「……ねえ、あれならリボン包みの方が絶対にカッコよかったと思わない?」
「ぼくに聞くなよ、どっちだって変だ」
「言っちゃ駄目だよ、……言ったってしょうがないし……」
三人の少年少女は前方を行く青騎士団長をちらちらと見ながら小声で囁き合う。
やたら幅広い屈強の体躯に揺れる巻毛。腰まで至る長髪が邪魔だと背の中程で縛っている。使われたのはフリックのバンダナ、またしても可憐にリボン結びなのは無論カミューの技である。
フリックが差し出した豪華なカツラは、当然のことながら仲間たちを震撼させた。最も衝撃を受けていたのは装着せねばならない本人である。
しかしそこで彼の『心の友』は艶然と微笑んだ。突然のハゲ頭に比べればヴァンサン所有の品には心の準備が出来ていたらしいカミューは、早速妙な頭部包装を解いて代わりにカツラを乗せたのである。
『意外と似合うよ、マイクロトフ』
彼の賛美は怖じ気づいていたマイクロトフをたちまち奮い立たせた。確かにスースー寒い頭や布の感触に比べれば、ふわふわと揺れる髪の方が気持ちも安らぐ。
愛剣に姿を映してみると、言うほど似合うとは思えなかったが、マイクロトフにとって何よりも重要なのはカミューの意見であるので素直に受け入れることにしたのだった。
「カミューさん、本気で似合うと思ってるのかな」
「案外趣味が悪いかもね」
「いや、きっとあれはカミューさんなりの思い遣りだと思うよ……」
なおもヒソヒソと言い合う彼らをフリックが一喝した。
「おい、あまり離れるなよ。何処から『ふさふさグレート』が現れるか分からないんだからな」
魔物が好んで徘徊する夜になって、一同は再び村の探索に臨んだ。犠牲となったと思われる村人を悼む義憤に駆られていたし、仲間の頭髪奪還も重要な案件だったからだ。
先を行く青年組は既にマイクロトフの容姿よりも敵に意識を向けることに成功しているらしい。しかし戦列上、後方に位置することになる十代組はそうもいかない。目前できらびやかに揺れる黄金の巻毛に、どうしても気勢が削がれてしまうのである。
「ズルいよね、隣に居れば見えないだろうけどさ……」
「ぼくらは嫌でも目に入る」
「そう言うなよ、二人とも……ほら、キラキラしてて目立つし、見失わずに済むじゃないか」
先程から必死に宥める指導者の声も掠れている。そんな少年たちの葛藤をよそに、カミューは晴れやかな声でマイクロトフに問うていた。
「どうだい、長髪の感想は?」
「う、うむ……やはり少々邪魔だな」
「かもしれないね。おまえにはやはりいつもの髪型が一番だ、早く元通りになるといいな」
「嬉しいぞ、カミュー……」
お熱い遣り取りに逐一嘆息するフリックも、少年組には分からないつらさでいっぱいだった。
ヴァンサンが『心の友に』と気前よく並べてくれたカツラ。それはどれも倒れそうになるほど派手派手しい品々だった。
持ち帰った黄金の巻毛に早速上がった仲間たちの非難の声も、『なら、縦ロールとか三つ編みが良かったのか』との逆襲にたちまち消えた。
並べられた品の中では一番害がなさそうに見えた巻毛だが、こうして青騎士団長の頭に乗ると涙を誘う。だから縛るためにと求められたバンダナを快く差し出しもしたのだ。
なのに当人はあまり苦痛でないらしい。心通わせる赤騎士団長の賛辞に励まされたのか、あるいはハゲよりマシと吹っ切れてしまったのか。ふわふわと巻毛を揺らしながら時折大剣に我が身を映している。
もし、『ふさふさグレート』が現れず、また現れても髪が戻らなかったら。
そのときは基金を募ってマイクロトフに元の髪型のカツラを贈ってやろう───そんな決意を固める善意の傭兵・フリックであった。
それぞれの思いが交錯する夜更け、静まり返った村に無気味な夜鳥の鳴き声が響く。
憮然と行軍を続けていた魔術師の少年がはっと表情を改めた。
「……いるよ」
「何?」
「『ふさふさグレート』ですかっ?」
「……そこの茂み!」
言うなりルックは懐からサングラスを取り出し、装着した。仲間たちは急いで倣う。
「くっ、暗いっ!
