誇り在る闘争・10


準備万端、風は穏やかに闘技場を吹き抜けていく。
大綱の両端に散った騎士らはそれぞれの決意を噛み締めながら硬い綱を握って屈み込んだ。
青騎士団の先頭は団長マイクロトフ、赤騎士団は第二隊長アレンである。互いに一軍の指揮官として向き合う彼らは爽やかに礼を取った。
「宜しく頼む、アレン殿」
「こちらこそ。お手柔らかに願います、マイクロトフ団長」
綱の中心から僅かに距離を取り、しゃがんで笑み合う二人。合図の任に就いた騎士に視線を移したローウェルが頷く。
矢を番える騎士を横目で窺いながらアレンは軽く背後を振り返った。
「よいな、策通りに」
「承知しております」
間近の数人が強く頷いていた。

 

少し離れたところで騎乗したまま見守るカミューは、同様に馬の首筋に上体をもたれかけている青騎士隊長に笑いながら問うた。
「マイクロトフが先頭なのは赤騎士に対しての圧力かい?」
「ええ、まあ」
にこりともせずに応じると、メルヴィルは続けた。
「……先陣としんがりに武力を投じるという基本的兵法でもありますかな。こちらの先頭と最後尾は青騎士団における怪力二傑ですから」
言われてカミューは青騎士団の最後尾に目を遣る。
「確かに……大柄揃いの青騎士団でも突出した巨漢だね」
はあ、と薄い笑いが洩れた。
「愛称は『岩』、乃至は『壁』です」
納得して笑って良いものかどうか悩んでいる赤騎士の要人二人に、更にメルヴィルは言う。
「最後尾に重いものを括り付けるのが最善と思われましたが……そちらは違ったようで」
赤騎士団の最後尾に配置されたのは第十隊長ミゲルである。にんまりと笑いながら彼は肩を竦めた。
「少々荷が勝ちすぎるのでは? あれでは我が部隊の岩には如何にも劣りますな」
かつて直属の部下であった若者を侮辱されたローウェルが微かに顔を歪めた。憮然とした口調で返す。
「そう馬鹿にしたものでもないぞ。カミュー様の御為と励むミゲルの一念は、岩をも動かす」
くすりと苦笑した男が目を細めてカミューを窺った。
「……罪な御方だ」

 

穏やかながらも緊張した前哨戦に勤しむ両騎士団の要人らをよそに、開戦の刻は来た。
限界まで絞られた矢が放たれ、険しい音が闘技場に広がった刹那。
赤騎士団は凄まじい先手攻撃に出た。
青騎士らが綱を引き始めるよりも早く、呼吸を合わせ、一気に力を込める。
重量・腕力共に勝る青騎士団だが、思い掛けない隙を突かれ、綱の中心に結ばれたリボン──これはカミューの処置である──が赤騎士団の領地に入るのを止められなかった。
見守るメルヴィルの表情が険しくなる。
「……何をしている」
忌ま忌ましげに呟くも、味方は最初の劣勢を取り戻せない。ひらひらと揺れるリボンは僅かに盛り返されたものの、赤騎士団領地内で踏み止まっている。
殆ど腰を浮かせぬまま、常に後方に重心を乗せる男たちに綱引き競技独特の掛け声はない。けれど、黙々と、一心不乱に綱を引く彼らの心の声は一つだったのだ。
やがて終了を告げる矢が放たれた。途端に肩を弾ませて綱から手を離した一同の明暗はくっきりと分かれていた。
「ようし、まずは一勝だ!」
「やりましたね、アレン隊長!」
たちまち輪になって歓喜する一軍、そしてやや自失気味に唸る一軍。
「ま、負けた……力で赤騎士団に……」
「怯むな! 今日の敗北を明日の勝利に変える、それが我が青騎士団の誇り!」
その光景を睨んでいたメルヴィルは、やがて自団の選抜騎士らの視線が自らに当てられているのに気付いた。彼が冷え切った眼差しながらにっこりすると、即座に青騎士は作戦会議に入った。
「まずい……まずいぞ。あれは相当に立腹しておいでだ」
「次は勝たねば命が危うい。総員、死ぬ気で励まねば」
「それにしても何と見事な先手攻撃……合図が放たれると同時でしたな」
「あの瞬発力は真似出来ぬ。さすがに機動力を誇る赤騎士団ですなあ……」
あまりにも素早く不利を強いられ、狼狽えたのは否めない。痛恨とばかりに青騎士たちは歯噛みする。
「……それに、何ゆえ彼らは無言なのでしょう。綱引きには掛け声が必須と弁えておりましたが……」
「然様、何とも無気味です。いったい赤騎士団は何を考えているのか……」
陰鬱に論じ合う部下を睨んだマイクロトフは、力強く宣言した。
「細かいことを気にして勝負を疎かにしてはならん。浮き足だったのが敗因だ。考えてもみろ、こちらは常なる重装備も用いてはいないのだぞ。まともに考えれば力で劣る筈もないではないか」
「マイクロトフ様の仰せの通り」
一人が冷静に頷く。
「過去、如何なる奇策も真正面から打破してきた青騎士団、落ち着いて対処すれば負ける相手ではない。我々は、相手が何を考えているのか分からぬという状況には慣れているではないか!」
特に後半、騎士隊長メルヴィルを横目で窺いながら鼓舞に聞き入った男たちは、自信を取り戻してマイクロトフを囲んだ。勇猛なる青騎士団長が低く言う。
「次こそ我らの底力を見せるのだ。誇りは我らと共に在る!」

