試練の日・5


右に左にと交わしながら、それでも時折衝撃を受ける。そのたびに飛びそうになる頭部保護用カツラを押さえつつ、マイクロトフは忍従に甘んじた。
ふと。
『ふさふさグレート』の動きに変化が生じた。ふるふると震えた魔物にはっとした彼は即座にカツラを放り捨てた。仲間たちが久々に見る艶やかな光景に吹き出す間も無く、『ふさふさグレート』は凄まじい閃光を放つ。
「出た! 特殊攻撃だ!」
「くっ……双方共に眩しいっ!」
「お願い、生えて髪の毛〜〜」
誠実な仲間たちの祈りは天に通じたらしい。眉が消えることもなく、閃光に照り輝いていたマイクロトフの頭皮はたちまち漆黒に覆われ始めた。
「や…………やった!」
「マイクロトフ〜〜〜」
喜びも束の間、新たな驚愕に一同は息を飲む。無事に生え始めたはいいが、今度は止まらない。元通りになったのは一瞬のことで、肩を通り越して背まで至ってもマイクロトフの黒髪は伸び続ける。
混乱に陥りながらもフリックは叫んだ。
「マイクロトフ、もう倒してもいいぞ! ……というか、早く倒せ!」
しかし豊かなる長髪となった青騎士団長は悲痛に呻く。
「まっ……前が見えません!」
「何てことだ、行くぞっカミュー!」
「ええ!」
二人は慌てて援護のために茂みから飛び出した。並んで『ふさふさグレート』に斬り掛かるが、ずっと座り込んでいた足が痺れて思うように動かない上に、闇に掛けたサングラスで視界が利かない。
スカスカと空振る剣を見兼ねたルックが後方から策を飛ばす。
「協力攻撃だよ、あれなら命中する!」
「そうだよ、今のマイクロトフさんだったらちゃんと美青年だよー!」
「しっ、しかし……!」
マイクロトフは既に足下まで達した髪を掻き分けながら怒鳴った。
「全然前が見えないのです!」
「落ち着け、マイクロトフ! いつも後先など見ないおまえだ、前が見えなくても何とかなる!」
愛する割には辛辣な励ましを送るカミュー。
「そうだ、おまえに心痛を与えた憎むべき敵、村人の仇だぞ! おまえなら出来る!!」
良心溢れる檄を飛ばすフリック。
愛と信頼に支えられたマイクロトフは呼吸のためにかろうじて分けた髪の中から叫んだ。
「や、やります! それがおれの騎士の誇り!」
そうして三人は並び立ち、息を合わせて姿勢を正した。引き摺る髪も痛ましく、笑う余裕も失ったらしいカミューと共に『ふさふさグレート』に突進したマイクロトフは、見事それを一閃した。最後に身を踊らせたフリックが迷惑の元凶を斬り裂き、砂塵に還した。
それと同時に育毛の効力も失せたらしい。漸く伸びるのは止まったものの、溢れる黒髪にマイクロトフは足を取られそうになっている。
「や、やった……」
ウィンは呆然と呟きながら茂みから飛び出した。
「やりましたね、マイクロトフさん!」
続いてよろよろと駆け寄ったナナミが男の腕を掴んで揺らす。
「良かったね、良かったね、良かったね……」
最後に進み出たルックが、髪だらけで前だか後ろだか分からない姿を一瞥して低く嘆息する。
「……まあ、確かにないよりは在る方がいいかも……ね」
「し、しかしこれは……」
安堵しながらも自らの異様な風体にげんなりしてマイクロトフが唸る。それを微笑みで見遣るとカミューが軽やかに言った。
「切ればいいだけのことさ。大丈夫、後でわたしが切ってあげるよ」
「う、うむ……」
それにしても、と剣を納めて両手で髪を分けながらマイクロトフが瞑目する。
「これで……亡き村の人々の魂も少しは救われるだろうか……」
一同はつと、黙した。得体の知れない魔物の犠牲となった男たちの悲運を暫し悼んだとき。

 

「あのう……」
背後からおずおずと声が掛かった。
振り向いた彼らが目にしたものは、マイクロトフ同様に足まで届く長髪の集団である。思わず怯んだナナミを背後に庇う赤騎士団長、魔法詠唱に入ろうとする少年たち、剣を握り直す傭兵に向けて、長髪の一人が進み出る。
「あの化物を倒してくださったので?」
声音に感謝を感じ、一同は力を抜いた。代表するかたちでウィンが頷く。
「ええ、……はい。ぼくたちは新同盟軍の人間で、この村の異変を探りに……」
しかし説明の途中で長髪の集団は踞り、幾度も幾度も頭をさげた。
「あ、ありがとうございます……助かりました」
「一時はどうなることかと……」
その言いようにカミューが瞬く。
「あなた方はもしや、この村の……?」
「は、はい。あのモンスターと戦おうとしたのですが、気づけば全員……」