何も見えないよ〜」
「我慢するんだ、ナナミ! ハゲるよりマシだろう!」
フリックの励ましは、傍らのマイクロトフの胸をぐっさりと突き刺した。
刻置かず茂みのひとつが盛大に揺れて、そこから巨大な毛の塊が飛び出す。通常の五倍はあるかと思われる『ふさふさ』であった。
「出たな、『ふさふさグレート』!」
「村人……とマイクロトフの髪の仇!」
前列の剣士二人──マイクロトフは滾る怒りのあまりに出遅れた──が迎え討たんと身構えるが、そこで鋭いルックの声が叫んだ。
「駄目だよ、二人とも退くんだ!」
「何だと?」
「忘れたの? 特殊攻撃を出させなきゃ。倒してもステータス異常が解消されなかったら、ハゲっぱなしだよ」
「そ、そう言えば……」
図体は大きいし、恐ろしい特殊攻撃も持っている。しかし相手はあくまでも『ふさふさ』の異種、新同盟軍の中でも剣腕を誇るフリックやカミューではあっさり倒しかねない。
二人は並んだ青騎士団長を窺い見て、それからキッと唇を噛む。
「じゃ、そういうことで……頑張れ、マイクロトフ」
「血気に逸って反撃してはいけないよ」
ポンと両側から肩を叩くなり二人は後列の仲間たち──しかも茂みにしゃがんで隠れている──に合流した。
マイクロトフは突然見捨てられたような気分に陥ったが、これもすべて自らを信じての仕儀だと思い直した。一応は愛剣を握って巨大な敵に対峙する。
「大丈夫でしょうか……。『ふさふさ』とは言え、敵は『グレート』、大きさから鑑みれば攻撃力は通常の五倍を覚悟せねばなりませんが……」
やや心配そうに呟くカミューにウィンが頷く。
「大丈夫、ぼくとルックが回復魔法を宿していますから!」
「ぼくは『破魔』も宿しているからね、存分にやられちゃっても大丈夫だよ」
「心配するな、カミュー。おれも特効薬を持ってる」
「わたし、コロッケ持ってきた!」
そんなに手厚い回復を受ける前に何とかならないものかとカミューは密かに胸を痛めるのだった。
一同が茂みから見守る中、マイクロトフは予想通り苦難に陥っている。『グレート』ではあるが所詮は『ふさふさ』、主な攻撃は体当たりだ。自らの髪の毛を奪った毛だらけの魔物に幾度も突撃され、彼はたちまち足をよろめかせた。
「よしっ、『大いなる恵み』!」
「……しょうがないな、『優しさの流れ』」
「堪えろ、マイクロトフ!」
「あああ……頑張って、マイクロトフさん!」
この場合、『頑張る』とは頑張って攻撃から持ち堪えるだけである。一方的にダメージを受けることに慣れていない闘志の塊である男は次第に怒りを膨らませていった。
「お、おのれ……調子に乗るな、魔物め!」
思わず振り上げた大剣にすかさずカミューが叫ぶ。
「駄目だよ、マイクロトフ! 倒してしまったらおまえは……髪がなくてもわたしの気持ちは変わらないが、やはりないよりはあった方がいい!」
マイクロトフははたと瞬き、剣が止まった隙に再び敵の体当たりを受けて吹っ飛んだ。
「う、ううむ……なかなか出ないな、特殊攻撃……」
フリックが唸ればルックが冷静に応じる。
「普通、魔物の特殊攻撃の確立は10〜20パーセントだからね、それくらいは覚悟しないと」
「ああ、でも可哀想……。何とかならないかな」
よれよれになった巻毛の青騎士団長を痛ましげに見詰めてナナミがぼやき、それからはっとしたように口元を押さえた。
「ね、ねえ……今、ちょっと怖いこと考えちゃった」
「何だよ?」
「特殊攻撃でステータス異常が解消されるどころか、今度は眉毛まで消えちゃうってことはない?」
途端に一同は愕然として少女を凝視する。
「そ、それは……」
可能性がないとは言い切れない。それどころか、彼らは一斉にその光景を脳裏に思い描いてしまったのである。今度こそ笑いだけでは済まない寒気を覚え、竦んだようにマイクロトフを見遣る。
やがてウィンが小さく言った。
「……考えるのはよそう。とにかく、特殊攻撃が出てからだよ、ぼくらには祈るしかない」
指導者の言葉に頷いた一同は、目前の悲惨な戦いを凝視しながら一心に祈った。
「出ろ……出ろ、特殊攻撃……」
「出して、出して、さっさと出して」
「次、『優しさの流れ』三回目」
「髪、髪、マイクロトフの髪……」
「……やっぱり『戦いの誓い』で怒らせたらまずいよね?」
茂みにしゃがみ込む姿勢がだんだんとつらくなる。しかし、いつしか一同は足の痺れも忘れて声援を贈っていた。
「そ、そうだ!
何も体当たりを受ける必要はないんじゃないか?」
「要は特殊攻撃を待てばいいんだよ」
「逃げて逃げて、マイクロトフさん!」
「直守ならおまえはわたしより上の筈だよ!」
「何で今まで気づかなかったんだろうね……」
言われるまでもなく、マイクロトフは逃げ始めていた。
屈辱きわまりない防戦である。敵を前にして剣を振るえないことがこれほどつらく苦しいとは。
お飾りに握った愛剣ダンスニーも嘆いているような気がした。
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