 

 

一方、勝利に沸き立つ赤騎士団側も、第二戦へ向けての打ち合わせに入っていた。
騎士隊長アレンがちらとミゲルを見遣る。
「ミゲル、次はわたしと位置を入れ替われ」
「は?」
瞬いた若者は不思議そうに首を傾げる。
「しかし、アレン隊長。この配置は幾度も吟味を重ねた上での決議です。無事に勝利しましたし、変更せずとも良いのでは?」
「いいから代われ」
ぴしりと言い放たれて、怪訝に思いながらも頷く。
「分かりました」
そのままアレンは男たちを見回した。
「まずまずの勝利だった。だが、やはり青騎士の力は凄まじい。あと数刻も勝負が伸びていたら、盛り返されていたやも知れぬ」
「まこと、味方なれば頼もしいばかりの力でございますな」
「先手必勝の策、次は通用せぬでしょうな」
重々しく指摘する騎士に、彼は同意した。
「その通りだ。次は力と力が真っ向からぶつかる死闘となるであろう。確かに我らは牛に勝った。しかし、青騎士らが牛に勝ることはこの戦いで証明された。決死の覚悟で臨まねばならん」
「あのう、アレン隊長……」
一人がおずおずと挙手する。
「不遜ながら申し上げます。例の掛け声なのですが、どうにもゴロが悪く……」
すると次々に赤騎士らが頷いた。
「同感です。綱を引くタイミングと合わぬとでも申しましょうか……、『団長』ではなく、『様』の方がしっくりくるのではないかと」
ふむ、とアレンは腕を組んだ。
「オー、エス……カミュー、団長……カミュー、様……成程。言われてみれば『様』の方がすんなり納まる」
───愛してやまぬ自団長の名を綱引きの掛け声に決めた赤騎士団・選抜部隊。これこそ一同の心を一つに合わせ、闘志を煽るのに最高の呪文であるが、当人の前で大声で叫ぶのはさすがに躊躇われた。
だからこそ声にせず、心中で呼び続けたのだ。その無言が青騎士団員を怯えさせているなどとは夢にも思わぬ、無心の策であった。
「よし、次からは『カミュー様』でゆくぞ。御名で引き、『様』で体勢を整える。腰は低く、後方に重心。以上、忘れるな」

 

 

更に、判者の三騎士。
カミューは部下に向き直りながら弾んだ声で言う。
「勝ったな、ローウェル」
「はい、カミュー様」
「マイクロトフの言う通りだった。これは見ているだけでも力が入るものだね」
さながら少年のように喜ぶ騎士団長に、思わず男の目許も緩む。
ロックアックスに暮らす子供ならば誰でも一度や二度、経験したことのある綱引き。いい歳をした大人──しかも騎士──が取り組む競技ではあるまいと嘆息してきたが、幼少時体験のないカミューには心踊る光景なのだろう。そう思えば、寛容な心地にもなるというものである。
「感想は? メルヴィル」
しかしローウェルが温かな感慨に耽っている間に、赤騎士団長は挑発行為に及んでいた。むっつりとした男が馬を寄せながら低く返す。
「……あなただけは敵に回すまいと再認識致しました」
「わたし?」
然様、と彼は唇を上げる。
「彼らはカミュー団長の御名を念じながら綱を引いていた。まこと凄まじき統制です」
「カミュー様の御名だと?」
眉を寄せるローウェルに、メルヴィルは苦笑気味に頷いた。
「声にせずとも約数名、そのように唇が動いておりました。あれは心の叫びかと」
「………………」
青騎士隊長の目敏さに感嘆しつつ、指摘された事実に今一つ釈然としないローウェルだ。けれどカミューは幼げに小首を傾げるばかりだった。
「声に出さずに叫ぶのは難しそうだ。名前を掛け声にするくらいは許可するのに」
するとメルヴィルは吹き出した。
「存外、アレン殿は配慮に厚い方と思われます。赤騎士が総勢でカミュー団長の名など叫んだものなら、敵方に著しく奮起する御方がおられますからな」
見遣った先には再び位置に着こうとしている青騎士団長。闘志に燃え、きりりと赤騎士を睨み付けているマイクロトフだが、時折ちらちらと三人に視線を投げている。
ふと、メルヴィルは口調を変えた。
「我が団長は、自ら闘技に臨まれなかったからとて、決してカミュー団長を軽んじてはおりません。そろそろ許して差し上げていただけませんか」
珍しく真面目な表情で訴える青騎士隊長に笑い含みの視線を返した青年は、艶やかに言い放った。
「別にマイクロトフに腹など立てていないよ。知らなかったかい、メルヴィル? わたしは負けることが大嫌いなんだ。青騎士団に勝つ、今はそれしか考えていない」
目を見張って赤騎士団長を見詰め、やがて男は二人に聞こえぬように小さく独りごちた。
「……この方を相手にしている団長も、やはり並みの男ではない───」

 

第二戦目が開始されようとしていた。

 

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乙女な青騎士、何気に参戦中の模様。
登場希望が多かったもので(笑)
でも、相変わらず名無し。
命名したらイワンかカーベイだな……。

*ためになる(とも思えない)綱引き講座・2*

最後尾の選手をアンカーマンと言い、
この人だけは綱を身体に巻くことが許されてます。
ただし、巻くのは1回だけ。
ぐーるぐる巻いてはいけません。

 

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