 

 

聞けば涙を誘うような顛末であった。
村の男たちは果敢にも魔物に立ち向かった。しかし、気づけばマイクロトフと同じ特殊攻撃を受け、総勢見事に頭髪を失ってしまったのだ。
放心している間に魔物は姿をくらませたが、互いに目に映る頭はツルツル、見れば見るほど涙が零れる惨状であったという。

 

「そ、そりゃ大変だ……マイクロトフ一人でも凄かったからなあ……村中の男が、となれば壮観だっただろう……」
フリックのしみじみとした合の手に男たちはまたしても涙に暮れた。

 

身を寄せ合って不運に嘆いていたが、そのうちに避難させた女たちが自分たちを探す呼び声が聞こえた。変わり果てた姿を見せたくない一心で、男たちは逃げたのである。
ウィンらが宿と定めた村長の屋敷には大きな地下室があり、彼らはそこでさめざめと泣きながら今後の対策について相談し合っていたらしい。
ところが、人の気配──無論、ウィン一行である──に気づいて怯えながら出てきて後をつけ、戦うマイクロトフを見守るうちに突然消え失せた髪が伸び始め、見る見るうちに元を通り越して足まで届いた。
何だか分からないが、これは天の救い、喜びに満ち満ちて姿を見せたという訳であった。

 

 

「そ、そうだったんですか……大変でしたね」
苦悩の体験を語った村長を、しかしカミューは淡々と諫めた。
「たとえ姿が変わろうと、ご家族の方々の心は変わらなかった筈……それよりも忽然と消えてしまわれて、どれほどおつらかったか。大切なのは姿形などではなく、生きて傍に在るということですよ」
なめらかな言葉に仲間たちはやや疑わしげな視線を投げているが、村人らは感極まったように項垂れた。
「は、はい……今はそう思いますが、あのときはもうとにかく何が何だか……」
「分かります。では、ご家族を村にお戻ししましょう。大丈夫、皆様は我が新同盟軍が手厚く保護させていただいております」
「ありがとうございます……」
感激の涙に暮れる長髪の集団。その横で、同じ長髪の青騎士団長も感動して頷いている───らしい、髪の毛だらけで判別し難かったが。

 

斯くして、新同盟軍の仲間たちは管理下に在る一つの村の崩壊を食い止めたのであった。

 

 

 

騎士団員に守られながら流民が帰村のため出立したのは翌日のことである。
昼食のためレストランを訪れたフリックとウィン、ナナミの三人はテラスでぼんやりしているカミューを見つけて歩み寄った。
「よ、どうした? 今回の一件で相棒との間にヒビでも入ったか?」
軽い調子で揶揄したフリックだが、カミューは沈痛な面持ちで一瞥するなり溜め息をついた。
「いえ、……そういう訳では……」
「凄かったよね、カミューさん。どさくさに紛れて結構ひどいこと言ってたし〜」
「そうでしたか……後で謝っておきます……」
「マイクロトフさん、怒っちゃったんですか? でも……すぐに機嫌直してくれますよ、何と言っても無事に生えた訳だし」
「カツラを台無しにしたのだってヴァンサンは怒ってなかったじゃないか、『心の友のお役に立ったなら幸せです』とか言ってたし」
「村の人たちも喜んでたし」
「色々あったけど、大団円ですよ。何をそんなに沈んでいるんですか?」
そこでカミューは形良い唇を震わせ、テーブルに伏した。
「わたしは……わたしはとんでもないことを……」
あまりに深刻な様子に三人は顔を見合わせ、表情を改めた。それからおずおずと声を掛ける。
「どうしたんだ、何があった?」
「言ってよ、カミューさん」
「力になりますよ」
端正な赤騎士団長はふるふると首を振り、力なく呟いた。
「昨夜のうちに……伸びた髪を元通りにしようと試みたのですが……」
「うんうん、切ってあげるって言ってたものね」
「ですが………………」
言葉が続かず、ただ肩を震わせるカミューにフリックが静かに言った。
「…………失敗したんだな?」
「あああ……許してくれ、マイクロトフ……!」
悲痛な声が、良く晴れた本拠地の空に響き渡っていった。

 

 

 

───その後。
青騎士団長は数日に渡って自室に籠もった。
何もしらない仲間たちは、屈強の騎士も体調を崩すものなのかと案じていたが、真相を知るものたちは何とも馬鹿馬鹿しくも笑い事ではない試練と戦う彼に心底同情したという。

 

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気の毒な終演。


ハゲにも寛容な赤が怯む髪型とわ。
それは個々にご想像くださいv
忙しい年の瀬に(←……)
阿呆話にお付き合いいただき、
ありがとうございました〜

 

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