い峰を覆っていく。
「あ…………」
呆然と目を見開くカミューの両側、二人の第一隊長も唖然として惨状を見守るばかりだ。
その間にも、悲劇に見舞われた両選抜騎士らは苦しげな呻きを上げている。

 

「うう……いったい何が起きたというのだ」
「苦しい、早く退いてくれー!」
「貴様の肘が急所に入った……」
「許せ、不可抗力だ」
「畏れながら申し上げます、マイクロトフ様……お、重うございます……」
「す……すまん、腰を捻った。何とか自力で抜け出てくれ」

 

「手の空いているもの! 救護に当たれ!」
凛とした赤騎士団長の声に命じられ、闘技場に散っていた予備騎士や見物騎士たちが次々と走り寄ってくる。
速やかに指導者の顔を取り戻したカミューが哀れな負傷者の群れに向かうのを見送りながら、メルヴィルがローウェルにひっそりと聞いた。
「……あの綱は何年前の代物だったのです?」
「さあ……地下倉庫で見つけたものだ。かつて吊橋に使用されていたものだと……」
「老朽は考慮のうちだったのでしょうな?」
「無論だ。青騎士団側に提供した綱と二本、十分に強度は確認した。その上で、使用に足ると判断が為された品だ」
では、と彼はゆるゆると首を振る。
「耐久を超えた酷使が災いしたようですな。戦いとは本当に何が起きるか分からぬものだ……」

 

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ハイ、いとも見苦しい野郎共の戦い、
こんな結果と相成りました。
春から引き摺った体育会系連載、
次回でやっとこ最終回。
……もう秋の運動会シーズンじゃん(笑)

*ためになる(とも思えない)綱引き講座・4*

「オーエス」の掛け声の由来に
明確な説はナイようです。
綱引きは明治初期に外国人(曖昧すぎ)の
指導で始められたとか。
交流の一種だったんですね。何て熱血な交流。
その掛け声が「オーエス」と聞こえて定着した……
何とも適当っぽい説ですな〜。

 

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